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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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冬真と渡り廊下で別れた結羽は、テスト勉強をしようと図書室へ寄ることにした。


(化学はだいだい覚えたから……今日は生物やろうかな)


結羽は勉強する教科を考えながら歩いていると、いつの間にか図書室に辿り着く。

引き戸を横に滑らせると、図書室特有のインクの匂いが鼻につく。


周囲を見渡せば、結羽と同じように勉強しに来た生徒や本を読んでいる生徒がまばらにいた。

結羽は適当に空いている席につき、鞄から生物の教科書と授業で使用したプリント、暗記用ノート、筆記用具を取り出す。


「…………」


結羽は黙々とテストで重要な単語をノートに書き続ける。

途中で答えがわからなくなるとプリントを見返し、覚えるまで何回も頭に叩きつけて繰り返すのだった。



◇ ◇ ◇



(あ……)


最終下校のチャイムが鳴り響き、結羽はハッと集中が途切れる。

ノートから視線を上げれば、いつの間にか図書室に誰もいないことに気がついた。

壁に掛かっている時計を見れば、針が午後十六時半を差していた。


「帰ろう……」


結羽は机に並べてある勉強道具を鞄にしまい、図書室を後にした。

廊下に出ると、部活に出ている生徒以外のほとんどがいなかった。

静寂に包まれた廊下を歩きながら、結羽は両親にこれから帰ることをLINEで伝えようと、鞄からスマホを取り出そうとする。


「あれ?」


いつも入れてある鞄のポケットに手を入れてみると、そこにはスマホがなかった。

別の箇所にしまったのか、鞄の隅から隅まで探すが、スマホは見つからなかった。


「教室に忘れたのかも……」


そう考え、結羽は昇降口に繋がる通路から踵を返し、自分の教室に向かうのだった。



◇ ◇ ◇



教室に着く。

結羽は引き戸を横に滑らせると、夕日色に染まった誰もいない教室が視界に入る。


「あ、あった!」


自分の席に行き、結羽は机の中に手を入れると、探し求めていたスマホが見つかった。

スマホが見つかり、ホッと胸を撫で下ろした結羽は教室を出ようと扉の方へ向かう。


「あ……」


ふと視界の端に何かが引っ掛かり、結羽はそちらを見やる。

そこには、冬真の席がある。

正確にいえば、椅子に掛けてあるブレザーだ。


「…………」


結羽は扉から方向を変え、冬真の席に向かう。


(忘れてったのかな……? それか、今日気温高かったし、暑くて脱いだとか……?)


そんなことを考えながら、結羽は呆然と冬真のブレザーに視線を落とす。

いつも冬真が羽織っているブレザーが目の前にある。

何だか冬真が傍にいるように感じ、結羽はドキドキした。


(篠崎くん……学校以外で森西さんとどんなことをしているのかな……)


結羽の頭に冬真と花梨の甘い光景が浮かび上がる。

一緒に手を繋いだり、お互い決めた場所でデートをする。

そして、初々しくキスし、愛し合うように身体を重ね合う。


(もし、隣が私だったら……)


失恋から立ち直ってはいたが、結羽の中で冬真に対する想いは消えずにいた。

未だに消えない想いに、結羽は仲良くしようとしてくれている冬真と花梨に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


(この気持ち……どうやったら消えるのかな……)


冬真には、花梨という恋人がいる。

こればかりは諦めるしかないと結羽はわかっていた。


――でも、せめて……。


「想っているだけなら……罪にはならないよね……」


その瞬間、結羽の中でふつりと出来心が芽生えてしまった。

周囲を見渡し、誰もいないことを結羽は確認する。


そして、冬真のブレザーに手を伸ばし、顔をうずめるように抱きしめた。

ブレザーからほのかにフローラルな香水の匂いがした。


初めて出会った時も、冬真から落ち着くような香りがしたことを結羽は思い出す。

好きになったあの瞬間から、冬真との記憶が脳裏に流れてくる。


一緒に他愛のない話をしたり、困っていた時に声を掛けてくれたことなど。

どれも些細な出来事だが、結羽にとっては大切な思い出だ。


「……ハァ」


十分に堪能し、結羽は一息をつく。

これで満足したでしょ……と自分に言い聞かせ、結羽は違和感がないように冬真のブレザーを椅子に掛ける。

冬真への想いは忘れて、これからはいつも通りクラスメイトとして接していこうと心に決めた時だった。


「……⁉︎」


ガラッと教室の扉が開く音に、結羽は反射的に顔を上げた。

そこには綾樹がいた。


「お、天野」


「…………」


嫌な奴の顔が現れ、結羽の顔から表情が消える。

綾樹が絡んで来る前に、結羽はくるりと踵を返して、反対の扉から教室を出ようとする。


「おい、無視かよ……」


綾樹はつまらなそうにハァと息を吐く。

結羽は聞こえないフリをして、引き戸に手を掛ける。


「――お前、篠崎のこと好きだろ」


背後から聞こえてきた言葉に、ドクンと結羽の心臓に脈を打つ。

同時に足と引き戸に掛けていた手が止まる。


「お前って……普段ガードが固いくせに、こういう人気のない場所では隙を見せるんだな」


綾樹はおもむろにズボンのポケットからスマホを取り出す。


「忘れ物を取りに来てラッキーだな。お陰で面白いものが撮れたからな」


「……っ!」


嫌な想像が浮かんだのと同時に、結羽の身体がバッと振り返る。

振り返れば、綾樹がスマホを手に不敵な笑みを浮かべていた。

こちらに見せるように向けたスマホの画面には、結羽が冬真のブレザーの匂いを堪能している姿が動画として流れていた。


「……な、んで」


「これって、篠崎のブレザーだろ? 映ってるの篠崎の席だし」


結羽は顔を青ざめ、悠長に動画を眺める綾樹を見たまま固まっていた。


「なぁ、これ、篠崎にバレたらまずいんじゃないか?」


「……っ!」


その言葉にハッと我に返った結羽は、綾樹の方へ駆け寄った。


「消してッ!」


結羽はスマホを奪い取ろうとするが、綾樹は後方に下がってかわした。


「篠崎に見せるのもアリだけど……あ、クラスの奴らに見せるのもいいな! クールで優等生の天野さんが許可なく人の私物の匂いを堪能する変態だってな」


「や、やめて……」


面白がる綾樹の言葉に絶望的な想像が過り、結羽は焦燥感に駆られる。


「へぇー……いつも仏頂面なのに、そういう顔もできるんだな」


「ど、どうすれば……消してくれる……?」


「んー、別に消してもいいけど……」


綾樹はスマホに視線を向けてから、結羽に再び変わらない笑みを見せる。


「条件を飲んでくれたら黙っててやる」


「え……じょ、条件?」


「どうする?」


「な、内容は……?」


「内容次第で断るってことか? まぁ、断っても……お前には絶望的な学校生活が待っているけどな」


「……っ」


綾樹の条件は不明だが、嫌な予感がする結羽。

どちらにせよ主導権は綾樹が握っている。


クラスメイトたちに白い目を向けられながら学校生活を送るか。

綾樹の条件を飲んで、平穏な学校生活を送るか。


二つに一つしかない。


「わ、わかった……条件、飲むから……」


「賢い判断だ」


結羽の答えが出ると、綾樹は教室の扉の方へ向かう。


「場所を変えるぞ。ここじゃあ、人目につくだろ」


「…………」


綾樹の後ろを結羽はついて行き、教室を後にした。

結羽は逃げ出したい気持ちでいっぱいだったが、その道は綾樹に『弱み』を握られたことで塞がれてしまった。

漠然とした恐怖と不安を抱きながら、結羽は綾樹の後ろをついて行くのだった。

歪な繋がり ~始まりはほんの出来心だった~

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