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あれからシシルは家を出る時は無理やり起こしてくるようになった。
グッスリ眠っている俺の耳元で「俺ね!!行ってくるね!!」と叫んで、俺がうめき声をあげ出すと満足したように出ていく。
ここ最近はその頻度がやけに多いのだが、正直なことを言うとやめてほしい。
俺が八つ当たりして落ち込んでいたのを見て可哀想だと思ったのかもしれないが、そう思われているのはなんだか癪だし、あれはたまたま虫の居所が悪かっただけなので放って置いてもらって大丈夫なのに。
でもそんな時々ある理不尽な怒りをぶつけられてちゃそれこそ嫌だっただろうから、中々言い出せずに今日も起こされている。
「ねえ美鶴、明日は着いてこない?」
─どこに。
「行ってからのお楽しみ。」
─行かないよ。馬鹿が。
「俺が馬鹿なら美鶴はカバね。」
─小学生か。
「ふふ、こんなに会話続くの初めてじゃない?」
そうか?ああ、そうだな。
寝ぼけてまだゴニョゴニョしている言葉を器用に聞き取るものだ。
俺は声に出しているのか頭の中で喋っているのかも曖昧な夢の境界線にいるというのに。
「でもそっか、明日じゃなければいつ行こう?」
「いくのは決定なのな……」
「おはよ。」
「……おはよう」
朝7時、休日はもうちょっと寝ていても許される気がするが、二度寝したらコイツに起こされない限り、際限なく寝てしまいそうなのでのそのそとベッドから降りた。
下着と適当なTシャツをタンスから引っ張り出すと風呂場へ向かった。
思春期真っ盛りな身体は一晩で頭皮に皮脂をとんでもない量を生産するらしく、一日一回の風呂じゃあ上手くシャンプーが泡立たなかった。
平日は時間がなければ、寝起きのまま着替えてロールパン一個掴んで出ることもあるが、時間が確保できる時はなるべく入るようにしている。
そろそろ春も終わって湿度がうざったい季節がやってきていた。
たしかこのマンションに引っ越してきたのは3月の初め、そこから三ヶ月経った今は大嫌いな梅雨になり、早くも燦々と光る太陽を待ち望む。
汗ばんで背中に張り付く寝巻きシャツを脱いで、烏の行水を終えると、 リビングからは卵を焼く音が聞こえてきた。
「おはよう美鶴、お前髪はちゃんと拭けよ。」
似合わない真っ黄色のエプロンを着けている父さんは、トースターから厚切りのパンを取り出しながら苦笑いする。
このパンは近所にある人気店で売っている朝限定食パンらしい。いつだったかの朝食に出てから俺はこのパンを気に入っていた。
朝食のいい匂いに包まれてご機嫌のまま一度部屋に戻ると、今度はシシルがグースカと眠っていた。
しょうがないなと肩を揺すると、目を瞑ったまま手探りで何かを掴もうとする。
どこから出してるんだかわからないほど低い唸り声をあげながらゴソゴソ動くさまはなんだか面白い。
俺が肩を揺さぶり続けて、シシルはシシルで何かを探して動いている。こんなに動いていて寝ているのか怪しくなってきたが明らかに寝ている。器用なやつだ。
しばらく面白がっていたが、シシルは肩に乗せた俺の手に触れて気づいたらしく、ようやく目を薄く開けた。
寝起き眼ではなんだかわからないらしく、俺の手を自分の目の前に持ってくるとしっかり掴んでまじまじと観察を始める。
「あだっ!」
そのままシシルの手を掴み、勢いよく起こそうとしたところ、ベッドの上段に頭をぶつけさせてしまった。
その衝撃で布団ごとずり落ちたシシルは、座ったままポカンとしている。
「おはよう。」
「……負けた!」
何が負けたのか。
もしかしたら俺を起こすことにポリシーを持っていたのか、面白くなって久しぶりに腹から声が出た。