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私はなるべく心を無にし、「一度は聞いたんだから」と自分に言い聞かせる。
再生が終わったあと、尊さんは腕組みをして三人を見つめる。
「……反省しているとは言えないな?」
その言葉に対し、顔色を失った彼女たちは俯いて押し黙る。
「反省し、もう二度と誰に対しても似たような行動をしないと約束すると誓ったから、君たちは子会社への異動で済んだはずだった。……だがこれじゃあすべて台無しだ」
「そんな……っ」
尊さんに言われ、橘さんが焦った声を漏らす。
「丸木さん」
風磨さんがエミリさんに声を掛けると、彼女は「はい」と返事をしたあと、彼女たちの前にA4の紙をホチキスで留めた物を置いた。
彼女たちはそれを見た瞬間、顔色を変える。
中央に座っている風磨さんは、淡々と伝えた。
「それは篠宮ホールディングスについて語るスレッドに書かれていた、書き込みだ。中には上村さんを名指しにしたスレッドもあった。……心当たりがあるなら、正直に言えばまだ少しは罪が軽くなる。だが、ここで黙っていても情報開示請求をされれば、誰が犯人なのかすぐに分かる。……言っておくが仮に君たちが書き込んだとして、削除しようとしてもこちらですでに証拠を保存してあるから無駄だ」
彼が言ったあと、尊さんが続ける。
「我々には社員を守る義務がある。勿論君たちも大切な社員ではあるが、共に働く仲間を誹謗中傷し、傷つけて和を乱すような真似をするなら、組織として異物を排除しなければならない。君たちが個人的にどんな事情を抱えていようが、上村さんを中傷した事実は変わらない。双方に非があるなら話し合ってほしいが、彼女は君たちをまったく認識していなかった。……君たちは副社長秘書に抜擢された上村さんをに嫉妬し、でっち上げた噂で名誉を傷つけた。……これに対して何か言い分は? 相応な理由があるならきちんと聞くが」
三人はしばらく黙っていたが、やがて橘さんが唇を震わせながら言う。
「……っ、だって、ずるいじゃないですか。ただでさえ商品開発部にいたのに、速水部長が副社長になったら、それを追いかけるように秘書になった? おまけにお二人ってプライベートでも付き合っているんですよね? 公私混同の人事じゃありませんか?」
尊さんは小さく溜め息をつき、乾いた目で彼女を見る。
「……なら、君なら副社長秘書を立派に務められると? 所詮は『自分がその場所にいたいから』という嫉妬じゃないか。総務部部長がなぜ君たちを異動させなかったか、分かっていないようだから事実を言うが、君たち三人はいつも文句ばっかりでまともに仕事をしない。仕事をしているフリは得意だが、面倒臭い事は他人に押しつけ、あとになってから自分たちがやりましたと報告する始末。……おまけに気に食わない人がいたら今回のように根も葉もない噂を流し、中には退職にまで追い込んだ人もいるとか?」
そこまで知られていると思わなかったのか、彼女たちは顔を引きつらせる。
「商品開発部の牧原綾子さんにも、同様な嫌がらせをしていたな? 総務部部長が何度も注意して自分の手元で管理すると言っていたから大目に見ていたものの、もう我慢の限界だ。君たちのくだらない嫉妬で優秀な社員が辞めてしまうなら、君たちを切り捨てたほうが会社の利益になる」
冷酷に言い切った尊さんの言葉のあと、室内にどうにもならない沈黙が降りる。
「もう一度尋ねる。この掲示板の書き込みは君たちがしたのか?」
尊さんに聞かれ、三人は「……はい。申し訳ございませんでした」と謝る。
「他にも便乗している者がいそうだから、関わっている者全員、情報開示請求しておくか」
「そうだな」
尊さんと風磨さんが確認し合い、いよいよ三人は顔面蒼白になっている。
その時、橘さんとパチッと目が合ったけれど、物凄い恨みの籠もった眼差しを向けられてしまった。
私はグッと目に力を込め、彼女を睨み返す。
――謝らないよ。
私は心の中で呟く。
私はあなた達を一切加害しなかった。
一方的に嫉妬して、根拠のない噂を広めたのはあなた達じゃない。
自分のやった事が跳ね返っているだけなのに、それを私のせいにするのはお門違いだ。
あなた達は一生そうやって他責思考で生きていくのかもしれないけど、私はあなた達の生き方に責任なんて持たない。
どうやって生きていくかはその人次第。今までだって注意されて反省する機会はあったはずなのに、あなた達は『あいつが悪い』と他人のせいにして自分の責を認めなかった。
世の中にいる全員が自分の都合のいいように動くなんてあり得ないし、どれだけ嫉妬しても〝誰か〟の立場が自分のものになる訳じゃない。
もし望むものを手に入れたいと思うなら、自分を変えてより良く生きて努力していくしかない。
それに気付けないうちは、この人たちは似たような人と群れて同じ事を繰り返していくんだと思う。
「最初に言った通り、上村さんに謝罪してほしい。君たちが心から反省していないのは承知の上だが、社会人としてケリはつけるべきだ」
尊さんに言われ、彼女たちは緩慢な動作で立ちあがる。
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