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放課後の美術室は、夕陽が斜めに差し込んで、埃さえもキラキラと金粉のように舞っている。私は、この場所がたまらなく好きだった。
カサカサとキャンバスを撫でる鉛筆の音。
独学で覚えたピアノの、少しだけつたない、けれど自分だけの旋律。
タブレットの中で、未熟ながらも形になっていく自作曲。
「自分は絵が描ける。それが好き」
「ピアノが弾ける。それが好き」
「作曲も……一応、できる。それが好き」
それらは、私がこの世界と繋がるための、たった三つの細い糸だった。
正直に言うと、自惚れていた。
私は、この学校の中で一番絵が上手い。
そう信じることで、かろうじて自分を保っていた。
運動ができるわけじゃない。バレーボールの授業ではいつも足を引っ張って、申し訳なさに押しつぶされそうになる。
頭が良いわけでもない。テストの点数は平均をうろうろするばかりで、光るものなんて何もない。
見た目だって、性格だって、誇れるものなんてひとつもなかった。
だから、私には「絵」しかなかった。
美術の時間や部活動で、私の周りに人が集まり、「すごいね」と感嘆の声が上がる時だけ、私は自分が透明な存在ではないのだと実感できた。
その「執着」は、いつしか私の心臓の鼓動と同じくらい、なくてはならないものになっていた。
あの日も、そうだった。
いつものように部活で絵を描いていた。背中に受ける視線と、控えめな称賛の声。それが私の栄養だった。
けれど、その静かな優越感は、背後から響いた一言で一変した。
「え!? 〇〇ちゃん、うまっ!!」
それは、私の元に集まっていた人たちが、潮が引くように離れていく合図だった。
心臓が、ピタッ、と嫌な音を立てて止まった気がした。
なになに? 行ってみようよ!
ぞろぞろと、私の「居場所」だったはずの空間が、教室の隅っこへと移動していく。
私は、行きたくなかった。
けれど、行かないわけにはいかなかった。
自分の中に芽生えた、黒くてドロドロとした「確認したい」という欲求に抗えなかった。
人混みの隙間から見えたのは、一人の女の子の笑顔。
そして、彼女が手にしていた一枚の絵。
「大したことないよ〜」
彼女は、花が咲くような明るい声で笑った。
その手元にあるイラストを見た瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
線の一本一本、色の重ね方、光の捉え方。
それは、私が何年もかけて、自分なりに「一番だ」と積み上げてきた階段のはるか上、雲を突き抜けた場所にあるものだった。
「大したことない」
彼女にとっての「日常」は、私にとっての「命懸けの誇り」を、一瞬でガラクタに変えてしまった。
目の前が真っ暗になる。
私が握っていた鉛筆が、ひどく重く、無価値な棒切れに感じられた。
鏡の中に映る自分は、何色でもない、ただの空っぽな人間だった。