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悲鳴が聞こえた方へ、サイラスの諜報員が走り去ってから数分後、別の給仕がいつの間にかサイラスの近くに控えていた。恐らく彼が、連絡係の諜報員だろう。
先ほどサイラスが要求していたが、どうやらそれはお役御免になりそうだった。何故なら、ジェシーのペンダントが小さく振動したからだ。
「あっ」
思い出したかのようにジェシーは魔導具に触れる。胸に手を当て、ペンダントの核になっている魔石の色を確認した。仄かに光る色は、淡い黄色。
ジェシーは裏の魔法陣をなぞって言った。色が表す人物の名前を。
「ミゼル、何があったの!?」
そう、ジェシーがしているペンダントは、ユルーゲルに頼んで作らせた小型の通信魔導具である。
通信元が分かるように、それぞれの髪色が発するようにしていた。コリンヌなら水色。ヘザーは緑。淡い黄色はミゼルである。
『ジェシー様。上手く繋がって良かったです。先ほどの悲鳴で問題が発生したのはご存じかと思います』
「えぇ、聞こえたわ。それで、貴女は今どこにいるの?」
『その現場にいます。今、ロニ様が対応して下さっているのですが、ジェシー様も来ていただけないでしょうか』
ロニがいるのに私を必要とする、ということは、思ったより事は大きいらしい。
「分かったわ。向かいながら説明してもらえる?」
『それについては、コリンヌ嬢をそちらに向かわせました。事情は伝えてあるので、合流していただけますか?』
「コリンヌが?」
『はい。ヘズウェー卿が傍にいるので、彼女が適任なんです』
ミゼルは的確に、ブレスレットを渡した意図に気づいてくれたようだった。狙われているのがジェシーだけではないことに。そのことも含め、彼女たちが無事なことに安堵した。
「ヘザーはどうしているの? さっきの悲鳴は違うのよね」
誰が被害に遭ってもならないことだったが、ジェシーは確認したくて堪らなかった。それは傍にいるサイラスも同様で聞き耳を立てている。
『はい、私の隣にいます。ただ、ブレスレットに付いている魔石が光っているため、ジェシー様に確認していただきたいんです。確か、毒に反応すると』
「えぇ、そうよ。じゃ、ヘザーが?」
ガタッ、とサイラスが勢い良く立ち上がる音が聞こえた。が、ジェシーは構うことなく、ミゼルからの返答を待った。
『いいえ、ヘザー嬢が飲んだわけではありません。ただ、そういった事情があるため』
「そうね、コリンヌを探しつつ、そっちに行くわ」
『お願いします』
ミゼルがそう言うと、ペンダントに付いている魔石の色が淡い黄色から、元の紫色に変わった。それは通信が切れた証拠だった。
「いつの間にそんなものを仕込んでいたんだ?」
「そんなことどうでもいいでしょう。早く行かないといけないんだから」
お喋りしている暇はないとばかりに、ジェシーは立ち上がった。サイラスも行こうとした矢先、給仕が近寄ってきた。
「サイラス様。先ほど、フロディー様が会場から出て行ったのですが、追いますか?」
「いや、捕まえろ」
その返事だけで、給仕が姿を消した。
「何をしている。早く行くんだろう」
「も、勿論よ」
給仕の発した発言と行動に、唖然としてしまったのだ。ジェシーはサイラスを伴って、再び歩き出した。
***
「コリンヌ。何があったの?」
思ったよりも早く合流できたことに安堵しつつ、ジェシーは早速本題に入った。
「実は、令嬢がお茶を飲んだ途端、血を吐いて倒れたんです」
「明らかに毒じゃない」
「はい。でも、何故毒殺されたのかが分からないんです。その令嬢は、ケニーズ伯爵家傘下の子爵家でして、ミゼル嬢がカモフラージュのために呼んだ、と言っていました」
このお茶会は、コリンヌの家、グウェイン子爵家を傘下にしてくれる家門を探すことが、本来の目的である。そのため、呼ぶのは子爵以上の爵位の家門でなければならかった。
しかしそればかりを呼ぶと意図がバレてしまい、逆に警戒され兼ねないと思い、ジェシーはミゼルにそれ以外の家門の令嬢も招待するように告げた。
「えぇ、何人かそういう令嬢を呼んだのよ。まさか、被害に遭うなんて……」
「レイニスは何か聞いていないのか。フロディーが会場から姿を消したらしいが」
「フロディーが、ですか。いえ、私は何も聞いていません」
サイラスの視線を逸らすことなく、レイニスは向き合っていた。嘘はついていないように思えたのは、コリンヌがこっそりジェシーに耳打ちしてくれたからだ。
「ジェシー様が襲われたことに驚いて、今日一日、私から離れようとしなかったんですよ。シモン様も同じようで、ミゼル嬢の周りを警戒していた、と聞いています」
ランベールの側近が、そのままコルネリオ側の人間だと思っていたが、シモンとレイニスはもう違うのかしら。そうなると、やっぱりフロディーにも、誰か宛がうべきだったようね。
こんなことになるのなら、とジェシーは下唇を噛んだ。