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ミアレの街は、確かに洒落ていた。陽光が石畳を優しく撫で、噴水の水音が軽やかに響き、通りを埋め尽くす人波はまるで華やかなパレードのようだ。
だが、男はそんな表通りを横目に、ふと路地裏の奥へと視線を滑らせた。
そこには、明るい街の陰に潜む影があった。薄汚れた服を纏った子供たち
───ストリートチルドレン
親に捨てられたのか、それとも自ら逃げ出したのか
いずれにせよ、自分には関係のないことだ
男は冷たくそう思い、足を進めた。
レギネが教えてくれたというパン屋に立ち寄ったものの、シャッターは固く閉ざされていた。無駄足。肩をすくめてため息をつき、
「(……なんにもないなぁ…帰るか)」
そう呟いた瞬間だった。
人混みの隙間を、ふと、薄水色の髪が滑るように路地へ消えていく。
「……え」
下に行くにつれ白く淡くグラデーションする、その美しい髪。心臓が、強く鳴った。
〖──えへへっ、この髪おかあさんといっしょなんだ!〗
遠い記憶の声が、耳の奥でよみがえる。
あの子か?
まさか。あの子と最後にあったのは何十年も前……あんな環境で生きているはずがない
けれど、もし生きていたら。今頃二十代前半。
ちょうど、あの背丈くらいで──
考えるより先に、足が動いていた。
アンヴィは人波を掻き分け、少女の後を追った。
アザミは今日も、ミアレに現れた歪みを数えていた。
「今日の歪みの数はこれくらいか……カラスバの言う通り、日に日に増えて──ッ!?」
突然、手首を掴まれ、驚いて振り向く。
そこに立っていたのは、背の高い黒髪の男。
男は驚愕と懐かしさが混じった瞳で、じっと自分を見つめている。
「(ピンクの瞳じゃない……でも、この瞳……)」
〖──生きてたらきっといつかいい事あるから。大丈夫、ほら泣かないで?可愛いお顔が台無しだよ〜? 〗
遠い記憶。優しく頭を撫でてくれた、薄水色の長い髪の女性。
───純粋で優しい笑顔。
「デイジーさん……?」
「……は?」
女の子の瞳は青く、細い瞳孔。特徴的な髪色。そっくりだ。
だが、デイジーはあの施設で「余計な知恵を入れた」として処分されたはず──。
ということは、この女の子は……
「(デイジーさんの娘……?ということは、あの子と同じあの人の子でもある……でも、あの子とは目の色が違う)」
姉か妹か。
いずれにせよ、ここで逃がすわけにはいかない。
「あ、ごめんごめん! 僕の知ってる人に凄く似ててね」
「……はぁ」
アザミは警戒を隠さず、少しずつ後ずさる。
男は慌てたように手を振った。
「あー! 待って違う違う!! うーん……えっとね、信じて貰えないかもしれないけど、僕が君の兄だって言ったら信じる?」
「……は?」
「まぁ…そうなるよね」
ケラケラと笑い、アンヴィは一歩近づく。
アザミはさらに怪訝な視線を向けた。
「僕はアンヴィ。被検体番号は4番さ」
その瞬間、アザミの瞳が見開かれた。
被検体番号──施設で付けられた名前。
私は7番。お姉ちゃんは6番。
兄姉たちは皆、施設に帰ってこなかった。
だから代わりに私たちはカロス地方へ送られたのだと、そう思っていたのに……
「……それじゃ、まだ信頼できない」
「警戒心たかー! ま、いいよ。沢山話そう」
アンヴィはにこりと笑い、アザミは両腕を組んで、少し不安げに彼を見つめ返した。
───ヌーヴォカフェ2号店にて
人の目につく外の席
湯気の立つコーヒーと、甘い香りのクロワッサン。
「……凄い。全部合ってる。施設の構造も、実験の内容も、全部」
「だから言ったでしょー? 4年前、いきなり首の装置が外れてびっくりしたよ〜!!」
アザミは静かに頷いた。
あの施設は、感情を殺すことを最終目的としていた。
本来なら、何十年もそんな環境にいれば、ほとんどの人間は感情を失うはずだ。ホーズキのように。
なのに、目の前の男は笑い、驚き、時に少し寂しげな影を瞳に浮かべる。感情が溢れている。
「(アンヴィも精神面が強かったのか…?)」
不思議に思いながら、じっと彼を見つめる。
「アンタ以外の兄妹は、皆生きてるの?」
「さぁ? 外に出た人間同士は連絡取れないようになってるし、実際僕も君達が生きてるとは思わなかったよ」
そう言いながらも、アンヴィは無邪気に笑った。
「でも、生きててよかった!」
その幼さの残る笑顔に、アザミは小さく息を吐く。
「そうだ、アザミちゃん以外の兄妹はどうしてるの?
施設ドカーンって壊れちゃったんでしょ?4年前、新聞で見たよ〜」
「当時施設にいた子たちは皆、イッシュの別の保護施設で過ごしてる。その内1人は私と一緒に住んでて……あと、姉もミアレにいるよ」
アンヴィの目が、僅かに細くなる。
「……姉、か」
「ん?今なんか言った…?」
呟きは小さく、すぐにいつもの明るい笑顔に戻った。
「え!?生きてるの!?会いたい!弟君も、アザミちゃんのお姉ちゃんも!」
「じゃ、じゃあ、また日を改めて連絡するってことでいい?」
「うんっ! ありがとう!」
スマホロトムを取り出し、連絡先を交換する 。
「いきなり色々話したのに、信じてくれてありがとうね〜!」
「まだ完全にじゃないけど、あそこまで詳しいなら信じる以外ないでしょ」
「あははっ、よかった〜!」
アザミは小さく笑った。
アンヴィの雰囲気は、どこか姉に似ている。
「私はまだ仕事があるから、また次、詳しく聞かせてもらうから」
「へぇ、大変だねぇ〜……何かあったら、お兄ちゃんにドーン!と頼りなよ!!」
「はいはい、ありがとう」
席を立ち、店を出るアザミ。
その後ろ姿を、アンヴィはスマホを握りしめながら見送った。
嬉しそうな、どこか恍惚とした笑み。
「姉ってことは、アザミちゃんはあの子の妹かぁ……あはっ、兄妹だし、ちゃんと優しく接しないとね」
信頼を得るためにも、今はこちらから動かない方がいい。
「ふふっ、楽しみだなぁ……」
熱いコーヒーを一気に飲み干し、アンヴィは静かに目を細めた。