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次の日の東京は3㎝の積雪でいろいろな所で軽いパニックになっていた。
電車は遅延し駅には人が溢れていた。
栞里は大学に向かう私鉄の電光掲示板を眺めていた。
早めに家を出てなんとか、駅にはついたものの40分~60分の遅れ。
その文字を見てため息をついた。
構内では、仕事に向かうだろう人たちが忙しく携帯で連絡を取っていた。
そこへLINEが来たことを知らせる音が響いた。
大学の友人のあゆみからの物だった。
【栞里、今日の1限休講だよ!今日栞里1限だけでしょ?】
その文字に栞里はほっと胸をなでおろした。
あゆみこと、塩谷あゆみは大学の友人だ。大学に徒歩で行ける距離に住んでいるため、大学まで見に行ったのだろう。
栞里は早速返信をした。
【ありがとう!助かった!今駅で60分の遅延に困り果ててたところ】
すぐに既読がついて、お疲れ様と書かれたスタンプが送られてきた。栞里もありがとうとスタンプを押すと、駅を後にした。
栞里が空を見上げると雪はすっかり止んでいた。しかし街は道路の他はまだ雪が積もっていた。
そんなに大した量の雪が降っていないため、よく言う白銀の世界には程遠く、雪の白と土の茶色が混じって、お世辞にも綺麗といえるような街の状況ではなかった。
レインブーツを持っていなかった為、スニーカーの栞里の足元はだんだんと冷たくなってきた。
ザクザクと言う音を聞きながら、忙しく駅に向かう人の波とは反対方向に歩く。
(どうしよう?家に帰ってもな……)
そう思うと、昼からバイトだった為、栞里は少し早いがバイトに行くことにした。
(雪でお客さんが少なかったら、コーヒーでも飲んでようかな)
そんな事を考えながら、雪道を慎重に歩き、もう一度定期券で駅構内に入ると反対側の出口から改札をでた。
そして、喫茶店ココットへと向かう。
カランカランという音を立てて店内へ入ると、予想に反して店内は人で溢れていた。
駅の近くという事もあり、遅延の人や移動を諦めた人が流れてきているようだった。
「栞里ちゃん!」
その声に慌てて厨房に入り身支度をしながら友里に声を掛けた。
「なんか、すごい人ですね……。大学休講になったんで、バイトまで暇だったらコーヒーでも飲もうかと思っていたんですけど……。手伝っていいですか?」
「もちろん!お願い!」
友里はそれだけ言うと、パタパタとお客さんに呼ばれて行ってしまった。
栞里は厨房横のロッカーからネイビーのエプロンを取り出し、手早くすると店内へと戻った。
栞里が来たことで友里が厨房のフォローをできる様になり、店内は幾分いつも通りの穏やかな空気に戻った。
緩やかに流れる心地よいジャズが流れる昔ながらのこの店は広い世代に愛されている。
栞里も常連さんと笑顔で言葉を交わしながら、今日の東京の雪空について話せるようになったのは、午後の14時を回った頃だった。
電車も交通機関も通常通りの運転に戻ったようで、いつも通りの日常が戻っていた。
「よかった。栞里ちゃん来てくれて。ありがとう」
友里は大きく息を吐くと椅子に腰かけた。
「いいえ、よかったです。せっかく出てきたのに家に帰るのもなって思っていたので」
栞里は立ったまま外を見ながら言った。いつのまにか太陽の日差しが降り注いでいた。この分なら明日は凍結や雪の心配はなさそうだな。と栞里は胸を撫でおろした。
「栞里ちゃん、お昼遅くなったけど食べて」
マスターもようやく一息ついたようで栞里に声を掛けた。
「ありがとうございます」
栞里は素直に頷くと、奥に用意された小さなテーブルの上のナポリタンと湯気の上がったカプチーノを見た。
おいしそうと栞里は心の中で「いただきます」と呟くと手を合わせ食べ始めた。
その前の席に友里もサンドイッチとコーヒーを持ってやってきた。
「本当に今日は予想外に疲れたから、店番をマスターにお願いしちゃった」
茶目っ気たっぷりに言うと、コーヒーを一口飲んだ後、友里は卵サンドを摘むとパクっと口に入れた。
「マスター優しいですよね」
栞里もナポリタンをクルクルフォークに巻き付けながら言うと、友里に視線を向ける。
「そうだね。でもね、ここだけの話、結婚まではいろいろあったのよ。今はあんな感じだけど昔は結構やんちゃで手が付けられなくてね」
ふふっと友里は笑うと2個目のハムサンドに手を伸ばした。
「え……なんか意外です。マスターがやんちゃなところ想像できない……」
栞里は食べる手を止めて、そんなマスターを頭に思い浮かべようとしたが、できず思考をストップした。
「栞里ちゃんの思っているやんちゃとはちょっと違うかもな。あの人自由な人だから、お互いが理解できない事が多かったというか……。でも他人同士なんだからそれも当たり前だし、それもひっくるめて愛だし好きってことでしょ?」
そこまで言って友里は恥ずかしそうに頬をそめた。
「なんか語ってごめんね。ホントの所、栞里ちゃんが昨日の男の人どうするのかな……って気になっちゃって」
少し心配そうなお姉さんの顔をすると、チラリと栞里をみた。
(そのことだよね……)
栞里は昨日の事を話すかまた悩んだ。
そんな栞里を知る由もなく、
「栞里ちゃん、いつも男の人に距離をおくでしょ?店で声を掛けられたのも初めてじゃないし」
友里はゆっくりと栞里をみて微笑んだ。
「はい」
「まあ、確かに所詮ナンパだから、今までは何も言わなかったんだけど、昨日の人はなんて言えばいいのかな……。真剣さを感じたというか……。不思議な雰囲気を纏っているというか……」
友里は選ぶように言葉をゆっくりと発した。
「不思議な?」
「うん、なんていうのかな……少し影があるというか。でも不誠実とかそう言う感じじゃないのよ?纏う空気が悲しいって言うか……」
「悲しい……?」
「あっ、あくまで私の見ていた感想だから。いつも窓際で飲んでる姿がそう見えたのかな」
「いつも一人ですもんね」
「ねっ、栞里ちゃんを見ていたなら当然かもしれないけどね。他の人が栞里ちゃんの事すきになっちゃたら大変だものね」
友里が悪戯ぽっく言ったところで、カランコロンとお客の来た扉の音がした。
すでに食べ終わっていた友里が、
「栞里ちゃん、ゆっくり食べてから戻ってね」
「ありがとうございます。友里さん」
笑顔で言うと、友里は慌ただしく皿とコップを片付け店に戻っていた。
(真剣?本当に?)
友里は携帯を出すとLINEの画面を出した。
しかし、自分から連絡などできる訳もなく、まだ何もメッセージのない画面をしばらく眺めていた。
神田拓海
その文字をじっと見て、昨日の拓海の笑顔を思い出した。
(もう少し知りたい?)
そう思った、感情を栞里は心に押し込めると仕事に戻った。
そんな栞里の気持ちを知ってか知らずか、拓海から連絡が来たのはそれから3日後だった。
土曜日にどこかに出かけないか?という内容だった。
栞里は悩んだが付き合っている訳でもないし、友人と遊びに行くことに特に断る理由も見つからず了承した。
行きたい場所を聞かれたが、栞里が特に自分の要望をいえる訳もなく、どこでもいいではあまりにも無責任なような気がして『お任せします』とだけ伝えた。
拓海からは、『じゃあ、俺の行きたい所付き合ってもらうからよろしくね。楽しみにしているから』と返信が来た。
その言葉に栞里は、初めは照れて可愛らしく感じていた拓海は大人の男性なんだと改めて気づかされた。
自分が決定権も持っているつもりで余裕を持っていた栞里だったが、なぜか落ち着かないような気持ちになり、慌ててただの友達と心に言い聞かせた。
約束の土曜日、待ち合わせを初めて会った古本屋の前を指定され、栞里はうれしくなり防寒対策を完璧にすると15分ほど早く約束の場所に向かった。
しかし、その栞里の予想に反して、マフラーの中に顔を埋め、手に息を吐いている拓海を見つけた。
慌てて栞里は小走りに、拓海に近づいた。
拓海もそんな栞里に気づき慌てて声を掛けた。
「栞里ちゃん、走らないで!」
その声を聞き、栞里は走る速度を少し緩めたがそのまま小走りに拓海の元へと向かった。
「すみません!」、
「俺が早く来ただけだから。謝らないで。それより栞里ちゃんこそ、早いね」
「拓海さんの方が早いのに、そんな台詞おかしいですよ」
自分の事を棚に上げたような言葉に栞里は苦笑した。
「ああ、本見たかったんだよね?少し見て行こう?」
そう言って拓海は優しく微笑むと店内へ栞里を促した。
確かに本を見るつもりで早く来た栞里だったが、自分の都合に合わせるようで気が引けた。
「大丈夫です。拓海さん予定決めて下さったんですよね?行きましょ?」
そこまで言いかけて、拓海は少し考えるような表情を見せた。
「栞里ちゃん、遠慮って優しさとは違うと思うんだ」
「え……?」
優しい笑顔だったが、きっぱりと言われたことで、栞里は驚いて拓海を見た。
「栞里ちゃんは、本が見たくて早く来たんじゃないの?」
「それは……。そうです」
優しさの中に、有無を言わせない響きを感じた栞里は素直に答えた。
「じゃあ、それを遠慮された俺の気持ちわかる?俺が早く来てしまったせいで栞里ちゃんは本が見られなかった」
そこまで言われ栞里はハッとした。確かに迷惑を掛けたくない一心で言った言葉だったが正しくないのかもしれない。
「ごめんなさい。本を少し見てもいいですか?」
「もちろん。時間気にせずに見て。俺もその方が嬉しいから。きちんと、時間を気にして欲しいときは伝えるから。それにごめんなさいはいらないよ」
ふわりと柔らかな笑みを見せてくれた拓海の言葉に、栞里は素直に頷いた。
結局、栞里は30分ほど夢中で本を読んでしまった。
腕時計を見てその事実に気づき、慌てて拓海の姿を探した。
意外にも拓海は漫画のコーナーにいて、若者の集団の中で100巻ほど続く漫画を真剣に読んでいた。
「拓海さん!ごめんな……」
そこまで言いかけて、拓海の違うでしょ?と言うような視線を感じ栞里は言葉を止めた。
「お待たせしました。拓海さんはもう少し読みますか?」
「大丈夫だよ。弟が好きで読んでいたからどんな話なのかと思って」
拓海は持っていた漫画を最後までペラペラとめくると本棚に戻した。
2人は店から外に出ると、栞里は拓海に促されるまま歩いていた。
「弟さんいらっしゃるんですね?おいくつですか?」
「今年22かな。栞里ちゃんの一つ年上だね。栞里ちゃんは兄弟は?」
「私は、2つ年下の妹がいます」
そう言うと、拓海は納得と言った顔をした。
「うん、栞里ちゃんお姉ちゃんって感じがする。自由奔放な妹さんがいるような」
そう言ってクスクス笑った拓海に、栞里は驚いて拓海を見た。
「その通りですよ。よくわかりましたね」
「当たった?自由奔放な妹さんも?」
「はい。たまに羨ましくなるぐらい」
少し悲しそうな表情になってしまった気がして、栞里は慌てて少し微笑んだ。
「栞里ちゃんには栞里ちゃんの、妹さんには妹さんのいいところがあるでしょ?でも羨ましいと思う事があれば、栞里ちゃんも少し自由にしてみてもいいと思うよ」
優しく言われたが、栞里は目を逸らすと簡単にできるのなら、とっくにそうしていると心の中で呟いた。
「ほら、また我慢したでしょ?」
「え?」
驚いて顔を上げた栞里は、真っすぐな拓海の瞳とぶつかる。そしてそれはふざけてる様でも、からかっている感じもしなかった。
「そんなこと、簡単にできるぐらいならそうしている。そう思ったでしょ?」
その言葉に、栞里は押し黙ってしまう。
そこまで話したところでコインパーキングに着いた。
「ここから車でもいい?俺の行きたい所は車の方が行きやすくて」
栞里は車に乗るという事に、少しドキッとしたが頷いたて車に視線を向けた。
拓海は慣れたように自分の白のSUV綺麗な車体の鍵を開けると助手席を開け、栞里に目で乗るように促した。
「失礼します……」
そんな栞里の言葉に、拓海はクスリと微笑むと、「どうぞ」と執事がするようにうやうやしく頭を下げた。
「拓海さん!!」
ふざけた巧みに少しムッとして声を上げた栞里を見て、拓海は楽しそうに笑い声をあげた。
「もう……」
大学生の栞里にとって車はそんなに乗ったこともなければ、異性の運転する車に2人きりで乗るという事に慣れていなかったが、今の拓海の行為に少し緊張が解けたような気がした。
そんな栞里とは反対に、余りにもスマートに慣れた様子で助手席を促す拓海に栞里は少なからずドキッとしていた。
冷えた車内にエンジン音が響き心地よい振動が栞里に伝わった。
「ごめん、すぐに温かくなると思うけど」
拓海は手を擦りながらそう言うと、車はゆっくりと駐車場から発進した。
少しして、拓海がゆっくりと口を開いた。
「ごめん、俺も兄ちゃんだからすぐさっきみたいな事を言って。こんな説教じみた事言う奴嫌だよね。本当にごめん。でも俺は栞里ちゃんに俺には無理して欲しくないなって。少しずつでいいから、思っていることを言ってほしくて。そこでお互いの意見がぶつかったら、そこで修正していけばいいと思うんだ。言いあう事も、時には傷つけあう事も理解する方法だと思うんだ」
片手でハンドルを持ち真顔で運転する拓海はお兄さんと言うよりは、彼氏の様な台詞だった。栞里はどう反応していいか分からずとりあえず頷いた。
栞里がチラリと運転する拓海を盗み見ると、ちょうど拓海も栞里に視線を向けていた。その優しい眼差しに栞里はパッと視線を前に戻した。