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「初兎ちゃん!アイス食べよ!」
僕は自転車を引きながら駄菓子屋の方を指差し初兎ちゃんの方へ向き直る。
「、ええよ」
初兎ちゃんは優しく微笑みながら髪を風にたなびかせた。
道の端に自転車を止めると初兎ちゃんは駄菓子屋の中に入っていく。
僕は、アイスを買いに行った初兎ちゃんを待つために店頭にあるベンチに腰掛ける。
「暑過ぎてしぬ〜、…」
パタパタと手でうちわを作りながら自身の体に風を送る。
風に揺られた風鈴の音が耳に心地よい。
「いむくんお待たせ!はい、半分」
初兎ちゃんはアイスを買い終わったのか此方に駆け寄りアイスの半分を僕に差し出す。
「初兎ちゃんありがとぉ〜〜」
僕がアイスを受け取ると手にひんやりとした感覚が広がる。
初兎ちゃんは僕がアイスを受け取ったのを確認し、隣に腰掛けた。
「んー!美味しい〜!!」
僕は口の中に広がる冷たさと美味しさに満面の笑みを浮かべる。
やっぱ、暑い中のアイスは最高だな〜、なんて呑気に考えると隣からくすくすと笑い声が聞こえてきた。
「ほんま美味しそうに食べるよな、いむくんって」
隣を見ると初兎ちゃんは此方を見ながら面白いといった風に目を細めた。
そんな初兎ちゃんの顔に僕の心臓がドキドキと音をたてる。
「あっ、そういえば明日宿題提出やな。いむくん、宿題終わった?」
初兎ちゃんの思わぬ言葉に驚き一瞬喉を詰まらせる。
「え”っ!?嘘、宿題なんてあった!?」
僕は呼吸を整えた後、目を見開きながら初兎ちゃんに問いかける。
「はは、いむくんは相変わらずやな」
ま、そんなとこもいむくんらしい、なんて言いながら初兎ちゃんは明日の学校の話を始めた。
僕は話を聞きながらも目を細めて笑う綺麗な初兎ちゃんの顔が頭から離れなかった。
***********************
いつも通り初兎ちゃんとたわいもない話をしながら教室に向かう。
教室の扉を開けると、驚いた表情目を見開くと初兎ちゃんが固まった。
「?初兎ちゃんどうかした…え、」
教室を覗き込むと。綺麗な百合の花がささった花瓶が初兎ちゃんの机の上に置かれていた。
隣に居る初兎ちゃんは顔を青白くさせ、ただその花瓶を見つめていた。
それがいじめの合図だとも知らずに。
その翌日から初兎ちゃんの机や椅子、下駄箱など様々な所に画鋲や虫が詰められていたり、死ねと書かれた手紙などが入っていた。
「いむくん、…」
「…ん?どうしたの?」
「僕、なんかみんなに気にさわるような事してもうたんかな…」
放課後、不安気な表情を浮かべながら初兎ちゃんは僕の顔を見つめる。いつもの天真爛漫とした様子とは程遠い本当の兎の様に体を震わせる。
今初兎ちゃんが見せない姿をしているのを見ているのは自分だけなのだと優越感からか自然と口角が上がるのが分かる。
あぁ、なんて可哀想で可愛いんだろうな。初兎ちゃんは。
これは僕が君に仕掛けた甘い罠だというのに。
君虐めている人は架空のクラスメイト僕なのだから。
きっと、こんな事思う僕は普通じゃないのだろう。
初兎ちゃんは僕だけじゃない色んな友達沢山居る。僕じゃなくても。
でもね、それじゃあダメなの。
初兎ちゃんが見ていいのも必要としていいのも僕だけ。
笑顔も泣き顔も色んな事も僕だけが知っていればいい。誰にも近付かせたくない。
僕から思う初兎ちゃんへの気持ちはきっと恋なんて簡単な一言では済ませられない。
それくらい僕が初兎ちゃんへ思う気持ちは歪で重いものだから。
あの日、君が教えてくれた感情に僕は歪まされんだんだよ。
「大丈夫だよ初兎ちゃん。僕が守ってあげるから」
僕は自身の腕をの中で涙を流す初兎ちゃんを優しく抱き締める。
僕が君の居場所を作ってあげる。
だから初兎ちゃん。
他の人なんか見ないで。
早く僕に堕ちて僕だけを見て。
君の親友は僕だけなんだから。
***********************
ある日の帰り道、突如として初兎ちゃんが踏切の前で立ち止まった。
「…どうしたの、初兎ちゃん?遮断機空いてるよ?」
僕は空いている踏切の方を指差し初兎ちゃんの方に向き替える。
すると、初兎ちゃんはゆっくりと顔をあげると弱々しい声で呟いた。
「僕、もう死にたい…っ、」
目尻に涙を浮べくしゃりと顔を歪める初兎ちゃん。
「え…?なんで、…」
僕は想定外だと、心の中で戸惑いをみせる。
初兎ちゃんは戸惑う僕を残して空いている遮断機を通り踏切の中に入る。
「初兎ちゃん、っ…」
「………」
僕は顔を歪ませる初兎ちゃんの全身を見つめる。
前と違い痩せ細った体、血色の悪い肌。手首には幾つものリスカの跡がある。
そういえば、と最近笑った姿を見ていない事に気がつく。
僕のせい?僕が、初兎ちゃんをいじめたから?
そんな事を考えていると遮断機が閉まり、電車が来る音を告げる音が鳴り始める。
僕は鳴り響く踏切の音に意識を戻し、初兎ちゃんを説得しようと一歩踏切に近付く。
「初兎ちゃん!そっちは危ないから早く出てきて!そのままじゃ轢かれちゃうよ!!」
呼吸が浅くなり、握り締める手のひらには汗ばんで仕方がない。
僕は表情の読めない初兎ちゃんをひたすらに見つめる。そんな僕に関係なく電車は着々と距離を進める。
「…ごめんな、いむくん」
電車がぶつかる、という所で初兎ちゃんは此方を振り向き哀しそうに微笑んだ。
次の瞬間、グシャという鈍い体が砕ける音が空に響き渡る。広がる血の水溜り。千切れてしまった初兎ちゃんと僕のお揃いのキーホルダー。
投げ出された初兎ちゃんの付けていた兎のキーホルダーが紅く染まっていく。
「なん、で…こんなつもりじゃ、なかったのに…」
僕は涙を流しながらその場にへたれ混む。ぽたりぽたりと涙が紅くなった地面に落ちていく。
冷たくなってしまった君に幾ら呟いても返事なんて返ってくる筈もないのに。
その日、僕が見たのは愛していた親友の酷く歪んだ死体だった。
***********************
9月の始まりをチャイムが告げる。
教室のドアを開けると、体に冷たい水が浴びせられた。
「同棲愛とか、気持ち悪い…」
「亡くなった有栖くんが可哀想」
次々と僕に浴びせられる冷たい言葉達。
虐められる僕に味方になってくれる親友はもういない。
だって、自分自身の手で亡くしてしまったのだから。
君がいない学校には僕の居場所なんてないんだよ。
それが虐めの合図。
クラスメイトから受ける虐めは僕がしていたものより酷く、そして日々エスカレートしていった。
ズタズタの机には花瓶が置かれ、下駄箱には虫や罵詈雑言が書かれた手紙。
大量の画鋲が詰め込まれた上履き。
そして、自身の手首に付いた沢山の深い茶色のリスカの跡。
虐めを受ける僕を見てけらけらと笑うクラスメイトはまるで僕を食べようとする獣のようで、怖くてたまらない。
あぁ、初兎ちゃんはこんなにも辛かったんだ。
日々誰かも分からない悪意を受けるたび心が蝕まれていく。自分が受けて初めて知った事実と取り返しのない罪に胸が苦しくなる。
なのに、僕が独占したいという欲だけで初兎ちゃんを、親友を……。
目から涙が溢れ、喉から嗚咽が漏れ出す。
「僕はあんなことしなければ、好きになんてならなければ、初兎ちゃんは」
死ななくて済んだのに
***********************
僕は今日命を断つ。初兎ちゃんが死んだあの踏切で。
周りを見渡し遮断機の閉まった踏切の中へ足を踏み入れる。暑い気温の中、蝉の鳴き声が鳴り響き空がやけに澄んでいる様に見えた。
綺麗、なんてぼんやりと考えていると遠くから音をたて電車が走って来るのが見える。
あぁ、これでやっと初兎ちゃんの所に行ける、
そう思った。
「いむくん」
突如として僕の名を呼んだその声を聴いた瞬間、やけに蝉の鳴き声が五月蝿く聞こえて。まるで僕以外の時間が止まってしまった様な気がした。
僕が声の方に振り向くとそこには少し透明になった初兎ちゃんが立っていた。
「初兎、ちゃん?」
僕はもう居ない筈の愛おしい人の名を震えた声で呼ぶ。
初兎ちゃん。初兎ちゃん。違うんだよ。僕は、僕は。
君を死なせるつもりであんな事をしたつもりじゃ、
僕は目に涙を浮べながら、あの日の事を否定したくて必死に口を開く。
何かを言おうにも喉が猛烈な渇きをおぼえてはくはくと空気を吐き出す事しか出来ない。
そんな僕をみて透明な君はあの時と同じ様に少し哀しそうに微笑み、僕を指さした。
「君は友達」