テラーノベル
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厨房に、フレッドが息を切らしながら飛び込んできた。
「お嬢様、こちらを!」
差し出された手には、万が一に備えて屋敷の各所に設置しておいた映像魔石があった。
私はそれを受け取り、厨房の片隅へと移動した。
魔石に手をかざし、映像を高速で巻き戻していく。
(……厨房で毒を仕込むのは不可能よ)
使っている食器はすべて、毒に反応して黒く変色する特別仕様である。料理に毒が混入すれば、盛り付けの段階で必ず発覚する。
(なら――お茶しかない)
お茶を入れるときは、ポットから湯を注ぎ、ティーストレーナーを通してカップに落とす。
(毒を入れるなら、その“瞬間”よ)
令嬢のカップにお湯を注ぐ直前、一人の使用人が、周囲をきょろきょろと見回し──
懐から、何かを取り出した。
「……こいつね」
私は立ち上がり、男へ視線を向ける。
「チッ」
男は舌打ちすると、ドンッ!!と近くの料理人を突き飛ばし、猛然と走り出した。
「待ちなさい!」
男は厨房を飛び出し、レストランの入口へと駆けていく。
「……逃げられると思ったか?」
入口に立ちはだかったのは、アレクだった。男が飛びかかるが、彼は視線すら合わせず、片手だけでその腕をねじり上げた。
「ぐぁっ……!」
アレクによって地面へ叩き伏せられた男の懐から、小さな袋が転がり落ちる。騎士団が中身を調べると、中には不気味に光る白い粉状の薬物が入っていた。
私は男の前に歩み寄り、見下ろしながら冷徹に告げた。
「ねえ、聞かせて? ……何か言い残しておきたいことくらいあるでしょう?」
「ひ、ひぃっ……!」
***
地下牢の湿った空気が、肌にまとわりつく。
ランプの灯りが揺れているものの、中は薄暗い。
手錠をかけられた使用人の震えが、カチャカチャと鎖の音になって響いた。
「おい、命が惜しいならさっさと吐け! 誰の差し金だ!」
アレクの怒声が石壁に反響する。だが男は青ざめたまま、固く口を閉ざしていた。
「……アレク、無理に喋らせなくていいわ」
私が声をかけると、アレクが怪訝そうに振り返る。
「そいつの左足の裾を捲ってちょうだい」
アレクが男のズボンの裾を引き上げると、そこには黒い山羊の頭―― 『バフォメット』の刻印が、不気味に浮かび上がっていた。
「……なんだ、これは……」
私は自分のブレスレットに指を滑らせる。
「おいで、ルピ」
「キュキュ~……?」
光とともに現れたルピは、地下牢の不穏な空気に怯えたようで、私にしがみついてきた。 私は頭をそっと撫で、足首のリボンを解いた。
そこには、男のものとは対照的に、温かな光を放つ金の蛇―― 『ウロボロス』の円状の刻印が刻まれている。
「禁忌魔法による契約の印よ。……魔法の質によって、刻印が違うのよ」
(原作では……『バフォメット』は魂を縛る従属魔法。 ベラドンナが、借金を返せない領民を汚れ仕事に縛りつけるために使っていた禁術だわ)
私はかがみ込み、男と視線を合わせた。
「あなたはお義母様の“犬”。……だから話せない。そうでしょう?」
男の肩がびくりと震える。
「主人の名を口にしたり、逆らおうとした瞬間に……魔法が発動して、あなたの心臓を止める。 ……違うかしら?」
「……っ!!」
男が弾かれたように顔を上げた。
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