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しろニキ
ニキ視点
肌寒さが身に染みる冬空の日。
星なんて見えやしない大都会へ。
数年ぶりに踏み込んだ四角い箱。ガタンゴトンというオノマトペを連想させるその乗り物にゆらりゆらりと身体を預けていた。
ふんわりとした椅子の座り心地が、電車内部の暖気が、揺り籠のような揺れが、時たま耳を刺激する電車の交差する音があまりに心地よくて、脳みそごとうっとりと溶けていく。そして、目を瞑ってみるともっと溶ける。どんどん身の回りの認知度は下がり、己の境界線は曖昧化していく。
「まもなく―――」
そんな最中、アナウンスの声が俺の耳を貫いた。脳に刻んだ俺の降りる予定の場所の名前が聞こえる。まるでぐいっと手を引かれたように曖昧化した境界線は正される。
このままでもいいかもしれない…とも一瞬思ったが、ここで降りた後の予定が楽しみで、そのためにここに来た以上、降りない選択肢はない。
そんなことを考えながらぼうっと車内ビジョンを見ていると、やがて俺が降りる予定の駅に到着し、電車の外へ足を踏み出した。
急激な寒暖差に身体がビクついている感覚がする。この寒さが冬の醍醐味で、そこに雪が加われば更に味が増す。外に出たら雪が降ってるとかないかなあ、なんて思ったりもした。
生憎なことに降りた場所は改札からは離れているようで、思い描く雪景色を拝むのはまだ先のようだ。
歩いているうちに俺の乗ってきた電車は次の場所へと発進していく。通り風が寒く、耳を通り抜ける速さで通過していった。
そうして訪れた静寂の時。しん、とした駅構内にはぽつんと自動販売機があったり、電光掲示板に接近すると電気の流れる音がしたり、次の電車を待つ人が居て、遠くからは改札の音とざわめく人々の声だけが聴こえる。
ようやく辿り着いた改札にICカードをかざして、通り抜ける。もう少しで訪れるであろう出来事に胸が大きく疼くのを感じる。
地上への階段を駆け上がった。何か楽しみなことがあるかのような足取りは、周りからは大人気ないと思われちゃうのかな。そんな余所事を考えながら、はっ、はっと気持ちも身体も跳ね上がって、薄く白息が見える。
まだ仮にも20代なのだし、こんなことで息が上がったりはしない。いくらブランクがあるとはいえ、学生時代は運動部だったし体力は底を尽きない。
はあっと軽くひと息ついて、視界に広がったのは大都会の景色とそれを照らす月明かり。残念ながら雪が降ってはいない。
そこからある人を探して歩き回る。そう、俺がここにきた理由は単純で、そのある人に出掛けようと誘われたから。
「いた」
四方八方探し回っていると、俺をここに呼び出したある人が見えた。
見慣れた顔立ちをした紫メッシュの混じる漆黒の髪色の男が小洒落た服装で、猫背気味に、スマホを眺めて立ち尽くしている。
ボビーだ。
そう認識するのに大して時間はかからない。彼の存在を幾度となく認知してきたのだから、寧ろわからない方がおかしいだろう。と、考えながら近寄っていく。
ふと彼の首元に冷えた手でも当てて驚かせてやろうと思ったが、マフラーを巻き付けたその男の首元へ触れることは難しそうで、何か面白いことができないかと模索する。電柱の後ろに隠れるように歩いては考え、結局何も思いつかなかった。
「ボビー」
大人しく名前を呼んで、大して面白みの欠片もない集合をする。
ところが、名前を呼んだもののイヤホンでもしているのか俺の声は届いていないよう。 目の前まで歩いてみせれば、どうやら俺の存在に気づいたようでスマホから顔を上げて、こちらを見つめてくる。
何の目線かと思っていると
「寒いやろ」
そう発しながら、自信に巻き付けていたマフラーを解いて俺の首へ巻き付けてくれる。
あったかい。
なんとも言えぬ人肌の温もりにぬくぬくして、寒さを紛らわす。
既にポケットの中にあるカイロはしゃかしゃかと音を鳴らす遊び道具と化していて、だからこそ、今身につけてくれたマフラーが唯一暖を取れるもので、ようやく体温調節をする道具を手にしたと身体が喜んでいる。
それでも風が吹けば寒くなる。先程身につけたマフラーも、元から着ていたコートも意味をなさないと言わんばかりに風が身体を吹き抜けていくようだ。
だから冬場は外に出たくないんだ。たまたま持ち合わせた霜焼けも酷いし尚更。霜焼けになったら、指がカチンコチンになってひいひい言いながら編集作業しなくちゃいけなくなるからとっても嫌。それ以外にも理由はいくらでもあるけど。
今も霜焼けが酷く、一周まわって手の感覚がない。
「ボビー、行こ?」
だからわざとらしく手を差し出して、あっためてほしいと要求してみせる。
優しいこの人はきっとノッてくれる。そう信じてやまないのだ。
「つめてえ…」
「へへ、ボビーの手はあったかい」
案の定、彼はノッてくれて、かじかんだ手を包むように握ってくれた。俺の手を冷たいとこぼす彼の手は暖かくて、じんわりと伝わる熱が凍える寒さを打ち払ってくれる。
寒い日はあまり好きじゃないけれど、普段は冷えた指先から唯一温いを感じれるから嫌いじゃない。この温いが愛おしくて、これを何度も感じていられるのならきっと冬は嫌いになれない。
熱を冷まさぬよう、冬の寒さを蚊帳の外にして、またこんな日が訪れて欲しいと願うばかりだ。
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