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「ニコラス様~、本当にそろそろ復活してくださいな」
「……無理だ。絶対に無理だ」
その日、ニコラスは私室にて頭を抱えていた。隣にはいつものようにオリンドが控えており、ニコラスに対して「そろそろ復活してくださいよ~」などと言いながら、ニコラスの肩を軽くたたいている。しかし、そんなことをしてもニコラスには全く効果がない。そんなことよりも――ニコラスにとって、とんでもなくショックなことがあったのだ。
「そんな、たかが刺繍でしょう? リーザ様が誰にプレゼントをしようが、勝手じゃないですか~」
「だ、だが……リーザの手作りがどこに行くか心配じゃないか……!」
先日、リーザの専属侍女であるデジデリアからリーザが刺繍糸を欲しがっているということを、ニコラスは聞いた。その時は特に何も思わずに準備をすることにした。きっと、暇つぶしに刺繍でもするのだろうな。そう、思っていた。しかし、その刺繍糸をデジデリアに手渡した際、デジデリアは意味ありげに笑ってこう言ったのだ。
――リーザ様、これでプレゼントを作るのですよ、と……。
その言葉が、ニコラスの胸にグサッと来た。リーザがプレゼントをしようとしているのはニコラスなのだが、ニコラスは自分を対象外だと決めつけている。好かれる要素は一つもないと分かっているからだ。そんな愚痴をここ一時間延々と聞かされたオリンドは、「……だったらもう、素直になってくださいな」という結論に達していた。だが、ニコラスは全く聞いてくれない。もう、オリンドはこのニコラスに嫌気が差していた。
「オリンド。お前、リーザが誰にプレゼントを渡すのか訊いてきてくれ」
「え~、嫌ですよ。だって、もしニコラス様じゃなくてほかの人だった場合、ニコラス様に当たり散らされるのは俺じゃないですか」
オリンドはそう言いながら、露骨にため息をついた。その言葉にニコラスからの抗議がないということは、そうなることは確定なのだろう。そもそも、オリンドさえもリーザのプレゼントの相手がニコラスだとは、夢にも思っていない。リーザから嫌われる要素はたっぷりと会っても、好かれる要素は全くない男なのだ。この男たちの思考回路には、「夫婦円満を偽装するもの」というアイデアさえ、思い浮かばなかった。それぐらい、リーザから見たニコラスの好感度は底辺だと思っている。
「……それにしても、何が心配なのですか? ニコラス様がそこまで頭を抱えるような問題ではないと思うのですが……」
「……じゃないか」
「はい?」
「リーザはあんなにも綺麗なんだぞ! プレゼントをもらった輩が男だった場合、勘違いをするかもしれないじゃないか!」
オリンドの素朴な疑問に、ニコラスは大声で答えた。……だったらもう、素直になって気持ちを伝えろよ、というツッコミはこの際おいておく。そう思いながら、オリンドはこの不器用すぎる主をひっぱたいてやろうかと思っていた。この主は、一度ひっぱたいた方が良いだろう。そうすれば、少しは器用に生きられるのではないだろうか。そう思ってこぶしを握り締めるものの……寸前のところで踏みとどまった。もしも殴ったりひっぱたいたりしたら、解雇ものだからだ。
「……ニコラス様じゃないのですから、それはないと思いますけれど~?」
もう、いいや。そう思いながら、オリンドは言葉を返す。確かにリーザは美しい少女だ。あんなにも美しい少女に笑顔でプレゼントを手渡されたら……舞い上がる男は多いだろう。しかし、リーザは既婚者。しかも、相手はあの天下のグリーングラス公爵家の分家を治めているニコラスなのだ。……普通の男ならば、勝ち目がない勝負だと言って諦めるだろう。
「そもそも、ニコラス様は女性からすれば超優良物件だったのですよ? それを全て台無しにしていらっしゃるのは、ご自身の態度と言動ではありませんか」
そう言いながら、オリンドはまたため息をつく。もういっそ、一度愛想を尽かされた方が良いのではないだろうか。そう思いながら、机に頭をゴンゴンとぶつけているニコラスを呆れた目で見つめていた。このニコラスという男は、普段はとても冷静で頼りになる男だ。なのに、大好きなリーザのことになると、一気に脳内が子供並みになってしまう。しかも、その結果選択肢をことごとく間違えている。ただの従者である自分に、この冷え切った夫婦関係をどうやって救えというのだろうか。そんなことを思いながら、オリンドは天井を仰いだ。
(もういっそ、素直になれる魔法でもあれば……あ、そう言えば)
未だに机に頭をゴンゴンとぶつけるニコラスを見つめながら、オリンドはとあることを思いついた。確か……あの薬があったじゃないか。きっと、それに似た魔法もあるのだろうが、オリンドは生憎魔法の適性がない。だったらもう、この際あの薬に頼ってみるしかない。
(はぁ、気は乗らないが魔女さんの元に行かなくちゃな……。『想い人に素直な言葉しか言えなくなる薬』というどこに需要があるのか分からない薬を調合してもらおう。……まさか、必要になるときが来るなんて……)
「あー、もうダメだ。俺は死ぬしかない」。そんなことを喚くニコラスの姿を見つめながら、オリンドはニコラスから見えない角度で口角を上げた。そして、告げた。
「俺、明日有休を使いますので、ニコラス様にはほかの従者が付きますからね」
と――……。