テラーノベル
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世界から、音が消えた。
工藤新一の日常を満たしていた、一つの不協和音。それがぴたりと止んだ時、訪れたのは平穏ではなく、耳鳴りのするような静寂だった。
黒羽快斗が、俺に構わなくなった。
最初は、せいせいしたと思った。
朝の挨拶もそこそこに、休み時間に鬱陶しく絡んでくることもなく、昼飯の席を陣取ることもない。
これでやっと、自分のペースで過ごせる。そう、安堵したはずだった。
だが、一日、二日と経つうちに、胸の中に奇妙な空洞が広がっていくのを感じた。
視界の端で、快斗が白馬探と笑い合っている。
俺には見せたことのないような、屈託のない笑顔で。
廊下ですれ違っても、軽く会釈をされるだけ。以前のような、距離感のおかしい馴れ馴れしさはない。
まるで、俺だけが過去に取り残されたみたいだ。
今まで当たり前のように向けられていた熱量が、綺麗さっぱり消え失せて、その行き先が自分ではない誰かになっている。
その事実が、じわり、じわりとボディブローのように効いてきた。
本を読んでいても、活字が滑る。
事件の資料を整理していても、集中力が続かない。
頭の中を占めるのは、たった一つの疑問。
新一(なんで、なんだ…?)
俺が、何かしただろうか。
いつも通り「うっせー」とあしらったから?「邪魔だ」と追い払ったから?
だが、そんなことはいつものことだったはずだ。あいつは、そんなことでめげるようなタマじゃなかった。それなのに。
金曜日の放課後。
まただ。
快斗は、当たり前のように白馬と帰る準備をしている。楽しそうな声が、やけに大きく教室に響いて、新一の神経を逆撫でした。
声を、かけられない。
「待てよ」の一言が、喉の奥に引っかかって出てこない。
何を言えばいい?「なんで俺を構わないんだ」とでも聞くのか?まるで、捨てられた犬みたいじゃないか。情けない…
結局、新一は何も言えないまま、楽しげな二人の背中を見送った。
一人、また一人と生徒が帰り、ガランとした教室に夕日が差し込む。
そのオレンジ色の光が、自分の孤独を浮き彫りにしているようで、新一はたまらなくなった。
鞄を掴み、逃げるように教室を飛び出す。
どこへ行く当てもない。
ただ、この息の詰まるような気持ちから逃げ出したかった。
気づけば、人気のない校舎裏に来ていた。古い体育倉庫の影、普段は誰も寄り付かない場所。
ドサリ、と壁に背中を預けて座り込む。
新一「…っ」
膝を抱え、そこに顔を埋めた。
途端に、堰を切ったように感情が溢れ出す。
新一(なんでだよ…)
寂しい、なんて。
そんな単純な言葉で片付けたくなかった。
でも、事実はそうだ。
あのやかましい音が消えた世界は、あまりにも静かで、色褪せていて、
どうしようもなく寂しい。
自分に向けられていた特別な好意が、当たり前だと思っていた。
それを失って初めて、自分がどれだけそれに依存し、心を占められていたのかを思い知らされる。
情けない。みっともない。
工藤新一ともあろう男が、たかがクラスメイト一人の心変わりに、ここまで掻き乱されている。
新一(あいつはもう、俺に興味がなくなったんだ…)
そう思った瞬間、目頭がじんと熱くなった。
馬鹿みたいだ。
あいつの好意を、ずっと重荷に感じていたくせに。いざ無くなってみれば、この様だ。
新一「…ぅ…っ」
堪えようとしても、嗚咽が漏れる。
誰もいない。誰にも見られていない。
その安心感が、さらに涙を誘った。
ポロ、ポロ、と熱い雫が膝に落ちて、制服のズボンに染みを作っていく。
悔しい。
自分の気持ちに気づかなかったことも。
気づいた時には、もう手遅れだったことも。
そして、こんな風に一人で泣くしかできない、
自分の不甲斐なさも。
全てが悔しくて、情けなくて、涙が止まらなかった。
どれくらい、そうしていただろうか。
不意に、すぐ近くでカサリ、と砂利を踏む音がした。
ビクリ、と新一の肩が跳ねる。
泣いているところを見られた?誰に?
慌てて顔を上げようとしたが、それより早く、聞き慣れた声が頭上から降ってきた。
「…名探偵が、こんなとこで一人で何してんだよ」
その声に、新一の心臓が凍りついた。
顔を上げられない。
上げたくない。
よりにもよって、 一番見られたくない相手。
黒羽快斗だった。
快斗「…おい、新一?」
返事がないのを訝しんだのか、快斗が数歩近づいてくる。
新一は膝に顔を埋めたまま、必死で息を殺した。
バレるな。
泣いているなんて、絶対にバレるな。
だが、無情にも、快斗は新一の前に屈み込んだ。視線が、同じ高さになる。
快斗「…どうしたんだよ。具合でも悪いのか?」
その声は、この一週間、新一が聞くことのなかった、心配の色を滲ませた声だった。
その優しさが、今は何よりも辛い。
新一「…なんでも、ない…」
絞り出した声は、涙で酷くしゃがれていた。誤魔化しきれていないのは、自分でもわかっている。
快斗「…なんでもなくねーだろ、その声」
静かな声。
そして、快斗の手が、そっと新一の頭に置かれた。子供をあやすように、優しく、ゆっくりと髪を撫でる。
快斗「なあ、顔、見せてみろって」
新一「…やだ…」
快斗「やだ、じゃねえよ」
有無を言わさぬ力強さで、快斗は新一の腕を掴み、その顔を上げさせた。
夕日に照らされた、泣き腫らした顔が、あらわになる。
真っ赤な目元、涙の跡だらけの頬。
快斗の目が、驚きに見開かれた。
紫色の瞳が、悲しそうに揺れている。
快斗「…なんで、泣いてんだよ」
新一「…っ、お前には、関係ないだろ…!」
反射的に、突き放すような言葉が出た。
だが、その言葉は震えていて、全く棘を持たない。
快斗は、何も言わなかった。
ただ、じっと、新一の顔を見つめている。
その視線が痛くて、新一は再び顔を背けようとした。
しかし、快斗はそれを許さなかった。
彼の指が、新一の濡れた頬にそっと触れる。
快斗「…関係なくねーよ」
低く、確信に満ちた声だった。
快斗「お前を泣かせた原因が俺ならな」
新一「…!」
心臓を鷲掴みにされたような衝撃。
なんで、わかるんだ。
どうして、お前は_
新一が言葉を失っていると、快斗はふっと息を吐き、悲しそうに、でもどこか愛おしそうに、目を細めた。
快斗「…ごめんな」
新一「…え…?」
快斗「辛かったよな。ごめん、やりすぎた」
謝罪の言葉。
その意味がわからなくて、新一はただ瞬きをする。 快斗は、新一の頬に触れたまま、まるで懺悔するように言った。
快斗「…お前が、全然こっち向いてくんねーから。ちょっとだけ、意地悪したんだ。俺がいなくなったら、お前がどんな顔するのか、知りたくて」
新一「…いじ、わる…?」
快斗「ああ。…でも、こんな顔させたかったわけじゃねえ」
そう言って、快斗は親指でそっと涙の跡を拭う。
快斗「お前が、寂しそうな顔してんのは気づいてた。でも、お前のその高いプライドが邪魔して、声かけてこないのもわかってた。」
快斗「だから、もう潮時だと思って、探しに来たんだよ。…そしたら、こんなとこで一人で泣いてるから…」
心臓が、バクバクとうるさい。
つまり、この一週間は、全部。
新一「…ぜんぶ、お前の、芝居だったのか…?」
快斗「…うん」
肯定の言葉に、怒りよりも先に、安堵が込み上げてくる自分が信じられなかった。
嫌われたわけじゃ、なかった。
興味を失くされたわけじゃ、なかった。
その安堵に、また涙が滲む。
今度の涙は、さっきまでの絶望とは違う、温かい涙だった。
快斗「…なあ、新一。」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
至近距離にある快斗の顔。
その瞳は、真剣な光を宿して、まっすぐに新一を射抜いていた。
快斗「もう、意地悪はやめる。だから、正直に言ってくれ」
新一「…」
快斗「俺がいなくて、寂しかった?」
静かな夕暮れの中、その問いだけが、やけにクリアに響いた。
もう、隠す必要も、強がる必要もない。
新一は、しゃくりあげながらも、今度こそはっきりと、頷いた。
こくり、と。
それを見た快斗の顔が、ふわりと綻ぶ。
そして、そのまま引き寄せられ、新一は温かい胸の中に閉じ込められていた。
背中に回された腕は、力強くて、優しい。
快斗「…そっか。良かった…でも、ごめんな」
耳元で聞こえた安堵の声に、新一はもう抵抗する気力もなかった。
ただ、その背中にそっと腕を回し、しゃくりあ げながら、その体温に縋り付く。
失ったはずの音が今、確かにここにある。
それだけで、冷え切っていた心がゆっくりと溶けていくのを感じた。
1話終わりー
こういう小説は難しいね!!つくるの!!
早く終わらそ!!!!!!!!!!!⇦なんで作ったんだよ
コメント
2件
天才だから作ったんですよ、いつも読ませてくれてありがとうございます🫶☺️