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「二宮さん、医務室からの正式通達です。これ以上の連続出撃はトリオン過負荷に繋がると……」
ボーダー本部基地の作戦室。かつて二宮隊のオペレーターだった氷見亜季の音声は、幾度も繰り返された心労のせいか、掠れていた。彼女の目の前のモニターには、単独での防衛任務に就く二宮の異常な出撃履歴がずらりと並んでいた。
「……俺の戦術に問題はない。通信を切るぞ、氷見」
二宮は耳元のインカムを乱暴にオフにした。
彼が立っているのは、かつての大規模侵攻で天羽によって更地にされた場所だった。吹き付ける乾いた風が彼の纏う黒いスーツの裾を小さく揺らす。
あの日、廃線となった地下鉄構内の地下道で、辻󠄀新之助・犬飼澄晴両隊員を失ってから数ヶ月。後に二宮隊は解散し、周囲からのあらゆる声を遮断した。
「二宮くん、あなたが1人で背負う必要はないわ」
と声をかけてきた加古も
「おい二宮。1発殴らせろ」
と掴みかかってきた影浦でさえも、全て冷徹な一言で追い返した。
あいつらに俺の何がわかると言うのだ。
あの日、己のトリオンがトリオン兵を育て、仲間を殺した。その呪いを背負えるのは自分しかいない。
前方から不気味な地鳴りが響く。門が開き、湧きだしてきたのはかつての小型トリオン兵_後に”レギオン”と名付けられたものの群れだった。周囲にトリオンを吸い込み巨大化かつ凶暴化する、二宮にとっても、ボーダーにとっても最悪の天敵。
レギオンを分散させ、散ったところを大人数で叩く。これが基本戦術として確立されたが、今この場にいるのは二宮ただ一人。しかしひとりで戦うなど、上質な餌を与えるような自殺行為である。
二宮は来い、と言わんばかりに 両手を無造作に掲げた。その瞬間、彼の周囲の空間が、歪むほどの熱量を持った光に包まれた。
形成されたのは、通常の戦闘員なら数人がかりでもほぼ不可能とされている、万を超える誘導弾の弾丸。圧倒的な”才能の暴力”が空を光で埋めつくした。
案の定レギオンの群れはその光に狂喜乱舞するかのように、彼めがけて走り出す。
二宮の放った誘導弾の第1波がレギオンに直撃するが、爆音は鳴らない。弾丸はレギオンの皮膚に触れた瞬間、じわじわとその内部へ吸い込まれ、レギオンの肉体を2倍、3倍へと急速に巨大化させていく。
1匹1匹が小山のように巨体へと変異する。その赤い目が、まるで彼を嘲笑するかのように不気味に明滅した。
普通、こうなった時点で皆攻撃を中断する。
だが、現在の二宮の戦闘スタイルは、かつての緻密で完璧な戦術家としてのそれとは、完全に一線を画していた。
「もっと喰え。足りないだろう」
二宮の瞳には、かつての冷静さは微塵もない。ドス黒い執念だけが燃えていた。
二宮は火力を下げるどころか、さらに自身の全トリオンを絞り出し、ハウンドの弾数を倍に増やした。
あの日、自分のトリオンがレギオンを育てた。
ならば、その呪いそのものであるトリオンを、胃袋が内側から破裂するまで注ぎ込み続けてやる。レギオンの吸収限界を自分のトリオン量が上回れば、それで理論上は勝利できる。
だが、それはかつて彼が最も嫌っていた”力任せの愚策”であり、自分自身の命を削る狂気のソロ戦術だった。
「お前たちの許容量が先か、俺のトリオンが尽きるのが先か……勝負だ」
光がさらに太く、激しく暴れ狂う。
巨大化したレギオンの皮膚が、二宮の桁外れのトリオン量を吸収しきれず、パキパキとひび割れ、内部から光を漏らし始めた。限界を迎えた敵の肉体が、パンパンに膨らんだ風船のように歪んでいく。
光街 葵
393
#染井華
さんま
19
すぷりんぐ
51
#迅悠一
そして_轟音とともに、レギオンの群れは内側から破裂し、光の塵となって荒野に霧散していった。たった一人で、一個師団並みのトリオン兵を殲滅したのだ。
*****
静まり返った戦場。
二宮の戦闘体は傷一つついていない。緊急脱出機能にも異常はなく、いつでも帰還できる状態である。
しかし、二宮は帰還の通信を入れず、ふらりとその場に膝をついた。激しいトリオンの過負荷で激しい頭痛がする。
_ちょっと、誘導弾ちょっと広げすぎですよ。俺の弾道、邪魔しちゃってる
_すいません、二宮さん。左側、僕がシールドで押さえます
ふと、爆煙の消えゆく荒野のむこうから、聞き馴染んだ仲間の声が聞こえた気がした。
誘導弾の軌道を笑いながら操る犬飼と、黙々と自分の前でシールドを張る辻󠄀の幻影。
二宮がハッと目を見開く。
そこには誰もいない。トリオンの残光だけが残っていた。
「あぁ……そうか」
ぽつりとつぶやき、自身のトリガーを握る手を見つめた。
どんなに敵を圧倒しようとも、どんなに最強のソロとして称賛されようとも、彼が勝てば勝つほど、「あの時、この力任せの戦法を選んでいれば、二人を救えたのではないか」という最悪の後悔が、彼を内側から切り刻む。
彼は今日も、誰とも言葉を交わさず、また無傷のまま本部基地へと帰還した。
ボーダー基地、二宮隊の隊室。
夕暮れの赤い光が、静まり返った部屋に差し込んでいる。主を失った二つの席。犬飼のデスクの上には、あの日から置き去りにされたままの、お気に入りのマグカップがうっすらと埃を被っている。辻の椅子の背もたれには、彼が几帳面に畳んで掛けたままの、私服の上着が残されていた。
二宮は、いつものように完璧な姿勢で自分の椅子に腰掛けた。机の上には、チェスボード。彼は一人で、白の駒を動かし、そして反対側に回り込んで黒の駒を動かす。 かつて、犬飼や辻と、次の戦術を話し合いながら弄んでいた盤面。
「……犬飼、そこはハウンドではない。辻、シールドの位置が甘い」
誰もいない空間に向かって、二宮は静かに語りかける。彼の身体はどこも壊れていない。ボーダー最強のトリオン量は、今も彼の戦闘体を完璧に維持している。
しかし、彼の心は、あの日から一歩もあの地下空間から出られていない。死ぬことさえ許されず、最強という名の孤独な檻の中で、二宮匡貴は今日も、二度と戻らない仲間たちの幻影と、終わりなき チェスを指し続けるのだった。
コメント
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二宮の「勝てば勝つほど後悔が深まる」構造が切ないですね。最強ゆえに孤独で、誰も救えなかった自分を責め続ける……。最後のチェス盤のシーンが特に刺さりました。無人の隊室で一人で駒を動かす姿に、戻らない日常の重さを感じます。続き、二宮が誰かに心を開ける日が来るのか気になります。