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不未 No.4
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願いが一つ、叶うなら。
神様、お願い。俺のことなんてどうでもいいから。
アイツを、救ってやってください。
八月。
蝉が夏の本番を告げるように大きな音で鳴く。
俺はそんな鳴き声を聞きながら自転車を漕いでいた。
ある小さな小さな田舎町。ここで俺は生まれて、育ってきた。
汗で蒸れてるTシャツを手で掴み軽く引っ張り、パタパタ仰ぐ。生暖かい風が体に当たる。
「……っ、はぁ、」
不意に、肺の奥が焼けるように熱くなって、俺は一度自転車を止めた。
ただの夏バテ、なんて嘘を自分につくのにも、もう慣れた。 カレンダーに残された赤い印が、俺のタイムリミットを刻んでいる。
自転車のカゴに入っている花束が風にあたりビニール独特の音を立てる。その音をただただ聞いていた。
「…行かねぇーと。」
俺はまたサドルに跨る。自分の頬を強く叩いて、ハンドルを握る。
坂道を登って降りて。畑の横を回り、虫取りしてる子供の横を通って俺は何キロも先にある目的地に向かう。
そこには俺の大切な人がいる。
きっと俺の到着を1人、気長に待っているはずだ。
段々と人気の多い街に近づいてくる。
人に当たらないよう慎重に自転車のハンダドルを握りながら道を走る。
駐輪場に自転車をとめた。鍵を抜き取り小走りで自動ドアから目的地に入る。
“⚪︎×総合病院”。この街唯一の大きい病院だ。
受付の人に挨拶を済ませ、二階に上がる。
207号室。約二週間ぶりの再会。
ドアを慎重に開ける。そこにはベットに横たわっているなつの姿が見えた。
ただ、反応はない。無機質な機械音しか鳴らない。俺はベット脇にある椅子に腰掛ける。
なつは瞳を閉じていた。あの綺麗な真紅の瞳を瞼で閉じていた。
腕にはたくさんの管が繋がれ、口元には酸素マスク。なつの命の音が真隣で「ピーっ、ピーっ」となっている。
「なつ、久しぶり」
返答がなかったって気にしない。これが一年前からの日常だから。
「今日はさ、お前の好きな花、買ってきてやったから。」
手に持っていた花束を掲げ、なつにみせる。
「二週間前にやったひまわりの花は枯れちまったからさ。今回は違う花を持ってきた。」
花瓶に持ってきた花をいれて、水を少し足す。
「これ、スイートピー。いい花だろ?」
なつに笑いかけ、俺はもう一度椅子に座る。
「話したいことがいっぱい、いっぱいあるんだ。付き合ってくれよ?」
頭の中でなつが「うん」って言う。
それがただの妄想でも幻想でも幻影でも幻聴でもなんでもよかった。ただなつがそばにいる。
それだけで俺は満たされるから。
___________________________________________________
なつは一年前の6月6日に、事故にあった。
「今日もお前ん家でいいん?」
俺はなつと学校から帰っていた。
いつもと変わらない景色。変わり映えのない景色。畑に田んぼ。所々に建ってある家。
その日、俺は急に色を失うことになる。
「おう。俺の部屋でゲームしようぜ」
「お、いいやん。」
そんな話をしながらいつも通り別れ道で別れた。
「またあとで、」
そう言いながら笑うアイツをずっと見れるものだと思っていた。
けど、違った。ここ最近は見れていない。
自分の家に帰って。10分待っても30分待っても1時間待ってもアイツは来なかった。
お母さんに叱られているんだ。まだ準備してるんた。なつは方向音痴だから迷子になっているんだ。
そうやっていい聞かせてた。
けど、結局夜までなんの連絡もなかった。
19時、突然電話が鳴り響く。家の固定電話からなっているようだった。
「いるま~出てくれる?」
一階から親の声が聞こえてくる。俺は返事をし階段を下りた。
もしかしたらなつなのかも。そんな淡い期待を込めながら。
「はい、紫苑です。」
俺が名乗って数秒の間が開いた。すすり泣く女の日との声も聞こえる気がする。
『いるまくんかな?なつの父です。』
受話器から聞こえてくる程よい低い声。なつの声に似ているのは親子だからか。
「はい、そうですけど?」
『そっか。遅くなってすまないね。落ち着いて聞いてほしいことがある』
”落ち着いて聞いてほしい‘‘ドラマでよく聞く言葉だ。嫌な想像が頭の中を走り回る。
母さんが料理をする音よりも、父さんがテレビを見ている音よりも、なつのお父さんの息遣いの方が、大きく聞こえる。
『なつが、事故に遭って意識不明なんだ。』
そんな言葉が聞こえて、俺は右手でつかんでいた受話器をガタンと音を立てて落とす。
受話器はコードに繋がれたまま、壁にぶつかっては揺れ、空虚な電子音を漏らしている。
……さっきまで、あいつとゲームをするために片付けた部屋の感触が、まだ指先に残っているのに。
一階のキッチンからは、夕飯の焼ける香ばしい匂いが漂ってくる。
その”いつも通り‘‘の匂いが、今は吐き気がするほど不自然に感じられた。
「嘘、だろ」
何秒か経ってようやく出た言葉は、掠れていて声になっていなかったかもしれない。
___________________________________________________
……そんな記憶の澱を振り払うように、俺は一度強く瞬きをした。
目の前には、あの受話器じゃない。あの日から一度も目を開けないままのなつが横たわっている。
今でも吐き気がするほどの最悪な思い出をもう一度深く封印した。
今日はこんなことを思い出すために来たんじゃない。なつと話に来たんだ。
「もうさ、俺受験の山場になってきたんだよ。お前が寝てる間に。」
なつと昔話した将来の話。なつはあの大学に入りたいと言ってたな~。
「俺さ、お前が行こうとしてた大学行こうと思ってて。受かりはするだろうけど、入れるかな?」
今、アイツが起きてたら、ナルシスト!、ってからかってくれるのかな?
「それにさ、お前がやりたがってた新作、昨日発売だったぞ。俺、先にちょっとだけ進めといた。お前が起きたら、速攻でネタバレしてやるからな」
だから、さっさと起きろよ。俺がネタバレできるまでに。
「あの~、紫苑さん。すみません。面会終了の時間に__」
「あ、わかりました。」
椅子から立ち上がった瞬間、少し眩暈がして棚に手をつく。その姿を看護師さんは心配そうな顔で見ていた。
「……無理はしないでね」
念を押すように、子供を諭すように。看護師さんはそういって去っていく。
そんなことを言ったって、俺が聞かないこと、長年の付き合いの彼女ならわかってるはずなのに。
手をついた棚の表面に、じっとりと冷たい汗の跡が残っている。
……心臓の音が、耳元でうるさいくらいに早鐘を打っている。
まだ、なつに何も返せていない。このまま「じゃあな」なんて、言えるわけがない。
「なつ、またな。いい夢見てろよ」
大好き、なんて言ってやらない。植物状態の患者は耳だけ聞こえてるという状態が良くあるそうだ。
だから、起きるまで言わないんだから。寂しがりやなアイツのことだ。そろそろ拗ねて起きてくれるはず。
静かに扉を閉めて廊下を歩く。なつの命の音が次第に遠くなっていく。
家に帰り、自室の重い扉を閉める。
逃げるようにゲームの電源を入れた。カセットがカチリと嵌まる、無機質なプラスチックの音。
……隣を見なくてもわかる。
負けたら子供みたいに眉をひそめて、勝ったら「よっしゃ!」と世界で一番幸せそうに笑うアイツは、もうここにはいない。
画面に映し出されたのは、なつが好きだと言っていたキャラクター。
「これ、俺が先にクリアしたら絶対拗ねるだろうな」
口に出すと、余計に部屋の静寂が際立った。
アイツが口を尖らせて怒る顔を思い出す。そんな顔さえ可愛くて、わざといじわるをしたくなる。
俺ってホントに、進歩がないガキだよな。
ボスキャラを倒しても、あいつがいないと楽しくない。
隠しコマンドを一人で見つけたってうれしくない。
エンディングが流れても喜べない。
哀しい展開に涙をためる彼奴も、映像にはしゃいでる彼奴も、もう見れないかもだなんて。
「いるま、もう寝なさい」
ノックの音と共に、母さんの声が届く。けど強くは言わない。俺の気持ちを知ってるから。
廊下を歩く足音が遠ざかり、母さんが自分の部屋に戻ったのを悟ってから、俺はゆっくりと電源を切った。
目を瞑るとあの時のなつの姿が浮かんできた。また明日も目が覚めますように。
それから一か月後。
今日もなつの病院に行くことにした。
「いるま、車で送ってあげる」
「ありがとう」
短い礼を言って、助手席に乗り込む。
視線の端に、庭の隅で力なく傾いている俺の自転車が映った。
先々週の大雨に打たれっぱなしだったせいで、チェーンが赤茶色く錆びている。
あれに乗って、風を切って、アイツの元へ駆けつけていた頃の自分が、もうずいぶん昔のように思えた。
「……今日はいい天気だね」
母さんが静かに車を出した。
「そうだな。暑くも寒くもない、なつが好きそうな天気だわ」
「そうね」
窓の外を流れる景色は、一ヶ月前と何も変わっていない。
変わってしまったのは、俺の体調と、自転車の状態くらいだ。
「終わったら、何か買ってくる? ゼリーとか、食べやすいもの」
「……いいよ。なつが起きた時、俺だけ太ってたら笑われるし」
笑い混じりに返した言葉が、狭い車内に不自然に響く。
母さんはそれ以上何も言わず、ただハンドルを握る手に少しだけ力を込めた。
沈黙が続く。俺は窓の外を見ながら今日話す内容を考えていた。
すると、また母さんが口を開く。
「なつくん、起きてくれるといいわね」
それは悲痛な願いだったのか、ただの諦めだったのか、俺にはわからない。
「ああ、そうだな。じゃないと俺が困る」
俺は苦笑しながらそう言った。しかし目線が変わらず窓の外だった。
母さんはそれ以上何も言わない。
病室の扉を開ける。母さんは気を利かせてロビーで待ってると言ってくれた。
「なつ、久しぶり」
返事はない。前までは気にしなかったけど、なぜか今日はその事実が肩に重くのしかかった。
枯れているスイートピーの花を花瓶から取り出す。
綺麗に咲き誇るネリネと交換した。ネリネが太陽に当てられ美しく光っている。
「……なつさ、俺もうゲームもクリアしたよ?」
「でもさ、楽しくなかった。お前がいないと俺はゲームも楽しめないんだなって改めて理解したわ」
「だから、ゲームのセーブデータ消した。お前が起きたらもっかい最初から始めようと思って。」
どんどん飛びでてくる話題。なつを目の前にすると一人でも話題が途切れないから不思議だ。
「だからさ……勝手にエンディング見たこと、怒んなよ?」
自分の声が、思った以上に震えていることに気づいて、俺は慌てて笑い声を被せた。
けれど、笑おうとすると肺の奥がキュッと締め付けられる。
一ヶ月前よりも、呼吸を一つするのに必要なエネルギーが、何倍も増えている気がした。
「……っ、ふぅ、」
深く息を吐くと、視界がチカチカと白く爆ぜる。
俺はなつのベッドの端に、そっと手を置いた。なつの体温は、俺の指先よりもずっと確かな熱を持っている。
「……じゃあな、なつ。明日、また来るわ」
嘘だ。明日の朝、俺が自分の足で立っていられる保証なんて、どこにもない。
でも、そう言わなきゃ、今すぐこの場でアイツを抱きしめて泣き喚いてしまいそうだった。
花瓶の下にあるメモを入れた。これは俺なりの少しの抵抗。
俺は逃げるように病室を後にした。
家に帰り、ベットに横になる。
次第に音が聞こえてこなくなる。寒い、熱い、痛い、助けて。
そのまま意識が薄れていく。あ~あ、最後くらい、言ったらよかった。
大事なものが入ってる机の引き出しを司会に移した途端、目の前が真っ暗になった。
sideなつ.
ずっと動けなくなってた体。今なら不思議と、動かせる気がする。
ゆっくりと瞼を開けた。見えるのは白い天井。ただあまりの眩しさにもう一度目を瞑る。
「まぶし..」
久しぶりに出した声はガサガサで掠れてて声にならなかった。
ふと、時計を見る。時刻は8時20分。しかし朝か夜かもわからなかった。
ここは病院…だよな?なんでここに___。
思い出そうと記憶の海に潜る。次第に思い出してきた。ああ、そうだ俺、いるまの家に行く前に___。
…っているまは!?
隣を見てもいるまはいない。ただ真新しいネリネの花が飾ってあるだけだった。
看護師さんが扉を開ける。きっと回診をしに来たのだろう。
「え……」
看護師さんは、幽霊でも見たかのような顔で持っていたカルテを床に落とした。乾いた音が静かな病室に響く。
彼女はそれを拾おうともせず、脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
遠ざかっていく慌ただしい足音。……なんだよ、そんなに驚くことかよ。
「……いるま、」
もう一度、親友の名前を呼んでみる。けれど、隣の丸椅子は空っぽのままだ。
代わりに、花瓶に生けられたネリネの赤い花びらが、冷房の風に揺れてさらさらと音を立てる。
まるで、あいつの代わりに何かを喋ろうとしているみたいに。
数分もしないうちに、今度は大勢の足音が近づいてきた。
「なつ! なつなの!?」
扉が勢いよく開くと、そこには泣き腫らした顔の両親と、白衣を着た先生が立っていた。
母さんは俺の姿を見るなり、崩れ落ちるようにベッドに縋り付いてきた。
「よかった……本当によかった……!」
「母さん、苦しいって……。っていうか、そんなに泣くことないだろ」
俺は苦笑いしながら、一番聞きたかったことを口にした。
「……それより、いるまは? あいつ、俺の家でゲームする約束してたんだよ。ここに、来てるんだろ?」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
泣きじゃくっていた母さんの肩がピクリと跳ね、父さんは苦しそうに視線を床へ落とした。先生までもが、持っていたペンを握りしめて黙り込んでしまう。
誰も、俺の目を見ようとしない。
「……おい、なんで黙るんだよ。いるまはどこにいるんだよ!」
声を荒らげたつもりだったけれど、実際に出たのは掠れた、情けない叫びだった。
ようやく顔を上げた父さんが、震える声で絞り出した。
「……いるまくんは、いないんだ。なつ」
「いないって、何だよ……。帰ったのか? それとも、また遅刻か?」
「そうじゃない。今は、会えないんだ」
首を横に振る父さんの表情で、すべてを察してしまった。
「会えない」という言葉の裏側に隠された、絶対的な拒絶。
心臓の奥が、氷を押し当てられたように冷たくなっていく。
「……嘘だろ。あいつ、そこに花を置いてったじゃん。さっきまで、ここにいたはずだろ!」
叫んでも、暴れようとしても、自分の身体は鉛のように重くて動かない。
視界が急激に歪み、熱い塊が頬を伝って落ちた。
あいつのいない世界に、俺だけが放り出されたような、底知れない孤独が襲ってくる。
「……なつくん、落ち着いてください。まずは体の検査をしましょう。一年のブランクがあるんです、無理はいけない」
先生の冷静な声が、今はただひたすらに残酷だった。
結局、その日は精密検査の嵐に飲み込まれた。
自分の体がどれほど衰えているか、自分がどれだけの「時間」を失ったのか。それを数値で突きつけられるたびに、俺の心は摩耗していった。
入院は、継続。
窓の外は、いつの間にか夜の闇に包まれている。
消灯後の暗い部屋で、俺はベッドの横に置かれた、あのネリネの花をじっと見つめていた。
花瓶の下に、何か紙切れのようなものが挟まっていることにも気づかずに。
「……よし、忘れ物はないな」
父さんの声に、俺は短く頷いた。
数週間のリハビリを経て、ようやく自分の足で地面を蹴ることができるようになった。けれど、退院の許可が出たというのに、俺の胸にあるのは晴れやかな気持ちではなく、冷たい石を飲み込んだような重苦しさだった。
あの日、両親から聞かされた「真実」。
俺が目を覚ますほんの少し前に、あいつがこの世を去ったということ。
俺を助けてくれと神様に願ったあいつ自身が、一番先に救いを必要としていたなんて。
「先、車に荷物積んでくるわね」
母さんが気を利かせて、父さんと一緒に部屋を出ていった。
一人になった病室。
棚の上には、もう花びらが落ちてしまったネリネの花瓶だけが残されている。
俺は吸い寄せられるように、その花瓶に手を伸ばした。
あの日、意識が戻った瞬間に見つけた、あの「違和感」を確かめるために。
花瓶をそっと持ち上げる。
そこには、四つ折りにされた小さなメモが、ひっそりと息を潜めていた。
震える指で広げると、走り書きのような、けれど意志の強いあいつの筆跡が目に飛び込んできた。
『部屋の机。引き出しの中。カギは大切なところ』
「……なんだよ、これ。最後までゲームかよ」
乾いた笑いが漏れた。でも、すぐに視界が熱くなって、文字が滲む。
「大切なところ」……あいつにとっての、あるいは俺たちにとっての「大切なところ」。
あいつが命を削りながら、俺が起きるのを信じて残した最後の「隠しコマンド」。
俺はメモをポケットに深く押し込み、病室を後にした。
廊下を歩くたび、リハビリで鍛え直した足が微かに震える。
早く、あいつの部屋へ行かなきゃいけない。
あいつが何を遺し、何を俺に託そうとしたのか、この目で確かめるまで、俺の時間は止まったままだ。
病院の自動ドアが開くと、ぬるい風が頬を撫でた。
一年前、あいつと別れたあの日の夕方と同じ匂いがした。
いるまの家に向かう道中、俺はずっと「大切なところ」という言葉を反芻していた。
あいつが俺にしか分からないように仕掛けた、最後の謎解き。
辿り着いたあいつの部屋は、一ヶ月前まで主がいたとは思えないほど静まり返っていた。でも、机の上にはまだ消しゴムのカスが残っていて、まるで「ちょっとコンビニに行ってくるわ」とでも言い出しそうな空気のまま。
「……ここか」
俺は机の横に置かれた、一年前のあの日、俺が持っていたはずのバッグに手を伸ばした。ボロボロになった布地。事故の衝撃と、その後の時間を物語るそのバッグの底に、小さな違和感があった。
裏地の隙間に指を差し込むと、冷たい金属の感触。
取り出したのは、安っぽい、けれど鈍く光る銀色の鍵だった。
「……ほら、やっぱり」
震える手で、机の引き出しに鍵を差し込む。
カチリ、と。
世界で一番残酷で、一番優しい音がした。
ゆっくりと引き出しを引く。
そこには、ノートやゲームソフトの隙間に、一輪の紫色の花が大切に、大切に押し花にされていた。
「これ……ヘリオトロープ……」
その横には、殴り書きのような、でも力強いあいつの字で、一枚のカードが添えられていた。
『なつへ。
起きたか? だったらこのメッセージは、俺の勝ちってことだな。
伝えたいことは山ほどあるけど、結局これに尽きるわ。
――大好きだよ。』
文字が、なつの涙で滲んでいく。
あいつがどれだけの恐怖と戦いながら、この言葉をここに封じ込めたのか。
自分が消えていくことを悟りながら、俺が目覚める未来だけを信じて、この花を選んだあいつの熱量が、引き出しの中から溢れ出してきた。
「……っ、ふ、ざけんなよ……」
喉の奥から、嗚咽がせり上がってくる。
あいつはもういない。この文字を書いた指先も、俺の名前を呼ぶ声も、もうどこにもない。
残されたのは、乾いた花と、たった四文字の愛の言葉だけ。
俺はカードを胸に抱きしめ、叫ぶように呟いた。
「これぐらい、直接言えよ。ばか」
どんぐらいヘタレなんだよ。聞きたかった。聞きたかったのに。
「俺も大好きだよ、いるま。」
誰もいない部屋で一人つぶやく。
___もう二度と会えない君に愛を乞う。
~end~
「ひまわり」↝「貴方だけを見つめる」
「スイートピー」↝「優しい思い出」・「門出」・「私を忘れないで」
「ヘリオトロープ」↝「愛よ、永遠になれ」
ギリシャ神話の悲恋物語(太陽神を想い続けた水の精クリティ)に由来
コメント
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**美月ゆめか🌸の感想** うわああああ〜〜〜っ!!!😭💦💦 いるまっ、なつっ、お互いのことを想い合ってたのにすれ違っちゃってるの切なすぎるよ…! 「大好きだよ」って直接言えなかったいるまの不器用さと、それを見つけたなつの涙にもらい泣きしたよ…。 花言葉の伏線も美しすぎて、胸がぎゅーってなった😢💕 2人の想い、ちゃんと届いてるからねって伝えたい…!