ワイらの動きは次第に鈍っていった。チンピラ隊長に操られた手下どもは、まるで底なし沼のように絶え間なく襲ってくる。剣を振り下ろしても、蹴り飛ばしても、倒れたそばから無表情のまま立ち上がるその姿は、不気味さを超えて狂気すら感じさせた。
こいつら、生きてんのか死んでんのかも分からん。血も流さんし、痛みも感じてへんみたいや。倒しても倒しても、まるで夢の中みたいに繰り返し襲ってくる。汗が頬を伝い、剣を握る手の感覚がだんだん遠のいていく。指が冷たく、手のひらの皮が擦れて痛むのに、剣はもう重りみたいやった。
「くっ……! こんなん、どうすりゃええねん……!」
ワイの声は震えとった。喧騒にかき消されて誰にも届いてへんかもしれんが、何かに縋りたい気持ちだけは抑えられへんかった。心の奥底で、助けを求めるように叫んどった。
剣が一人の兵に命中しても、そいつは無機質な目のまま、粘土細工の人形みたいに手を伸ばしてくる。その手の動きには生気がなく、触れたら冷たくて粘つきそうな嫌悪感がした。自分が人間相手に戦ってるんか、それともただの壊れた人形を相手にしとるんか、頭がぐちゃぐちゃになりそうや。心臓が乱打し、鼓動が耳鳴りのように響く。
「ナージェ! 下がれ!」
レオンの声にハッとし、反射的に飛び退いた。次の瞬間、彼の剣が鋭く閃き、目の前のチンピラを無力化する。彼の剣さばきは見事やったが、そんなんで安堵する余裕なんてあらへん。レオンの動きにはまだ力強さがあったけど、汗が飛び散り、呼吸は荒く、いつまで持つか分からん。
むしろ、そんな彼の背中が、次に押し寄せる波に飲み込まれそうで怖くなった。新たなチンピラがぬっと現れ、ワイらを押しつぶさんばかりに迫ってくる。息をつく暇すらあらへん。全身の筋肉が硬直して、心臓の鼓動が耳の奥で痛いほど響く。恐怖が冷たい鉛みたいに体の中に広がっていく。
「炎よ、集え……【フレイムウォール】!」
リリィの炎が再び立ち上がり、赤い壁が兵たちとの間に生まれた。一瞬の猶予や。しかし、炎越しに見えるチンピラたちは、炎に焼かれても表情ひとつ変えへん。まるで、火の熱ささえ感じとらんみたいや。
焦げた皮膚がめくれ、煙が立ち上っても、奴らはじわじわと前進を続ける。焼けた肉の匂いが鼻をつき、吐き気が込み上げる。それでも、奴らは何も感じてへんのやろな。炎さえも、彼らを止められへんのか。炎の熱気が肌を刺すようで、汗が目に入り視界がぼやける。
「ダメだ……奴ら、炎でも止まらない!」
「もう魔力が尽きる……次が最後よ!」
リリィの声は、いつもの張りを失っとった。彼女の額に浮かぶ汗、白くなった唇。炎の揺らぎと共に、彼女の魔力も尽きかけとるのが見て取れる。いつも凛とした彼女の姿は、今や弱々しく、灯火が風に煽られているようやった。
希望の灯火が、じりじりと風前の灯のように小さくなっていく。息苦しさと絶望が胸を締め付け、手元の剣がまるで石ころみたいやった。剣の重さが増して、振り上げる気力さえ奪われていく。
その時、視界の端にケイナの姿が映った。彼女は見張り台の上から、戦局を見据えとる。その目には、強い意志が光っていた。こんな状況でも、あの小さな体に宿る芯の強さが、かすかな光を感じさせた。
「ナージェさん、弓矢がなくなっちゃった! 私も下りてそっちに行くよ!」
細い声やったが、彼女の決意が伝わってくる。あの小さな身体で、何とか力になりたいと願ってるんやろう。その純粋さが、胸を締め付けた。
「なんやて!? あかん! ケイナがこっちに来たら、一瞬でフルボッコやで! 用意しとった石っころでも投げてくれや!」
声が上擦って、余裕のない自分が嫌になった。戦場の空気は、そんな軽口を許してくれへん。冷や汗が背中を伝う。
「私の力じゃ、投げてもそこまで届かない!」
「じゃあ大人しく避難しとってくれ!」
ワイは叫ぶ。見張り台には、防衛用の準備も整えとった。とはいえ、人員・金・時間の全てに余裕がなかった。せめてもの準備として、石を用意しとったんや。見張り台に迫ろうとしてくる奴らを妨害するには、高低差もあるしそれで十分やろな。やけど、見張り台から離れたところにおる奴らには届かん。ケイナの無力感が、痛いほど伝わってくる。
「みんなが一致団結しているのに、黙って見てられないよ! 三人じゃなくて、四人の連合なら何とかなるかもしれない!」
ケイナの言葉が、胸を刺した。小さな声やったが、その奥にある強い意志が、揺らぎそうなワイの心を捉えたんや。
「せやかてケイナ……! たった四人で連合しても、この人数差の前じゃ――んん? ちょ、ちょっと待ってくれ……!」
ワイは急に違和感を覚える。決して悪い感覚やない。急に、力が湧いてきた気がしたんや。頭の中で、点と点が繋がるような感覚が広がった。
……そうか、そういうことなんか。
「ケイナ、ありがとな! おかげさんで、何とかなりそうや!!」
「えっ!? どういうこと?」
ケイナが困惑する。彼女の小さな手が見張り台の縁を握りしめ、白くなっている。
「おい、ナージェ! 何か突破口でも見つかったのか!?」
「作戦があるなら早くして! もう、私の魔力は空っぽ寸前なのよ!!」
レオンとリリィも焦り顔で急かす。彼らの瞳に映るワイの姿は、どれだけ頼りなく見えとるんやろうか。それでも、まだやれる気がする。
やれるんや、ワイらは。
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