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それから二か月後。
「やばすぎる〜! 写真でこの顔が私に向けられて微笑んでる瞬間良いと思わない!?」
出来上がった写真をどうしても自慢したかった私は、土曜の昼間に紗希ちゃんと玲くんを呼び出していた。
玲くんに至ってはこの後夜から仕事だというのに「雅さんの幸せそうな顔が気になる」なんて言って、わざわざ我が家まで茶化しにやってきた。
当の雅はといえば、興味なさげにソファでスマートフォンを眺めている。
「ていうか、この黒の服のリンクコーデ可愛すぎます……。これで街中歩いて欲しい……」
「この歳でそれは恥ずかしいから、写真限定ね……」
スタイリストさんの腕も優秀で、衣装ごとに雅の髪型を細かく変え、彼の魅力をこれでもかと引き出している。リンクコーデで見せた、ラフで屈託のない笑顔なんて、反則に近い可愛さだ。
「というか、夏帆さんのこのワインレッドのドレス素敵過ぎませんか……。というか、洋だけじゃなくて和も似合うんですね……」
「本当本当、綺麗だよ。夏帆ちゃん」
「そんなにべた褒めされても困るわね。それに比べてうちのは一言も褒めてくれないけど」
雅に恨みがましい視線を飛ばしても、ぴくりとも反応はない。
完成品を見た時も「へー、届いたんだ」の一言で感想が終わった。
こういうところが、本当につまらない。私がこれだけ興奮しているのに、この温度差に少しだけ寂しくなる。
元々、素直に喜びを露わにするような男ではないと分かってはいるけれど、それでも少しは一緒に感動してくれてもいいのに。
「というかこんなによく撮らせてくれましたね。衣装着替えるのも全部大変だし、こんな分厚いアルバム二ヶ月で……」
紗希ちゃんが感心したようにアルバムを捲る。
「頼み込んだから、少しでも多く撮らせてくれ〜! って。雅が黒ってイメージだったけど、どうしても白のタキシードも着て欲しくて、和洋どっちも頼み込んだ」
「夏帆さん基本面倒臭がりなのにそういう所エネルギー凄くないですか?」
雅のことになると、一ミリの妥協も許せなくなる。これを逃せば二度と巡ってこないチャンスだと思えば、これでも足りないくらい。
スタジオ内でも外でも百点満点だったスタッフさんの働きぶりには、今思い出しても感謝の言葉しか出てこない。
「雅は相変わらず素直になれないね」
玲くんに水を向けられ、雅はようやくソファからこちらへ顔を向けた。それから意味わかんねーみたいな顔を向けては何も言わずすぐに視線をスマートフォンへ戻す。動画を見ているのか何なのか知らないけれど、まともに客人の相手をする気はないらしい。
けれど、私は知っている。写真撮影も、この豪華なアルバムも、私のわがままで膨れ上がったかなりの費用を、雅はすべて自腹で支払ってくれた。
共通の貯金から出そうとしても、彼は受け取らず『俺が勝手にしたことだから』と言って、彼は私のわがままのすべてに、最後まできっちり付き合ってくれた。
「結婚式も写真も別に、と思ったけど、やって良かったな。ありがとう、雅」
届かないふりをする背中に、私は感謝の言葉を掛ける。
「雅も見たかったんだよね。夏帆ちゃんの綺麗な姿をたくさん」
玲くんの揶揄うような言葉に、雅は心底だるそうに溜息を吐いた。スマートフォンを閉じ、私の隣へ腰を下ろす。
「よくそんなクサイセリフ言えるよな。玲の事尊敬するよ本当。ホストになった方がいいんじゃない?」
「夏帆ちゃんと再会する前に色恋でお客さん引き止めてた君に言われたくないけどね」
「えっ!?」
雅の過去を知らない紗希ちゃんが、素っ頓狂な声を上げた。私は隣で、コーヒーを慎重に口に運び、火傷しないようにゆっくりと流し込む。
そもそも、再会した時の最初が知らない女との熱烈なキスシーンだったのだ。今更、彼の色恋沙汰なんて聞かされても痛くも痒くもない。
雅も玲くんも、私が嫉妬なんてしないことはわかっていると思う。むしろ私は雅の倫理観が崩壊した過去話を娯楽だと思っている節があるから気にもしない。
だけど、事情を知らない紗希ちゃんは、あわあわと唇を震わせて絶句していた。
その怯えたような反応が、雅と玲くんの悪戯心に火をつけたらしい。
雅が私の肩に手を回し、顔を覗き込んできた。
「何、夏帆ちゃん不機嫌?」
「そりゃあねぇ? 旦那の色恋話なんか聞きたくないよね。夏帆ちゃん」
息を合わせて畳み掛けてくる二人に呆れつつも、私は紗希ちゃんを見た。彼女は余計に怒りを煽って大丈夫ですか!? と言わんばかりの顔で、真っ青になっている。こういう反応が可愛くて、つい虐めたくなる気持ちも少しは分かってしまう。
「そうね、どうでもいい、かな?」
本当にどうでも良かったのだけど、良い感じに怒って強がっている女感が出て二人の悪戯をアシストしてしまった。
「か、夏帆さ~ん……。わ、私どうすれば……!」
「大丈夫。本気で可愛げないやつだからこれ」
雅は肩から手を離し、興味なさげにアルバムを捲り始めた。
玲くんは「どうでもいい」とぶった斬った私を見て楽しそうに笑っている。
私はその混沌とした状況の中、マグカップを両手で包み、いい天気なんて思いながら、窓の外の空を眺めていた。
紗希ちゃんだけが「えっ?えっ!?」とパニックに陥っているけれど、誰もフォローしない。ここは彼女以外の全員、おそろしく性格と意地が悪い。
「紗希ちゃんは可愛いわね。本当」
「大丈夫、夏帆ちゃんも可愛いよ」
「夏帆も可愛くなってみれば? 玲も旦那とお前を好きって言ってくれてる女の子の前で言うなよ、それ」
「私の可愛いのイメージは”もう!過去の女の子の話なんてしないで!”だけど」
該当部分だけ、わざとらしく声をワントーン上げて、頬を膨らませてみせる。すると雅は、無表情のままこちらを一瞥し、深い溜息を吐き出した。
「アラサーのそれはきついだろ」
「殺す」
この二人の前では言わないけど、たまに可愛いって溺愛してくる瞬間があるの、わかってるんだからねと心の中で思いはした。
本当に殺意が湧いていたかどうかまでは私の中の秘密である。
☁︎·₊°
「ていうか、あんた本当に何でフォトスタジオ予約したの?」
玲くんたちを見送った後。洗い物をしながら問いかけると、換気扇の下で煙草を吸っていた雅がこちらを振り返った。
ずっと不思議だった。撮影中も淡々としていて、アルバムが届いても嬉しそうにするわけでもない。そんな彼が、写真を撮ることに前向きになったのか。何を目的でフォトスタジオなんて予約したのか。
雅は煙草をふかし、何でもないことのように「別に、ただの気まぐれ」と答えていた。
「じゃあ質問変える。写真来たのにどうしてその態度なの? 何が嫌なの?」
「その態度って?」
「あんたね、無自覚なのか馬鹿にしてるのかどっち?」
「どっちでもねぇよ」
追求されるのが面倒になったのか、彼は早々に煙草の火を消してその場を離れようとする。
私の様子にすら気づかないほど冷めてしまったのか、それとも対話すら面倒なのか、もやもやとした感情だけが残り続ける。
「別に、馬鹿にもしてねぇけど、玲には見せたくなかっただけ。夏帆のウェディングドレスとか」
ソファへの戻り際、ぼそりと落とされた言葉。
一瞬、呆然とした。数秒遅れて意味を理解した途端、口元が緩んだ。
そんな独占欲が、あいつの中にあったなんて。
私は慌てて手を拭くと、ソファへ駆け寄って雅に思い切り抱きついた。
そのまま、わしゃわしゃと彼の頭を撫で回す。
「本当愛い奴! お前って奴は~!」
「やめろ! 普段そんな事しねぇだろ!」
「結婚してからの方が可愛いの何! うちの旦那本当に最高なんだけど。クズなのに!」
「お前、本当離れないとこの場で口利けないくらい犯すぞ」
それだけは本当に勘弁。
T
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コメント
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うわ、この“玲には見せたくなかった”の伏線回収、めっちゃ好きです……! 撮影中はあんなに淡々としてたのに、根底には独占欲があったんだなって。クズだけど不器用な愛し方をする雅さんのキャラが本当に活きてる回でした。紗希ちゃんだけパニックになってる構図も面白くて、この4人の空気感、最高です。