テラーノベル
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この短い間に、いったい何が起きたというのだろう。
子猫を拾ってきた。そこまではいい。
いや、よくはないが、まあ、わかる。
問題は、その子猫たちが人間の子どもに変身したということだ。
どうして?
何がどうなったら、そんなことになるのだ。
岩本は頭を抱えた。
頭を抱える以外に、今の自分にできることが思いつかなかった。
「で? お前ら、本当にあの三頭なわけ? なんで人間になってんの?」
目の前には、ちょこんと三人の子どもが座っている。
さくまとこーじは、二人で尻尾を絡ませていた。
岩本に見つからないよう、こそこそとじゃれ合っている。
人間の姿になっても、やることは猫のままらしい。
いや、猫の姿だったときから、こんなふうに人目を盗んで遊んでいたのだろうか。だとしたら、自分は今まで何を見ていたのだろう。
「話せば長いんだが、まあ、恩返しだな」
しょうたが言った。じゃれ合う二人をたしなめながら、ずいぶんと落ち着いた声である。
「恩返し? 俺、なんか恩売ったかなぁ……」
深澤は記憶を探った。
猫を拾ったこと以外、特に何もしていないはずだ。
そもそも猫を拾うのは恩を売ることなのか。いや、売るとか売らないとか、そういう話ではないのかもしれない。
「あれじゃない?」
ラウールがぱっと顔を上げた。
「この前、表の堀でハゼを大量に釣って、何匹か返したじゃない。あのハゼの化身!」
どうだ、と言わんばかりの顔で立ち上がる。自分のひらめきに、自分で感心している。
こういうときのラウールは、たいてい少しだけ面倒くさい。
「ハゼの天ぷら、美味かったね。ちょっと多すぎたけど」
目黒は、思い出しただけでお腹がいっぱいになったという顔をした。
恩返しだの化身だのという話の最中に、天ぷらの感想を挟めるのは、ある意味すごい才能である。
「入れ食いだったもんな。また釣ろうぜ……って、そういうことじゃなくて!」
岩本は思わず声を張り上げた。
「お前ら、本当に…ハゼの化身…なのか……?」
深澤の声は、ずいぶんと頼りなかった。
四人はそろって子どもたちを見つめた。子どもたちもまた、何か言いたげに四人を見返している。
誰か、この状況を説明してくれ。できれば最初から、順を追って。専門用語はなしで。
あと、できれば人間の常識の範囲内で。
そんな四人の願いが通じたのかどうか。
ふいに、坪庭のほうから、かすかな水音が聞こえた。
ぽちゃん。
手水鉢に水滴が落ちたような音だった。
誰かが庭にいるのだろうか。
全員がそちらに目を向ける。
庭木の葉が、風もないのに、さわさわと揺れていた。
障子の向こうは明るい。見慣れた坪庭のはずなのに、そこだけが、ひどく遠い場所のように感じられた。
「では、私から説明いたしましょう」
声がした。
庭の奥からだった。
いつから、そこにいたのだろう。
古木のそばに、着物姿の青年がひとり、静かに佇んでいた。
印象的な深紅の着物に、整った顔立ち。
背筋はすっと伸び、両手はゆったりと前で重ねられている。
特別なことなど何ひとつしていない。ただそこに立っているだけなのに、庭の景色が、まるでその人を中心に成り立っているようだった。
皆、思わず息を止めた。
不思議なことに、驚くより先に、頭を下げたくなった。
なんだ、この人。
いや、そもそも、どうやって庭に現れたのだ。
玄関から入ってきたのなら、誰かが気づくはずである。塀を越えてきたにしては、着物姿があまりにも似合いすぎている。というか、塀を越えてきた人間に、こんなふうに頭を下げたくなるものだろうか。
岩本は自分の感覚が、少しずつ信用できなくなってきた。
けれど、ほかの三人も、何も言わなかった。
青年は穏やかに微笑んでいた。
庭の木々と同じように、そこにいることが当たり前であるかのように。
それから、ほんの少し首を傾けた。
「こーじ、さくま。皆さんを困らせていないかな?」
その声を聞いた途端、こーじの顔がぱっと明るくなった。
「館さんやー!」
こーじが駆け出した。さくまもすぐにあとを追う。
「結局、お前までくるのかよ…」
しょうたは少しばかり、うんざりと言った顔をしていた。
二人は青年のそばへ駆け寄ると、まるでずっと待っていた人に会えたように、その着物の袖にまとわりついた。
青年は困ったように笑い、二人の頭を順番に撫でた。
さっきまでの、あの妙に張り詰めた空気は何だったのだろう。
少なくとも、こーじとさくまにとって、この青年は少しも恐ろしい存在ではないらしい。むしろ、会えて嬉しくて仕方がない、そんな様子だった。
「二人とも、皆さんにご迷惑をかけてはいけないよ。私がきちんと説明するから、しょうたの隣にお座りなさい」
「はーい」
二人は素直に返事をした。
つい先ほどまで、あれほど元気いっぱいだったのに。
こーじは名残惜しそうに青年の袖を離し、さくまは一度だけ振り返ってから、しょうたの隣に腰を下ろした。
しょうたは、そんな二人を当たり前のように受け入れている。
岩本たちだけが、取り残されていた。
いや、待ってくれ。
猫が人間になった。ハゼがどうとか、恩返しがどうとかいう話になった。
そして今、庭から着物姿の青年が現れた。
しかも、子どもたちはこの青年を知っている。
どうして何ひとつわからないのだろう。
自分だけなにのか?
岩本があたりを見回す。
いや、他のやつらも同じような顔をしている。
青年は四人のほうへ向き直ると、静かに頭を下げた。
「改めまして。私、宮舘涼太と申します」
その所作は、ゆったりとしていて、ひどく美しかった。長い年月をかけて身についたものなのか、それとも、生まれたときからそうであったのか。少なくとも、岩本がこれまで出会った誰とも違っていた。
「屋敷神として、この地域を長年見守ってまいりました」
屋敷神。
その言葉が、部屋の中に落ちた。
やしきがみ。
頭の中で、ゆっくりと漢字に変換してみる。
屋敷の神。
つまり、神様ということだろうか。
岩本はもう一度、頭を抱えたくなった。
けれど、目の前の青年があまりにも涼やかな顔をしているので、なんだかそれも失礼な気がした。
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