テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
江戸時代。
この辺りは、まだ海だった。
今ではそんなことを言っても、誰も信じないかもしれない。
高い建物が並び、人が行き交い、コンビニがあって、カフェがあって、毎日たくさんの人間が暮らしている。
海だった頃の面影なんて、どこにもない。
けれど、本当に海だったのだ。
人口が増えた。人が増えれば、住む場所が必要になる。
そういうわけで、幕府の命により、この辺りの埋め立てが始まった。一六五〇年頃のことである。
最初にやって来たのは、摂津国から移り住んだ漁師たちだった。
彼らは海のそばに暮らし、海に出て、魚を獲った。
海は仕事場であり、食卓であり、時には命を奪う恐ろしいものでもあった。
だからこそ彼らは、海の上からでも自分たちの街がわかるように、街の真ん中に一本の銀杏を植えた。
それが、今も残る大銀杏である。
大銀杏は、長い時間をかけて育った。
人々は水をやり、枝を見上げ、季節が巡るたびにその変化を眺めた。誰かが大切にすれば、別の誰かも大切にする。そうやって大銀杏は、いつしか街の中心になった。
街の中心というのは、不思議なものだ。
必ずしも偉い人がいる場所とは限らない。立派な建物がある場所とも限らない。
ただ、そこに行けば誰かに会えるとか、そこを見れば自分のいる場所がわかるとか、そういうものが、街の中心になる。
大銀杏は、そういう木だった。
やがて、あちこちから人が移り住んできた。街は少しずつ大きくなり、家が増え、商いが生まれ、子供が生まれた。人が増えれば、願いも増える。商売がうまくいきますように。家族が元気でありますように。明日も無事に帰ってこられますように。
人々は街の安寧を願い、観音像を安置した。
それから、猫たちのための塚もつくられた。
漁師たちにとって、猫は身近な生き物だった。
魚の匂いにつられてやって来る猫もいれば、いつの間にか家に居ついてしまう猫もいた。人間の都合などお構いなしに、猫はそこにいた。人間が働き、食べ、眠り、年を取るあいだ、猫もまた、その傍らで生きていた。
もちろん、猫が死ぬこともあった。
今では、主人と一緒に埋葬される猫もいるらしい。
けれど、江戸時代にはそういう風習はなかった。
人間と猫のあいだには、今よりもずっと大きな隔たりがあったのだろう。それでも、死んだ猫を悼む気持ちはあった。大切にしていたものがいなくなれば、寂しい。その気持ちに、時代も身分も関係ない。
そうして、猫たちの塚が残った。
稲荷社が祀られたのも、比較的早い時期だった。
摂津国といえば、関西でもとりわけ栄えた土地である。淀川の水運があり、京都へ通じる陸路があり、人も物も情報も集まった。
政治や経済、外交の中心地として、多くの人々が行き交っていた。
そんな土地で商売をしていた人間が、商売繁盛を願う神様のことを知らないはずがない。
移り住んできた商人たちは、この新しい街でも商売を成功させようと、稲荷社を祀った。故郷でそうしていたように、神様に願いを託したのである。
ただし、ひとつだけ、困ったことがあった。
神使として祀られた二頭の白狐が、どういうわけか、どちらも雄だったのだ。
本来、雄と雌にはそれぞれの役割があり、二頭は番であることが多い。
もちろん、神様の使いに人間の決めた理屈がどこまで通用するのかはわからない。
けれど、少なくとも、運んできた人間は間違えたらしい。
どこかで取り違えたのか。そもそも最初から間違っていたのか。
今となっては、確かめようもない。
気づいたときには、二頭とも雄だった。
それでも、まあ、神様の使いである。
雄が二頭いたところで、祀るのをやめるわけにもいかない。商人たちは少しばかり首をひねったかもしれないが、結局、そのまま大切に祀ることにした。
ところが、ある日。
ふと気づくと、白狐が一頭しかいなかったのである。
どこへ行ったのか。
誰かが持ち去ったのか。
それとも、何か気に障ることでもあったのか。
人々は探した。
けれど、どれだけ探しても、もう一頭は見つからなかった。
仕方がない。
残された一頭を、以前と変わらず大切に祀ることにした。
神様の使いが二頭から一頭になったからといって、願いが半分になるわけでもないだろう 。
商売繁盛を願う人間は相変わらずやって来たし、街も少しずつ大きくなっていった。
ただ、いなくなった一頭がどこへ行ったのか、それだけは誰にもわからない。
この街には、そういうことが、ときどきある。
昔からずっとそこにあったものが、ある日突然いなくなる。
理由はわからない。
誰も見ていない。けれど、いなくなったという事実だけは、確かに残る。
そして、残されたものは、何事もなかったようにそこにいる。
大銀杏も、観音像も、猫たちの塚も、そして一頭になった白狐も。
そうやって、この街は今日まで続いてきたのだった。
コメント
1件