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朝の光が、レイ宅のキッチンに静かに差し込んでいた。
レイは慣れない手つきで、スマホのレシピを片手に朝食の準備を進めていた。
教わったのはマモンから――ネグが好きだという、ちょっと辛めの炒め物だった。
「……ネグが、こんなの食うか? 意外だな。」
そう呟きつつ、汗をかきながら必死で完成させた。
そして、リビングに顔を出してネグを呼んだ。
「ネグー! 飯できたぞ!」
ネグはふらりと現れ、静かに席に着くと、出された料理を一口。
その瞬間――ネグの目がぱっと輝いた。
「マモンの味だ……!」
その一言に、レイは驚いた。
ネグはパクパクと嬉しそうに食べ進め、レイも少し食べてみると――
「かっら!!?」
思わず声が出た。
ネグは声は出さずに、でも、肩を震わせてクスクスと笑っていた。
レイもつられて笑ってしまった。
そんな穏やかな時間のあと――二人でゲームをすることになった。
だが、ネグは驚くほど強かった。
レイは何度やっても勝てず、悔しそうに叫んだ。
「ちくしょう……奥の手を召喚してやる!!」
レイはだぁ、マモン、夢魔を呼び寄せ、みんなでゲーム大会が始まった。
けれど、結局ネグが勝ち続けた。
だぁが笑いながら言った。
「ネグ、マジ強いなぁ……」
マモンも微笑んで、
「こんなに笑ってるネグ、久しぶりだ。」
夢魔も静かに頷きながらネグを見つめていた。
ネグは何も言わずにクスクスと笑い、4人が負けるたびにニヤッとした顔を見せた。
その姿に、みんなが心から嬉しくなった。
しかし――しばらくして、3人が帰る時間になり、レイとネグが途中まで送り届けた。
別れ際、マモンが手を振った。
「バイバイ。」
だぁも続けた。
「またね。」
夢魔も静かに。
「また来る。」
ネグは少し遅れて、小さく――けれどはっきりと手を振った。
「…バイバイ。」
その姿を見た3人は、嬉しそうな顔を浮かべながら帰っていった。
だが――
レイのスマホが鳴った。
「すまねぇ、戻ってきてくれ。」
レイからの一言に、3人は顔を見合わせ、急いで戻った。
レイ宅に着くと、玄関先からネグの泣き声と叫び声が聞こえてきた。
「離して! おねが、嫌だ…も、なぐ、られたくな…ひっく、嫌…ぁ、ごめ、なさ…ッ」
夢魔とマモンが急いで部屋へ駆け込み、ネグの側に寄ろうとするが――
ネグは必死で拒絶するように突き放した。
「ごめ、なさ……おこ、らして…ッ、ごめ、なさ…おねが、しま……なぐ、るのだけ…は…ッ、いた、いから…っ、ひっく、やめ、て……くだ、さ…ッ」
その声は、痛々しくて、胸が締め付けられるほどだった。
ネグはそのまま寝室へ逃げ込み、鍵を閉めた。
夢魔とマモンはドアを叩き、名前を呼び続けたが――
ネグは返事をしなかった。
レイは一度深く息を吸い、あの男――すかーに電話をかけた。
「……黙って聞いてろ。」
そう言うと、レイはドアをこじ開けた。
ネグは部屋の隅で、耳を押さえて震えていた。
レイは静かに言った。
「すかーだっけ? あいつなら――」
その瞬間、ネグは叫んだ。
「やめて!! やめて、よ……なんで、なんで、なんで!!…やっと、忘れたの、に…なん、で…思い、だし……たくな、、、また、殴ら、れる…なん、ども……なん、度も…や、だ…痛、いのは…もっ、やだ……っ、」
その言葉に、レイは静かに――けれど確実に、電話越しのすかーへ伝えた。
「お前のせいでこうなったんだ。」
それだけを告げ、通話を切った。
夢魔とマモンはすぐにネグの側へ駆け寄り、必死に落ち着かせた。
夢魔がネグの背中を優しく撫でながら、静かに囁いた。
「ネグ、大丈夫だよ……ここには誰もいない。俺たちが守るから。もう殴られたりしないから……安心して。」
マモンも、ネグの手をそっと握って――
「大丈夫、大丈夫だからな……」
ネグは過呼吸を起こしながらも、夢魔の上着をギュッと掴んで離さなかった。
しばらくして――少しずつ呼吸が整い、涙を流しながらも、ネグは静かに目を閉じた。
「……大丈夫か?」
夢魔が優しく問いかけると、ネグは小さく頷いた。
マモンの手を引き寄せたネグは、そのままベッドに潜り込み――マモンの腕を掴んだまま、離さないように眠りについた。
夢魔もため息をつきながら、ネグを抱きしめるようにしてそのまま眠りに落ちた。
静かな夜――
誰も、何も言わず。
ただ、ネグの小さな寝息だけが、部屋の中に響いていた。
すかー視点--
すかーはレイの声を聞いた瞬間、手に持っていたスマホをぎゅっと握りしめていた。
「……黙って聞いてろ」――その一言。
そして、すぐにネグの声が、スマホ越しに聞こえてきた。
「やめて!! やめて、よ……なんで、なんで、なんで!!…やっと、忘れたの、に…なん、で…思い、だし……たくな、、、また、殴ら、れる…なん、ども……なん、度も…や、だ…痛、いのは…もっ、やだ……っ、」
その声を聞いた瞬間――すかーの身体は、まるで全身を氷水に沈められたみたいに、冷たく、重くなった。
心の中では止まらない声が渦巻いていた。
――ああ、そんな……
――ネグ、なんで……そんな声……
――俺が、やったんだ。全部……全部……。
――あの時……俺が、怒鳴って、殴って……。
――「あいつ」って、俺のことだろうな……
――殴られるって、まだ思ってるんだ……
――逃げたいって、思ってるんだ……
――忘れたかったのに、忘れようとしてたのに、俺が……
――また、傷つけた……また……。
身体が動かなかった。
ただスマホを耳に当てたまま、声を出すこともできず、何も言えず――。
「お前のせいでこうなったんだ。」
レイの低い、冷たい声が耳の奥まで刺さった。
電話はそのまま切られた。
しん、とした部屋の中で、すかーはただひとり立ち尽くしていた。
何も考えられなくなっていた。
何も――いや、考えたくなかったのかもしれない。
なのに、心の中はずっと、あの時のネグの声が繰り返し流れていた。
耳に焼き付いて離れない。
あの震えた声。
あの泣き叫ぶ声。
「痛い」って……
「やだ」って……
「なんども……」って……。
すかーはその場にへたり込み、気づいたら両手で頭を抱えていた。
(俺……本当に、取り返しのつかないことを……)
拳を握った。
でも、今さら殴る相手もいない。
誰を殴ったところで、ネグのあの声は消えない。
許されるはずもない。
胸の奥がひどく苦しかった。
自分が一番大事だと思っていたものを、知らないうちに壊していたんだ――
それが、今さらわかった。
けれど、何をどうすれば良いのか、もうわからなかった。
「……どうすりゃ、良かったんだよ……俺は……」
声にならない声が、部屋の空気に溶けた。
だぁからの「家に帰ったら話をしよう」という最後の言葉も、重たく、刺さっていた。
本当は、そんな顔で、そんな声で、ネグに会わせるくらいなら――
自分が最初から、何もしない方が良かったんじゃないか。
そんな考えすら、頭をよぎっていた。
――だけど。
後悔だけは、山ほどあった。
胸が張り裂けそうなほどに、苦しかった。
ただひとつだけ、確かだったのは――
今この瞬間も、ネグは自分のせいで泣いている。
それだけは、間違いなく事実だった。
すかーはただ、目を閉じたまま、声も出さず、静かに震えていた。