ーー収穫祭当日。
レンブラントはティアナを迎えに、フレミー家の屋敷を訪れた。暫くロビーで待っていると、おずおずとしながら彼女がやって来た。
「お待たせしました」
予想通り、いやそれ以上に可愛い。長い銀色の美しい髪は、後頭部の高い位置で一つに縛り上げられ、膝丈の簡素な町娘のワンピースや靴。恰好はどこからどう見ても平民の娘にしか見えないが、品の良さが漂いお忍びで来ている貴族のお嬢様だと直ぐに分かってしまう。だがまあ、薄暗い中なら幾らでも誤魔化せるだろう。
「今日は随分と愛らしいね」
「ありがとうございます……」
素直な感想を述べると、彼女は頬を染めてモジモジとする。
(はぁ……控えめに言って、世界で一番可愛い)
待たせていた馬車にレンブラントとティアナは乗り込むと、先に行っているクラウディウス達との合流場所へと向かった。
レンブラント達は、街に入る少し手前で馬車を降りた。今日は何処もかしこも人で溢れ返っており、これ以上は馬車で進むのは難しい。レンブラントは逸れない様にと理由をつけて、ちゃっかりとティアナの手を取り歩き出す。レンブラントが彼女の手を握ると握り返してくれる……こんな些細な事が嬉しくて仕方がない。
「お、レンブラント! こっちだ!」
街の広場にある噴水前には、既にクラウディウス達の姿があった。ヘンリックが手を上げ、レンブラントを呼んでいる。
「遅かったな」
「すまない。思いの外、人が凄くてね」
日は大分傾き、そろそろ日没だ。辺りは夕闇に包まれていく。周囲を見渡すと、徐々にランプや松明といった明かりに灯がともる。何処からともなく軽快な音楽が聞こえて来た。
「さて、じゃあ揃った事だし行こうか」
クラウディウスがそう言ったので、皆移動しようとしたが、ティアナがそれを止めた。
「あ、あの! 待って下さい」
「どうしたの、ティアナ」
「あー……その、実は、もう一人来るんです」
「もう一人来るって、一体……」
予想外の言葉にレンブラントも、クラウディウス達も首を傾げる、その時だった。
「おい、銀髪。お前何処に……」
口悪く人の婚約者の名前を呼びながら現れたのは、ミハエルだった。
「ミハエル、幾ら何でも、婚約者のいる女性をデートに誘うのは頂けないな」
「デートではありません」
場所を人気の少ない路地に移動した。クラウディウスはミハエルを嗜めるが、肝心の彼は不貞腐れた顔をしている。
「女性と二人きりで出掛けるのに、デートじゃなくて何だと言うんだ」
「それは……社会見学、的な」
かなり苦しい言い訳だ。クラウディウスもレンブラント達もこれには苦笑せざるを得なかった。
「まあ今回は仕方ないと目を瞑ろう。ただこれを教訓として、今後紳士として有るまじき行為はしないように。さあ、折角だし君も一緒に来なさい」
レンブラント達は、気を取り直して祭りを満喫した。屋台でソーセージや串焼、チーズなどのつまみを調達する。勿論肝心の酒を忘れてはいけない。酒はヘンリックが酒屋から沢山買って担いで来た。準備万端で、今度は適当な場所を探す。丁度良く、簡易的に設置されている古びたテーブルと椅子が五人分は確保出来たが、残り二人は適当に座るしかない。
「何だか凄く新鮮で、胸がドキドキしてます」
ティアナは、はにかみながら木苺のジュースに口を付ける。お酒はまだ飲んだ事がないと言われたので、先程レンブラントがティアナにと買って来た物だ。因みにエルヴィーラの分はない。何故なら彼女は見掛けによらず、男も顔負けのかなりの酒豪で、酒を水の様に飲むのでいらないのだ。
「孤児院の子供達が毎年愉しみにしているのを見てて、私も一度来てみたいなって思っていたんです」
収穫祭の日は、朝早くから始まり日付が変わるまで行われる。明るい内は名前の通り、今年収穫した野菜を並べて重さを競ったり、また収穫された葡萄を大きな桶に入れワインを作る為に、女性達が踊る様にして足で踏む作業を見る事も出来る。また日が暮れれば、今度はレンブラント達の様に酒盛りをして愉しめる。
「此奴、頭良いからさぁ、本当ズルいよなぁ。毎回学年一位だったんだぞ」
大分酔いが回ってきたヘンリックは、何時もにも増して饒舌になっている。どうやら、自分達が学生だった時の話をしているらしい。
「でも剣術は毎回二位! だったけどな。あはは! でさ、その毎回剣術一位の奴が、勉強では毎回二位でさ〜、何つうかぁ好敵手? みたいなさ〜」
何が可笑しいのかさっぱりだが、一人愉しそうだ。完璧に出来上がってしまっている。彼の足元に大量に転がっている酒瓶を見て納得した。テオフィルから事前に釘を刺されていたにも関わらず、かなりの量を飲んだみたいだ。
「やっぱり、レンブラント様は凄いんですね」
「いや、そんな事ないよ。結局、剣術では彼に敵わなくてね」
ティアナから褒められ舞い上がりそうになるが、此処は年上で余裕のある大人の男として冷静且つ謙虚な姿勢を見せたい。そう思いながらも、かなり上機嫌になり、レンブラントも調子に乗ってつい酒瓶に手が伸びてしまう。
「レンブラント様、飲み過ぎは身体に毒ですよ」
不意にまだ飲んでいた酒瓶が宙に浮いた。酔いが回っていた事もあり、反応が遅れ手を離してしまう。酒瓶の行方を確認すると、それはティアナの手の中あった。
「ティアナは、意外と厳しいね」
「すみません、差し出がましい事を言ってしまいました」
(どうして君は、一々可愛いんだ……)
ティアナは枯れた花の様にしゅんとなり、小さくなる。それを見て頬がダラシなく緩むのを止められない。
「ただ、レンブラント様が体調を崩されたらと思うと、心配で……」
無意識な上目遣いでそんな事を言われ、理性が吹っ飛びそうだったが、何とかグッと堪えた。
「ならさ、もし僕が身体を壊したら君が看病してくれる?」
自分でも酔いが回っているのを自覚しながら、それに託けてレンブラントは、此処ぞとばかりにティアナに甘える。テーブルに突っ伏して彼女へと手伸ばす。そのまま柔らかな頬を撫でると、恥ずかしそうにするが、彼女はされるがままだった。
「はい、良いですよ。でも、そうなる前に私がレンブラント様を止めますから心配無用です」
花が綻ぶ様なティアナの眩しい笑顔に、レンブラントは目を細めた。
「約束、だからね」