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かんな
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授業を終えたイソトマは、部屋でディルクと二人、漫画の仕上げに入っていた。
今日はアルエがルシアンのお茶会にお呼ばれしているので、いない。
(どうして今日に限って二人きりなの。うぅ……)
影のトーンを手書きしながら、イソトマはディルクを窺った。
ディルクは、イソトマが貫徹して仕上げた漫画に、ベタ塗りしてくれている。
その瞳も手つきも真剣そのものだ。
(失敗したらやり直しって言ったから、ディルクが本気だ)
この感じなら、キスの返事はしなくても大丈夫かもしれない。
むしろ、今そんな話をしたら、原稿が一枚、ダメになりそうだ。
(ここは原稿に逃げよう。今日は原稿を優先しよう)
神様とディルクに謝って、イソトマも原稿に集中した。
――コンコン
部屋のドアがノックされた。
「イソトマ、セインとノアルだ」
扉の向こうからセインの声が聞こえた。
イソトマは軽く慌てた。
「え! えっと……ちょっと待ってね」
ベタ塗りをしていたディルクが手を止めて、素早く片付け始めた。原稿を纏めてイソトマに手渡す。
「失礼するよ、イソトマ」
扉を開けて、セインとノアルが入ってきた。
イソトマは持っていた原稿を机の上の本の間に突っ込んだ。
「例の件の話をしておきたくてね」
「例の件?」
セインの言葉に、イソトマは首を傾げた。
「レイヴン商団の一件だ。俺が兄上と共に王立騎士団と魔術師団の指揮を執る」
「あぁ、なるほど」
そういう話かと、イソトマは息を吐いた。
ノアルが軍事を率いるのは、安心感が高い。
「俺は諜報担当。すでに、ローディス家の工作員を何人かレイヴン商団に潜らせている」
「ほうほう、なるほど」
ローディス家は有能な弁護士の家柄だ。
情報収集には長けている。
一瞬、違法かなと思うような方法で情報を集めているのを、イソトマは何となく知っている。
「リリーはルシアンが監視しながら、レイヴン商団に潜らせている。イソトマ誘拐は失敗したが、正体はバレなかったって方向で、商団の連中は騙せているそうだ」
「リリーが一番、危険な立場だね」
ノアルの説明が、イソトマには痛く響いた。
セインとノアルが顔を見合わせた。
「イソトマはリリーに誘拐されて、売られそうになったんだろう?」
「よく、同情できるね。俺なら使い潰してやろうって思うけど」
ノアルの言葉はいいとして、セインの言葉が不穏だ。
「確かに怖い目に遭ったけど、そこまで思わないよ」
リリーにもリリーの事情があると知った。
何より、十年前からルシアンと縁があったんだと思ったら、萌えた。
(ゲームにはなかった、この世界ならではの二人の関係。幼い頃からの縁。僕の中の新しいルシリリが開花した)
ツンデレヒロインと仕事出来スパダリ王子の牽制し愛。いつか結ばれるためのフラグでしかない今の距離感。孤児院のエピだけでご飯十杯は食べられる。
(だから、僕は決めた。たとえ本人たちが認めていなくても、二人を影ながら見守ると)
ここまでの思考が、オタク特有の光の速さで流れた。
「僕はリリーと、リリーを取り巻く世界を守りたい」
主に自分のオタ活のために、幸せであってほしい。
心の底からそう思っている。
セインとノエルが、表情を緩めた。
「さすが、イソトマだな」
ノアルが頷きながらイソトマの右手を握った。
「ん? ノアル?」
「そういう発想ができるのが、イソトマの魅力だね」
同じように頷きながら、左手をセインが握った。
「んん? セイン?」
「婚約の順番が決まったんだ」
「は? 婚約の、順番?」
両手を握られて身動きできない。
ディルクが手を出せず、悔しそうにハラハラしている。
「世間はルシアンとリリーの仲を噂している。イソトマの今後を明確にしておけば、演技に信憑性も出るだろう」
「へ、へぇ……」
セインの説明はもっともらしいが、何とも返事がしづらい。
ノアルがイソトマの手を引いた。
「第二候補は俺、第三候補はセインだ」
「あー……そう、なんだね」
予想通りだが、何とも面倒な序列だ。
(候補に、ディルクは入らないのかな)
ディルクは騎士で子爵だから、入ったとしても第四候補になるのだろうが。
「あくまでレイヴン商団を捕まえる演技のため、だよね」
「それは、そうだが……」
ノアルがイソトマの頬を、さらっと撫でた。
「イソトマは、兄上の嫁でいいのか? 添い遂げたい相手は、いないのか? もしいるなら、正直に話していいんだ」
ドクン、と鼓動が跳ねた。
目の前にいるディルクを真っ直ぐ見られない。
「そういうのは、別に……ただ、ルシアンとリリーが上手くいったらいいとは、思うけど」
ノアルとセインが、驚いた顔をした。
「あの二人の関係は偽装だぞ。少なくとも兄上はリリーより、イソトマを離す気がない」
「理由がわからな過ぎて怖い」
これまで、付かず離れずだったルシアンが、どうしてそこまでイソトマに執着するのか、わからない。
一度は婚約者と決めてしまった体面だろうか。いっそ、そうだと言ってくれたら、わかりやすい。
「セイン様! そちらはお控えください!」
気が付いたディルクが慌ててセインの腕を握ったが、遅かった。
いつの間にか手を離していたセインが、イソトマの原稿を読んでいた。
イソトマの息が止まった。
「なるほど、イソトマにはルシアンとリリーが、こんな風に見えている訳だ」
「ひぃい! 違う、これは、違うんだ!」
「なんだ、なんだ?」
奪い返そうとするイソトマの腕を掴んで、ノアルが覗きこむ。
前に出ようとするディルクを牽制しながら読んでいる。
「イソトマは子供の頃から絵が上手いよな。さらに上手くなってる」
最初に感心するところはそこか、と思う。
「やめてよ、返してよ。読まないで!」
「あぁ……こういうルシアンとリリーが、イソトマの理想か?」
奪い返そうとするイソトマを抑え込んで、二人が漫画を読み切った。
「うっ……うぅ、二人とも、酷いよ。嫌だって言ったのに、勝手に読んだ。二人とも嫌いだよ」
オタクの秘密は簡単に暴いていいものじゃない。
下手をしたらオタク生命に関わる。
イソトマは泣きながらディルクに縋った。
「イソトマ。二人に読んでもらったほうが、良いこともある」
「良いことって、何?」
スンスン鼻を鳴らしながら、ディルクを見上げる。
「イソトマの希望を、俺たちに伝えられたってこと?」
セインの問い掛けに、ディルクは首を振った。
「それはイソトマの希望ではなく、夢です。萌えというもの、らしいです」
ディルクが割と的確にイソトマの内心を言い当てた。
オタクを理解しつつある。
「よくわからないけど、希望には違いないだろ? こうなってほしい未来じゃないの?」
セインの理解は一般的な発想として正解だ。しかし、オタクの回答としては0点だ。
「実際の二人も大事だけど、僕の思い通りになってほしいわけじゃないんだ。その漫画は、僕の中にだけ存在するルシアンとリリーなんだよ。無理強いしたいわけじゃないんだ」
ディルクが渡してくれたハンカチで涙を拭う。
「だから、御二人にも漫画を手伝ってもらったら、どうだろう」
「は? 接続詞が意味をなしてないよ。だからの意味わかんないよ、ディルク!」
ディルクの胸倉を掴んで、ぶんぶん振り回す。
「これが、漫画というものかい? 手伝うのは、楽しそうだね、俺も描いてみたいな」
セインが一も二もなく乗ってきた。
「そうだな。この漫画、現状の説得力を増すには、役に立つかもしれないしな」
ノアルの目がディルクに向いた。
ディルクが頷いた。
「レイヴン商団にルシアン様とリリーの仲が深まっていると思い込ませるのに、ちょうどいいアイテムです」
「僕の萌えをアイテムって」
「すまない、イソトマ」
ディルクとイソトマのやり取りを尻目に、ノアルが漫画を眺める。
「確かに、悪くない。いい案がある」
ノアルが目を細めた。
「イソトマ、この漫画、少し借りていいか?」
「いや! 絶対に嫌だから! 僕の萌えを部屋から出すの、禁止!」
セインの手から漫画をもぎ取って、イソトマは座り込んだ。
誰にも見せない決意をして、漫画を胸に抱いた。
「絶対、誰にも渡さない!」
石のように動かないイソトマを、三人が困った顔で眺める。
その視線に耐えながら、イソトマは貝になった。
数時間後、アルエがルシアンとの話し合いから戻ってきた。
ノアルと同じようなことを言って、イソトマの漫画を奪っていった。
「僕もこんな真似はしたくないけど、命は惜しいです。僕とイソトマ様のためです。お許しください」
「あぁ……アルエ」
抵抗虚しく、イソトマの萌えはルシアンとリリーにまで知られるところとなった。
「本人に読まれるって、どんな羞恥プレイ……死」
こうして公式に読まれるという、オタクが最も恐れる事態に、相成った。
コメント
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あっ、これめっちゃわかるわ…!「オタクの秘密の萌え漫画が公式(しかも本人たち)に読まれる羞恥プレイ」、イソトマの気持ちを考えるだけでこっちまで顔が赤くなるw ディルクが「夢という萌え」ってちゃんと理解してるのが地味にツボったし、セインとノアルが漫画読んで「なるほど…」ってなる流れ、自然で笑った。アルエの「命は惜しいです」でトドメ刺された感がたまらん。次回が気になる🔥