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bebe おただいま
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【プロローグ】
時計がチクタクと鳴る。
軋む地面に俯せて、縛られた手足をゆるりと動かす。
目の前に立つフードの男は、仮面の裏でブツブツと何かを唱えている。
「神を……信じなさい」
男が初めて籠った音で発した言葉だった。
「信じた…。神様、ここから出して。」
男は適当に放った言葉に、ピクリと反応した。
睨むようなワタシの視線でも、仮面越しに顔色は読めないまま男は言う。
「……信じて。」
時計はチクタクと鳴る。
風が吹いてまた扉が軋む。
「すみませ~ん、いらっしゃいますか~?」
戸の奥から声が聞こえた。
ここがワタシの人生の分岐点になったことを、話しておこう。
─問。う─
「あれ~?留守かな?」
パタンと隣の部屋の扉が閉まる音がする。ワタシは焦って身動きし、音から助けを呼ぼうとする。
動きに目敏い仮面の男が呟くのを止めて、黒目がこっちを捉える。
──ピッ、。
小さな電子音が響いた。 ……と感じる程に、部屋は完全な無音に変わっていた。
『とらず!クッキング~!!』
場違いな音楽と人の声の侵入に、 思わずボロい壁を凝視した。
不愉快だ_。
流れ込む鼓膜を引っ掻き回すような高音の繰り返しは、不自然に大きい声に潰される。
『え~、今日はね!ようやく帰ってくる友人の為に!お祝いのケーキを手作りしようかなと思います!!』
耳を塞ぐようにしてから、グッと前のめりで地面に顔を伏せる。
あと、何秒、。どれくらいここに……。
這いつくばうようにして、秒針を射ぬく。
──しかし既に時計は事切れていた。
「…時間を取り戻す方法‥知ってるか?」
突き刺さるような視線と、後退りに軋む床の音がする。
「……ッ‥ふ、ハハ!ヒュッ……ひヒッw」
喉がくすぐったくなって、 思わず笑いが込み上げ口から落ちた。
笑いがひとしきり終えると、不快な音楽が小さくなって壁が平坦な声で言った。
『ちなみに生クリームが好きじゃないので、私は食べません。』
~Now cooking~
あ、配信してる。料理配信は珍しいな……。
「ケーキはね、そんなに工程難しくないと思うんですよね!」
そう言って取り出したのはお玉。……何故か取り出すのに手間取っているようだ。
[どっから来たその情報w]
[苺だけ乗せよう!]
[草]
[逆に気になるw]
「……とりあえず材料ぶち込んで混ぜてスポンジをね!作ろうと思います。」
目分量で砂糖や薄力粉たちを投入していく。……明らかに多い気がする。
[量ヤバw]
[え、こんなもんなの?]
腰に手を当てて一息つくと、5秒程謎のダンスを踊った。
どうやら企画の一部らしい。
[草w]
[オモロ過ぎるww]
[初見です。……何してるんですか?]
踊り切った後、オーブンに生地を入れていく。
「 ……えーと180度に余熱したオーブンで30分位、らしいです!」
隣の部屋では、甘い匂いが充満しているんだろう。
このボロい壁は穴でも開いているのか、こっちまで僅かに匂いがする。
『焼いてる間に生クリームをね!準備しまして……混ぜましょう!』
賑やかな声に心の奥でツッコミながらも、僅かに冷静さを取り戻す。
俯いていた顔を上げれば、目の前には男の顔。
いや…仮面がワタシを鼻先の距離で凝視していた。
『この、何ですか?シャカシャカするやつでね、やっていこうと思います』
叫びそうになるのを必死に堪えて、刺激しないように小さく体を引く。
『私ちょっと筋肉にはね、自信がありますから、知ってると思いますが!』
賑やかな声は、ボロい壁一枚挟んだこの張り詰めた空間に影を落とした。
「後はお好きなようにトッピングをね!皆さんして貰って!嫌いな物が入ってたら避けて下さいね!」
ケーキの甘い匂いと、何故か置かれたビートルートスープ。
いつの間にか眠っていたらしい。
配信を終えたトラゾー殿は、ワタシの面を撫でると時計を見た。
「みんながもうすぐで帰ってくる筈……迎えに行こうかな!」
コクりと頷いて、目の前から消えるようにすればトラゾー殿は外へと向かった。
こうして彼は数秒後、仲間たちと再会を果たす訳だが……