テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
可馨の御屋敷で働き始めてから、かれこれ一週間が過ぎた。作業にも随分と慣れてきたと思う。
あれから颯懔と会う度に動悸が激しくなったり、落ち込んだりするものだから、情緒不安定も甚だしい。
こういう時は修行だ!
修行が足りないから、こうも心が掻き乱されるんだ!!
パパっと昼食を頂いてから外に出て精神統一。
身体の中の陰の気と陽の気を縒り合わせて、ひとつに紡ぐ。
目の前のあの岩が妖だと思って――!
足元に生えていた雑草を引っこ抜いて金属並の強度を持たせ、刃物を投げるけるように岩へと草を投げた。
キィンっと岩に弾かれた音が聞こえてくる前に次の術。
縒り合わせた気を解いて、もう一度縒り合わせ直す。
早く! 早く!!
この作業が遅いから、虎男に負けたんだ。
もっと早く縒り合わせ直せ!!
今度は近くにあった水溜まりの水を宙に浮かせて矢の形に。それを岩へと勢い良く向かわせる。
よし、次!
火をおこしたり、地面を陥没させたりと、次々と術を繰り出していく。
岩がボロボロになってきた頃には息切れして、大の字に寝そべった。
「あーもー!! 遅いっ! ぜんっぜん遅いよォ!!」
颯懔程早くとは言わない。でも、あの虎男よりは早く術を繰り出したいのに。
「雑。丁寧さにかけるんだよ、あんたは。だから遅い」
ガバッと起き上がると、俊豪が隣に立っていた。
小馬鹿にしたような顔で見てくるのが癪に障るけれど、ぐっと我慢。
「冷やかしに来たの?」
と言う私の言葉を無視して俊豪は勝手に話し続ける。
「気を縒り合わせる時に、もっと丁寧にやってみろ」
「丁寧にって……そんな事言われなくても分かってるよ」
「いいや、分かってないね」
俊豪は自分の腰に巻いてあった飾り紐を解くと、短剣で2つに切った。
「この2本の紐が陰と陽の気だとしよう。こうやって丁寧に2つをねじり合わせれば……ほら」
俊豪は2本になった紐の両端を持ってクルクルと回して1本の紐にした。そして片方の手を離して少し揺らすと、紐はパラパラと2本の紐に戻っていく。
「あんたは早く術を出そうとして、縒り合わせ方が雑になってるんだよ。こんな風に」
今度は2本の紐をぐちゃぐちゃに丸め出した。縒り合わせると言うよりは、絡まっている。先程と同じ様に片手を離して揺らしても、こんがらがったままだ。
「これじゃあ素早く解けない。早く術を解除して次の術を繰り出す為には、丁寧に術をかけろ。最初は今よりも多分、速度は落ちる。でも素早く術を切り替えたいのなら、まずはそこから始めた方がいい」
な……なにそれ!!!
目からウロコだ!
言われてみれば私は、仙薬を作る時や戦闘時以外では焦らずやっている事を、早くしようと意識しすぎる余りに術その物が乱雑で、中途半端だったかもしれない。だから術も効果が今ひとつな上に、速度も落ちるわでヘナチョコだったんだ。
「あっ、ありがとうっっ! すっごい納得出来た! 師匠は説明が分かりにくいというか、そんなもん感覚だ! とにかくやってみろ! って感じだから、私もよく分かんないままやってるって感じでさ。俊豪は仙になったらきっといい師匠になれるよ」
俊豪の手を握りしめて御礼を言うと、耳を赤く染めてそっぽを向いた。照れ屋さんだ。可愛い。
「颯懔は天才肌だから。そう言う感覚的な物を具体的に説明するのが苦手なのよ」
クスクスと笑って近くへとやって来たのは可馨だった。
「俊豪も優秀だけれど、颯懔と違うのは負けず嫌いの努力家だって所ね。苦労してきた分、どこで躓くのかが分かるのよね。その点颯懔は、苦もなく神通力を自在に操れるようになっちゃったものだから、他人がどうして出来ないのかよく分からないのよ」
可馨の言う通り、以前に颯懔は自分でも言っていた。あっけない程簡単に習得して、他の者が出来ない事を不思議に思うくらいだった。って。
また心がモヤっとしてきた。颯懔の事をもっと知りたいと思う反面、可馨の口から聞きたくないなんて。
「私も昔、颯懔に教えて貰っていた時には、何を言っているのか分から無かったわ。ふふふ」
昔話をして笑う可馨に、ピーンッと何かが繋がった。
颯懔は女仙と関わらないように生きてきたはずなのに、可馨は親しい間柄だった様に話している。
颯懔が最初にして唯一、心を開いた女性。
トラウマの原因――。
「分かったら休憩は終わりにして、仕事に戻るぞ」
酷く機嫌を損ねたような声。
怒ってる? 違う。不貞腐れているのか。俊豪は唇を噛み締めながら私の背中を押した。
「どうせ俺は、天才じゃないよ」
微かに聞こえてきた言葉に、より一層、心にモヤがかかった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!