橋本の手に、とある高級レストランの優待券が握りしめられた。予約するだけで1年待ちは当たり前という、噂のお店のものだった。
「藤田さん、困ります。こんなふうに気を遣われてしまうと、今後雅輝に何かあったとき、文句が言えなくなるじゃないですか!」
「問題が起こらないように、俺からも昴さんに釘を刺しておくって。だから、安心して受け取ってほしいんだよね」
藤田の知り合い、反社会的勢力の幹部である笹川昴が橋本の恋人宮本に、仕事の依頼をした――だがその仕事自体は、今すぐどうこうするものじゃなかったが、宮本が引き受けた以上は、深くかかわり合いになるのは必然だった。
結果、橋本の心配のタネが尽きなかったのである。
いつものように、ハイヤーを長距離で使った藤田が降りる間際、「はい、これ受け取ってよ」なんてメモを渡すように手渡した紙切れを、橋本はなんだろうと思いながら受け取った。視線を落として、プリントされている文字を認識した瞬間に、大きく目を見張る。
ハイヤーに乗せる客層が、会社役員やお偉方が主になってる関係で、有名どころの店に送り届けることもしばしばあった。だからこそ紙切れに記載された店名を見ただけで、賄賂的なものを感じずにはいられなかったのである。
「藤田さんってば……」
「本当はもっと、いいものをあげたかったんだけどね。そこで恋人と、仲良くイブを過ごしてほしいな。じゃあね!」
まくしたてるように告げるなり、一目散に去って行く。シートベルトを外して追いかける間を与えないようにするためなのか、藤田は走って建物の中へと消えてしまった。
「雅輝と仲良くイブを過ごす……」
静まりかえった車内に橋本の呟きが、泡沫のようにその場で消えた。脳裏で宮本が嬉しげに「うめぇっ!」と言いながら、フランス料理をパクつく姿が流れる。テーブルマナーを知ってるかどうかも不明なれど、一緒にそういう店に行くのも悪くないと思った。
(これはしっかり計画を練って、イブの夜に雅輝と一緒に過ごさねば! だってふたりで迎える、はじめてのクリスマスなんだから)
こうして橋本の心に、あたたかな火がともった。友人の榊が、前日同じように滾っていたことなど露知らずに――。
※この想いは蜜よりも甘くの番外編(愛する想いを聖夜にこめて)とコラボします☆
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