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ーーその時は突然訪れた。
明日にでもこの古城を発とうとしていたのに、一足遅かった。
朝目が覚めると古城は追手である白騎士団に包囲されていた、そして……。
『リディア⁉︎』
隣に寝ていた筈のリディアの姿がない。全身が凍りついた。
(こんな時に、一体何処にっ……)
ディオンは枕元に置いていた鞘を徐に掴み、そのまま部屋を飛び出した。長い廊下をひたすらに走る。
何時もなら自分より早く起きる事などないのにこんな緊急時に限って早起きとは……我が妹は悪運でも持っているのか⁉︎ いや、それは自分か。
『リディアー‼︎』
喉の奥が切れそうなくらい、叫んだ。この広い古城にディオンの声だけがこだましていた。人の気配はない。まだ騎士団等は突入してはいない様だ。
『リディアっ‼︎』
息が苦しい。足が絡れてくる。だがどれだけ走ってもリディアの姿は見当たらない。
既に騎士団に捕まったか……いや、保護されたと言うべきか……。何しろ今の自分は王太子の婚約者を誘拐した悪人なのだ。それにもしかしたらリディア自ら出て行った可能性もある。だがそれなら納得が出来る。
(リディアに見限られたんだ……)
だから自分を起こす事なく部屋を出た。
いや違う。本当は始めからリディアは嫌々付いて来ていたのかも知れない。優しい妹は可哀想な兄を哀れんで見捨てられず今日まで共にいてくれた。だが本当はずっと帰りたかったのだろう。
(だから俺が寝ている隙を見て騎士団の元へ……)
頭が混乱して自分でも何を考えているのかが分からない。次から次に最悪の事ばかりが浮かんでは消えて行く。
どんな理由を探そうとも言える事は……リディアはもういない、ただそれだけだ……。
そう思った瞬間、一気に全身の力が抜けていく感覚がした。ディオンは床に力なく倒れ込む。
騎士団等がリディアに危害を加える事はないだろう。
(ならもういい……リディアがそれを選んだのなら、それで……いいだろう……)
『これまで、だな』
どの道あの数の騎士等相手に、流石のディオンでも逃げ切る事は不可能だ。ただ後悔するのは、最期にもう一度リディアの顔を見たかった……そんな事をぼんやりと考えていた。
『ディオン⁉︎』
顔を声を上げるとそこにはいる筈のないリディアの姿があった。
『リディア、お前……どうして。騎士団の所に行ったんじゃないの……』
『騎士団? 何それ。私は何時もより早く目が覚めたから、馬にご飯いっぱいあげてきたのよ。だって今日の昼間には城を発つって言ってたでしょう? いっぱい走るから沢山ご飯を食べないとって……ディオン⁉︎』
ディオンは起き上がりリディアに抱きついた。その勢いにリディアは後ろに蹌踉めき尻餅をつく。
訳も分からず兎に角リディアにしがみ付いた。まるで母親に捨てられたくないと必死にしがみ付く子供の様だと内心自嘲する。
『ディオン?』
様子のおかしいディオンにリディアは眉根を寄せる。だがリディアは優しく抱き締め頭を撫でてくれた。
『リディア……』
少し落ち着きを取り戻したディオンは、リディアに今の置かれている状況を簡潔に説明をした。すると彼女は意外な反応を見せる。
『ふふ』
『お前、何笑って』
この場に相応しくない笑い声にディオンは戸惑った。
『私は、何処にも行かないわ』
『っ……』
予想もしなかった言葉にディオンは不覚にも目が熱くなる。
『ねぇ、ディオン。私は、ディオンの側から離れたりしない……だから大丈夫よ』
そう言って鮮やかに笑うリディアは、この世の何よりも美しいと思った。
『っ……』
気付いた時にはリディアの首に手を掛けていた。徐々に力を込める。
手が尋常じゃなく震えた。だが手がリディアの首を離す事はない。
『リディアっ……すまない……こんな、お兄様で……っ』
もう、逃げられない。程なくすれば騎士団は城の中へ突入して来るだろう。だが……。
『やっぱり、俺には……出来ない。お前を手放すなんて……渡したくないっ、誰にも』
手放すくらいなら、自分の手でリディアを殺す。狂っている。自分でも分かっている。だがもうこうする事しか自分には出来ない。
更に手に力を込めるとリディアの顔が歪む。それでも彼女は微笑み続けてくれた。
まるで俺を赦す、そう言わんとばかりに……。
『リディア……愛してるよ』
そのまま唇を重ねる。
リディアの意識がある時に、口付けるのは初めてだった。大きな瞳から涙が溢れ出していた。彼女は真っ直ぐに俺を見つめている。
瞬きすら忘れてそんなリディアを凝視した。気付けば自分の目からも涙が流れている事が分かった。それを力なくリディアの手が拭ってくれた。俺の頬を優しく撫でてくれた。
どれだけそうしていただろうか。やがてリディアは動かなくなった。
『リディア』
唇を離し人形の様に動かなくなった彼女の頭を髪を首を頬を只管に撫でた。
『莫迦なお兄様を、赦して欲しい……』
リディアを掻き抱いた。鞘から剣を抜き、そして…………リディアごと自身の身体を貫いた。
二人の赤い血が混じり合うを感じた。生暖かい。思わず笑みが溢れる。
(これでもう、俺達が離れる事はない)
『リディ、ア…………あい、し』
ーー愛しているよ。
確かに、俺はその時死んだ。