確かに死んだ筈なのに、ディオンは自邸の執務室で目を覚ました。
机には本や書類が積み上げられ、手には書簡を握っていた。それは……リディアからの書簡だった。
その書簡には婚約破棄された旨と、実家に帰る事が書かれている。
俺はこの光景を知っている。もう暫くすればリディアが帰って来て、食事を摂っている所に俺が現れる……と思う。
ディオンは頭を押さえる。めまいを感じ、気分が優れない。暫し長椅子で横になっていると大分良くなった。それと同時に、先程感じていた違和感がなんなのか思い出せなくなる。
『……そうだ。そろそろリディアが帰って来るんだった』
頭が少しぼうっとする。うたた寝をしていた所為だろう。良く覚えていないが、何だか凄く長い夢でも見ていた様な気がする。
そして次に違和感を覚えたのは、リディアを連れて逃亡している最中だった。全てを思い出し、その瞬間自分がこれからどういう行動をしてどうなるかを悟った。
だが結果が分かった所で今更で、また同じ道を選ぶしか出来ず……俺はまたリディアを殺してしまい自ら命を絶った。
そして死んだ筈だった俺は再び自邸の執務室で目を覚ます。幾度となく同じ時間を繰り返した。
回数を重ねていく毎に違和感を覚える時間が増え長くなる。
自分以外の人間の言動は、毎回ほぼ同じだった。ならばとディオンは自身の行動、振る舞いを変えてみた。すると……少しずつ過程が変わり出した事に気が付いた。
だが、結末だけはどう足掻いても変わらない。どうしたってリディアは死ぬ。俺が殺さなくても必ず誰かに殺されて、必ず俺の目の前で死んで逝った。
リディアが死に、俺は耐えられず自ら命を絶つ。この繰り返す不毛な時間に終わりは来るのだろうか……。
何処から現実で何処から違和感なのか分からなくなる。また繰り返すのだろうか。またリディアは死ぬのだろうか。もういっそのこと自分がリディアへの想いを捨てる事が出来ればリディアは死なずに済むのだろうか……。
「ハッ……そんな事が出来れば、こんな事にはなっていないよ……」
自分で自分を嘲笑う。
そんな事出来る筈がない。それは他の誰でもない自分自身が良く分かっている。何度も何度も何度も何度も何度も……諦めようと努力はしてきた。だが出来ない。
家族以外の感情は持ち合わせていないと、つい今し方リディアにハッキリと告げたばかりだと言うのに……今だってリディアが自分を兄ではなく男として愛してくれているという事実に、心も身体も歓喜しどうしようもないくらいに震えている。
この期に及んで救いようのない莫迦だ。
これからどうすれば良いのか。
自分がリディアを愛すれば愛する程、悪い方へ流れていっている気がしてならない。
ディオンは項垂れ途方に暮れた。
本当に愛しているなら無条件で相手の幸せを願えると、例え愛する者が自分ではない他の誰かと幸せになろうとも祝福出来る筈だと、そんな下らない模範解答の様な本を昔読んだ事をふと思い出す。
リディアを諦める事が出来ない自分はリディアを愛していないのか? ならば俺のリディアへの愛は偽物だとでも言うのか?
「そんな筈は、ないっ‼︎」
苛つきながら身体をベッドから起こすと、腹立ち紛れに机の本を乱暴に掴み壁に叩きつけた。静まり返る部屋に虚しく音が響く。
動悸が激しくなり自身の息遣いがやたらに耳についた。
「俺は……お前を、愛してるんだ……嘘じゃない……リディア」
此処にいない妹へ弁解をした。
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