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愚かなる私は、お姉様の言葉を聞いて、怒っていた。
強大な力を持つ自分が、誰かに指図されることがあってはならない。幼いながらも、私の中にはそんなプライドがあったのだ。
だから私は、お姉様に自分の力を誇示しようとした。手近にある木に魔法を放って、お姉様を威嚇したのだ。それがどのような結果をもたらすか、考えもせずに。
「――危ないっ!」
「……え?」
気付いた時には、私の体は弾き飛ばされていた。
力なく尻餅をついた私の目の前では、砂埃が舞っている。
その中でお姉様は、倒れてきた大木の下敷きになっていた。私を突き飛ばしたことによって逃げ遅れたことは、考えるまでもないことであるだろう。
「……ふっ」
その段階でも、まだ私は笑みを零していた。
私の邪魔をするから、そんなことになる。そう言ってお姉様を嘲笑おうとしていたのだ。
私は強大な力を持つ故に、状況を理解していなかった。それくらいは大したことがないと思いながら、お姉様に近寄ったのだ。
「え? お姉様……?」
意気揚々と近づいた私は、お姉様の様子に固まることになった。
弱々しく呼吸するお姉様は、明らかに普通の状態ではない。
それを認識した途端、辺り一面に広がっているものと臭いに気付いた。そこでやっと、私はお姉様の状態に気が付いたのだ。
「お姉様、しっかりしてください……お姉様、これはっ……」
魔法で大木をどかした私は、お姉様の体に恐る恐る触れた。
その冷たさというものに、私は再度固まってしまった。お姉様の気質故に、触れ合う機会は多かったのだが、それらで感じていた温かさというものを私はそこで嫌という程理解することになっていたのだ。
「うっ……」
胃の中のものが、逆流していくのを感じた。
血生臭い臭いもあってか、私は吐き気を覚えていた。
いつも天真爛漫に笑っていたお姉様は、そこにはもういない。ゆっくりと冷たくなっていく姉を肌で感じ取っていた私は、先程お姉様に言われたことを思い出していた。
命というものを私は、軽々しく扱っていた。
生き物を魔法の実験に使って、それらを気に留めていなかった。私は命を悪戯に奪っていたのだ。それらの生き物を食する訳でもなく、私の生活を侵害した訳でもなかったのに。
この出来事がなければ、私はきっと人の命にすら手をかけていただろう。
私が多少の法を犯すことはあっても、殺人に手を染めていないのは、お姉様が命の大切さをその身を持って教えてくれたからだといえる。
「……回復魔法。でも、それだけじゃあ……なら」
色々と後悔の念はあったが、私はすぐに気持ちを切り替えた。
このままではお姉様の命は消え去ってしまう。それならやることはただ一つだ。
魔法の知識、医学の知識、それらを総動員して私は治療を開始した。
結果として私は、お姉様のことを助けることができた。
ただ、ぎりぎりだったといえる。一歩間違えれば、お姉様はあのまま帰らぬ人になっていたかもしれない。
ちなみに当の本人は、この時のことは覚えていない。意識を失ったこともあったか、私を注意したことくらいしか記憶には残っていないようだ。
◇◇◇
「お姉様、今日はですね。数学の勉強をしたんです」
「あら、そうなの? それは偉いわね」
「褒めていただけますか?」
「ええ、もちろん、よく頑張ったわね」
私がゆっくりと頭を撫でると、エルメラは目を細めて喜んでいた。
今となっては、それはなんとも不思議な光景であると思える。
ただエルメラは、ある一定の時期から私にとても懐くようになっていた。二人でのお茶会が始まったのも、丁度そのくらいの時期だっただろう。
「お姉様に褒められると、なんだか元気が湧いてきます」
「私もエルメラからは、元気をもらっているわ」
「本当ですか? それは嬉しいです」
当時のエルメラは、明るい性格だった。
幼少期の頃や今と比べると、信じられないくらいの天真爛漫さだった。
子供らしくなったといえばそうなのだが、どうしてそうなったのか、私は未だによくわかっていない。
「そんなエルメラにご褒美とかお礼って訳でもないのだけれど、実はケーキを作ってみたの」
「ケーキ、ですか? わあ、すごく上手に作れていますね?」
「そうかしらね? 確かに、見た目は上手くできたような気はするかも。でも、問題は味だものね」
「大丈夫です、きっとおいしいですよ」
昔の私は、お菓子作りなんてものに精を出していた。
別に今でも嫌いという訳ではないのだが、いつからか私はそういったことをしなくなった。
そういえば、始めた動機は妹が喜ぶ顔が見たかったから、だっただろうか。妹の心が私から離れたことによって、私はモチベーションを失ったのかもしれない。
「……やっぱり、おいしいです」
「そう? それなら良かったわ」
「こんなご褒美があるなら、いくらでも勉強を頑張れちゃいそうです」
「それは少し大袈裟なような気もするわね……でも、ありがとう」
私達は、仲が良い姉妹であった。お茶会に限らず、二人で時間を過ごすことが多かったような気がする。
ただ、その関係性はそれ程長く続かなかった。ある時から、エルメラは私のことを避け始めたのである。
それから、エルメラの態度も大きく変化していった。
いつも不機嫌というか、少なくとも明るくはなく、あまり笑顔を見なくなったのである。
そこにどのような心境の変化があったのかは、私にはわからない。何かあったのだろうか。それは改めて振り返ってみると、気になることである。
とはいえ、単に思春期とかなのかもしれないし、本人に聞けることではないだろうか。
いや、せっかくエルメラと話すつもりなのだから、この際気になることは全部ぶつけてみるべきかもしれない。
そうすることによって、何かが見えてくる可能性もある。ここは勇気を持って、ことに当たるべきだろう。
◇◇◇
命の重さを巡る一件があってから、私はお姉様に対して深い愛情を抱くようになった。
いやそもそもの話、それはきっと私の根底に存在していたものだったのだろう。あの件によって、それを自覚したという方が正しいのかもしれない。
なぜなら私は、物心ついた頃からお姉様と話したり触れ合ったりすることに対して、嫌だとかそういった感情は抱いていなかったからだ。
それがお姉様といることが楽しいのだと理解するまでは、時間がかかってしまった。
偉大なる天才である私は、普通の子供より聡い代わりに、そういった当たり前のことに気付くことができなかったのだろう。
「……お姉様、私は今すごく楽しいんです」
「あら、そうなの?」
「ええ、少し前までと比べて、なんだか幸せで……すごく不思議な気持ちです」
「そう……それはいいことね」
家族の温もりというものを気づかせてくれたお姉様には、感謝しても仕切れない程の恩がある。
同時に、その一件について負い目を感じていた。一歩間違えれば、大切な存在を失っていたという事実に、私は改めて恐怖を抱くことになっていたのだ。
だからこそ、私は魔法の技術をより一層磨くことにした。そうすることによって、お姉様を守ることにも繋がると思ったからだ。
「私も、毎日が幸せだわ。エルメラと一緒だもの」
「ありがとうございます、お姉様」
お姉様は、いつも私の頭をゆっくりと撫でてくれた。
それが私は、とても嬉しかった。お姉様と触れ合うということに、私は激しい喜びを覚えていたのだ。
「ああ、そうだ。お姉様、実は私、今日新しい魔法を思いついたんです」
「新しい魔法?」
魔法に限らず、私は勉学というものが好きだった。
新たなる知識が身に着く。それはなんとも、素晴らしいことだ。
ただ、最も楽しいのはお姉様に対してその成果を報告する時である。お姉様に話を聞いてもらって、褒めてもらう。それが私の至福の時だ。
「これは、モンターギュという魔法使いがかつて構築した魔法を私なりに再構築したものなのですが……」
「モンターギュという魔法使いは、聞いたことがあるわね。確か、ディルモニア王国の中でも有数の魔法使いだと聞いているけれど……」
「確かにモンターギュは優秀な魔法使いではありましたが、私の方が偉大な魔法使いになりますよ、お姉様」
「ふふ、そうだったわね?」
そんな日々が、いつまでも続くものだと私は思っていた。
この時の私は、まだ知らなかったのだ。私という存在の影響力が、どれだけ大きなものであるのかということを。