私の様子を見て新藤さんが笑ってくれた。優しい笑顔にきゅんとしてしまう。
彼が胸ポケットから取り出したものは、先ほどと同じ綺麗な空色の包み紙だった。昔、白斗にファンレターを送るために使っていた空色の便せんによく似ている。
そういえば光貴のお店で、その便せんを仕入れてもらっていたなぁ。懐かしい。白斗に毎月定期的に送っていたファンレター、読んでくれていたのかな。まあ、ファンレターなんか毎日のように沢山届くだろうから、きっと読まれたとしても、記憶に留まることはできなかっただろうけれど。
月に一度は絶対で、新曲が出る度と白斗の誕生日、バレンタイン等のイベントは自作のお菓子と共に手紙を添えて送っていた。
空色の包み紙を見て、六年前にRBの解散と共に終止符を打ったルーティーンを思い出した。
「開けてみてください」
「いいのですか?」
「遠慮なさらずに」
「ありがとうございます」
促されたので遠慮なく中身を見ると、空色の飴細工のような繊細な加工が施された、ビー玉付きのストラップが入っていた。紐からぶら下がったビー玉の中は複雑な模様が幾重にも広がっていて、不思議な空間を覗いているみたいに見えた。
「素敵なストラップですね。本当にいただいても宜しいのでしょうか?」
「もらっていただかないと、過失のお詫びになりませんし、このストラップの嫁ぎ先が無くて困ります。私が付けるには可愛らしすぎるものですから、律さんに使っていただければ幸いです」
真顔で言うから、思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます。では、使わせていただきますね」
本当に不思議で綺麗な色。空色……か。
そういえば新藤さんが昨日、『空』って言っていたような気がする。
多分、妹さんの名前なんだろうな。綺麗な名前。
「綺麗な空色ですね」手の平のストラップを再度眺めた。
「ええ。私の一番好きな色です」
新藤さんが何故か私を情熱的に見つめた。
あれ? なんか……距離近い?
「わ、私は黒も赤も好きですけれど、同じくらい空の色も好きです。水色の綺麗な空色って、テンション上がります。なんかこう、心が洗われるというか……大きな空を見ていたら、悩みも吹き飛んでしまうような所がいいですよね!」
夢中で喋る私を、新藤さんの顔が、目つきが鋭くなっている。
えっ。どうして急にドSの顔――……
「奇遇ですね」新藤さんはそのまま私に顔を近づけた。「私も律さんと同じ理由で、空が好きです」
えっ、えっ?
顔、近すぎない?
なんで??
新藤さんの美麗な顔が、私の間近にある。
だめ。だめ!
心臓がおかしくなる。
脳内パニックで、どうしていいのかわからない!
それ以上近寄られたら、私……どうなってしまうの?
「失礼」新藤さんの指が、私の前髪に触れた。「糸くずが」
いや――っ!!
新藤さん、それは反則です!!
糸くずなんか、言ってくれたら自分で取るし!
そんなに至近距離にきたら、おかしくなる
心臓がマックスにバクバクしていて、顔が真っ赤。
どうしよう。どうしよう……。本気でどうにかなりそうだ。
無言で固まっていると、新藤さんも私をじっと見つめてくる。
目が反らせない。
呼吸が止まりそうで、息もできなくて苦しい。
どうするのが正解?
暫く身動きも取れずに見つめ合っていた。
少しでも動けば、互いの領域に踏み込めそうな程に、近すぎる距離。
見つめ合うのも限界で、離れる事も出来なくて、目をぎゅっと瞑って新藤さんを待とうと思ったその時、彼の方から目を反らしてそのまま私から離れて行った。
「そろそろ光貴さんの電話も終わるでしょう。怪しまれるといけませんので、リビングへ戻りますね。律さん、ゆっくりお休み下さい」
新藤さんは爽やかな笑顔を見せて、部屋を去って行った。
さっきの鋭い眼の新藤さんは、もう何処にもいなかった。
私は震える手で、新藤さんから受け取ったキーホルダーを握りしめた。
新藤さん。どうして。
どういうつもりなの?
キス、されるかと思った。
もう少しあのままだったら、本当に……。
私をからかってるのかな。
こんなことをされたら
心が揺らいでしまう――
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