あれから順調に月日は流れた。新緑の季節から夏に移り変わっていた。謎の新藤さん接近事件以降、彼を意識しないように努めたお陰で、特段の進展は無い。
光貴を裏切ったりできない。新藤さんと二人きりにならないよう、会う時は必ず光貴と一緒に会うことを心がけた。
出来る限り大栄建設に、二人揃って打ち合わせに行った。
ただ、私の心配は杞憂に終わった。ハウスメーカーの担当と顧客の関係が濃密になるような事件は、そうそう起こらない。当然ともいえた。
恐らく新藤さんは、辛い過去を思い出していただけ。私によく似ているという妹のことを考えていたのだ。重なり合う部分が多々あったのだろう。
大体、新藤さんみたいな素敵なイケメン眼鏡が、既婚者の私にアプローチなんかしないだろう。キスされるかも、みたいに勘違いして、調子に乗ってしまった自分が恥ずかしい。
それより今は、マイホームの打ち合わせの方が大変だ。
予定外の妊娠をしたため、子供部屋案を設計図に無理やりねじ込んで、間取りからやり直してもらったのだ。大幅な設計変更までさせてしまい、打ち合わせはスムーズに終わると思っていたのに、ぎりぎりの仕上がりになってしまった。新藤さんをはじめ、設計士の方にも迷惑をかけてしまったのに、みなさん笑顔で『納得のいく家を作りましょう』と言ってくれた。
友達が家を建てる時は、絶対に大栄建設をお勧めしたい。本当にみなさんが快く家造りのお手伝いをしてくれるから。
家は三階建てにしたから、二階にキッチンやリビング、お風呂も二階にして、ゆっくりくつろげる要素を全て二階に集結させた。私のこだわりは三階の本を読めるスペース、光貴は音響ルームを作る一階をそれぞれ担った。
音響ルーム、図書館をイメージした本棚に囲まれたミニホールになるようにリクエストしたから、結構珍しい家になった。そのため、ハウスモデルで紹介されることになった。紹介料の分、支払いから若干値引きしてもらえるという、オイシイ特典付きで話がまとまった。
家が出来上がって家具が置けたら、新藤さんが家を見に来て、紹介用の写真を撮るらしい。早く出来上がらないかな。
お盆前までは、一週間に最低二回は新藤さんと会って打ち合わせを行った。
彼に会えると嬉しくなる気持ちがあったのは否めないが、もちろん何の進展もなく、打ち合わせが落ち着いたら、ぱったり新藤さんと会わなくなった。
蝉の鳴き声が聞こえなくなり、青空を覆っていた白い入道雲から、鱗雲へと変化していたその頃。
全てが順調に進んでいたと思われていたが、赤ちゃんの半年検診で問題が起こった。
相変わらずつわりは酷いけど、赤ちゃんが頑張っていると思ったら、苦しくても耐えられた。
性別が女の子だとわかったので、私は『詩』が、光貴は『音』が得意だから、『詩音(しおん)』という名前を付けて、毎日たくさん話しかけて、膨らんだおなかを撫でるのを日課にしていた。
その日は、超音波で子宮内の様子を見ていた。モニターを見ると、詩音は今日も元気よく動いている。最近は胎動もしっかり感じられるようになって、動いたー、とはしゃぎ、光貴と抱き合って喜んだばかりだ。
それを思い出しながらモニターを見つめていると、医師が怪訝そうな顔をしながら何度もエコーを確認していた。こんな事は初めてで、不安が胸をよぎる。
結構です、と言われて着替えて診察室に入った。着席した途端、医師が淡々と私に告げた。
「荒井さん。お子様の臓器がひとつ確認取れません。専門の病院を紹介しますので、そちらを受診下さい」
臓器?
急な言葉が理解できず、瞬きを繰り返した。
「早めの受診をお勧めいたします。紹介状を書きますので、受け取ってお帰り下さい」
その日は放心状態で、なにも手に付かなかった。
どうやって家まで帰ったのか、まるで憶えていない。
元気に動いているのに、詩音に臓器が無いって、どういうこと?
わからない。そんなのってないよ……。
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