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あの出来事から2年ーー
訓練兵の間で、噂になるのは予想以上に早かった。
「白髪の女、見たか?」
「無表情で、巨人役を一人で仕留めたらしい」
「……ちょっと近寄りがたいよな」
その噂の中心にいたのは、『レイ・ヴァイス』彼女だった。
彼女はあれから地下街を出て、兵団にやってきた。
整った顔立ちに白い髪。
感情の起伏をほとんど見せない目。
誰かと並んで歩くことはあっても、群れることはない。
立体機動訓練では、教官の指示を聞く前に動いていた。
索敵、角度、速度。
全てが合理的で、無駄がない。
「……またヴァイスか」
格闘術の模擬戦で倒され、地面に転がった訓練兵を見ながら、周りの兵士がぼやく。
レイは振り返らず、淡々と次の標的へ向かっていた。
圧倒的。
それが、彼女の評価だった。
⸻
だが――
それは、彼女の全てではない。
夜、訓練後の兵舎。
明かりを落とした室内で、数人の訓練兵が床に座り込んでいた。
「はぁ……今日の訓練、きつすぎ」
「足、まだ震えてるんだけど」
そう呟く声に、レイは黙って水筒を差し出す。
「……飲む?」
一瞬、間が空く。
「え、いいの?」
「ありがと」
受け取った仲間が目を丸くする。
レイはそれ以上何も言わず、自分の装備の手入れに戻った。
しばらくして、一部兵士がレイに近寄る
「ねえ、レイってさ」
「どうやってあんな的確に動けるの?」
問いかけに、レイは少しだけ考える。
「……逃げ道と次の標的の位置を、先に見て考えてるだけ」
「それができないんだって……」
レイはバツが悪そうに、小さく肩をすくめた。
その仕草は、戦闘中の冷酷さとは似ても似つかなかった。
⸻
ある日の休息時間。
日差しの差し込む壁の上で、数人が腰を下ろしていた。
風が吹き、レイの白髪が揺れる。
「レイ、髪……綺麗だよね」
そう言われて、レイは一瞬だけ視線を逸らす。
「……そう?」
「うん。珍しいし」
少し戸惑ったあと、ほんのわずかに口元が緩む。
「……ありがとう」
それを見た仲間は、驚いたように目を見開いた。
「今、笑った?」
「……見間違い」
そう言いながら、レイは視線を戻す。
けれどその表情は、確かに柔らかかった。
⸻
レイは、仲間をよく見ていた。
怪我をしていれば、無言で包帯を渡す。
立体機動が苦手な者には、夜遅くまで練習に付き合う。
無理に距離を縮めることはないが、拒むこともない。
「……レイってさ」
訓練後、並んで歩く仲間が言う。
「怖い人だと思ってた」
「……よく言われる」
「でも、全然違うよね」
レイは、少しだけ考えてから答えた。
「……失うのが、怖いだけ」
その言葉の意味を、誰も深くは聞かなかった。
聞かなくても、なんとなく分かってしまったから。
⸻
夜、寝台に横たわり、天井を見つめる。
仲間の寝息。
規則正しい音。
(……悪くない)
そう思っている自分に、レイは少しだけ驚いた。
地下街では、眠ることすら戦いだった。
いつ、誰が、どこで、何をしてくるか。
そんな事を毎晩考えながら眠りにつく。
そんな殺伐とした世界で生きていた。
だが今は、誰かが隣にいる。
それでも――
心の奥にある“目標”は、変わらない。
あの日見た背中。
冷たい目。
無駄のない動き。
(私は、まだ隣に立てていない)
だから、強くなる。
誰よりも。
静かに目を閉じながら、レイは拳を握った。
白髪の訓練兵は、
まだ知らない。
この先、自分が
その背中と、同じ戦場に立つことを。