コメント
0件
「ブフッ!」
突然、斜め上から一直線に落ちてきた意見に、朝陽は口に含んでいた焼酎を吹き出す。
こちらが必死に隠しているというのに、何という爆弾を落としてくれるのだ、この友人達は。朝陽は思わず頭を抱えそうになる。
「それ、事務所の先輩にも言われたが、そんなに俺と朝陽は恋人っぽく見えるのか? というか、俺達は付き合っていたのか?」
こちらに視線を向けられ、聞かれる。当然、朝陽は首を横に振った。
「付き合ってねぇよ。ってか、悩む前にまず性別の時点で疑問を持てって。……全く、光太さんもお前等も、そんなに俺達をカップルにしたいのか?」
朝陽はじっとりと湿度を含んだ双眸で、恨めしそうに三人を見遣る。すると、三人は気に障ったら申し訳ないという顔をしながらも、自らの主張を繰り広げた。
「違うって。あの時、実際に恋人だったかどうかは知らないけど、でも当時の隼士を知る俺達からすると……なぁ?」
「ああ……俺達は遅かれ早かれ二人は付き合い始めるか、もしくは隼士が朝陽のこと食っちまうだろう思ってたから」
「俺も二人に同じく」
三人が見合って、うんうんと頷き合う。
隼士に食べられた記憶はないが、事実、二人は大川達の言うとおり高校卒業と同時に付き合い始めたのは確かだ。その点に関しては目利きだと褒めたいが、今は称賛の言葉を出すわけにはいかない。というか、逆にこれ以上変なことを言い出さないで欲しい。
「そう思った理由は?」
だが隼士は違ったらしく、三人に朝陽が恋人だと思った真意を問う。
「だって隼士、すげぇ独占欲激しかったじゃん。俺等とも連んではいたけど、基本、登校から帰宅まで毎日、朝陽にべったりだったし」
「それだけじゃねぇよ。文化祭、体育祭、修学旅行みたいな行事ごとじゃ、必ず一番に朝陽を拉致って二人でばっかり過ごしてたし」
「そうそう。クラスの奴等に『朝陽を探したいなら、まず隼士を探せ』って言われてたぐらい、べったりだったよな」
「あと他にも、朝陽が女子に料理のこととかで声かけられて話し始めた途端、すんげぇ不機嫌になるし」
「朝陽の休日の予定は、全部隼士に押さえられてたし?」
「こっちが先約取っても、必ず隼士が着いてきたっけな」
三人が代わる代わる述べていく。
だんだん彼等の目が遠くなっていくように見えるのは、気のせいだろうか。
「あっ!」
その中、中西が唐突に声を上げた。
何となく嫌な予感がするが、この状況で話を止めてしまうと確実に疑われる。悟った朝陽は、冷や汗を掻きながら動向を見つめた。
「そういえば、あまりにも隼士が朝陽にくっつきすぎるからって、一度故意に引き離してやろうって計画立てた奴がいたよな」
「ああ、同じクラスの八ツ木だろ?」
中西に引き続き、小久保も思い出したらしく、話に加わる。
「そうそう。色んな用事を作って朝陽を呼び出したり、探しに来た隼士の前から朝陽を連れて逃げてみたり。時には過剰なスキンシップもしてたっけな」
色々なことをしては、隼士の反応を見て楽しんでいたと二人は話す。そこまで話を聞いて、漸く朝陽も八ツ木という名のクラスメートの顔を思い出した。確かかなりのお調子者で、うるさいところもあったが、クラスでは盛り上げ役として人気のあった男子生徒だ。
一時期、料理に興味を持ったということで、度々相談を受けていたが、中西達はあの時期の話をしているのだろうか。しかし、あの時は確か教えた料理が成功したからと抱き締められたぐらいで、過剰なスキンシップなんてものはなかったはずだ。
「んで、とうとう隼士がブチ切れたんだよな」
「えっ? 隼士切れたのっ?」
小久保の衝撃的な一言に、目を見開いてしまう。隼士は普段からあまり声を荒げることはないし、何か問題が起こっても話し合いで解決する人間だ。そんな男がブチ切れるなんて、信じられない。
「ああ。八ツ木に申し訳ないけど、あの時はすげぇ笑わせて貰った。あれってちょうど朝陽が風邪で学校休んだ時じゃなかったっけ。その日の放課後、八ツ木は鬼の形相をした隼士に、首根っこ捕まえられて体育館裏に連行されてったんだよ」
「ま、まさか、そこで隼士が八ツ木に暴力を振るったとか?」
「いーや、教室に鞄取りに帰ってきた八ツ木は無傷だったよ。でも……」
「でも?」
ゴクリ、と息を飲む。
「大丈夫だったかって聞いた俺等に、八ツ木の奴、真っ青な顔で『俺は、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった』って言いながら、逃げるように帰ってった」
「は? 隼士、一体その時、八ツ木になんて言ったんだよ?」
予想よりも大分あっさりとした結末に拍子抜けしてしまった朝陽は、人騒がせなと文句を言いながら隼士を見る。
「さぁ……何か話したという記憶はあるんだが、内容はさっぱり……」
だが、それも朝陽関連のことだからか、当人は覚えていないらしい。
それではパンドラの箱の中身が何なのか、分からないではないか。
だが状況が分からないのであれば、いくらでも打つ手はある。
「結局、隼士が覚えてないんじゃ誰も真相分かんねぇじゃん。っていうかさ、俺達がよく二人でいたのは事実だけど、大川達が考えてるようなことはないって。隼士が俺にくっついてたのは飯が必要だったからだし、機嫌が悪く見えたのも大方、腹が減ってたからだろ」
確かに二人は一緒にいることが多かったし、高校の卒業式にされた告白で、隼士が三年の初めには既に恋情を抱いていたと聞かされたから、実際、八ツ木に嫉妬していたということもあったかもしれない。
しかし、それでも朝陽には在学中に隼士の嫉妬を目の当たりした覚えも、束縛された記憶もない。
「どうせ誰かの『アイツらデキてんだろ』って言葉が先入観にでもなって、そう見えてただけなんじゃねぇの?」
「そうかなぁ、俺等にはかなり激しい嫉妬の炎が見えてたけど……」
「でも、事実俺は隼士に食われてなんかないし、今でも親友のままだよ」
「う……ん、まぁ、当事者がそういうなら、そうなのかもな……」
全てではないが、朝陽の見解に納得を見せる三人。それを見届けてから、次に隼士の方も見遣る。
「そういうこと。隼士も分かった?」
「そうだな……朝陽がそこまで力説するなら、そのとおりだったんだと思う。……まぁ俺自身、男には興味ないしな」
「え……」
促された隼士が、自らの意見を述べる。その言葉に朝陽の顔が一瞬で固まった。
――――男に興味がない。
それは頭上に隕石でも落ちたかのような衝撃だった。あまりの動揺に吸った息の吐き方を忘れ、過呼吸を起こしそうになる。
まさか隼士に同性愛を否定されるとは思わなかった。いや、否定されたことで、これほどまで胸が抉られるとは考えてもみなかった。
確かに今の隼士の根本には、同性を愛するという意識はない。だから仕方がないと納得する反面、それでも泣きたくなってしまった。
二人で歩いた十年は、一体なんだったのだろう。
辛く苦しい気持ちが先行して、感情の舵が上手く取れない。
こんなところで狼狽していることを気づかれたら、きっと不信に思われる。どうにか四人の気が逸れている間に、乱れた気持ちを落ち着かせなければ。
朝陽は脳内で繰り返しと再生される絶望の言葉に打ち震えながら、必死に己の心を宥め続けた。