テラーノベル
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静かだった。
その夜、王都レグノアの空は星一つ見えず、街は息をひそめるように眠っていた。
だがその“静寂”を突き破ったのは、再び流れ始めた仮面の男《ノア》の映像だった。
それは、前回よりも明確だった。
音質、照明、構図――まるで映画のワンシーンのように完璧に整えられた映像。
背景には崩れかけた古代教会のような石造りの壁。
その中央、玉座にも見える椅子に腰かけた男が、カメラの前で口を開く。
ノア
黒の仮面。銀の紋章。白の手袋。
その声は、深く、静かで、それでいて確かに「熱」を帯びていた。
「聞け、アルメスト王国の民よ。
私は《ノア》願いを束ねる者だ。
この国が、かつて“希望”と呼ばれていた時代を知る者だ」
「今、この王国には 自由 がない 正義 がない 願い がない。
あるのは、沈黙と監視と処罰だけだ」
「王は語る。『沈黙こそ平和』と。
だがそれは違う。
沈黙とは、支配者にとって都合の良い 死 に他ならない」
「君が言葉を奪われたとき。
君が夢を断たれたとき。
君が、愛する者の死に涙することすら“危険思想”とされたとき――」
「そのときこそ、君の心が叫ぶだろう。
『願うことを、許されたい』と」
「ならば私は、それに応えよう。
願いを抱く者よ。我と契れ。
君の願いは、君の罪ではない。
それは、この世界を変える種だ」
「我が手に託せ。
君の声を、君の希望を、私が《箱舟》に乗せよう」
「願いを罪と呼ぶこの国に、今――
新たな契約の時が訪れる」
ミレイユ・カーネリアスは、その映像を見ながら
自分の中で、何かが静かに崩れ落ちるのを感じていた。
反逆者。
テロリスト。
国家の敵。
ディアスや上官たちはそう言った。
白冠騎士団はすでに出動準備に入っており、王宮では 第二級緊急沈黙命令 が発令されていた。
だが、ミレイユにはこの仮面の男の声が、ただの扇動には思えなかった。
「君の願いは、罪じゃない」
その一言が、まるで鏡のように、胸の奥の何かを映した。
幼い頃、彼女は父に聞かれたことがある。
「ミレイユ、お前は将来、何になりたい?」
そして彼女は迷わず言った。
「みんなを守る人になりたい」
それは“願い”だったのか?
今の国家にとって、それすらも 危険思想 なのだろうか。
ミレイユは深く息を吐き、隣の席にいた仲間がいないことに気づいた。
彼女は、独房のような隊舎の一角で、ひとり映像を見続けていたのだ。
突如、ドアが開く。
白銀の装甲に身を包んだ兵士たちが、無言で通路を歩いていく。
その先頭には、静かに歩く男がいた。
白冠騎士団《団長レオナール・フェルディア》。
無表情。無言。
まるで感情を捨てた死神のように、彼はただ「命令」をこなす機械だった。
ミレイユが立ち上がると、彼は立ち止まり、仮面越しに一瞥を送る。
「第五隊、ノアに関する情報の収集を最優先せよ」
それだけ言って、彼は再び沈黙の中へと歩いていった。
その背中がやけに遠く感じられた。まるで、別の世界の住人のように。
彼らの任務は単純明快だ。
「ノアを見つけ出し、 沈黙 に還すこと」
ノア 本名 クロウ・ラディウス
彼は今、王都から離れた郊外、廃棄された地下鉄駅を拠点としていた。
そこにはすでに、彼と契約を交わした者たちが集まり始めていた。
その場所を、彼はこう名づけた。
《箱舟(アーク)》。
願いを乗せ、腐敗した世界を越えるための舟。
過去に「自由」や「正義」を口にしたがゆえに傷ついた者たちの避難所。
クロウはモニターに映る街の光を見ながら、契約者の一人に告げる。
「ここからが始まりだ。
願いを、世界の中心に取り戻す」
そしてその背後――
ノアの演説を遮断しようとしていた国家のAI《FAITH》が、ノイズを吐き始める。
その瞬間、クロウはゆっくり仮面を外す。
その目には、怒りでも悲しみでもなく、ただ一つ
覚悟だけが宿っていた。
「世界よ……俺の声を聞け」
闇の中に、一つの“希望”が火を灯す。
これは、世界に願いを取り戻すための、最初の一歩。
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