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「……久しぶりだな」


エヴァンと同じくらい長身のイーサンをアイリスが見上げる。


黄金の髪は片側だけ後ろに撫でつけられ、皇族らしい豪華で洗練された衣装がよく似合っていた。


平静なようで、どこか熱さを秘めた青く美しい瞳に見つめられ、アイリスが思わず息を呑む。しかしすぐさま我に返って挨拶をしようとしたところで、エヴァンが先に返事をした。


「ご無沙汰しております、皇太子殿下」

「ああ……エヴァン公子」


なぜか煩わしそうな視線を向けるイーサンに、エヴァンが構わず会話を続ける。


「7年ぶりですね。お変わりなさそうで何よりです」


見るからに立派に成長した男性相手に「変わりない」と言うのは逆に失礼ではないか。アイリスが心配していると、イーサンは特に取り合うこともなく質問を返した。


「なぜそれほど長い間、公爵領から出てこなかった?」

「アイリスの体調が思わしくなく、少し静かな場所で療養する必要がありまして」


エヴァンの答えに、イーサンがわずかに顔をしかめる。

まるで、彼の話を疑ってでもいるように。


「……アイリス公女、身体を悪くしたのか?」

「あ、ええ、ですがもうすっかり元気になりまして」


エヴァンがついてくれた嘘に乗っかりつつ、にっこりと微笑んで健康さを表現する。すると、イーサンは眩しいものでも見るかのように目を細め、今日初めての笑顔を見せた。


「それは良かった。今日はデビュタントおめでとう。……とても綺麗だ」

「ありがとうございます」


思いがけず褒められて、アイリスの顔が赤くなる。

熱くなる頬を冷まそうと手で押さえると、なぜかイーサンも同じように頬を染めていることに気づいた。


「……君と会うのは久しぶりだから、色々話がしたい。公爵領ではどんな風に過ごしていたんだ? 皇都に新しくできた菓子店のケーキはもう食べたか?」


イーサンが矢継ぎ早に質問すると、エヴァンがアイリスの細腰に手を回して引き寄せた。その目には警戒と嫌悪の色が滲んでいる。


「殿下、婚約者のセシリア嬢がお待ちのようですよ。私たちは他の人たちにも挨拶しなければなりませんのでこれで失礼いたします」

「あ、ああ……そうか……」


エヴァンが言ったとおり、どこか追い詰められたような表情のセシリアがやって来て、イーサンの腕にしがみついた。


「殿下……私もダンスがしたくなりましたわ。一緒に踊ってくださいませんか?」


セシリアも7年経って美貌に磨きがかかり、まさに白薔薇の化身のような佇まいだ。腕を組んでイーサンにぴったりと寄り添う姿は、彼への変わらぬ愛を感じさせた。


イーサンはそんな彼女に腕を取られたまま、しばらく無言だったが、やがて「……分かった」と返事をすると、アイリスたちに別れを告げてホールの奥へと歩いていった。


(よかった……前のようには胸が痛くなったりしないみたい)


今イーサンとセシリアの姿を見ても、苦しい気持ちにはならなかった。やはり7年間距離を置いて、自分の人生に没頭したことで、クリフへの気持ちが薄まったのかもしれない。


(これでよかったんだわ……)


イーサンの後ろ姿を目で追うアイリスの寂しそうな横顔を、エヴァンもまた暗い眼差しで見つめていた。



◇◇◇



デビュタントの夜会がつつがなく終了した夜、イーサンはバルコニーで夜空を見上げていた。


以前に星座について語り合う少年と少女の夢を見て以来、夜に星空を眺めることが日課になっていた。


あの夢を思い出しながら星空を見上げると、どうしてか心が落ち着くような懐かしさと、胸を掴まれるような切なさを覚える。


決して心地いいばかりではなかったが、この感情に身を委ねていると、間違った道から少しだけ抜け出せるような気がした。


(……アイリス公女が帰ってきた)


夜会で見た彼女の姿を思い返す。

彼女のことを思い出すときはいつも、7年前に会ったときの少女時代の姿だったが、今日対面したアイリスはすっかり大人の女性に成長していて、思わず目を奪われた。


夜空を思わせる神秘的な黒髪も、雪のように白く透明な肌も、淡い紫色をした輝く瞳も、すべてが美しく魅力的だった。


そして何より、彼女が兄とダンスを踊っていたときの笑顔だ。とても自然で溌剌としていて、自分が見たかったのはあの顔だと、嬉しくも切ない気持ちになった。


そのあと会話したときに見せてくれた笑顔も可愛らしかったが、できれば自分にもダンスのときのような笑顔を向けてほしい。


(……だが、7年間一緒に過ごした兄と私では、彼女の態度も違って当然か)


アイリスの義兄であるエヴァンは、7年間、彼女の一番近くで支え続けた家族だ。アイリスは彼に特別心を開いているようだし、エヴァンもまたアイリスを溺愛している。


しかし……と、イーサンは思った。


(公子の溺愛はあまりにも度が過ぎているのではないだろうか)


実は、フィンドレイ兄妹が公爵領に移ってからしばらく経ったあと、イーサンはこっそり人を使って兄妹の様子を探らせていた。


その調査報告で、エヴァンがアイリスを他の貴族令息たちに近づけないよう画策したり、異様に近い距離感で接していることを知り、密かに心配していたのだ。


公爵夫妻は、兄妹が神のお告げによる奇跡の出会いだと信じているからか、二人の関係性に口を出すつもりはないらしい。


(夜会でも、また私を敵視していたな。しかも衆目の前でアイリスの手に口づけたりして、まるで自分のものに手を出すなと周囲に牽制しているようだった)


あのときの光景を思い出すだけで、たちまち不快感と苛立ちが湧き上がってくる。そして、考えたくもない疑念も。


(……まさか公子はアイリスを女性として愛しているとでもいうのだろうか? 血が繋がっていないとはいえ、兄妹なのに……)


倫理的に許されることではない、と強く咎めたい気持ちになるが、同時に自分はどうなのだとも考えて、心が重く沈みこむ。


自分だって、セシリアという婚約者がいながら、いつまでもアイリスのことを忘れられない。胸の奥に大切にしまい込み、こうして夜な夜な彼女への想いに浸っている。


不誠実で最低な男というほかない。


(セシリア嬢は、私を助けるために片目の視力を失ったんだ。だから、見捨てるわけにはいかない。見捨てては、ならないのに──)



その夜、イーサンはまたあの少年と少女の夢を見た。

夢の中で、イーサンは銀髪の少年だった。


夢の少女が自分の名前を呼ぶ。

朗らかで可憐な声で、「クリフ」と。


今度は銀髪の少年姿の自分が少女の名前を呼ぶ。

亜麻色の髪と薄桃色の瞳をした彼女を見つめ、ひどく愛おしげな声音で、「アリア」と──。


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