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無垢のアダム

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無垢のアダム

1 - 第1話 アダム邂逅

2025年08月11日

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そこには、白髪の青年がいた。

とても暑そうで持て余した長髪に、上裸のやせ細った姿。赤色のフェイスプリントが相まってまるで先住民族のようだと感じる。

咲は春部にあれが例の白髪だろうかと問おうとしたが、そこに春部の姿はなく、見ると白髪を追い始めている。

かなり春部は全力に等しい走りを見せているが、その速度に白髪は順応しつつある。とはいえそこまで離されていないようだ。

咲も追跡に参加する。咲は新人だし先輩に任せた方がいい事くらい馬鹿の彼女でも理解していたが、あの白髪を春部より先にとっつかまえて初勝利をさらに装飾したいという気持ちがなかったわけでもない。


分かれ道だ。白髪は真っ先に森の深くへ走りこむ。この田舎では分かれ道のどちらを選んでも森しかないが、白髪は道がごちゃついていて熊の目撃情報がある方に向かった。どうやらこの辺りに詳しいわけでもないらしい。


「春部さん、この先危険ですよ!熊の目撃情報もありますし」

「咲さん、なんで着いてきてるんですか」

「なんとなく……じゃなくて、私この辺には詳しいので!それに、先輩の戦いを見てみたいし」

「なるほど。参考になるかは分かりませんけど」


春部に関しては久東から多少聞いたことがある。

なんでも、住んでいる場所は同じ県でこそあるが、その中でも都会な方らしく、とりあえずこの辺はあまり来ないとのこと。

東京都で例えるなら、春部は葛飾区、咲の家やもよんまーとがある場所は八王子、となる。

なので、多分田舎のけもの道を走るのは慣れていないのではないだろうか。


しかし自信満々の咲だってJKだし、現在進行形で追跡中の白髪が入っていった森なんてめったに行かない。

幼稚園児の頃に何回か行ったような気がするくらいである。

つまり何が言いたいかと言うと、長居すると余裕で迷う状態だということだ。


「そこの白髪!!止まれやー!!!」

「そうだよ、平和に行こう。君だって疲れるだろ」

「だ、誰が止まるかよ!!お前らは悪い奴なんだから、捕まりたくなんてねぇわ!!」


「人型怪異で会話可能……。中々手ごわい相手かもですね」


春部は無線のようなもので何か連絡を取っている。走りながら連絡するなんて器用な。

そして、隣から相槌の音がなくなることに咲が勘付くと、春部はふと足を止めた。


「え、春部さん!?見失っちゃいますよ!」

「……最初に来た時に久東さんから教わったと思いますけど、この世界はなんでもありなんですよ。怪異と呼称されるモノたちはなんでもいる。宇宙人、妖怪、都市伝説……など。だから、よくーー」


「ーー要素同士がハイブリッドすることがあるんです」


春部はよくあるお祓い棒を取り出すと、途端、棒が縦に長く伸びた。そして、先端にか細い藁が集まる。何本も何本も。

もしかしなくとも、誰もが箒であると確信するような見た目になった。

嫌な予感がする。


「もしかして……」


箒は地面から浮いている。春部は手慣れた様子でそれを手中に収めた。


「乗ります?それとも、地面と空で対抗レースしますか」

「乗ります!!疲れたので!!」

「じゃあ、行きますか。落とされないようにしてくださいね」


春部は箒の上に飛び乗る。手の動作で乗るように指示しているらしく、それが見えると咲は落ちることもなくスムーズに乗車?した。

すると、箒は時を待たずしてすぐに動き出す。まるで飛ぶためだけに生まれたかのようだ。そして徐々に加速するなんていう物理法則は効かず、最初からマックススピードでかっ飛ばしていく。

その割に、生い茂った木々の草や枝がこちらにぐんと向かってきて何回も当たりそうになったり、木を避けるために急旋回してあまり乗り心地の良いものとは言えなかった。落ちるなと春部は言っていたが、正直本人含め被害が発生していそうだ。そもそも箒に乗り心地なんて求めてはいけないのだが。


「どわー!!すごっ!!……ってあっぶな!!」

「絶対落ちないでくださいね、落ちたら死だと思って下さい」

「難易度えっぐ!!落ちる落ちる落ちる!!せめて高度上げてーーーー!!」

「高度上げたら追跡の意味ないじゃないですか」

「そうだけど!!……てかまだ追いつけないんですか!!リニアモーターカーといい勝負レベルの速度ですけど?!」

「これ使うと怪異側がビビって本気で逃げ出すのでね」

「怪異に匹敵する速度の箒って頭おかしなるよ!!それなら走ってた方が……」

「怪異が本気を出し終われば、完全にこちらに手出しできなくなりますので。そうなればこちらが安全に勝てるってわけですので、久東さん中心にこの戦法が推奨されてます」

「そ、そういうこと……」


確かに、全力疾走したあげく怪異がまだ本気でしたー!とか言われても咲は萎えるだろう。それなら全力を出させろ、という意見も納得できなくはないが……にしても別の方法はなかったのだろうか、と咲は思った。


「……見つかりました?」

「いえ!!全く!!落ちないのに必死です!!」

「まあ初箒ですもんね……」

「もしかしてみんな箒ですか?」

「いえ、僕と……同期にもう一人ですね」

「箒使い思ったより少な!!」

「人それぞれの移動方法がありますから、咲さんもいずれ見つけられますよ」

「うう……てかどこだー白髪!!」

「こればっかりは慣れですよねー……。実はもう可視範囲内にいますよ」

「え、嘘?」


咲は改めて周囲を見渡す。右……にもいないし左にもいない。あるのは鬱蒼と茂る青々とした木々と枯れ葉と蝉時雨。

前方にも当然いない。流石の咲でも目の前に怪異が居たら気付く。

では一体どこに?咲が再び詮索していると、


「いったぁ……!」


小枝が眉間に当たった。


「あ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫、です。重症じゃないけど地味に痛いやつぅ……!」

「タンスに小指ぶつけんのと同じ感じですか」


そういえば、春部は運転手側なので当然前に座っているわけだが、物が飛んでくるとかは平気なんだろうか。

避けてるとしたらこの荒い運転にも合点がいくが、だとしたら多分もっと荒くなっている気がする。

では当たっても耐えてるんだろうか。だとしたら余裕過ぎやしないか。流石に痛いだろ。

もしや、バリアでも貼ってるんだろうか。神社生まれのお祓い棒持った神主が箒にまたがって空を飛べる世界だ、それくらいやられても何らおかしくはない。


「春部さんはもう見つけたんですか」

「はい。まあこれは見つからなくても不思議じゃないですよ。……てなわけで、」


箒がぐん、と持ち上がる。反重力とはこのことか、と見当違いな感想をいだいた。


「高度を上げます」

「え?」

「上ですよ、上。例の男がいるのは。あ、でも今から上みると首が死にますよ。例えるならタワーオブテラーの上昇中に上向くような感じですね」

「完璧に理解しました。やめときます」


まさに彼が言ったタワーオブテラーというのが正しい。いや、タワーオブテラー二倍速と言った方がより近いだろうか。

とにかく、エレベーターなんかとは比べ物にならないような速度で高度を上げた。咲はいかにも酔いそうだと思ったが、あまりの速度にテレポートか何かと感じ、逆に酔わなかった。

そして、前方を確認すると、そこには体を横一直線に水平にし、手のひらや足から紫色の閃光を出して空を飛んでいる白髪が居た。


「あ、居た!!」

「……止まれ、そこの人型怪異。これが最後の警告だ」

「嫌だ、止まらん!!そもそも俺には名前があんだよ、名前で呼べ!!」

「名前は?」

「は、誰が同胞を殺した人間に名乗ると思ってんだよ?」

「……」

「なんだあいつ、ムカつく!!さっさと止まれー!!」

「咲さん」

「え?は、はい!」

「僕の背負ってるバッグから”おおぬさ”を出して渡してくれませんか」

「おおぬさとは??」

「あー、お祓い棒って言うんですか?あのわさわさしてる棒ですよ」

「あ、はい!」


咲は揺れる箒に順応してきたからか、さほど苦労せず春部のバッグにささっているもう一本のお祓い棒、もといおおぬさを抜き取り、春部に手渡す。


「二本目なんてあったんですね、てっきり移動用かと」

「まあ、はい。というか、これが僕の戦闘スタイルなので」

「あ、あと、多分ここから超揺れると思うので、しっかり掴まっててくださいね」

「え、これ以上……!?」


そのセリフを咲が言い終わる前に、春部は目の前の白髪におおぬさを構える。どうやら二本目はお祓い棒として使うらしい。


「これからガチで戦っていきます。ーー食らえ、”星導の命”」


辺りが閃光に包まれる。細くまばゆい光が何本もがおおぬさから射出され、一目散に白髪目がけて競争する。

春部曰く、「この光は怪異には視認できませんので、初撃に丁度いいんですよ」とのこと。

怪異である白髪はやはりそれに気づいていないらしく、かなり接近してから方向転換しようとする。しかし、もう遅い。

その頃には、もう大量の光が白髪の元にたどり着いている。


「うおっーー」


白髪は少なくとも5発は光を体に受けている。その光は、一見か細くか弱いものに見えるが、しっかりと白髪の体を貫いている。

水平にして足をこちらに向けて飛んでいるためか、脚部への被弾が多いように見える。右の太もも辺りに1発、足裏に2発、

左の手のひらに1発、左の足裏に1発。被弾した個所は丸く穴が開いていて、血のような液体が噴き出している。

堪らず白髪はコントロールを失う。まだ辛うじて飛ぶ力はあるらしいが、被弾した手や足を庇おうとして変な体制になり、余計に落ちそうになっている。


「かっこよ……!」

「どうも。ま、この後あいつを回収して下に降りなきゃいけないんですけどね」


そう言うと、箒は白髪の方へ全速力で向かう。小枝などは飛んでこないので、今回はそこまで辛くはない。

白髪はもはや飛べないらしく、重力に則り下へ自由落下する。おそらく、今の速度では落ちていく白髪に追いつくことは不可能だろう。となると……


「もしかしなくても、これって」

「”二人乗りタワーオブテラー”、いきますよ」

「あ、」


当然のごとく箒は下へ落っこちていく。タワーオブテラーも近くはあるが、当然前にも進むので普通のジェットコースターの方が近いかもしれない。

咲はジェットコースターが好きだ。いつも遊園地側の安全対策に身を任せ、両手を離して「ヒャッホーウ!」が定番である。

しかし今回はどうだ。両手を離してヒャッホーウしたら体が外に投げ出されて「たーまやー」になるだろう。

絶対に手を離すな。いつも本能と直感で動く女・咲は、何があっても手だけは離さないと心に決めた。


やがて、死のジェットコースターは終焉を迎える。咲は思わず目を瞑っていたため、景色なんて楽しめなかった。

自分の足が大地を踏みしめていることを確認すると、咲はこれまでにないくらい安心した。

それと同時に、どっと疲れが出てきた。当然である、単騎で戦った後にずっと手を使い続けたのだから。

咲は散々馬鹿にしてきた獣道に寝っ転がる。「変な枝に直撃しないかガチャ」には成功した。


「咲さん、僕が新人なばっかりに……すみません」

「いやいやいや、そもそもついてこなけりゃいい話だったので。それに、超かっけぇし」

「あ、そうですか?ありがとうございます」


春部は照れ隠しのように目線を下にずらした。よく見るといかにも好青年といった顔立ちをしている。おそらく住んでた場所ではモテてそうだ。


そして、私たちの意識は自然と箒でキャッチしたと思われる白髪にいく。

白髪は近くでまじまじと見るとだいぶ痛々しい。四肢を縄で縛られているからだろうか。

そこまで重症には見えないが、所々上がる唸り声と四肢を庇う姿といい非常に痛がっている。


「そういえば人型、名前は?」

「……仇桜 無光だ。」

「アダザクラ ムコウ?どういう漢字?」

「仇討ちの仇に、桜は桜でいいだろ?あとは無いに光」

「変な名前」

「そりゃ怪異なんですから……。とはいえ、怪異にしては人間臭い名前ですね」

「だろ。『お前は今までの子達の中で一番人間に近い』ってお父様が言ってた」

「お父様?怪異って家族いるんだ」

「いや、まったくそういう話は聞いたこと無いですね。怪異の中では特殊な例ですよ、多分」

「な、なんか凄い奴に出会っちゃった……」


春部はまた無線を用いて連絡を取っている。通話口から久東のものとみられる声が聞こえてきた。

その最中、暇だったので咲は白髪、もとい無光を観察する。

今まで追っている時にしか見ていなかったが、静止画になるとやはり人間っぽさが強調されている。

さっきまで咲が戦っていた人面鳥と違い、間違いなく人間だ。

異様に痩せていたり、肌が青白かったり、先住民族のようなフェイスペイントが施されていること以外におかしな点はない。

どちらかと言えば、人間の死体やミイラが動き出したかのような印象を受ける。

しばらくすると、無光と目が合った。


「おい、何見てんだよニンゲン」

「いや、なんか……面白いなって」

「は?」

「怪異なはずなのに、そこまで違和感ないと言うか……服着て顔の模様消せば、人間として生きられそうだし」

「そしたら俺のアイデンティティがなくなるだろ。ニンゲンはみんな無個性だ。何の特徴もなくてつまらん」

「そうかなあ。人にも色んな人がいるんだけど。例えば、私のおじいちゃんとか。凄いんだよ、妖怪にとっても詳しくてさ、なんで詳しいのって聞いたら『昔戦ったことがある』らしくて」

「知らねえ爺の話を聞かすな」

「えー……」


春部は通話が終わったらしく、咲たちに向き直る。


「……とりあえずそいつは連れて行きますよ。色々聞きたいことはありますけど、久東さんに任せましょう」

「久東さん、私の活躍見てくれてたかなー」

「まあ、普通に怪異討伐できてますからね。僕も報告しましたし、きっと成果は認められますよ。それに例の無光も捕まえられましたから」

「……なぁ、俺はこれからどうなる?他の仲間と一緒で、ぶち殺されるのか」

「多分そうだと思うが、僕の上司がどうするかだな」

「ニンゲン、その上司に言ってやるんだな。俺を殺したら大変なことになるって!」

「どうなるの?」

「それをぼかすために大変な事って言ったんだろうが!」


色々あったが、そんなこんなで咲は帰路につく。

二人で行って三人?で帰ってきた。怪談噺の定番である。

そんな状況にも関わらず、咲は特段恐怖も感じなかった。

何故だろうか。咲にもよくわからない。もうすでに怪異と一戦交えたからだろうか。空の旅で色々すっ飛ばしてしまったからだろうか。これから帰れると安堵しているからだろうか。それとも、無光が非常に”ニンゲン”だからだろうか。

全てが正しく、同時に間違っているように思えた。

最適解は「疲れているから」に他ならない。

時間はそこまで経っていない。それでも、一週間は動き続けたかのようなストレスが咲にはかかっていた。


「只今帰りました、久東さん」

「おお、お疲れさん。二人ともよう頑張ってくれたわ」

「マジ疲れました」

「ん、ゆっくり寝ときー。詳しくはあんさんが起きたら話すわ」

「おやす……です」


咲はおぼつかない足取りで真っ先にバックヤードに向かい、牛乳をいっぱいぐびっと飲み干すとすぐさま眠りに落ちた。

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