テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
その夜、咲は夢を見た。
真っ白な空間だった。壁もなければ天井もない、なんなら床すらもないように思えた。立っているのか落ちているのか分からない。夢なんてそんなもんだとは思うが、それにしたって夢側が現実に寄せようとしていなさすぎる。
そして、珍しく咲は夢の中の自分と一体化していた。それすなわち、夢であると自覚している夢・明晰夢を見ていることになる。
咲が明晰夢を見るなんて何年ぶりの快挙であろうか。記憶があるのは2年ほど前、ピアノの発表会で譜面をド忘れして泣きながら帰った時だろうか。
思えばあの時も変な夢だった。いかにも占い師といった感じの老婆が、近い将来不思議な体験をして生まれ変わるだろうとかなんとか言っていて……と、まさに最近のことではないか。あの夢は一体何だったんだろう。
咲の目の前には一人の男が居た。真っ黒な髪に真っ黒な瞳、少し日焼け気味の肌。不思議と子供らしさは感じず、むしろ大人びているように見えるのは、少し高めの身長のせいか、妖艶な雰囲気のせいか。鳥かごのような形状をした椅子に腰かけ、咲の瞳を見つめている。頭には桜の花を模した髪飾りが付けられ、漆黒に浮いて見える。
誰がどう見ても人間。しかし、咲はこんなに人間している怪異を知ってしまっている。なので、目の前の男が怪異であることなど一目瞭然である。
咲は単純だ。故に、野生の勘とやらで怪異であると分かった。しかし、そんな獣同然の判断基準を設けなくとも、こいつが怪異であることはすぐに分かる。この男は、”一切の光を反射していない”。
目に光がないなんてよくあることだが、髪にも、服にも、腰掛ける椅子さえも、全てに光が反射していない。
光が一切届かない、はるか遠くの人知を超えた世界からの刺客は、咲という名の未熟な人間にそっと話しかけた。
「やぁ、昨日はお疲れ様」
「誰だお前」
「僕?僕は饗場息吹。君たちにまだ見つかってない、どこか遠くに平和に住んでる怪異さ」
「住所教えろや息吹!!」
「名前で呼んでくれるの?まるで仲間だね、咲ちゃん」
「ちゃん付けで呼ぶな気色悪い……!」
「ふふ、”懐かしい”、そのセリフ。僕のお友達にも全く同じこと言ってくるのが居てさ。とってもいい子だった。今は何してるのかな?それが気になって、僕は君の夢に来た。ねぇ、知らない?」
「はぁ?私はまだぺぇぺぇの新人なんだし知ってるわけないだろ」
「いやいや、君は知ってるはずだよ。だって君、いや君たちは、彼を誘拐したじゃないか」
「……誰の事言ってんの」
「仇桜無光。仇桜無光を返せっつってんだろ」
暗転。意識が遠のく。ぼんやりとした視界の中で、光のない息吹の姿だけがはっきりと見えた。
「おはよ」
「え、あ、おはです……って誰?!」
鳴り響くアラーム音、それに負けないくらいの声量の蝉、そして起こしに来た誰かによって咲は目覚める。
まだ頭が冴えていないからか、どこかで聞いたことあるような声ではあるものの顔も名前も出てこない。
段々顔に輪郭が見えてくる。そうそう、ちょっと小柄で、夏なのにコートと手袋着けてて……ってそんな人いたっけ。
その問いに答えるように、唐突に寝ぼけている思考がパッとクリアになる。もしかして、目の前にいるのは。
「む、無光……?」
「……ニンゲンっぽく見えるか?」
そう言う無光は、ジーパンとコートと手袋で人外臭いところは隠しているし、異様に細い体格もカモフラージュできている。
フェイスペイントも消えていて、髪色は確かにおかしいかもしれないが異力のせいだと言えばなんとかなりそうだった。
「うん、すごい人間っぽいよ」
「そ、そうか?あまりニンゲンの生活には詳しくないのだが」
「いや、ぽいぽい。何も知らずに見たら、普通に人間だと思うよ」
「了解した」
そう言うと無光は店内の方へ走っていった。
そういえば、無光はなぜ人間っぽくなれてるか、なんて聞いたんだろう。おそらく咲が寝た後に何かあったんだろうが、見当もつかない。怪異を殺す集団が、人語を喋れるなんていう危険な人型怪異を人間として過ごさせるだろうか?
あと了解したってなんだよ、了解したって。無光は一体何を考えてるんだ。
そこで咲は気づいた。そういえば、店内には久東や春部がいるんじゃないかと。
店内の方に走っていったが、もしや久東達が何か決めたんだろうか……。
咲はスマホで時間を確認する。8:30。8時には来いと言われていたような気がする。昨日のあれを見れば、きっと久東も仕方ないと思ってくれるはずだ、きっと。
咲は店内へ向かった。店内に着くと、既に春部と久東、そして無光もちゃっかり椅子に座っている。さながら店員側のようだ。
「あ、おはです」
「咲、おはよ。な、昨日の私ら凄ない?あんなに怪異だった無光をこんな好青年にして、すごいんとちゃう?」
「正直、無光を連れ帰ってきて、久東さんと何か話した後に『春部、こいつに合うええ感じの服買うてきて』と言われた時はびっくりしましたよ」
「あのー……昨日何があったんですか」
「んふふふふ、まあ聞けや」
その後、久東から聞いた話を要約するとこうだ。
まず、拘留中の無光はとても反抗的で、当然殺害することを考えていたが、昨日無光が言っていた「お父様」とやらが今もよんまーと全体で追っている怪異らしい。しかも最終目標。
なので、その情報を聞き出すために生存させることにした、とのことだ。ちなみに無光はお父様について大体の情報を忘れてしまったらしく、久東曰く「どんだけ拷問しても吐かんくて流石に信じようと思てん」。
しかし、無光を生存させておいたままでは怪異を庇っていることになる。そのため、無光を限りなく人間に近づけて、職員として雇うことにした。寝起きの咲に人間っぽく見える?と聞いてきたのも、そういう意味らしい。無光はいかにも不本意そうだったが、久東という実力者を前に観念したらしい。
で、ここからが重要なのだが、もよんまーとは四つ店舗があるため咲や無光以外にも職員はたくさんいる。
その職員全員に「無光ってやつは怪異だけど悪い奴じゃないよ」と言っても混乱するだろう。
だから、それぞれのもよんまーと四件の店長、もっと簡単に言えば四天王的存在の職員四人・咲・春部のみに無光の正体を明かす。
咲はなるべく無光の正体を隠してほしい、とのこと。
「え、待ってくださいよ。もしかして、私ってこれから他の店舗の人にも会うんですか」
「あ、その話しとらんかったっけ。……せや、咲はこれから本部に向かうことになる。ざっと三日後やな」
「本部?」
「もよんまーとには四つの店舗がある。北店、南店、西店、東店。ここは西店やな」
「それが……?」
久東は一枚の地図を取り出す。それはこの辺一帯のもので、咲も何度か見たことがある。
地図には、それぞれもよんまーとの位置に黒マーカーで印がつけられている。西店は赤色だった。現在地を示しているらしい。
そして、それぞれの支店から同じ距離、簡潔に言えば中央が赤色で大きくマルされていた。
その建物は大きいらしく、地図から見ても他の建物と一線を画している。
咲はこの辺に住んでいるから詳しいはずだが、こんなに大きい建物を見た事がなかった。
「この真ん中のやつって?」
「これが本部や。春部は新人研修の一環でこっちに来とるだけで、本来は本部に居るで」
「え、でもこんな大きい建物ありましたっけ」
「そりゃ、こっちは異世界やからな。現実にないもんもこっちにはある」
「あ、そっか」
「んで、この本部に咲も無光も行ってもらうで。基本怪異討伐部隊はこの本部に寮を持っとって、そこで暮らしてもらう」
「りょ、寮生活……」
「私とかの店長は、あんさんみたいに店に迷い込んできたやつを助けるために支店に居らなあかん。ま、西はあんま人来おへんから、私はよく本部に居るな」
「へー。じゃあ、私も寮生活が始まるわけですか」
「まぁ、まだ正式に決まったわけじゃないけどな」
「え、だって私怪異倒しましたよ」
「みんなそうやで。でもな、今私らが追ってんのはもっと強い奴らや。普通、追いつけへん奴もおる。だから、まずは選抜せなあかん」
「ハンター試験的なのがあるってわけですか!」
「せや。ま、精々気張りや」
その後、久東は春部に何か耳打ちし、その後バックヤードに向かった。
それすなわち、咲と無光がこの空間に二人きりであることを示している。
無光は目を合わさないようにしているのか、うつむいてどこかうつろな表情を浮かべている。確かに、彼だって追跡されっぱなしで捕まったと思ったら人間に似させられて、かなり疲弊しているに違いない。
咲は立ち上がり、そそくさと店内のカップヌードルから適当に一つ選ぶと蓋を開けてお湯を注いだ。
ここから地獄の三分クッキングが始まるであろうということは予見できていた。
無言の時間が流れる。と思いきや、興味津々な表情でカップヌードルから出る湯気を見つめていた無光が話しかけてきた。
「それ旨いのか?」
「おいしいよ。食べる?」
「いや、俺は食べなくても平気だから」
「人間は食べないとやってけないんだよー」
半ば強引にカップヌードルを無光に食べさせる。無光は人間のエゴに若干引いているようだが、咀嚼することはできるらしく顎を動かした後飲み込んだ。本当に怪異だとは思えない。
怪異ならこうやって椅子にお行儀よく座ってお食事をとれるなんてできやしない。やはり、無光は特別だ。
まあ、右足をテーブルに乗せているのが果たしてお行儀いいカウントになるかと言われればNoだろうが。
咲は単純である。一緒にご飯を食べたら誰でも仲良しだと思っている節がある。咲はふと気になった質問をぶつけてみることにした。
「ねぇ、無光のお父さんってどんなの?」
「お父様か。あんまり覚えてないが、全ての怪異を産み出したんだぜ」
「え、激ワルじゃんか」
「ニンゲン目線だとそうなんだろうが、こっちからしたら神様だ」
「へーぇ。そりゃあ、怪異討伐部隊総出で捜索してるわけだね」
「でもお父様は超強いからな。お前らじゃ勝てん」
「そうなの?」
「そりゃ、俺達のお父様なんだし強いに決まってる」
と、無光は誇らしげに言った。
無光と話ができそうな雰囲気になってきた。咲は昨晩見た夢のことを聞いてみることにした。
「……別の事聞いていい?無光にも怪異の友達とかいたの?」
「なめんなよ。めっちゃ居たからな」
「え、例えば?」
「いちいち友達の名前なんて覚えてられるかよ。あの数覚えられたら苦労して無いぜ」
「えそんな居んの?!」
「ニンゲンは友達が少なくて可哀想だ」
「な、なんか友達の事勘違いしてない……?」
「してない。……話したことある奴はみんな友達だろ?」
「うん!そう!」
馬鹿同士が結託していること、もとい怪異と意見が合致していることに咲は気づいていない。やはり咲は単純である。
「……饗場息吹って知らない?」
「うぇえ?!」
無光は体を大きくのけぞらせる。反動で手の小指をテーブルにぶつけたらしく、少し痛そうにしている。
その後、今まで乗り出し気味だった体を戻し、明らかに声のトーンが下がった状態になった。
「し、知らな」
「知ってるじゃねえか」
「知らない!」
「知ってるじゃねえか」
「し、知らないって言ってんだろ!!」
「その反応は知ってんじゃねえかー!!」
扉が開いた。
「二人とも、ちょっとええ?」
「あ、久東さん」
「本部の方から連絡来よってな。今のうち荷物まとめとけって」
「三日後移動ですもんね」
「電車乗るし、咲は無光に色々教えたってや」
「この女は咲って言うのか」
「この女って言うなよ!!」
「男なのか?」
「ちげぇってふざけんなこのポニテが見えないのか」
「そんなに怒ることか……?」
「このノンデリ!人型怪異!」
「す、すまない……」
「ま、何がともあれ出発は近いわけやし、今のうちに人間に慣れとき」
「そうだな。善処させていただく」
「言葉遣い良い時と悪い時あるのやめてほしいな……」
この時の咲はまだ知らない。
三日後、壮絶な戦いが始まる事を。