テラーノベル
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第5話 始まりの雪、狂おしい光
時を少しだけ、僕たちの時間が動き出す前まで巻き戻す。それは、ドイツの厳しい冬が始まった、ひどく寒くて暗い日のことだった。
当時の僕は、自分のフットボールに行き詰まっていた。どれだけ正確なパスを出しても、周りのフォワードは僕の意図を理解してくれない。「ネスのパスは理屈っぽくて合わせにくい」と切り捨てられ、僕はチームの片隅で、自分の存在価値を見失いかけていた。
「僕のパスは、誰にも届かないんだ……」
しんしんと雪が降り積もる無人の練習場。
誰もいないピッチに向かって、僕は一人、行き場のないボールを蹴り続けていた。
冷たい風が頬を刺し、指先の感覚はもうなくなっている。寂しくて、悔しくて、自分のフットボールが否定される苦しさに、今にも押しつぶされそうだった。その時だった。
「おい。さっきから見てれば、随分と寂しいボールを蹴ってやがるな」
凍りつくような静寂を破って、傲慢で、だけどひどく美しい声が響いた。
驚いて振り返ると、そこに一人の少年が立っていた。洗練された体躯、不敵に吊り上がった口元。そして何より、凍える冬の空よりも鮮やかに輝く青い瞳を持った少年――ミヒャエル・カイザーだった。
「君は……?」
「お前の名前なんて興味ねぇ。だが、そのパスは悪くない」
カイザーは僕の足元から転がったボールを、ピッチの真ん中でピタリと止めた。
「お前、自分のパスが誰にも理解されないって、そんなツラしてんな? 違うか?」
「それは……」
核心を突かれ、言葉が詰まる。そんな僕を、カイザーは世界を支配する王のような圧倒的な眼差しで見下ろした。
「馬鹿どもに合わせる必要なんてねぇよ。お前のその『不自由な天才のパス』を形にできるのは、世界で俺一人だけだ」
ゾク、と背筋に電気が走った。世界中から否定されていた僕のフットボールを、この人は今、最高の方法で肯定してくれた。
「ほら、来いよ。俺の足元に、お前の最高をよこせ」
カイザーが前線へと走り出す。僕は吸い寄せられるようにボールをセットし、彼を目がけてパスを出した。僕の理想、僕のすべてを込めた、一筋の鋭い軌道。
ドン、と激しい衝撃音が響く。カイザーは僕のパスを完璧なトラップで収めると、そのまま凄まじい威力のシュートをゴールネットに突き刺した。
バササッ、とネットが激しく揺れる。その圧倒的な光景に、僕は息をすることすら忘れていた。
「……信じられない……」
僕のパスを、こんなにも美しく、完璧に世界の正解に変えてくれる人がいるなんて。
ゴールを決めたカイザーは、ゆっくりと僕の方へ歩いてきて、僕の顎を指先でクイと持ち上げた。彼の青い瞳が、僕のすべてを見透かすように至近距離で揺れる。
「決まりだな。お前は今日から、俺の影だ。俺の栄光を一番近くで引き立てる、極上の額縁になれ」
その瞬間、僕の止まっていた世界が、一気に熱を帯びて動き出した。この人のためなら、僕は自分のすべてを捧げてもいい。いや、捧げたい。寂しくて、辛くて、苦しかった僕の暗闇に、カイザーという名の狂おしいほどの光が差し込んだ、それが僕たちの始まりの日だった。
夏の穂||フォロバ|低浮
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