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『―――尚子』
懐かしいあの声が響いて、尚子は目を開けた。
「ママ……」
目の前には、尚子よりもずっと目が大きい母がいた。
『尚子のほっぺはぷくぷくで気持ちいいね』
母はそう言って、痩せこけて骨ばった指で尚子の頬を触った。
冷たかった。氷のように。
それでも9歳の尚子は、気づかないふりをした。
『お母さんだって昔はぷくぷくだったのにな……』
病に倒れる前は体格の良かった母の顔を思い出したら、なんだか泣きたくなった。
泣いたらダメだ。
泣いたらダメだ。
だってもし泣いたら、もっと悲しくなる。
だってもし泣いたら。ママも悲しむ。
母は自分のことを“お母さん”と呼んだが、尚子にとって、ママはママだった。
大きくなったからと言って急にお母さんって呼んだら、ママがママでなくなる気がした。
ママがーーーいなくなる気がした。
『尚子。これからお母さんが言うこと、忘れないでね』
頷いた尚子は、母の潤んだ瞳を見つめた。
『尚子が生まれたばかりの時、お母さん、産後鬱っていう心の病気にかかってね。パパが尚子のことをかわいがるのに、嫉妬してたの。
それでね、本当に恥ずかしいんだけど、パパにね。崖から私と尚子がぶら下がってたら、どっちを引き上げる?って聞いたの』
尚子は目を見開いた。
いつでも優しくて大人っぽい母がそんなこと言うなんて信じられなかった。
『ーーーパパは、なんて言ったと思う?』
ーーーーーーーーーーーーーー
「時間ですよ」
尚子は目を開けた。
目の前にアリスの紫色の瞳があり、尚子は思わず腕で顔を覆った。
「これは失礼」
アリスが顔を離すと、その後ろに花崎が立っていた。
尚子は慌てて上体を起こした。
ーーーかろうじて、服は着ていた。
だが短パンから覗く自分の白い脚には、仙田のトランクスしか履いていない足が、絡みつくように乗っていた。
「これは……強姦とは呼べませんよね」
アリスが軽蔑しているかのような冷たい目でこちらを見下ろす。
背後で物音がして、仙田がむくりと起き上がった。
尚子の肩を抱くと、アリスと花崎を睨んでいる。
「お前らにとやかく言われることじゃねえ」
「ええ、とやかく言うつもりは毛頭ありません」
アリスは踵を返すと、広間の方に歩いて行ってしまった。
花崎が視線だけ残して部屋を出て行く。彼の後ろにいた尾山はもともと興味がないのか、面倒くさそうにため息をつくと、花崎に続いた。
「―――行こうぜ」
仙田は尚子の手を取った。
「ゲーム、俺が勝たしてやるよ、お前のこと。生き返りたくないんだろ?」
「―――うん」
「今日、お互いゲームに勝って、また夜は一緒に寝よう。いいな!」
言うと仙田はニッと笑った。
「………うん」
尚子もほんの少しだけ口を綻ばせて頷いた。
◇◇◇◇
「今日のゲームはここでやりましょう」
アリスが言った瞬間、広《《間》》は広《《場》》に変わった。
「―――ったく、どうなってんだよ……!」
仙田があたりを見回す。
低い鉄棒。
色とりどりの遊具。
小さな山に埋もれた土管。
そこはどこかの幼稚園の広場だった。
「これじゃあまるっきり不審者じゃないか……」
尾山がアリスを睨む。
「―――安心してください。バーチャルです」
アリスは顎に手を添えた。
「うーん。でもこれは絵的に妙ですね」
彼がその手を顔の横に掲げパチンと鳴らす。
「ーーーおいおいおいおい。ふざけてんのか?」
仙田が高い声で言った。
「真面目にゲームに参加している俺たちを愚弄するな!」
尾山もか細い声で叫んだ。
尚子たち5人は―――いや、アリスを含めた6人は、園児服を着た幼児に姿を変えられていた。
「みなさん、意外とお似合いですよ!」
黄色い帽子をかぶりながら、アリスが小さな手でパチパチと拍手をした。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
鼻の上に絆創膏を張った花崎がアリスに掴みかかる。
「え?でも大人の姿でやる方が、きついと思いますよ?」
さらに瞳が大きくなったまるで女の子みたいな顔のアリスが微笑む。
「だって、次のゲームは、“花いちもんめ”ですから」
「それでは」
アリスが短い人差し指を掲げる。
「花いちもんめのルール説明をし―――」
「それは、いい」
花崎が手でそれを制する。
「え、わかります?ルール」
小さなアリスが目を見開く。
「わかるわ!!」
仙田が唾を吐きながら言う。
「そうですか。じゃあ、まずは”グットッパ”しましょうか」
アリスが拳を振って見せる。
「なんだ、グットッパって」
尾山が眉間に皺を寄せる。
「え。グーとパーで別れるんですよ」
「それを言うなら“うらおもて”じゃないのか?」
花崎が眉間に皺を寄せる。
「グーとチョキ!だろ?」
仙田が口を開ける。
「やれやれ。どうやら地域差があるみたいですね……」
アリスは小さく息を吐くと、先ほどから黙っている尚子を見つめた。
「土井さんはどうですか?」
「―――私は……」
***********
『ぐーと、ぱーで、分かれましょ!』
『えー、またパパと尚子―?』
『はは。俺と尚子は繋がってるんだよ。な!尚子』
『うん!なおこ、パパのとなり―!』
『あらあら。仲いいのねー』
**************
「土井さん?」
アリスが尚子を覗き込む。
「あ。“グーと、パーで、分かれましょ”かな」
言うと、アリスはふっと笑った。
「ーーーじゃあそれで。行きますよ、みなさん。グーと、パーで、分かれましょ!」