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田舎の夜道は、音がしない。山影に月が隠れると、舞雪はひとりぼっちだった。
「……おねえちゃん……」
泣きたいのに、声を出すと獣に気づかれそうで、じっと唇を噛んだ。
草の匂い、湿った土、遠くで鳴くカエルの声。
そんなとき、暗がりの向こうから懐中電灯の明かりが揺れて、姉の声が聞こえた。
ぱたぱたと走ってくる影が、舞雪を包むように抱きしめた。
「どこ行ってたの、心配したんだよ」
「うぇ……おねえちゃん……」
しゃくり上げながらも、舞雪はその腕に顔をうずめた。
姉のにおいがした。夏と汗と、まだ大人になりきらない子どもの匂い。
「こわかったの……まっくらで……どこか分からなくて……」
舞雪は一禾の胸に顔を押しつけながら、震える声で言った。
「……ごめんね、舞雪。遅くなって」
一禾は優しく髪をなでた。
「でも、もう大丈夫。おねえちゃんがいるから。いっしょに帰ろう」
繋がれた手は、小さくて温かい。
そのぬくもりを確かめるように、舞雪はそっと指を絡めてきた。
そして歩き出してすぐ、ぽつんと呟いた。
「おねえちゃん、すき!」
夜の静けさに、幼い声がしずかに溶けていく。
「わたし、おおきくなったら、おねえちゃんとけっこんする!」
一禾は、思わず立ち止まって舞雪を見つめた。
少し笑って、でも目元はどこかさみしそうで。
「……舞雪がもっと大きくなったらね」
その言葉が、遠い約束のように夜空へ浮かんだ。
玄関の引き戸の前に、キャリーケースがひとつ。
淡いピンク色の取っ手が、ほんの少しだけ汚れている。
小さな車輪が、かすかにきしむ音を立てていた。
一禾は、立っていた。
春の風に、髪がわずかに揺れている。
まだ子どもと大人のあいだにある、静かな輪郭。
舞雪は、玄関の土間に立ち尽くしていた。
「おねえちゃん……とーきょーに行っちゃうの?」
声はふるえていた。
でも一禾は、静かに微笑んでうなずく。
「うん。おねえちゃんね、東京の高校に行っちゃうんだ。」
「こーこー……?」
「ちょっと遠いけど、大丈夫。おねえちゃん、がんばるから」
一禾は明るく言うけど、舞雪の胸にはじわじわと冷たいものが満ちていった。
「まいも行く……いっしょがいい……」
「だめだよ、舞雪はまだ小学生でしょ」
一禾は笑った。でもその笑顔が、どこか遠くを見ているようだ。
舞雪は、言葉を飲み込んだ。
言ったら、涙がこぼれそうだった。
(やだ……やだよ……会えなくなるなんて)
一禾は、しゃがんで舞雪の顔を見た。
その目は優しくて、遠くを見ているようだった。
「パパとママの言うこと、ちゃんと聞くんだよ?」
舞雪は首を縦にふった。でも声は出なかった。
一禾は、舞雪の頭をそっとなでると、立ち上がって玄関を開けた。
外の光が差し込み、一禾の背中を包む。
キャリーケースがコトリと音を立て、ゆっくりと動き出す。
「おねえちゃん……!」
声にならない声が喉でつかえて、ただ涙が、ぽろぽろと落ちた。
蝉の声が、遠くでかすかに鳴いていた。
ホームに降り立った瞬間、むわりとまとわりつくような湿気が肌を包んで、一禾は思わずまぶたを細める。
数年ぶりの帰省。変わらない駅舎、変わらない空、そして――変わらないようで、何かが少しだけ違う気がした。
改札を抜けると、駅前の小さなベンチが目に入った。
その上に座る、一人の少女。
制服の白と紺がまぶしく、肩まで伸びた髪が夏の光に透けて見える。
細い手に持ったアイスキャンディーを、ひと口かじるたびに、頬がほんのりと紅をさす。
その子は、一禾に気づくとすっと顔を上げた。
「お帰り。お姉ちゃん」
一禾は立ち止まった。
聞き覚えのある声――でも、思い出せない。どうして、私の名前を?
視線を合わせた瞬間、胸の奥に引っかかっていた糸が、静かにほどけていく。
……舞雪。
あの夜、泣きながら抱きついてきた小さな背中。
「おねえちゃんとけっこんする」と笑った、あどけない声。
まさか、あの舞雪が――目の前のこの少女なのか。
「舞雪……なの?」
その名を口に出すと、少女はすこし照れたように目を伏せて、そっと立ち上がった。
制服のスカートが揺れる。
透き通るような白い肌。まるで陽に焼けることを拒むように繊細で、頬の赤みは熱よりも何か別のものに染まっているように見えた。
「うん、そう。お姉ちゃん、忘れちゃった?」
笑った顔はたしかに、あの頃の面影を残していた。
でもそれは、懐かしい子どもの顔ではなかった。
あまりにも静かに、美しく――そして、少しだけ妖しくなっていた。
「お姉ちゃん、わたし大きくなったよ」
その声は囁きのようで、でも耳の奥に強く残った。
──午後の光が、障子越しに淡く差していた。
実家の縁側のあたりから、風鈴の音が遠くに聞こえる。
「おかえり。一禾」
母の声も、父の口調も、懐かしくはあったけれど、それは儀式のように淡々と過ぎていった。
食卓には昼食の名残が並んでいて、家族の空気はもう落ち着いていた。
わたしは早々に挨拶を切り上げて、二階の自室へと上がった。
──部屋の扉を開けた瞬間、胸の奥が少しだけ揺れた。
カーテン、机、本棚。何も変わっていない。
わたしが離れたあの日のまま、時が止まっているかのように。
でもそれは、丁寧に保たれた時間だった。
机の埃は拭われていて、床にも整えられた気配がある。
……きっと、誰かがこの部屋を忘れないようにしていた。
畳に腰を下ろして、わたしはしばらく目を閉じた。
すると、静かに襖の音がした。
「……お姉ちゃん」
舞雪だった。
彼女は、あの時ベンチで見た姿よりもずっと静かだった。
細い肩をそっとすぼめ、伏せた目の奥に何か言葉を沈めているような、儚い顔だった。
舞雪は一歩、また一歩と近づいてくる。
裸足の足音が畳の上に吸い込まれていくたびに、部屋の空気がゆっくり変わっていく。
まるで、時間ごと、わたしに迫ってくるようだった。思わず私は畳から立つ。
そして彼女は、わたしのすぐ目の前で立ち止まった。
見上げてくる瞳に、あの夜の、幼い光がわずかに重なる。
「……あの日のこと、覚えてる……?」
一禾は返事をする前に、息を呑んだ。
舞雪はそっと背伸びをした。
そして、触れるように――重ねるように、唇を合わせてきた。
それは、短くはなかった。
子どもがするような一瞬の口づけではなかった。
長く、静かに、深く。
時を埋めるようなキスだった。
わたしは動けなかった。
心も体も、過去に引きずり戻されたようで。
ただ、目を閉じるしかなかった。
──部屋の中で風が揺れる音がした。
それだけが、確かに今を教えていた。
「ぷはぁ……ぁ」
唇が離れた瞬間、糸のような唾液が二人のあいだに揺れて、細く光を弾いた。
一禾は息を吸い込むのも忘れていた。
舞雪の唇には、微かにアイスの甘い味が残っていて、まるで幻を舐めたようだった。
顔を寄せる舞雪。まだ何かを求めるような熱のこもった瞳で、そっと再び近づいてくる。
また……来る。
そう思った瞬間だった。
──きぃ、と階下の床を踏む音が聞こえた。
「……!」
一禾は反射的に舞雪の肩を押した。
驚いたように舞雪が目を見開く。だがその表情は、止められることへの不満を隠しきれない。
「やーだぁ……もっとしたいの……」
「……待って、舞雪。誰か来る」
直後に襖がすっと開いた。
「舞雪、ちょっと夕飯の準備するから手伝ってくれる?」
母の穏やかな声。
まるで何も知らないふうに、柔らかく響く。
舞雪は一瞬動きを止めたが、すぐに顔を整えた。
ついさっきまで唇を重ねていたとは思えないほど、何でもない少女の顔で振り返る。
「……あ、はぁい」
少し乱れた制服の裾を手で直しながら、何食わぬ顔で部屋を出ていく。
畳が静かに沈む音を聞きながら、一禾はその背中を見送ることしかできなかった。
誰にも知られてはいけない。
触れてはいけない線を、たしかに越えてしまった。
けれど、舞雪の体温はまだこの部屋に残っていて、唇の先にはあの甘い感触がわずかに宿っていた。
……まるで、夢の続きを引きずるように。
一禾はそっと唇に指を当てて、目を伏せた。
──そして、家中が夕餉の匂いに包まれていく中、わたしの中だけが、まだ熱かった。
夕方、縁側に落ちる陽の色が朱に染まっていく。
風鈴の音はいつしか止み、蝉の声も静かになっていた。
食卓には、懐かしい香りが並んでいた。
肉じゃが、冷や奴、きゅうりの酢の物、味噌汁。母の変わらない献立。
「いただきます」と、父の低い声に続いて、箸を手に取る。
わたしは黙って味噌汁をすすった。
味は懐かしいのに、なぜか舌に乗らない。
舞雪は向かいの席で、ごはんの茶碗を両手で持っていた。
さっきまでの熱も、欲も、すっかり消えて、いつもの静かな妹の顔だった。
そのときだった。
「そういえば一禾、あの旦那はまだここに連れてこないのか?」
父の声。唐突で、何の気なしに発せられたそれが、空気を張り詰めさせた。
箸が止まった。
それは、わたしだけじゃなかった。
向かいの舞雪も、ぴたりと手を止めていた。
「や、やだお父さん……まだ、彼氏だよ。」
口角を引きつらせながら返す声が、自分のものじゃないようだった。
言葉は出たのに、胸の奥が冷たくなる。
「東京行っちまうと、人も変わっちまうんだなぁ。」
父は冗談のように笑いながら、漬物をぽりぽりとかじった。
何も知らない人の、無邪気な一言。
でも、その一言が、わたしの中の何かを確かに切った。
わたしは、そっと舞雪を見た。
俯いていた。
お椀を持った手が微かに震えていた気がした。
一言も、何も言わず、ただ静かに白米を見つめている。
ごはんが、鉛のようだった。
喉に詰まるような重さ。
あのキスの感触だけが、胸の奥で熱く残っていた。
舞雪の横顔に沈んでいく夕陽が落ちていた。
その輪郭だけが、ひどく綺麗で、そして遠く見えた。
──家族は、なにも知らない。
月が上がっていた。
障子越しに射す青白い光が、廊下に淡い影を描いている。
静寂。
家中が眠りについた音が、空気の隅に染みていた。
わたしは襖の前に立っていた。
何も音はしなかったけれど、不思議とその向こうに彼女がいると分かった。
「舞雪……」
掠れた声だった。
胸の奥に絡まるような、名残の熱が喉に詰まっていた。
襖をそっと開けると、月の光が畳の上に細く落ちていた。
その中に、座ったまま背を向けた舞雪の姿があった。
ゆっくり振り向いたその顔には、涙の跡。
目尻は赤く染まり、頬を濡らした雫がまだ光っている。
「……行ってなくて、ごめんね……私……」
言葉がこぼれた瞬間、舞雪は笑った。
けれどそれは、壊れたような笑みだった。
「えへへ……馬鹿みたいだよね。私が一方的に想ってただけなの。……お姉ちゃんは気にしないで」
その声はか細くて、けれど切実だった。
心の底から言い聞かせているように、彼女は自分を小さく笑った。
「でも……」
そこで言葉を区切ると、舞雪はまっすぐにわたしを見た。
涙を手の甲で拭いながら、それでも目をそらさずに言った。
「でも、私に思い出をちょうだい…ダメだってわかってる。でもここにいる間だけでいい。私に……思い出をください。そうすれば、諦めがつくの…。」
息が止まった。
言葉が、時間が、感情が、すべて一瞬、凍りついたような気がした。
けれど、わたしは気づいていた。
この胸に、彼女と同じだけの後悔と、愛しさと、罪を抱えていることに。
何も言えず、ただ近づいた。
そっと膝をつき、彼女の手に指を重ねた。
そして、ひとつだけ頷いた。
舞雪が、ゆっくりと目を閉じた。
ふたりの間に月の光が落ちていた。
それは、誰にも触れられない、ふたりだけの夜だった。
──
突然だった。
何の前触れもなく、舞雪は身体を投げ出すようにして、わたしの胸に飛び込んできた。
「──好き」
その言葉と同時に、唇が重なった。
柔らかく、けれど必死に。
まるで、この世界に言葉なんていらないとでも言うように、ただただ口づけを交わす。
「好き……好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き……大好き……」
一度離れて、また重なって。
囁くように、叫ぶように、何度も、何度も唇からあふれ出す。
そのすべてが、まっすぐすぎて、痛いくらいだった。
わたしは何も言えなかった。
ただ舞雪の肩に手を添えて、震える唇と熱い吐息を、一心に受け止めた。
自制の効いていないキス。
恋というより、祈りに近い衝動。
壊れそうな声、滲む涙、熱い呼吸、震える指先。
すべてが、わたしを責めるようで、それでも抱きしめたくなるほど愛しかった。
──どうしてこんなふうにしか、伝えられなかったんだろう。
わたしの中にも、同じ熱が確かにあった。
障子の向こう、月が雲に隠れた。
ふたりの影が、静かに重なっていく。
舞雪の唇がまた重なってきたとき、わたしの背は、そっと畳に預けられていた。
呼吸が浅く、胸がせり上がる。
まるで水の底に引き込まれるような感覚。
誰にも見せたことのないほど無防備な姿で、ただ舞雪の気持ちを受け止めていた。
「お姉ちゃん……ずっと、こうしたかった」
掠れた声で囁く舞雪の瞳には、涙と熱が揺れていた。
その言葉が、肌に直接触れるように響く。
唇がまた触れた。
軽く、啄ばむように。
そのたびに、一禾の胸の奥が波紋のように揺れていく。
細い指先が髪を撫で、頬に触れ、首筋に滑り込む。
やわらかな息が肌を撫でて、心までほどけていくようだった。
この気持ちは、もう止められない。
それでも、どこかで——
「……舞雪」
かすれた声で呼ぶと、彼女はそっと唇を離して、静かに目を伏せた。
けれど、その身体は小さく震えながら、確かにそこにあった。
言葉では届かなかったものが、今、触れることでようやく伝わっている。
それがいけないことだと分かっていても、逃れられなかった。
畳の匂いと、月の匂いと、舞雪の肌の匂いが入り混じっていた。
ふたりの時間が、そっと、ふかく、ほどけていく——。
長く重なっていた唇が、ようやくそっと離れる。
舞雪は肩で息をしていた。けれど、その瞳はさっきまでの激しさではなく、どこか満たされたような、静かな光を宿していた。
彼女は、そのままわたしの隣に身を寄せ、ぴたりと腕を絡めてくる。
細い指が、わたしの手の甲をそっとなぞっていた。
まるで、今ここに触れていることを確かめるように。
「……お姉ちゃん」
静かな声。
わたしの名を呼ぶその響きが、鼓膜の奥に優しく残る。
「明日ね、隣町でお祭りがあるの。……一緒に、行かない?」
不意に差し込まれた日常の風景が、今の静寂にゆっくりと馴染んでいく。
わたしは舞雪の頬に視線を落とし、少しだけ微笑んだ。
「……行こっか」
たったひと言だったけれど、舞雪の顔がふわりとほどけるように緩んだ。
照れたように笑って、またわたしの腕に頬を寄せてくる。
外では虫の声が静かに鳴き始めていた。
障子の向こうの月は、まだ雲間に漂っている。
ふたりの呼吸が、次第に静かに揃っていく。
夜の中、時間だけが、やさしく流れていた。
翌日の夕暮れ、田舎町はひときわ静かになった。
夏の終わりを思わせる空気の中、わたしたちはそれぞれ支度をはじめた。
鏡越しに自分の髪を整えていると、廊下の襖がそっと開く気配がした。
振り向くと、そこに──舞雪が立っていた。
紺地に、所々に百合の花が控えめに咲いた浴衣。
赤い帯に合わせるように、髪には紅色の紐飾りがひとすじ。
肩にかかる髪がやわらかく揺れて、目を奪われた。
「……似合ってる」
気づけば、そんな言葉がこぼれていた。
舞雪は照れたように笑って、でも少しだけ、わたしの目を見つめてくる。
「ありがとう、お姉ちゃん」
その一言が胸の奥に落ちる。
こんな美人が、自分を想っている——
それが現実味を帯びて、まるで浴衣の紐のように、身体のどこかをそっと締めつけた。
隣町まで車で一時間。
両親から鍵を借りて、小さな車に舞雪と乗り込む。
助手席の彼女は、緊張しているのか、ずっと静かだった。
道路に沈む夕日が、フロントガラスを茜に染めていく。
その光に照らされた舞雪の横顔は、淡く、透き通るようだった。
「舞雪、酔ってない?」
「ううん、だいじょうぶ。……でも」
少し間をおいて、舞雪が言った。
「お姉ちゃんと、こうしてふたりきりで出かけるの、久しぶりだから……ちょっと、緊張してるだけ」
わたしは軽く笑った。
それがどんな意味を含んでいるのか、舞雪は気づいていただろうか。
沈黙がまた落ちた。
でも、それは重くなく、どこか静かで、満たされていた。
そして、遠くに提灯の灯りが見えはじめた。
音が近づいてくる。笛の音、太鼓の音、人々の声。
その向こうに、ふたりの夜がゆっくりと開かれていく。
車を少し離れた駐車場に停め、ふたりで並んで歩く。
遠くから太鼓と笛の音が響いてきて、胸の奥まで夏が染み込んでいくようだった。
「わっしょい、わっしょい──!」
掛け声とともに、揃いの法被を着た男たちが神輿を担いで通り過ぎていく。
そのたびに道が揺れ、人波が左右に押し合い、笑い声が混じる。
「すごい……こんなに人がいるなんて」
舞雪が驚いたように呟く。
それもそのはず、この祭りが開かれるのは四年ぶり。
久しぶりの解放感に、町中が浮き立っているのが分かった。
屋台が軒を連ね、通りの端から端まで甘い香りと煙が漂っている。
たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、イカ焼き……
目を奪われるように、次々に明かりの下で立ち止まりたくなる。
「ねえ、あれ……懐かしい」
舞雪が指差したのは、昔ふたりで遊んだ射的屋だった。
けれど、そこに向かおうと一歩踏み出した瞬間、人波がふたりの間に割り込む。
その瞬間──
ふわりと、手がつながれた。
舞雪の細い指が、わたしの手をしっかりと握っている。
「……離れないように」
笑って言うその顔は、浴衣姿も相まってどこか大人びていて、どきりとした。
けれどその手の温もりは、あの頃のままだった。
通りの真ん中、大通りに出ると、屋台の数はさらに増えていた。
リンゴ飴にチョコバナナ、かき氷、金魚すくい、ヨーヨー釣り……
赤と黄色の灯りがゆらめき、笑い声と呼び込みが途切れない。
人混みに揉まれながらも、わたしたちは手を離さず、寄り添って歩いていた。
いつの間にか、舞雪の肩がわたしの腕に触れている。
それだけで胸の奥がじんと熱くなる。
屋台の列を縫うように歩き、さらに奥へと進んでいくと、朱塗りの鳥居が見えた。
その先に、石段と、参道。
周囲には、まだいくつもの屋台が並び、子どもたちの声や鈴の音があちこちで響いていた。
神社の境内には、町内の自治会が設けた屋台があり、無料で甘酒や冷茶が振舞われている。
地域の人たちが笑い合い、手伝う姿に、懐かしい景色が重なる。
「……来たこと、あったね。小さい頃に」
舞雪がぽつりと言う。
その声に、わたしも頷いた。
「覚えてる。あのとき……金魚すくいして、舞雪が泣いた」
「だって全然すくえなかったんだもん……」
ふたりで少し笑う。
そんなささやかな記憶も、今となっては宝物のようだった。
けれど、境内の奥へと目を向けると、そこだけ別世界のように静まり返っていた。
灯籠の明かりも届かず、月明かりがわずかに石畳を照らしている。
「……行ってみようか」
そう言って、舞雪が手を引く。
喧騒の中を抜けて、ふたりだけの夜へと進んでいく。
蝉の声も太鼓の音も遠くなり、聞こえるのは草の擦れる音と、舞雪の下駄の音だけ。
足元は細い石畳で、両脇には背の高い樹々が鬱蒼と茂っていた。
ふたりきりの夜道。
舞雪は、手を離さなかった。
それどころか、少しだけ指を絡めるようにしてくる。
境内の奥、御神木の根元に辿り着くと、舞雪が立ち止まった。
振り返ったその顔には、どこか決意のようなものが滲んでいた。
「……ここ、覚えてる?」
「……え?」
「昔、お姉ちゃんが、“怖くないように”って、ずっと手を繋いでてくれた場所。……私、ずっと忘れてなかった」
その声は、さっきまでの明るさとは違い、夜の静けさに溶けるようだった。
「お姉ちゃんと、こうしてここに来れたの、うれしい……」
舞雪の指先が、そっとわたしの頬に触れた。
ひんやりとして、でも心が熱くなる温度だった。
「祭りはどうするの?」一禾が聞く。
「私、人混みは嫌いなの。祭りの音は好きだからそれでいいの。それにここからだと花火もよく見えるよ。」
人気のない神社の裏の奥へ二人は静かに歩み寄った。舞雪はふいに立ち止まり、思いきり一禾に唇を重ねた。
「はっ…はぁ……ま、待って………ま、まい………」舞雪は顔を離し、震える声で言う。
「ねぇ、お姉ちゃん、覚えてる?私がここで迷子になって、お姉ちゃんに見つけてもらった時、“お姉ちゃんと結婚する”って言ったの。」
涙がぽろぽろと頬を伝う。
「叶うわけ……無いのにね……。」
一禾は静かに、でも力強く、そして優しく舞雪を抱きしめた。
(ずるい……ずるいよそんなの……なんでこんなに優しいの……?そんな、そんなことされたら……欲しかった、ずっと欲しかったものに疼いてしまう……)
二人の体温が溶け合うように、祭りの遠い音色が二人だけの世界を包み込んだ。
舞雪はそっと手を伸ばし、自分の着物の帯を緩め始めた。指先が震えて、乱れた布が少しずつずれていく。
「ねぇ……お姉ちゃん」息が荒くなり、胸の高鳴りが止まらない。
視線を落とすと、一禾の着物の裾がゆるく開いていて、薄い布越しに形が浮かんでいるのが見えた。舞雪の手がそっと触れ、じんわりと熱を感じ取る。
二人だけの神社の裏で、夜の涼しい風が静かに吹き抜ける中、熱と切なさが入り混じる時間がゆっくりと流れていった。
「ま、まい…ちょっと待って!!んっ……」一禾の声は震え、息が詰まるようだった。
舞雪はゆっくりとズボン越しに唇を寄せ、自分の舌先を巧みに使いながら優しく舐め上げる。
そのたびに一禾の体が微かに震え、手がぎゅっと舞雪の肩に絡みついた。
互いの呼吸が混ざり合い、祭りの遠くの音もいつしか遠のいていく。
二人だけの世界で、切なさと熱が交錯した。
「はぁ…はぁ……」舞雪の呼吸は浅く、胸の鼓動が高鳴っていた。彼女の指先は震えながらも、一禾のズボンの縁に触れた。ゆっくりと、慎重に布を押し下げると、肌が少しずつ露わになり、夜の涼しい風がそれに触れた。舞雪の瞳は揺れ、不安と期待が入り混じった複雑な感情が胸の奥で疼くのを感じていた。
「お姉ちゃん…」その声は小さく震え、愛しさと切なさが混ざり合っていた。一禾の体もまた、舞雪の触れ方に応えるように微かに震え、静かに熱が広がっていった。彼女の呼吸は次第に深くなり、鼓動は確かな存在を告げている。
舞雪は唇を閉じたまま、ただその温もりを確かめるように、ゆっくりと彼女の存在を感じ取った。二人の間には言葉はいらなかった。祭りの賑わいは遠くなり、神社裏の静かな夜だけが残る。
まるで時が止まったかのように、互いの鼓動だけが響きあい、切なくも優しい空気が満ちていた。舞雪はその瞬間、自分のすべてを預ける覚悟を決めていた。
「はぁ…はぁ……」一禾の息遣いは次第に乱れ、その音は夜の静けさに溶け込むようにかすかに響いた。胸の奥から全身にかけて熱が波のように押し寄せ、身体が小刻みに震えだす。まるで何か大きなものに飲み込まれていくような感覚に、彼女は言葉を失った。
突然、その波は頂点に達し、一禾の体は思わず腰から力が抜けて崩れ落ちそうになった。舞雪はすぐに彼女をしっかりと抱きしめ、倒れないように支えた。
「お姉ちゃん……」
見つめ合う視線は、もう迷うことはなかった。舞雪はそっと一禾の頬に触れ、再び唇を重ねる。今度はさっきよりも深く、切なく、心の奥に触れるように。
ちょうどその瞬間、夜空に大きな花火が咲いた。橙と紅の光が神社の木々の間からこぼれ、二人の影をぼんやりと照らし出す。
「いっぱい出たね♡」舞雪が微笑む。いたずらっぽく、けれどその声はどこか甘く、溺れてしまいそうなほどに艶やかだった。何かを奪われるような、抗えない引力。
一禾は思わず目を逸らしそうになる。けれど、舞雪の指が顎をそっと持ち上げ、視線を繋ぎとめる。
――魔性、そう呼ぶにふさわしい。幼かったはずの妹は、今目の前で、女の顔をしている。
「こ、こんなの……どこで覚えたの?」息も絶え絶えに問いかけると、舞雪はわざとらしく目を伏せ、笑みを深める。
「動画。たくさん、勉強したの。……お姉ちゃんを気持ちよくできるようにって」
その一言に、一禾の胸はぎゅっと締めつけられる。背徳感、羞恥、そして、拒めなかった安らぎ。
「ねぇ、お姉ちゃん――車に戻らない?」
囁きは誘惑ではなく、告白のようだった。ふたりだけの秘密が、夜の闇に溶けていく。
祭りの余韻がまだ空に残る中、帰り道の人混みのなかで、一禾は舞雪に手を引かれていた。さっきまでとは逆に、妹の方が頼もしく思えるような、不思議な感覚だった。
舞雪の指は細くて柔らかいのに、握る力はどこかしっかりとしていて、その導きに一禾は自然と従っていた。喧騒の中をすり抜け、目的地――駐車場へと向かっていく。
そんな中、前方から現れた数人の若い男たちが目に留まった。一禾はとっさに舞雪の手を強く握り返したが、間に合わなかった。
「お姉さんたち、今暇ー?どっか飲みにでも行こうよ」
「いえ、間に合ってますので」舞雪が即座に返す。その声音は落ち着いていたが、冷たさが含まれていた。一禾も足早にすり抜けようとしたが、男たちは彼女たちの前に立ち塞がった。
「ちょっとだけだから、ね?」
笑みを浮かべるその顔とは裏腹に、じわじわと距離を詰めてくる。怖いという感情より先に、一禾は言葉を失った。舞雪が美しすぎる――それは昔から知っていたが、こうして見知らぬ誰かに触れられそうになると、胸の奥が冷えていくようだった。
「そこの子もさぁ……」
その瞬間だった。男の手が伸び、舞雪の肩に触れかけた刹那――
「……っ!」
何のためらいもなく、舞雪の足が真っ直ぐに振り上げられた。鈍い音と共に、男の体がくの字に折れる。声にならないような呻きが夜に漏れ、周囲の騒がしさの中でも妙に鮮明に聞こえた。
一禾は呆気にとられたまま舞雪を見つめた。瞬間的な怒りと冷静さ、その両方が宿ったような瞳だった。
蹴り上げたその時に、舞雪の着物の裾がふわりと揺れて、露わになった脚が一瞬だけ月光に照らされた。細く、白く、鋭いほどに美しい。
その脚の強さに、一禾は何も言えずに立ち尽くした。けれど、次の瞬間、舞雪が何もなかったかのように彼女の手を再び取った。
「……行こ、お姉ちゃん」
一禾はただ、うなずいた。心臓がまだ少しだけ早く打っているのを感じながら。
車内には、不自然なほどの静寂があった。
助手席の舞雪は窓の外を見つめたまま、何も言わない。一禾もまた、黙ってハンドルを握りながら、複雑に絡まった思考をほどこうとしていた。
エンジン音とタイヤの音だけが、夜の道を滑っていく。
――落ち着いて考えれば考えるほど、現実味が襲ってくる。
あれは一時の衝動だった、そんな言い訳はきっと通用しない。未成年の妹にあんなことをさせた自分が、どうかしている。
(私……なにしてたんだろ)
喉の奥がきゅっと詰まったように苦しくて、手に力が入る。罪悪感というよりは、恐怖に近い。
けれど、舞雪は何も責めなかった。ただ静かに、黙っていた。その沈黙が余計に重く、一禾の胸にのしかかってくる。
「……お姉ちゃん」
不意に、舞雪の声が車内に落ちた。抑えめだけど、どこか凛としている。
「ん……なに?」
「そこの山の駐車場に入って」
一禾はハンドルを握ったまま、ちらりと視線を向けた。
「……なんで?」
問いかける声は、わずかに震えていた。まるで、何かを悟ってしまいそうで。
「いいから」
その言い方は穏やかだけれど、どこか抗えない圧を含んでいた。
静かにウィンカーを出し、街灯のない細い道へと車を滑らせる。周囲の明かりは徐々に遠ざかり、山の影が静かに車を包み込んでいく。
駐車場の敷地に入った頃には、外の音も光も完全に遠ざかっていた。車を停め、エンジンを切ると、再び深い静けさが落ちる。
一禾は言葉を飲み込んだまま、ただじっと前を見ていた。けれど、その視界の隅で、舞雪がゆっくりと身体を寄せてきたのが分かった。
「舞雪……こんなの、ダメだよ」
一禾の声はかすかに震えていた。車内の静寂が、彼女の言葉をより鮮明に際立たせる。
「私は姉で……あなたは、妹なのに」
暗闇の中、舞雪はじっと一禾を見つめていた。その瞳には、揺るぎないものが宿っている。
「え? 今さらどうしたの?」
舞雪は、まるで傷ついたように、けれどどこか意地悪そうに微笑んだ。
「お姉ちゃん、あんなに気持ちよさそうにしてたのに……わたしのこと、全部受け入れてくれたじゃん。」
彼女は両手を胸元にあて、その輪郭を静かになぞった。
「年下の、しかも自分の妹に……本気で、興奮してたよね」
その声はささやきに近く、車内に溶け込むように響いた。
そして舞雪は、ゆっくりと着物の襟に手をかけた。
「ちょ、ちょっと舞雪……! やめて、脱がないで……っ」
一禾は反射的に舞雪の手を止めようとした。けれど、その手には、かすかな迷いがあった。
舞雪は静かにその様子を見つめ、言葉を落とす。
「嫌だった?……でも、いつでも拒めたはずだよね。わたしを突き放そうと思えば、できた」
その声は決して責めるものではなかった。寂しげで、少しだけ震えていた。
「そうじゃないなら……」
舞雪は目を伏せ、けれど顔を近づけて囁いた。
「ちゃんと、わたしを求めて」
一禾の中で何かが音もなく切れてしまった。止めるべきだった、人として、姉として。しかし、その糸はすでにほどけてしまった。
思わず舞雪を強く押し倒す。
「お、お姉ちゃ……」
震える声が耳に届く。浴衣の下の薄布をゆっくりと広げて、肌に触れる感触を確かめるように舌を這わせた。
「そ、そんな無理矢理……」
舞雪の声は震え、心臓は早鐘のように打っている。恐れと期待が入り混じった鼓動が耳元で響いた。
「舞雪が誘ったんでしょ?」
一禾の指先は肌を滑り、次第に動きは激しくなっていく。
「あ、あー…んっ……あぁ…はぁ……」
激しい波に揺られ、舞雪の視界はゆっくりとぼやけていった。けれど、その瞬間、一禾はそっと動きを止め、ゆっくりと舞雪の唇に人差し指を添えた。
「声、出さないで。外だから。」
その囁きは熱を帯びながらも、どこか冷たさを含んでいた。外の世界への恐怖と秘密の快感が混ざり合う。
そして、また唇が重なった。
一禾の唇は柔らかく、甘く、しかしどこか切なさを帯びていた。舞雪もすぐに応え、震える指で一禾の髪を撫でる。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……」
吐息が重なり合い、車内は二人だけの世界に変わっていく。
肌と肌が触れ合う熱さに、心はますます乱れ、切望と罪悪感が入り混じった複雑な感情が胸を締め付けた。
左手は舞雪の股間へと滑り込み、優しくけれど確かな圧をかける。一方、右手の親指はそっと舞雪の口元に触れ、そのままゆっくりと滑り込むように入れられた。舞雪の顔が一層紅く染まり、呼吸は浅く乱れ始める。
一禾はそっと舞雪の耳元に息を吹きかけた。
「それ…くすぐったくて…ぞわぞわしてぇ……イッちゃうぅ……」
震える声が切なさと甘さを含みながら漏れた。
「ずっと、ずっと欲しかったのぉ……」
舞雪は震える声で答え、胸の奥に秘めていた感情を曝け出した。
その言葉に呼応するように、一禾の手の動きは徐々に速くなり、リズムを刻む。
「お”っ………んぉ……」
舞雪は激しく身を震わせ、ついに絶頂の波に呑まれた。
その瞬間、車内には舞雪のいやらしい香りが満ち、二人の熱は一層高まっていく。
「はぁ…はぁ…はぁ……」
呼吸は荒く、胸が激しく上下した。
「しちゃったね……妹に。後悔してる?」
一禾の声は低く、震えていた。どこか戸惑いと覚悟が混ざった響き。
「……いや。」
舞雪は揺るがない瞳で答えた。後悔は、微塵もなかった。
「この夏のこと……忘れたくない……」
そう言って、そっと顔を近づける舞雪。熱でぼんやりした頭の中は、もう彼女でいっぱいだった。
時間も場所も、すべてが遠く感じられて、ただ二人の間に流れるこの瞬間だけが確かな現実だった。
翌日、舞雪の部屋に漂う朝の静けさの中、二人はまた互いを求め合った。
木造の古い家屋のため、部屋のドアはすべて襖。その薄さが、彼女たちの息遣いや吐息を外に漏れさせることを知りながらも、止められない。
舞雪が小さな声でつぶやいた。
「この家ってドア全部襖だし、木造だから声が漏れちゃうんだよね…」
一禾が静かに返す。
「そんな状況でずっとひとりえっちしてたの?」
その問いに舞雪は少しだけ笑みを浮かべた。
「舞雪はとんだ変態さんだね。」
一禾はその耳たぶをそっと甘噛みしながら、指先をゆっくりと舞雪の乳首へ滑らせた。
肌の柔らかさを確かめるように、撫でる指の動きに、舞雪の体は自然と反応し、さらに二人の間の熱が高まっていった。
「おとなのおもちゃも……んっ……すぐ見つかっちゃうと思ったから買えなくて……」
舞雪の声は少し恥ずかしそうに震えていた。
「歯ブラシとか……時には胡瓜とかにコンドーム被せてえっちしてたの……」
その告白に、一禾はゆっくりと乳首を撫で続けていた指に、思わず強い刺激を与えた。
「ガリッ」
「ひゃう!」
痛みと興奮が一気に舞雪の体を駆け巡る。
その瞬間の絶妙な痛みと快感の交差に、舞雪の息はさらに荒くなり、熱に包まれていった。
「乳首…こんなに勃ってる……変態さんだね。」
一禾の声は甘く、けれどどこかからか笑みが滲んでいた。
「ちがっ…それはさっき…んんーー。」
舞雪が抗おうとする間もなく、またしても「ガリっガリっ」と強い刺激が乳首に走る。
思わず腰が自然と浮き上がり、声にならない小さな喘ぎが漏れた。
熱に溺れ、深くイキながらそのまま身体は解放されていく。
息が荒くなり、二人だけの世界はさらに濃密なものへと変わっていった。
その場で舞雪はゆっくりと横になった。呼吸はまだ荒く、胸の上下が激しく揺れているのが見て取れた。
一禾はふと思い立ったように、自分の部屋に戻り、リュックからおとなのおもちゃを取り出した。そして、それを舞雪に見せてみせる。
「えー…それ、ナニに使うつもりだったのぉ…?」
舞雪は少し恥ずかしそうに目を逸らす。
「知ってるくせに。」
一禾はいたずらっぽく微笑み、ためらいなく敏感になった舞雪の中にそのおもちゃを挿れた。
舞雪の身体は驚きに震え、しかしすぐに快感が波のように押し寄せてきた。
二人だけの世界は、さらに深い秘密と熱に包まれていった。
舞雪の身体が快感に反応するたび、彼女は無意識に股を閉じようとした。
だが、一禾はそれを許さなかった。強く、けれど愛おしさを込めて無理矢理に股を広げ、激しく動かし続ける。
そのたびに舞雪の胸は上下し、戸惑いと抗いながらも身体は抗えない熱に包まれていった。
彼女の小さな抵抗は、二人の間に絡みつく熱の中で次第に溶けてゆくのだった。
「声……っでちゃ……ん……」
舞雪の震える声が、口元からこぼれる。
自分でも信じられないくらい高く、甘く、そしていやらしい――そんな音だった。
下では両親がいる。台所で食器を重ねる音が遠く聞こえている。
それでも、舞雪の身体はどうしようもなく反応していた。
「んんっ……♡ あっ……すき……すっ、き……♡」
喉を震わせ、理性が潤んでほどけていく。
快感の波が押し寄せるたびに、どうしても声が漏れてしまう。
一禾の指が、おもちゃが、舞雪の奥に深く触れるたびに――。
「あっ♡ ああぁっ♡ ふかい……っ♡ おねえ、ちゃんっ……♡」
(こんなの……むり……♡)
息が浅くなり、胸が波打つ。
そのとき――ふと、階下から足音が近づいた。
「舞雪ー?」
母の声だ。
「っ……あ、開けないで! 今、着替えてるからっ……!」
震える声で返す。頬が火照る。
おもちゃはまだ、静かに中で動いていた。いやらしい震えを内側から伝えてくる。
「ねぇ、一禾知らない? ちょっと買い物頼もうと思ったのだけど」
「さ、さぁ……っ、散歩しに行ってるんじゃないかなぁ……? 帰ってきたら、教えるよ……」
なんとか言葉を搾り出す。けれど、太ももは勝手に震えていた。
「分かったわ。」
足音が遠ざかった、その瞬間だった。
「ん”お”ぉ”っ!?」
おもちゃの動きが突如として激しくなった。
舞雪の身体はびくんと跳ね、堪えていた声が破裂するように漏れる。
「やっ……そんな、いま……っ♡ ばか……っ、あぁん♡」
一禾の手が、おもちゃが、奥を探るように攻め立てる。
波のような快感に、声も意識も溺れていく。
「ん、んあぁぁっ……♡♡♡っっあっ、あぁぁっ♡♡♡」
抑えきれなかった声が、もう言葉にもならないかすれた喘ぎとなって漏れた。
次の瞬間、全身がビクリと跳ね、力が抜けるように膝が崩れ落ちる。
――水音が、布団を濡らすほどに響いた。
「……っは、あっ、んっ……♡」
大量の潮が、快感の奔流とともに一気にあふれ出る。
膝の間からこぼれたそれは、一禾の手を濡らし、下着を通り越して敷き布団まで染みていく。
ただただ、身体が震えていた。
全てを出し切ったような、満ちたような、そしてどこか罪悪感のような気持ちさえも混じって。
舞雪はただ、脱力した身体で横たわり、微かに熱を持つ頬を枕に埋めた。
もう、言葉も動きも出てこなかった。今はただ、余韻に浸るしかなかった。
静かに、微かに――鼓動の音だけが、部屋に残っていた。
夕方、食卓にはいつものように家族がそろい、湯気の立つ味噌汁と炊き立てのご飯が並んでいた。
「最近、こっちのスーパーも外国の野菜が増えてきたよなあ。」
父が言い、母がうんうんと相づちを打つ。
「ほんと。でもやっぱり、地元のきゅうりの方が瑞々しくておいしいのよねぇ。」
母のそんな何気ない話題に、一禾は微笑を浮かべながら頷く。
「それは間違いない。やっぱり季節のものって特別だよね。」
和やかな笑いが、食卓を満たしていた。だが――その和やかさの裏で、一禾の心はまったく別の場所にあった。
テーブルの下、さりげなく足を伸ばし、舞雪の脚へと触れる。
何気ない風を装いながら、指先のように器用に動かした足先が、舞雪の太ももを這い、やがて……その中心に、ぴたりと触れた。
舞雪は一瞬、箸を止める。
そして何事もなかったかのようにご飯を口に運び直すが、その手はほんの僅かに震えていた。
「……ん……」
小さな、聞こえるか聞こえないかのような吐息が漏れた。
それを聞いた一禾の目が、わずかに細まる。
口元は笑ったまま――だが、その目は、まるで獲物をじっと見つめる獣のように鋭い光を宿していた。
父が何かを言っている。母も笑っている。
そのすべての音が、舞雪には遠く感じられた。
(だめ……こんな……声、出しちゃ……)
一禾の足は執拗に、しかし緩やかに弄ぶ。
一見してただ座っているだけのような姉の仕草の裏にある「意図」を、舞雪だけが知っていた。
そして、その秘密を共有しているということが、何よりも一禾を興奮させていた。
「舞雪と少し歩いてくるね。」
一禾はそう言って立ち上がる。
母は食器を片付けながら「いってらっしゃい」と笑い、父も「夜道は気をつけなよ」と背を向けたまま返事をした。
玄関を出ると、夜の空気がふたりの体をひやりと撫でた。
家の周囲は田舎らしく静かで、街灯もまばらだ。
歩くたびに、足元の小石がかすかに鳴る。
ほんの数分で、小さな公園にたどり着いた。
古びたブランコと、誰もいない砂場。灯りはひとつもない。
代わりに、耳に届くのはキリギリスやコオロギの声だけ――どこか寂しげで、でも不思議と落ち着く音だった。
ふたりは言葉を交わさなかった。
ただ、何かを確かめるように、自然と顔が近づいて――
「ん……」
そっと、唇が重なった。
柔らかく、静かに。でも、確かに熱を帯びている。
(まるで……昼間のことなんて、全部夢だったみたい)
けれど、唇に感じる温度と、舞雪の吐息。
そして、指先にそっと触れる手のぬくもりが、夢ではないと伝えてくる。
虫の声だけが響く闇の中、ふたりはしばらく口づけを交わし続けていた。
ゆっくりと、時間が流れていく。誰にも邪魔されない、ふたりだけの夜。
「東京に帰っちゃったらさ……結婚しちゃうんだよね?」
公園のベンチに座ったまま、舞雪がぽつりと呟いた。
声は小さく、震えていた。
闇に沈んだ表情はよく見えない。けれど、その言葉に込められた感情は、一禾の胸を締めつけた。
「……うん」
その返事は、あまりにも静かだった。
だからこそ、重たく、残酷だった。
沈黙。
虫の声だけが、途切れずに空気を満たしている。
やがて、舞雪はゆっくりとスカートの裾に指をかけ、膝の上までたくし上げた。
月明かりに照らされた太ももが、かすかに震えている。
「だったら……せめて今だけ、本当にわたしだけのモノでいてよ……」
そう言って顔を近づけると、次の瞬間には唇が強く重なった。
先ほどの、あの静かな口づけとは違う。
これは、悲しさをごまかすための――けれど、心の奥底から滲み出るような本気のキスだった。
「んっ……っ……」
舞雪の舌が、震えるように絡みついてくる。
一禾は最初、受け止めるように優しく応えたが、やがてその熱に飲まれ、深く、強く抱き返す。
唇と唇、舌と舌が、互いの存在を確かめ合うように擦れ合い、交わり、溶けていく。
息が詰まるほどに深いキス。
それは愛しさとも、諦めとも、欲望とも名づけられない、濃密な感情の塊だった。
やがて唇を離したとき、舞雪は目を潤ませながら一禾を見上げた。
口元がわずかに濡れている。
舞雪の手は震えながらも、懸命に動きを重ねた。
「お姉ちゃん、感じて…」と囁きながら、指先は一禾の敏感な部分を丁寧に、そして少しずつ激しく撫で上げていく。
一禾は思わず息を吐き、顔を少し傾けた。
舞雪の瞳は真剣で、初めて自分が攻められる側になることに戸惑いながらも、嬉しさと熱を感じていた。
「舞雪…そんなに必死に…」
しかし、その声は甘く震え、快感が確実に体を貫いていく。
舞雪の動きは止まらず、じわりじわりと一禾の中で熱が高まっていくのを感じた。
指先が繊細に動くたび、身体の奥から波が押し寄せる。
「お姉ちゃん、もっと…イクまで、絶対離さないから…」
一禾はその言葉に胸が締めつけられ、やがて激しい快感に身を委ねた。
二人の距離はますます近づき、心も体もひとつになっていくのを感じていた。
舞雪はふたりが交わしたあの夜のことを思い出し、口元に甘く熱いキスを落とす。
次に、そっと一禾の胸元に手を伸ばし、かすかに盛り上がる乳首を指先でつまみ、優しく撫でた。
「あの時みたいに…気持ちよくなってほしいの」
ぎこちないけれど、舞雪の真剣な眼差しに、一禾は心を溶かされる。
「舞雪…そんなに一生懸命に…」と、震える声で囁く。
舞雪は小さく息を吸い込み、また唇を重ねて、今度はゆっくりと、そして熱を込めたキスをした。
身体が自然に反応していくのを感じながら、一禾の乳首を優しく転がすように撫で、指先の動きを少しずつ滑らかにしていく。
「お姉ちゃん、もうすぐ…?気持ちいい?」
舞雪は照れたように笑いながらも、指の動きを止めない。
そのぎこちなさの中にある必死な愛情が、一禾を次第に高みへと誘っていった。
周囲を包む虫の声が、夜の静けさをやわらげている。
キリギリスやコオロギの鳴き声に混じり、一禾の身体から漏れる愛液のいやらしい音が、夜の闇に響いた。
一禾は舞雪の必死な手つきに、胸の奥からこみ上げるやるせなさを感じていた。
「こんなに…自分のために…」
その瞳には、複雑な感情が入り混じっていた。愛しさ、罪悪感、そして圧倒的な切なさ。
「あっ、あっ……んぅ…」
股の奥がキュンキュンと締め付けられるように熱く疼いた。
けれど、舞雪は一瞬も手を止めなかった。
「ま、まい…待って、今敏感すぎて……んぅ……」
一禾の腰は自然に持ち上がり、ついに溢れ出す。
舞雪の目からは涙がこぼれ落ちていた。
必死で抑えていた感情が、一気に溢れ出す。
「お姉ちゃん……ごめんね、でも…わたし、もう我慢できないの……」
その声は震えていたが、どこか清らかで純粋だった。
夜風がふたりの熱をやさしく撫でながら、静かな公園の闇は二人だけの世界を包み込んでいた。
舞雪の指は震えながらも一禾の股間を動かし続ける。
けれど、その小さな手の動きとは裏腹に、彼女の瞳は大きな涙で溢れていた。
言葉はなかった。
ただ静かに、ぽたぽたと涙が頬を伝い落ちる。
その涙は、失われた何かを痛切に物語っていた。
周囲の虫の声がやさしく響くなか、舞雪の静かな哀しみが夜の空気に溶け込んでいく。
一禾はその様子を見つめながら、胸の奥に深い切なさを覚えた。
「舞雪…?」
一禾はそっと呼びかける。
泣きじゃくる舞雪の頬に触れ、優しくキスをした。
そのまま腕を回して抱きしめると、小さな身体が一禾の胸の中で震えた。
しばらくして、かすれた声が一禾の耳に届く。
「やだよ……結婚なんて、やだ……」
その言葉は、涙と一緒に絞り出された本音だった。
一禾の胸が、ぎゅうっと締めつけられる。
言葉では表せないほどの、痛みと愛しさがこみ上げる。
「ごめん…ごめんね……」
一禾は何度もそう繰り返しながら、ただ強く舞雪を抱きしめた。
その背中に手を添えながら、逃げ場のない二人の気持ちが重なり合っていく。
虫の声だけが、二人の間に寄り添っていた。
翌朝。
まだ陽が昇りきらない、少し肌寒い空気の中。
駅前には、家族三人と、キャリーバッグを引く一禾の姿。
「今度はいつ帰ってくるのやら」
父が少し寂しげに笑う。
「ごはん、しっかり食べるんだよ?」
母はそう言いながら、少し目を潤ませていた。
「うん、じゃあね。」
一禾は笑って、手を振った。
その横に立つ舞雪も、静かに微笑んでいた。
まるで、何もなかったかのように。
まるで、ただの妹として、姉の旅立ちを見送るように。
誰も口にはしなかった。
あの夜のことも、涙のことも、唇の感触も、体に残った熱も。
お互いに、何も、何も起きなかったかのような顔をしていた。
汽車がホームに滑り込む音が、空気を裂く。
やがて乗り込む一禾の姿が、扉の向こうへと消えていく。
このまま、
このまま日常に戻るのだ。
何もなかったかのように。
すべてが、夢の中だったかのように──。