史奈は、荒れ果てた砂の上に敷かれた寝袋の中で、ふと身を震わせた。
夜の砂漠は残酷なほど冷える。
崖から転落した時の傷はまだ全て癒えていない。
胸にも、足にも、肋骨にも深い痛みが走る。
全身を包帯で巻かれているせいか、熱が逃げやすいのか、ぶるぶると体が震え続ける。
レイラは、弱い火の揺らぎの中で気付いた。
鍋で温めていた狼肉のスープを火から下ろし、静かに史奈の側に座る。
「……震えてる」
それだけ言うと、レイラは迷いなく自分のミリタリージャケットを脱ぎ、史奈の肩にそっとかけた。
「ありがと…でも…寒い…」
史奈の唇は青く、指先は氷のように冷たい。
レイラは数秒考え、そして何のためらいもなく――
ブーツを脱ぎ、迷彩ズボンを脱ぎ、着ていたタクティカルシャツも脱ぎ始めた。
「な、ちょ…ちょっと!? なにして…」
「これが一番いい方法。あっためる。看護の基本」
淡々と答えるレイラは、すでに下着姿だった。
傷だらけの、若いはずなのに戦場で削られてきた体。
20歳とは思えないほどの古傷、銃創、焼け跡……。
史奈はその姿に、一瞬言葉を失った。
(……あたしより……酷い……)
レイラは静かに史奈の寝袋に入り、胸に腕を回した。
温かい。
体温が、震える史奈の皮膚に直接伝わってくる。
「…っ」
史奈の呼吸が少しずつ落ち着いていく。
レイラの胸の鼓動が、耳元で「トク、トク」と響く。
心臓の音がこんなに近いのはいつ以来だろう。
誰かに触れられること自体、何年ぶりだろう。
「史奈、落ちついた?」
「…少し、ね。……でも……なんか…悪い…」
「悪くない。助けたかったから助けた。気にしないで」
そう言って微笑むレイラは、今まで見た中で一番穏やかな表情だった。
あの死神のような狙撃手とは思えない優しさが漂っている。
史奈は、自分が情けなく思えた。
年下の少女に抱きしめられていないと眠れないほど弱っている自分を。
「…はぁ……あたし……何してんだろ…」
「生きようとしてる。それだけでいい」
レイラは、包帯越しに史奈の背中をゆっくりさすった。
戦場では決して見せないような手つきで。
沈黙が続いた後、レイラがぽつりと呟く。
「史奈…死なないで。…また見つけたくない」
「……?」
レイラは小さく笑った。
「もう一度、あんなふうに……死にかけて倒れてるの、嫌。
助けたいって…思ったから」
史奈の心臓が、ズキリと痛む。
胸の傷のせいではなく――たぶん別の理由で。
「…そっか…ありがと」
史奈はレイラの体温に包まれながら、ようやく目を閉じた。
砂漠の夜は冷え込む。
戦場は残酷で、孤独で、誰も助けに来ない。
――けれど今だけは違う。
傷だらけの史奈の身体を、同じく傷だらけのレイラが抱きしめている。
互いの体温が、小さな焚き火よりも温かく、
包帯の下の傷よりも深い孤独を、そっと溶かしていった。
史奈の最後の意識が消える直前、レイラの囁きが聞こえた。
「大丈夫。あたしが見てるから……今日は眠っていいよ、史奈」
夜の砂漠。
焚き火の赤い炎。
二人の呼吸だけが静かに重なる――。
目を覚ましたとき、
史奈の簡易テントにはもうレイラの姿がなかった。
昨夜まで確かにそこにいたはずのレイラ――
温もりを分け与え、冷え切った史奈の震えを止めてくれたレイラ。
レイラは、まるで砂漠の風に溶けるように姿を消していた。
テントの出入口には、砂漠特有の乾いた風が吹き込み、
薄い布がぱさりと揺れる。
史奈はゆっくりと上体を起こした。
身体は完全とはいえないが、明らかに回復していた。
包帯は新しく巻き替えられ、
AKMとM9も丁寧にメンテナンスされて、いつでも戦場へ戻れる状態だ。
レイラが、してくれた。
史奈は無言でAKMを手に取り、
その金属の感触を確かめた。
そして気付く。
銃床の端に小さな布切れが結ばれていた。
トルコの伝統模様が刺繍された、細い青い布。
恐らくレイラの物だ。
「…置いていくなよ、バカ」
微かに震える声がテントの中に溶けた。
だが次の瞬間、
史奈の簡易無線が鳴り響く。
**『新任務だ。目標は市街地北部の廃工場。単独で向かえ。援護なし』**
あまりに淡々とした指示。
いつものことだ。
だが今の史奈には、胸の奥にまだ熱を残したままだった。
史奈はミリタリージャケットを羽織り、
バックパックを背負う。
ジャケットはレイラの物だったが、返す相手はもういない。
「……行かなきゃ」
テントを振り返る。
昨夜の温もりがまだ残る寝袋。
レイラが火を焚いてくれた跡。
包帯を整えてくれた気配。
それらすべてを振り切るように、
史奈は砂漠へ歩き出した。
砂漠の地平線は白んでいた。
朝日がゆっくりと昇り、史奈の影が長く伸びる。
歩きながら、史奈は自分の胸の奥に残る落ち着かない感情をどう処理すればいいのか分からなかった。
レイラは去った。
何も言わずに。
だが、助けてくれた。
救い、温め、命を繋ぎとめてくれた。
それなのに――
「……また一人か」
呟いた声は、乾いた風に消えた。
それでも足は止まらない。
史奈は任務に向かう。
孤独な傭兵として。
市街地に入ると、空気が変わった。
砂の匂いから、鉄と埃、そして火薬の匂いへ。
史奈は背中のAKMをしっかり握り、
低く構えながら廃工場へと近づく。
その瞬間――
**カンッ!**
金属音が響き、弾丸が史奈の頭上をかすめた。
敵兵が複数。
廃屋の窓からライフルを構えている。
史奈は近くの車体の裏へ飛び込み、
呼吸を整える。
「……やるしかない」
援護はいない。
レイラもいない。
ここにいるのは史奈だけ。
だが、胸の奥でかすかに残る温もりが、
彼女の震えを止めていた。
史奈はAKMを構え、車体の影から一気に飛び出す。
**新たな単独任務が、ここから始まる。**
砂漠の黄昏は、血のように赤い。
任務を完了した史奈は、灼熱に焼かれたアサルトライフル *AKM* を肩にかけ、息を整えながら瓦礫の隙間からゆっくりと立ち上がった。
市街地での銃撃戦は激しかった。
敵兵の数は予想をはるかに上回り、戦闘は三時間以上に及んだ。
だが――任務は完了した。
まだ薄く漂う火薬の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、史奈は喉を焼く痛みに顔をしかめる。
「……帰るか。」
吐き出した小さな息は砂混じりで、体の奥に沈む疲労が足取りを重くする。
◆ 砂漠への帰路
市街地の外れに出ると、そこには広大な砂漠が続いていた。
夕陽はゆっくりと沈み、砂丘の影は長く伸びる。
ふと、史奈は立ち止まり振り返る。
背後には、つい先ほどまで死闘を繰り広げていた都市の残骸。
爆煙、火の粉、倒れた敵兵。
胸に苦い味が広がる。
「……生き残っただけ、マシか。」
自嘲気味に呟き、史奈は再び歩き出した。
足元では乾いた砂がパラパラと流れ落ちていく。
◆ 沈む太陽、迫る気配
太陽が地平線に沈みきろうとした時。
史奈は、乾いた風と共に小さな違和感を感じた。
――カチッ。
金属が擦れるような音。
砂丘の向こうから微かに、誰かの息遣いがする。
史奈は素早くAKMを構え、膝をつく。
風の音と砂の舞う音以外、何も聞こえない。
しかし、確かに誰かがいる。
「……つけてきたのか。」
任務地からここまで距離はある。
それでも、敵が追跡してきてもおかしくはなかった。
史奈は照準を一点に絞る。
呼吸が細く、静かになる。
次の瞬間――
**ダンッ!!**
銃声。
砂が大きく跳ね上がる。
史奈は即座に反応し、反撃の一発を砂丘の頂点へと撃ち返した。
「チッ……!」
敵は一人ではない。
足音が左右に散り、挟み込むように近付いてきている。
◆ 三方向からの襲撃
三方向からほぼ同時に銃撃が始まった。
7.62mm弾が石を砕き、砂を巻き上げ、史奈の頬をかすめる。
史奈は転がりながら遮蔽物代わりになる岩場へ滑り込む。
「……上等だよ。」
AKMをフルオートへ切り替え、迫る敵へ向けて弾幕を張る。
乾いた砂漠で銃声が反響し、
昼間の熱を抱いた地面が史奈の体力を容赦なく奪っていく。
敵兵は訓練された動きだった。
銃撃と移動を繰り返し、徐々に史奈の周囲を狭めてくる。
すぐ横を弾丸が通過し、砂が頬にぶつかる。
呼吸が速くなり、喉が焼けるように痛む。
それでも――史奈は逃げなかった。
◆最後の接近戦
敵の一人が岩陰に飛び込んできた。
史奈は距離を詰め、コンバットナイフを抜く。
反射神経だけで動く。
敵兵の腕を払い、首へ刃を走らせるが――敵も素早い。
鋭い回し蹴りが史奈の脇腹に入り、呼吸が跳ね飛ぶ。
「っぐ……!」
のしかかる敵兵が史奈の腕を押さえつけ、銃口を向ける。
至近距離。
逃げ場はない。
史奈は砂を掴み、敵の顔へ叩きつけた。
敵兵が怯んだ瞬間、史奈は体勢を強引に入れ替え、ナイフを敵兵の胸部へ深く突き立てた。
「……ふぅっ……!」
敵兵は砂の上に崩れ、動かなくなる。
しかし――まだ終わりではない。
残り二人の足音が近づいてくる。
◆ 夜の静寂、帰還へ
疲労は限界だった。
弾は少ししか残っていない。
それでも、史奈は夜の砂漠へ続く道をにらみ、息を整えながら歩き出す。
「……帰るんだ。必ず。」
砂の冷たさが、熱を奪い取っていく。
夜風が頬を撫でる。
星だけが、史奈の帰路を照らしていた。
それでも、史奈は前に進む。
誰もいない砂漠の闇を、ただ――静かに、力強く歩いた。
任務を終え、夕陽が沈む砂漠へと帰路を歩く史奈。
体力はギリギリ、AKMも砂で汚れ、汗と血の匂いが混じる。
その中で——
**空気が変わった。**
砂を踏む音すら聞こえない。
静かすぎる。
史奈は直感でわずかに身を低くした。
その瞬間——
**パンッ!**
乾いた銃声。
弾丸が史奈の横をかすめ、背後の岩を砕いた。
「……!」
史奈が振り向くと、
そこには**無表情の暗殺者**が立っていた。
黒いフルフェイスマスク
砂埃一つ付いていない。
手には **GLOCK18 ×2**。
フルオートの悪魔のような銃だ。
暗殺者は何も言わない。
呼吸すら乱れていない。
まるで殺すためだけに生まれた“影”。
「——ッ!」
史奈は岩陰へ飛び込み、AKMを構える。
暗殺者は無表情のまま、
**両手のGLOCK18をフルオートで乱射。**
火花が夜闇を照らす。
弾丸が砂を跳ね上げ、岩を削る。
**バババババッッ!!**
全てが正確。
バラ撒いているように見えて、
すべて“逃げ道”を潰す軌道になっていた。
史奈は反撃する。
**ダダダッ!**
暗殺者は身体をほとんど動かさず、
“最小限の首の傾けだけで”避けた。
「……化け物か」
暗殺者はまた静かに前に出る。
足音がしない。
砂の上でも……だ。
弾が残り少ない。
暗殺者が距離を詰めてくる。
パッと手首を返すと、GLOCK18の一丁を後ろへ持ち替え、
もう一丁で史奈を牽制しながら接近。
「うわッ——!」
史奈はAKMを
バットのように振りかぶり殴りつけた。
ガンッ!!
暗殺者は腕で受け止め、無表情で史奈を見つめる。
次の瞬間、暗殺者の膝蹴りが史奈の腹にめり込んだ。
「……ッぐ!」
息が詰まる。
後ろによろめいたところへ——
**暗殺者の踵落とし。**
史奈は砂に叩きつけられ、視界が揺れた。
しかし史奈もただやられはしない。
史奈はすぐに砂を掴み、暗殺者の顔へ投げつけた。
暗殺者の動きが一瞬止まる。
その一瞬——
史奈は飛び上がり、暗殺者の腕を絡めて投げ飛ばした。
**ドッ!!**
暗殺者が砂に倒れ、GLOCKが一丁手から離れる。
「はぁ……はぁ……まだだ!」
史奈はナイフを抜く。
暗殺者も落ちていたナイフを拾う。
そして——
ナイフ同士が砂漠の闇で火花を散らす。
ガンッ、キンッ!
暗殺者は無駄のない動き。
人間らしい感情の一切がない。
ただ淡々と、
**心臓・喉・動脈だけを狙い続ける。**
史奈は防戦一方になりながらも、
必死に刃を弾き、横の砂丘へ転がり込む。
暗殺者が追い詰めるように歩く。
ブーツの先で砂を押しのけ、
無音で近づいてくる……。
「くっ……!」
史奈の腕が切り裂かれ、血が滴る。
それでも史奈は踏みとどまり、構え直した。
暗殺者と史奈、距離1メートル。
砂漠の風が吹き抜ける。
決着の一瞬——
暗殺者が低く踏み込み、胸元を狙う突きを繰り出した。
「読んでた……ッ!」
史奈は身体をひねり、わずかに避けると同時に
**暗殺者の腕を極めて折るように引き倒した。**
バキッ!
暗殺者は表情一つ変えないまま、倒れた。
しかし
そのまま起き上がり、
折れた腕で史奈の喉を掴みあげる。
「……ぐ、ああ……!」
暗殺者の握力は異常だった。
視界が真っ白になる。
(……ここまでか……?)
その瞬間——
**パスッ!!**
乾いた銃声。
暗殺者の手が緩む。
胸に一発の穴。
暗殺者は静かに砂へ倒れた。
史奈は膝をつき、肩で息をする。
「…誰……?」
暗闇の向こうから、
静かに歩く影。
風に揺れる髪。
無表情。
手には**サプレッサー付きMK14**。
——レイラ。
「遅れて、ごめん。」
その声を聞いた瞬間、
史奈の胸に張りつめていた何かが、音を立てて崩れた。
砂漠の夜風が静かに吹き抜ける。
今日はまだ、生き延びられた。
砂漠の冷たい風が夜明け前の空気を切り裂いて吹く。
暗殺者との死闘を終え、呼吸を整えようとした史奈の前に、足音もなく一つの影が立った。
**レイラだった。**
月光の下、彼女は無表情のまま暗殺者の死体に跪き、胸ポケットから軍用ライトを取り出して遺品を丁寧に漁る。
史奈が声をかけようとしたとき、レイラの手が止まった。
「……ロシア軍系傭兵の刻印。
この前の Mi-24 と同じ。」
史奈の背筋が凍る。その瞬間だった。
――ゴォォォォオオオオッ!
地鳴りのようなローター音が砂漠全体を震わせた。
史奈とレイラは同時に空を見上げる。
**Mi-24 ハインド。**
黒い影が朝日に照らされながら急速接近してきた。
「来た……!」
次の瞬間、史奈の横を**30mm機関砲弾**が掠め、砂が爆発飛散する。
「走れ、史奈!」
レイラは史奈の腕を掴んで全力で駆け出した。
二人の背後で、地面が連続爆発を起こし、小さな砂の丘が吹き飛ぶ。
◆砂漠を駆ける二人と空から降る死
ヘリは二人を追いながら低空に降下し、
ヘリ腹部のガンナーが**PKT重機関銃**を撃ちまくる。
タタタタタタタタッ!!!
砂が壁のように舞い上がり、弾痕が一直線に二人を追う。
「レイラ、こっち!」
史奈は大岩の陰へ滑り込み、レイラもその横に転がり込む。
レイラはMK14を構えたが、
ヘリはホバリングしながら真横に移動し、狙撃の角度を潰してくる。
「……狙わせてくれない。」
「どうするの!?」
史奈の問いに、レイラは無表情のまま短く答えた。
「接近する。撃たれずに。」
「無茶だよ!」
「生き残るには、それしかない。」
二人は目を合わせた。
史奈は呼吸を吸い込み、握ったAKMを強く握りしめる。
「……行くよ。」
「うん。」
二人は同時に走り出す。
◆弾雨を切り裂き、Mi-24 の腹下へ
ヘリは二人を視認し、再び銃撃を始める。
史奈とレイラは左右に散開し、ジグザグに走る。
タタタタッ!!
砂が跳ね、足元を弾丸が掠める。
史奈の頬に弾の熱風がかすった。
心臓が破裂しそうなほど脈打つ。
「今!」
レイラの声にあわせ、二人は一気に走り込み、
**ヘリの真下のブラインド(死角)**へ滑り込んだ。
ヘリは彼女らを完全に見失い、
パイロットの怒号がコクピット内で交錯する。
「死角に入った。史奈、援護して。」
レイラは無表情のままMK14のボルトを静かに引いた。
◆レイラ、神業の反撃
ヘリの腹部には燃料補助タンクが露出している。
レイラはそこを狙い、
呼吸を止め、心臓の鼓動すら静める。
“パシュッ”
**サプレッサー付きMK14の乾いた音。**
次の瞬間、
ヘリの腹部に火花が散り、
燃料ラインから白煙が吹き出した。
「命中。」
史奈の体が震えた。
わずか数秒しか狙えない死角で、
ミリ単位の弱点を撃ち抜いたのだ。
「レイラ、すご……!」
しかしレイラは無表情のまま言った。
「まだ落ちない。離脱するよ。」
◆ヘリの報復と絶望的な追撃
Mi-24 は怒り狂ったように上昇し、
今度は**ロケット弾**を装填し始めた。
「まずい、ロケット――!」
史奈はレイラの手を引いて全力で走る。
背後でロケット弾が発射され、
砂漠に巨大な火柱が上がる。
爆風で二人とも砂に吹き飛ばされた。
「っ……ぐっ!」
史奈の耳がキーンと鳴り、意識が揺れる。
レイラが史奈を抱き寄せ、盾になるように覆いかぶさる。
「まだ終わってない。史奈、立って。」
史奈は震える足で立ち上がり、
レイラの肩を借りながら走り出した。
◆最後の反撃 ― 死闘の結末
ヘリは二人の逃走方向を完全に把握し、
最後のロケット弾を発射するために機体角度を下げてくる。
レイラは史奈に言った。
「史奈。行くよ……一緒に倒す。」
「うん……!」
史奈は残ったAKM弾倉を装填し、
レイラはMK14を構える。
二人は同時に振り返り――
**AKMのフルオート連射と
MK14の精密射撃を合わせて撃ち込んだ。**
エンジン部分、ガンナー席、燃料タンク。
全てが同時に火花を散らす。
次の瞬間、Mi-24 は黒煙を吐きながら横転し、
遠くの砂丘に墜落した。
爆発音が砂漠に響き渡り、
砂煙が夜明けの空に大きく上がった。
史奈はその場に膝をついた。
「…やった……の?」
レイラはゆっくりと史奈の肩に手を置く。
「うん。よく、戦った。」
史奈は荒い息を吐きながら、
レイラの横顔を見た。
さっきまで無表情だったレイラの表情が、
ほんのわずかに柔らかく見えた。
砂漠に朝日が昇る。
二人は生き残った。
そして――
まだ続く戦いの中、
ほんの少しだけ心が近づいた。
砂漠の風が少しだけぬるくなった夕暮れ。
Mi-24との死闘を生き延びた史奈とレイラは、砂丘の影に身を潜めていた。
夕日が地平線の向こうへ沈みかけ、空は橙から群青へとゆっくり色を変えていく。
史奈は息を荒げ、汗で濡れた前髪を払いながら崩れ落ちるように座り込んだ。
レイラも、普段の冷徹さを保とうとしながらも、肩で呼吸を繰り返している。
二人の周囲には、焼け焦げた砂と、ヘリの機関砲が刻んだ深い溝が点々と残っていた。
まだ戦場の臭いが消えない。
◆沈黙の中の安心
しばらく、ふたりは何も喋らなかった。
ただ、生きている呼吸だけが、静かな砂漠の上に淡く響いている。
レイラが先に口を開いた。
「……大丈夫?」
その声は、普段の無機質な調子と違い、どこか柔らかい。
それを聞いた史奈は、力なく笑った。
「なんとか……な。でももう、走れない。」
レイラは無言で頷くと、自身のMK14を砂の上に置き、史奈の隣に腰を下ろす。
距離は肩が触れそうで触れない程度――けれど、そこには確かな安心があった。
◆小さな焚火
レイラは携帯用の火打ちキットを取り出し、小さな焚火を作り始める。
火が付き、橙色の光が二人の顔を照らす。
史奈は目を細めた。
「…砂漠の真ん中で休むなんて、考えもしなかった」
「あなたが倒れそうだったから。優先度を変えただけ。」
淡々とした口調。
しかし、その言葉の裏にある“心配”は隠しきれていない。
史奈は自分の手を見つめる。
震えているのが分かる。恐怖ではない。
戦い続けて張り詰めた心と体が、ようやく静けさを許された結果だった。
◆レイラの意外な行動
火が落ち着くと、レイラはバックパックから缶詰を取り出し、ナイフで蓋を開ける。
「食べられる?」
「うん…食べる。腹も減ったし。」
そう言うと、レイラは缶詰を火であたため、熱が回った頃合いで史奈に渡す。
史奈は手を添えて一口すする。
「……うまい」
「ただの豆だよ」
レイラは微かに口元をゆるませた。
それが笑ったのか、疲れて口角が落ちたのか、史奈には判別できなかった。
それでも――胸の奥が少し温かくなる。
◆静かな語り
史奈は焚火を見つめながら呟く。
「また、助けてもらったな。ほんと、あんたには頭上がらないよ。」
レイラは顔を上げず、静かに返した。
「……あなたが死ぬのは嫌。
理由はまだ分からない。でも、そう思う。」
史奈は驚き僅かに目を開く。
レイラは続けた。
「だから、生きて。わたしも、生きる。」
それは、レイラの性格からして極めて異例の“感情”だった。
史奈はその言葉を胸の奥で反芻し、苦笑と共に言う。
「…了解。頑張るよ。」
◆穏やかな夜
焚火の音だけが、砂漠の夜に淡く響く。
星が降るほど輝き、冷たい空気が頬を撫でる。
やがてレイラが、疲れた声で言った。
「もう少ししたら交代で見張る。でも今は、少し寝て。」
「…わかった。ありがとう。」
史奈は寝袋を出し、横になる。
その視界の端に、レイラの影が焚火越しに揺れる。
その姿は、不気味な“死の風”でも、冷徹な狙撃手でもなかった。
ただ一人、史奈のそばで静かに見守る少女だった。
瞼が落ちる寸前、史奈は小さく呟いた。
「レイラ…そばにいてくれて、ありがとな。」
レイラは返事をしなかった。
ただ、史奈の寝袋のそばに座り、夜風から守るようにそっと近づいた。
その静かな気配を感じながら――
史奈は久しぶりに、穏やかな眠りへと落ちていった。
乾いた砂漠をかすめる冷たい風が、薄い簡易テントの布を揺らした。
史奈は、胸の奥に広がる鈍い痛みと共に、ふわりと漂う香ばしい匂いに気づく。
――何か、焼けている。
まぶたを開けると、テントの入り口が少し開いて、外から柔らかな朝日が差し込んでいた。
身体を起こすとき、わずかに治りかけの傷が軋み、史奈は小さく息を吸った。
それでも、彼女は外へ出た。
砂の上でレイラがしゃがみ込み、小さなバーナーの火で携帯食料を焼いていた。
ローストビーフの香りが、砂漠の冷たい空気と混ざり、どこか懐かしい匂いに変わる。
「……おはよう、史奈。」
レイラは振り向かずに、静かに言った。
その声には、昨夜の疲れも、戦場の気配もなかった。ただ、柔らかかった。
史奈は少しだけ照れながら隣に座る。
「朝食……作ってくれたの?」
レイラはこくりと頷き、焼けたローストビーフとスパムを
パンに挟み込んだ。
そして、出来たての温かいサンドイッチを史奈へ差し出す。
「熱いから、気をつけて。」
史奈は受け取りつつ、胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
これほど優しい手渡し方をされるのは、いつ以来だろう。
「ありがとう。……すごく、いい匂い。」
レイラは少しだけ、口元をゆるくした。
笑顔というにはまだ不器用な、けれど確かに優しい仕草だった。
次にレイラは、お湯を沸かし、小さなカップに注いだ。
紅茶の葉が揺れ、朝の光を受けてふわりと立ち上る香りが、砂漠に広がった。
「砂漠の朝は冷えるから。温かい方がいい。」
史奈は湯気越しにレイラを見る。
レイラの肌には無数の傷跡があったが、それは痛々しさではなく、強さの証に見えた。
「……本当に、優しいんだね。レイラって。」
レイラは少し目を伏せ、砂を軽く指でならした。
「戦場では、生きるために冷たくなる。でも……仲間の前では、そうありたくない。」
その言葉は、砂漠の空気にすっと溶けていった。
史奈はサンドイッチにかじりつき、胸の奥に温かさが広がるのを感じる。
「美味しい……」
レイラは嬉しそうに目を細めた。
彼女にこんな表情があることを、史奈は知らなかった。
しばらくして、2人は黙ってサンドイッチを食べ続けた。
ただ、沈黙は気まずさではなく、安心だった。
言葉がなくても分かり合える――そんな静けさがあった。
朝日がさらに高く昇る頃、小さな砂嵐が遠くに見えた。
だが、今はまだ戦いの気配はない。
朝食を終え、紅茶の最後の一口を飲んだ史奈は、ゆっくりと息をついた。
「……レイラと食べる朝食、悪くないね。」
レイラは、火を消しながら静かに答えた。
「また作るよ。史奈が生きて帰ってくるたびに。」
その言葉は、どんな防弾チョッキよりも温かく、強く、史奈の胸に刺さった。
史奈はうつむき、黙って拳を握る。
――絶対、生きて帰る。
そのために戦う。
砂漠の風が、2人の髪を揺らした。
2人の休める朝は、そう長くは続かない。
だが、この短いひとときが、2人にとって確かな力となるのは間違いなかった。
レイラと別れた朝の砂漠は、夜の冷たさをまだところどころ残していた。
薄く白んだ地平線を見つめながら、史奈は息を吐く。
──また、一人だ。
だが、その孤独こそが彼女の“通常”だった。
背中にAKM、太ももにはM9、ナイフは新しいものを調達済み。
テントを簡潔にたたむと、史奈は風の吹くまま砂漠を歩き始めた。
数時間後、ある街外れの廃工場に到着する。
今回の任務は「敵勢力の通信基地の破壊」。
ただし、詳細はぼかされており、敵の規模も不明。
情報が少ない任務ほど嫌な予感がするものだった。
史奈は無言でAKMの残弾を確かめ、深い息を吸った。
**廃工場突入**
静寂を破ったのは、乾いた金属音。
足元の鉄くずを踏んだ音ではない。
──誰かが安全装置を外した音だ。
史奈は反射的に身を伏せた。
次の瞬間、
**ダダダダダッ!!**
AKの連射が史奈のいた場所を撃ち抜く。
破片が飛び散り、床がえぐれた。
「クソッ…!」
史奈は隣の柱まで転がり、反撃。
AKMの銃口が火を噴く。
**ダンッ! ダンッ!**
数人の敵が倒れる。
しかし、敵の数は減らない。
左右の通路から、さらに敵兵が流れ込む。
「囲まれた…?」
判断するより早く、史奈は工場内の鉄骨の迷路を縫うように走る。
その背中を追って、無数の銃弾が壁を砕き、鉄板を貫く。
**機関銃陣地との死闘**
史奈が通路を進むと、視界の奥で火花が散った。
**PKM……!**
敵兵が機関銃を据え、史奈の方を向く。
巨大な銃口。
そこに弾が装填される“音”だけで足がすくむほどだ。
「っ……!」
**ズガガガガガガガッ!!!!**
金属片が吹き飛び、通路が火花の滝になる。
史奈は柱の影に飛び込み、呼吸を整えた。
(正面突破は無理……横ルートから回り込むしかない)
しかし、横の梯子を登ろうとした瞬間、弾丸が梯子を粉砕する。
火花が目の前で弾け、金属が飛び散る。
「上も見られてるのか!」
PKMの兵は、仲間と連携して史奈の逃げ道を全て潰していた。
**突破の一瞬**
史奈はバックパックから、閃光弾を取り出した。
(これで……数秒は作れる)
ピンを抜き、柱の陰から放る。
カランッ、と床に転がる。
**バッ!! 白光。**
敵兵の怒号が響く。
その瞬間、史奈は駆けた。
PKM陣地へ全力疾走。
砂埃を蹴り、弾痕だらけの鉄板を掻き分け、まるで弾丸の中を走るような感覚。
敵兵が目を開けたときには、史奈はすでに至近距離にいた。
「どけッ!!」
AKMを連射、PKMの銃手の顔面に撃ち込む。
続けざま、もう一人の敵兵の胸にM9を突き立てて撃つ。
銃声。
硝煙。
肉の重み。
全てが一瞬にして過ぎ去った。
PKMは沈黙し、史奈は荒い呼吸を整える。
**通信基地の破壊**
廃工場の奥。
埃にまみれた鉄扉を開けると、古い通信機材がずらりと並んでいた。
敵の交信拠点──ここが目的だ。
「……終わらせる」
史奈は爆薬を配置し、タイマーをセットする。
残り45秒。
その瞬間、背後で足音。
──一人。
静かすぎる足取り。
史奈が振り向くと、そこには黒い戦闘服の敵兵が立っていた。
マスクで顔を隠し、両手にはサプレッサー付きの
ワルサーPPK。
無表情で史奈を見ている。
「……まだいたのね」
敵兵は返事もなく、銃口だけをゆっくり上げた。
**パシュッ! パシュッ!**
乾いた連射が響き、史奈は柱の裏へ飛び込む。
衝撃で肩が焼けるように痛んだ。
かすめたらしい。
(時間がない……あと30秒)
史奈はAKMで応戦。
銃撃戦が鉄板の壁で反響し、耳に痛いほど響く。
敵兵は身を低くし、静かに、正確に撃ってくる。
まるで“暗殺者”のような無駄のない動き。
(まずい……!)
爆薬のタイマーは残り10秒を切った。
史奈は決断した。
「……走る!」
敵兵の反撃を掻い潜り、史奈は廊下を飛び出した。
**爆発と帰還**
**ドォォォォォン!!!!**
背後で爆発の炎が吹き上がり、工場の鉄骨が崩れ落ちる。
熱風が史奈の背中を押し、砂と破片が舞い上がった。
彼女は転がるように外へ飛び出し、地面に倒れ込む。
息が苦しい。
耳鳴りがする。
しかし──任務は完了した。
史奈はゆっくりと、空を見上げた。
薄い砂煙の向こうで、太陽が白く光っている。
風が吹く。
砂が流れる。
遥か遠く、レイラも今、別の戦場で戦っているのかもしれない。
──また会えるのだろうか。
応える者はいない。
だが、史奈は立ち上がる。
砂を払うと、再び歩き始めた。
**孤独な傭兵として。
それでも、生き続けるために。**
以下、**レイラ任務編・完全新— 死の風、再び吹く —
長編ミリタリーアクションストーリー**
砂漠の夜が明けようとしていた。
水平線の端に、薄いオレンジが染み込んでいく。
レイラは静かに目を開け、MK14のボルトを引いて動作確認をする。
装填の音はほとんどしない。
金属音すら砂漠に溶けてゆくほど静かだった。
今日の任務は、ただ一言だけクライアントから渡された。
**──中東某所に潜伏する指揮官の排除。**
場所、敵数、理由。どれも明かされていない。
けれどレイラは問い返さない。
狙撃手に必要なのは、情報よりも静かな心と安定した呼吸だけだ。
■ 出発 ― 風に溶ける影
レイラは砂丘を歩く。
太陽が昇る前の冷たい空気が、肌の傷をひりつかせる。
何年も戦ってきた身体。
傷は数え切れない。
しかし痛みは表情に出さない。
彼女の一歩は軽い──まるで風そのものだ。
目的地は市街地から外れた古い要塞跡。
そこに、敵の狙撃班と重装備部隊が陣を張っているらしい。
レイラは砂丘の頂上に寝そべり、MK14を構えた。
スコープの先にぼんやりと廃れた建物が見える。
「……距離、1200。」
風向きを読み、銃身をわずかに傾ける。
引き金に指をかけ──
その瞬間、要塞跡の壁に立つ見張りの頭が、静かに消えた。
**パン。**
音は遅れて砂漠に沈み、死体が落ちるのはさらにあとだった。
レイラは次の目標にスコープを移す。
■ 敵狙撃手との対峙
敵も馬鹿ではない。
すぐに狙撃地点を探るように視線を巡らせ、反撃の構えを見せる。
「……まだ気付かれていない。」
レイラが息を短く止めた瞬間、
**パン!**
弾丸が砂丘に着弾し砂が舞う。
レイラの目が細くなる。
**敵狙撃手がいる。**
反応速度と弾道から判断して、熟練のロシア系スナイパー。
レイラは即座に砂丘を転がり落ち、位置を移す。
砂の上を滑るように低姿勢で走り、別の砂丘へと身を沈める。
スコープを覗く──
廃屋の影、わずかな反射。
相手の照準スコープが光った。
「…そこ。」
レイラは呼吸を止め、心臓の鼓動を1拍だけ聞く。
そして引き金を撫でた。
**パン。**
廃屋の窓に銃声が響き、沈黙が訪れた。
敵の反撃は来ない。
レイラはスコープを少し下げ、確認を取る。
スコープの中で、ロシア兵の身体が椅子から崩れ落ちた。
■ 要塞突入
外周の敵を排除したレイラは、夜の影のように建物へ接近する。
装備は軽い。
MK14、M1911サプレッサー、スモーク、マチェーテ。
要塞内部は薄暗い。
弾薬箱、古い装甲車、焚き火の跡。
そして兵士の寝息。
レイラは音もなく忍び寄り、M1911を向けた。
**プシュッ、プシュッ。**
倒れる音はしない。
倒れる前に彼らは死んでいる。
廊下の奥で重い足音。
レイラは影に溶け、足音が近付く瞬間マチェーテを振り抜いた。
**ザシュッ。**
首が落ちた。
■ 指揮官の部屋へ
重厚な扉。
鍵は掛かっていない。
レイラがゆっくりと開けると、
机の前で一人の男が振り返った。
「……まさか、本当に“死の風”が来るとは。」
男は驚きながらも、冷静だった。
テーブルの下から拳銃を取り出そうとする。
レイラの手が先に動く。
**プシュッ。**
M1911の消音弾は、男の額に穴を開けた。
指揮官は椅子にもたれたまま動かなくなる。
レイラは目的の証拠データを回収し、要塞を離れた。
■ 砂漠の夜へ戻る
太陽が沈み、砂漠に静寂が戻る。
レイラは一人、砂丘に腰を下ろした。
「任務完了。」
夜風が吹き、砂が舞う。
その風の音は、まるで彼女を歓迎するようだった。
彼女は無表情のまま、MK14を分解してメンテナンスを始める。
冷たい月明かりに照らされたその姿。
それは確かに──
**“死の風”と呼ばれる狙撃手そのものだった。**
夕暮れの砂漠に、細い影がひとつ伸びていた。
任務を完遂し、レイラは無言で歩き続ける。
砂漠の風が、汗と砂にまみれた頬を撫でていく。
MK14は背に、M1911は腰に。
今日も彼女の息遣いは淡々としていた。
しかし──突然、砂の海を裂くように銃声が走った。
**◆ 伏兵の銃撃**
レイラは即座に身を低くし、砂丘の陰へ滑り込む。
数発のライフル弾が、彼女のさっきまでいた場所を撃ち抜いた。
「……位置、三時方向。距離120」
彼女は感情の欠片もない声で独り言を呟き、
MK14を肩に構えて、砂に身を預けたまま照準を合わせる。
照準の先には──三名の敵兵。
砂漠迷彩のロシア傭兵だ。
敵兵が散開し、撃ち返してくる。
砂が跳ね、乾いた衝撃音が続く。
レイラは息を一つ吸い、
落ち着いた動作でトリガーを引いた。
──一発。
敵の一人が崩れ落ちる。
すぐ横の影が彼女の位置を挟み込むように回り込む。
**◆ 近距離戦への移行**
敵弾が砂丘を削り、レイラはMK14を背中に戻し走り出す。
足音が背後に迫る。
振り返らず、彼女は腰のM1911を引き抜いた。
空気を切る一連の流れるような所作。
振り向きざま放った二発。
敵兵はたまらず遮蔽物に飛び込む。
レイラは追わない。
足音に集中する。
──右後方。
振り返った瞬間、敵兵がナイフで飛びかかってきた。
**◆ ナイフ戦**
刃が唸り、レイラの頬にかすかな傷を刻む。
だが彼女は怯まず、手首を掴んで体を捻った。
敵の腕の力を利用し、砂の上に叩きつける。
ナイフがレイラの足元に落ちた。
敵は拳で殴りかかり、レイラも応じる。
拳と拳がぶつかり、鈍い音が続く。
互角の力比べではない。
レイラの動きは静かで無駄がなかった。
最後に、レイラは敵の腕を極め、
呼吸を奪うように締め上げ──動きを止める。
息を整えることもなく、立ち上がると周囲を確認した。
「……残り一人。」
◆ 最後の敵兵との銃撃戦**
最後の敵兵が、砂丘の上に姿を現した。
彼はPKMを構えて一斉射。
砂が爆ぜ、レイラの視界が白くなる。
レイラは砂丘の陰を滑り降りながら、
M1911を水平にして撃ち返す。
乾いた響き。
互いに射線が交差する。
敵兵の弾がレイラの肩をかすめた。
それでも彼女の顔には何の表情もない。
そして──
レイラは砂に片膝をつき、
深呼吸をひとつしてから再びM1911を構えた。
「……終わり。」
一発の銃声。
敵の銃声がやむ。
砂丘の上の敵兵が、ゆっくりと倒れた。
**◆ 静寂の中へ**
風が吹き、砂が流れ始める。
レイラは敵の死体を淡々と確認し、弾薬や使える物資を回収した。
肩の傷を押さえながら、彼女は小さく息を吐く。
「……妹の顔、久しぶりに思い出した。」
呟きは風に消えた。
再び、無表情のまま歩き出す。
砂漠の地平線に、レイラの影が伸びていく。
彼女の帰路はいつも荒々しいが、
その足取りは揺るがない。
“死の風”は、今日も静かに砂の上を吹き抜けていく。
砂漠の夜は、昼間の灼熱が嘘のように冷えこむ。
戦闘の帰路、ようやく敵の追撃を振り切ったレイラは、砂丘の影を利用して簡易テントを張った。
風よけの布は最低限、支柱も小型。
必要以上の音を立てずに休めるように設計された、完全な戦闘用の休息場所だ。
レイラは周囲を二度確認し、罠を三箇所仕掛けた後、テントの中に腰を下ろす。
深い呼吸をひとつ置くと、戦闘服のジッパーを下げ、砂まみれの装備を無造作に外していく。
汗と砂がこびりついた下着だけを残しながら、ふぅ…と小さく息をついた。
レイラはバックパックから医療ポーチを取り出し、ライトを最低限にして傷の確認を始めた。
肩には、奔走中に岩肌で切った裂傷。
脇腹には、昨日の銃撃戦で受けた弾片の裂傷。
太ももの裏には、敵兵のナイフがかすった細い線。
**そのどれもが、彼女が生き延びた証であり、同時に生死の境界線であった。**
冷却ジェルを傷口に塗り込むと、レイラの表情がわずかに動く。
痛みではなく、“まだ動ける”と自分に確認をするような、淡々とした仕草。
包帯を巻き、テーピングで固定し、身体の動きを数度チェック。
その動きには一切の無駄がなく、軍医と狙撃手の経験が混ざり合った正確さがあった。
治療を終えると、レイラは次に武器へ手を伸ばした。
**MK14**
砂漠の砂を吸ったボルトを外し、クリーニングロッドで丹念に砂を掻き出す。
ボルトフェイスをクロスで磨き、細やかな油を差すと、金属がかすかに息を吹き返したように光る。
「…よし。」
レイラの低い声がテントの中に溶けた。
**M1911**
傷だらけの古いフレームを扱うその手つきは、どこか優しささえある。
スライドを引き、内部のカーボンを落とし、サプレッサーのネジ山まで丁寧に整える。
彼女にとって武器は“道具”以上に、“旅を続けるための相棒”だった。
**鹵獲弾薬**
敵兵から奪ったAK系の弾倉、ハンドガン弾、破損したスモーク。
レイラはひとつずつ品質を見定め、使えるものだけを分ける。
「ロシア製…ロットが古いけど、使える。」
無表情のまま、必要な分だけ自分の装備へ組み込んだ。
メンテナンスを終える頃には、夜風がテントを揺らし始めていた。
レイラは下着姿のまま、ウェットタオルで身体についた砂を拭い落とす。
首筋、肩、腕、腹部、脚。
掠れた傷跡を避けながら、丁寧に、静かに。
痛みに顔をゆがめることもなく、ただ自分の身体と向き合う。
**戦士が明日も生きるための、必須の儀式だった。**
拭き終えると、レイラは薄い毛布を羽織り、
深夜の砂漠の音に耳を澄ませながら、ゆっくり横になる。
夜風の音、遠い砂の揺れ。
戦闘の喧騒とは違う静けさが、レイラの瞳をゆっくり閉じさせた。
彼女はまだ若い。
だが、その身体に刻まれた傷の数は、歳月以上の修羅を語っていた。
砂漠の夜は、昼間の熱が嘘のように冷え込む。
レイラの張った簡易テントの外では、風が砂粒を運び、時折布を揺らしては低い音を立てた。
任務帰りの疲労で、レイラは深く眠っていた。
身体には無数の古傷と、任務で負ったばかりの新しい傷。
その帰還直後、彼女は簡素な治療だけ済ませ、下着姿のまま寝袋に潜り込んでいた。
――その瞬間だった。
テントの外で、かすかな砂の擦れる音。
「……風じゃない。」
レイラは、一瞬で目を覚ました。
完全に覚醒した狙撃手の黒い瞳に、眠気の影は一切なかった。
呼吸を殺し、音の方向を探る。
足音はひとつ。
重装ではない……軽い。だが迷いがない。
敵だ。
レイラは寝袋から静かに抜け出し、腰のホルスターを探った――
だが武器は、治療中に外に置いたままだ。
手元にあるのは、小型の戦闘ナイフのみ。
そのとき、テントの布がわずかに“たわむ”のを感じた。
次の瞬間――
「……ッ!」
テントのジッパーが一気に切り裂かれ、
逆光の闇の中から飛び込んできた影。
反射的にレイラは横へ転がった。
直後、寝袋が鋭い銃声と共に破裂する。
暗殺者の武器は――**トカレフTT-33**。
古いが殺傷力は十分。
一発で確実に仕留めるための選び抜かれた武器だ。
狭いテント内で銃撃を受ければ逃げ場はない。
レイラは転がりながらテントの柱を蹴り、布を崩壊させ視界を奪う。
「……チッ!」
暗殺者が舌打ちし、続けざまに踏み込んでくる。
マスクの奥の目は冷酷そのもの。
感情が一切ない、訓練された殺し屋のそれ。
布が崩れた隙間から月光が差し込み、影が交錯した。
レイラは距離を詰められる前に、倒れたポールを掴んだ。
金属製の簡易ポールを手槍のように構え――
「ッ!」
暗殺者の手首めがけて突き出した。
金属が骨にぶつかる鈍い音。
トカレフが床に落ち、暗殺者が即座に蹴り飛ばす。
互いに素手――いや、暗殺者の腰にはまだナイフがある。
動きが止まったのは、ほんの一瞬。
次の瞬間には二人は激突していた。
砂埃と血の匂いが混ざる。
暗殺者の袖口から伸びたナイフが閃いた。
「ッ……!」
レイラは素手で受けられず、腕をひねって軌道をずらす。
刃が頬を浅く裂き、熱が走った。
暗殺者の動きは異様に速く、正確だった。
彼は無言で攻め続ける。
一切のためらいがない。
獲物を仕留めるためだけに存在する動き。
レイラは下着姿のまま、身軽さでそれをいなし続ける。
だが、体力は回復途中で万全ではない。
――押し負ける。
そう感じた瞬間、レイラは寝袋を蹴り上げ、
布を暗殺者の顔に被せるようにして目隠しにした。
暗殺者の動きが鈍り、レイラは一気に距離を詰める。
「…はっ!」
体重を乗せた掌底が暗殺者の顎をとらえる。
わずかに頭が上がった瞬間、レイラはその胸ぐらをつかみ――
倒れたテントの外へ叩きつけた。
砂を巻き上げる音。
暗殺者が手探りでトカレフを拾おうとする。
レイラは床を滑りながらナイフに手を伸ばし――
同時に二人は向き合った。
銃とナイフ。
距離はわずか数メートル。
引き金が引かれるより早く、レイラはナイフを投げ放つ。
「……ッ!!」
刃は、銃を持つ手の甲に深く刺さった。
暗殺者がわずかに怯んだその瞬間――
レイラは地面を蹴って飛び込み、
銃口を逸らし、腕を取り、
その肘を逆方向へ折った。
鈍い音。
暗殺者が初めて声を漏らす。
しかし彼は倒れない。
もう片方の手でレイラの喉を狙う。
レイラは一歩踏み込み、
砂地を滑りながら暗殺者の腰を抱え上げる。
「……終わりよ。」
そのまま、背中から地面へ叩きつけ――
体重を乗せて首を締め上げた。
暗殺者の手足が痙攣し、やがて静止する。
砂漠に静寂が戻る。
レイラは荒く息をつきながら、倒れた暗殺者の胸の上でしばらく動かなかった。
体中に血が滲み、傷口が再び開いている。
しかし――
「殺し損ねた……甘さよね。」
小さく吐き捨てると、レイラは暗殺者の遺体を調べ、
奪えるものを全て回収し始めた。
夜の砂漠は何も語らず、
再び風だけがテントの残骸を揺らしていた。
吹きすさぶ夜風が、砂漠の冷たい匂いを運んでくる。
暗殺者との死闘で半壊した簡易テントの残骸を前に、レイラはしばらく無言で立ち尽くしていた。
下着姿の肌には砂が貼り付き、肩と腹部には生々しい擦過傷が走っている。
しかし―痛みよりも、警戒が勝る。
レイラは壊れたポールを抜き取り、素早く予備のポールを取り替えてテントを建て直す。
その動きは、まるで訓練された機械のように正確で迷いが無い。
テントがようやく形を取り戻すと、レイラは中へ入った。
薄い赤外線ライトを点け、レイラは息を整える。
胸元から腹、腕、太腿まで…
暗殺者に引き裂かれた痕、組み伏せられた際に付いた深い青痣が浮かぶ。
彼女は眉一つ動かさず、医療キットを開いた。
無言。
ただ、彼女の呼吸だけが規則正しく響く。
消毒液をガーゼに染み込ませ、傷口に押し当てる。
ピリ、と肌が震えても表情は変わらない。
だが――喉奥で微かに息が漏れた。
「……ッ」
痛みを押し殺すように肩に力を込め、縫合針を持つ。
腹に走る傷を縫いながら、レイラは無意識に遠い昔を思い返す。
――初任務。
――銃声に怯えた17歳の夜。
――泣けなかった少女の自分。
縫合を終え、彼女は深く息を吐く。
次に手を伸ばしたのは、自らの命そのもの――
**MK14**
**M1911**
暗殺者との組み合いの中で砂まみれになり、砂粒がボルト周りに噛んでいた。
レイラはオイルを布に垂らし、丁寧に砂と血を拭う。
その姿はまさに「儀式」だった。
「……良かった。壊れてない」
誰に聞かせるでもなく、一人静かに呟く。
M1911に新しいマガジンを差し込み、MK14にスコープを再装着。
全工程が終わるころには、レイラの動きからようやく緊張が薄れた。
しかし――眠らない。
テントの中はわずかにランタンの光が揺らぐ。
外は完全な闇。
何かが潜んでいてもわからない。
レイラは寝袋には入らず、背を柱代わりのポールに預けた。
膝を立て、M1911を膝元に置く。
暗殺者が一人で終わるとは思えなかった。
「…今日だけは、休めない」
そう小さく呟き、彼女は瞼を半分閉じる。
眠りではない。
意識を薄く保ちつつ、気配を逃さない特殊な“警戒状態”。
外で砂が小さく転がる音にすら、指が銃に触れるほど敏感だった。
しかし、その鋭い神経の奥――
確かに疲労と寂しさが静かに沈んでいた。
誰にも見せない、
誰にも弱音を吐けない、
“死の風”と呼ばれる傭兵、
ひとりきりの夜。
こうしてレイラの夜は、眠らぬまま深く静かに続いていった。
砂漠の地平線が薄く白み始め、夜の冷気が少しずつ退いていく。
レイラは、簡易テントの入り口に腰を下ろし、夜明け前の静寂を聴いていた。
昨夜、暗殺者の襲撃を辛くも切り抜けた。
身体はまだ悲鳴を上げているが、意識は澄んでいる。
鋭い緊張が、まだ周囲の空気に残っていた。
「……来る」
レイラは立ち上がり、MK14を手に取る。
まだ暗い砂丘の向こうから、小さく地鳴りのような音。
エンジン音。それも複数。
敵は一人では終わらない――暗殺者が単独で動くはずがない。
レイラは呼吸を深く整え、砂に伏せて狙撃姿勢をとる。
地平線がわずかに橙色に染まる頃、
砂を巻き上げながら2台の武装車両が現れた。
機関銃を搭載した“突撃仕様”だ。
*距離 900m。風速 3m。右から左。*
レイラは微調整を済ませ、照準を合わせた。
「……一発目」
引き金。
静かなサプレッサー越しの破裂音。
弾丸はスコープ中央へ吸い込まれ、
運転席の男を沈黙させた。
武装車両が蛇行して砂丘に突っ込む。
2台目が急停止し、敵兵が散開。
十数名が砂丘を盾に、レイラの位置へ向かって進んでくる。
狙撃は数人を倒したが、敵は徐々に距離を詰めてくる。
800m → 500m → 300m……
弾幕がレイラの周囲に降り注ぐ。
「……接近戦、か」
レイラはMK14を背に回し、M1911を抜いた。
その動きは迷いがなく、まるで訓練の繰り返しのような滑らかさだ。
敵が砂煙を上げて突入してくる。
最初の兵が飛びかかった瞬間、
レイラは身体を沈め、砂を蹴り上げながら横へ転がった。
足元をAKの弾が掠め、砂が爆ぜる。
レイラ、反撃。
M1911のサプレッサー越しの乾いた2発が敵の胸を撃ち抜く。
しかし敵は止まらない。
2人、3人、次々に距離を詰めてくる。
レイラは10m以内に入った敵へ肉薄し、
マチェーテので1人を切り裂く。
もう1人には膝蹴りを顎に叩き込み、砂に沈めた。
呼吸は乱れない。
彼女の動きは流れる水のように滑らかで、
殺意だけが研ぎ澄まされていた。
残りは4人。
彼らは横一列に広がり、レイラを囲むように前進してくる。
レイラは息を吸い、足元の砂を握った。
風向きを読み、目を細める。
次の瞬間、砂を高く巻き上げながら突進。
目を潰された敵が叫ぶ。
レイラはその一瞬の隙に滑り込み、
至近距離でM1911を連続発射――
3人が倒れ、最後の1人は恐怖で硬直していた。
その兵に向かい、レイラは無言で歩いた。
兵士は銃を捨て、砂漠に崩れ落ちる。
「……もう来ないで」
レイラの囁きが、朝の冷えた空気に消えた。
すべてが終わる頃、
太陽は完全に砂漠を照らしていた。
レイラは深く息を吐き、
血の付いた砂を払う。
彼女の影は長く伸び、
夜明けの光に震えていた。
「ふぅ…終わった…。」
誰に聞かせるでもない独り言。
その声には少しだけ、疲れと寂しさが混じっていた。
しかしレイラはすぐに表情を戻し、
武器と装備を回収して歩き出した。
次の戦いも、次の朝も、
彼女を待っているのは“戦場”という日常だ。
砂漠の風だけが、その背中を押していた。
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