登場人物
村上史奈(25)
国籍 🇯🇵 身長161cm。
生年月日2000年 6月13日生まれ
愛銃:AKM,(サイドレールにレーザーサイト)M9(サプレッサー)
性格 男勝りで、乱暴な口調で
1人での行動を好むが、レイラと出会い
徐々に心の変化が。
パジャマに素足じゃないと眠れない
と言う変な癖がある。
胸がデカイのが悩み。
レイラ(20)
国籍🇹🇷🇺🇸 身長174cm。
生年月日2005年12月16日生まれ
愛銃:MK14(7倍スコープ)、M1911(サプレッサー)
性格 好奇心旺盛で、砂漠にいる生き物が気になり、手に取ったり、凝視したりと
かなりの変わり者。優しい。
しかし、狙撃手のスイッチが入ると
冷酷非情な性格になり、歯止めが効かなくなる。歳下の妹がいる。父親がアメリカ人
母親がトルコ人のハーフ。
胸が大きすぎて苦しい為、基本下着姿の時が多い。
薄曇りの朝、砂漠の冷たい空気がまだ街を包む頃――
史奈は無線も最低限、ほぼ単独での任務を告げられた。
「ターゲットは、市街地東側の武装拠点。迅速に片づけろ」
言葉はそっけないが、任務の危険性は十分に伝わる。
史奈は、静かに息を吐き、装備を確認した。
AKM ― 銃身に自分で巻いた黒布が心を落ち着ける。
腰にはM9、ナイフは軽い。
肩の古傷がうずくだが、もう慣れた痛みだ。
廃ビルが並ぶ市街地は不気味に静かだった。
砂漠から吹き込む風が割れた窓を鳴らし、誰かの足音に聞こえる。
史奈は膝をつき、AKMを構える。
足跡、散乱した弾薬箱――すぐ近くに敵がいる。
——瞬間。
「そこだッ!」
コンクリの角から飛び出した敵兵がPKMを乱射。
火花が散り、壁が削れ、地面の破片が跳ねる。
史奈は横に転がり、廃車の影に滑り込む。
呼吸を一つ整え、AKMを突き出す。
**ダダダッ!**
短い連射。
敵兵が反応する前に、史奈の弾が胸を貫いた。
だが――
建物の屋上から一斉に銃口が向けられる。
「くっ……囲まれた」
雨のような弾幕。
史奈はドラム缶の列へ飛び込み、膝をつきながら反撃する。
屋上の敵を二人撃ち落とした瞬間、目の前の扉が蹴破られた。
1人の敵兵がナイフを持って突進してくる。
距離が近すぎる――
AKMでは間に合わない。
史奈は肩をひねり、敵の手首を掴んで捻る。
敵のナイフを奪い、そのまま逆手に持ち替えて腹部へ突き出す。
敵兵が崩れ落ちた瞬間、
「後ろだッ!」
もう1人が史奈の背後から回し蹴りを放つ。
史奈は受け身を取りながら後退し、コンクリ壁に背中を打つ。
肺が軋む……だが動く。
敵兵が銃を構えた瞬間、史奈は低く潜り込み足払い。
敵の身体が旋回し、地面に叩きつけられる。
史奈はM9を抜き、弾丸を一発だけ撃ち込んだ。
静寂。
荒い呼吸が自分のものか敵のものか分からない。
史奈は奥の広い整備工場跡へ突入した。
中には重武装の敵部隊が10人以上。
見つかった瞬間、怒号と共に銃撃戦が始まった。
AKMの反動が腕に響く。
弾薬が減る。
壁の陰に滑り込み、弾倉を交換。
「まだ行ける……!」
連射、転がり、敵を一人ずつ確実に倒す。
工場の奥で指揮を取っていた男――ターゲットが逃げようとしていた。
史奈は走る。
足音が跳ね、互いの呼吸が響く。
敵が振り返り、銃を向けた瞬間、
**史奈のAKMが吠えた。**
ターゲットの身体が静かに崩れ落ちる。
沈黙の工場。
空に朝日が差し込み、粉塵が黄金に輝く。
史奈は血と汗で重くなった身体を壁に預け、深く息を吐く。
「……終わった」
通信機で簡易的な報告を送り、ゆっくり市街地を出た。
砂漠へ出ると、風が冷たく頬を撫でた。
誰もいない。
助けも、仲間もいない。
——それでも。
史奈はAKMの重量を確かめるように握り直し、一歩前へ進んだ。
「まだ、終わりじゃない」
孤独な傭兵の旅は、今日も続く――。
任務帰還の途中、史奈は乾いた砂漠の市街地へと歩を進めていた。
身体にはまだ戦闘の疲労が残っていたが、街のざわめきがどこか懐かしく、
そのまま気を抜きそうになる。
道端で、雑貨を並べる少女の姿がふと目に入る。
髪留めをくれた、あの少女だ。
見た目は幼いが、十六歳のイラン人。
前に皇輝へ告白した、あの少女である。
少女は史奈を見ると、小走りで駆け寄ってきた。
「史奈さん、話があります」
突然の真剣な声音に、史奈は足を止めた。
「…私に?」
少女はこくりと頷く。
その表情は照れでも、怒りでもなく、
覚悟を決めた少女のそれだった。
「えっと…その…皇輝さんのことなんですが」
史奈は無意識に姿勢を正した。
嫌な予感がしなくもない。
少女は深呼吸し、思い切って言った。
「皇輝さんには近づかないでほしいんです」
史奈は思わず瞬きをした。
「……は?」
少女は慌てず、むしろ勇気を振り絞るように続けた。
「皇輝さんとは、本気で……将来を考えたいんです。
史奈さんを……嫌っているわけじゃないんですが……
仲間として会うのはいいです。でも、それ以外の時は…
そばにいるのは、ちょっと…嫌なんです」
言い終えると、少女は恥ずかしさで顔を赤くした。
史奈はしばらく返事ができなかった。
確かに皇輝と絡む場面はいくつかあったが、
恋愛感情などこれっぽっちも無い。
むしろ恋という感情自体、理解が薄い。
ようやく口を開いた。
「安心していい。私は…恋愛に興味がない」
少女は目を丸くした。
「ほ、本当に?」
「本当だ。私は仕事で精一杯だし、恋とか…よく分からない」
少女は胸を撫で下ろし、ほっと笑顔を浮かべた。
「よかったぁ……。
てっきり史奈さんも皇輝さんのこと、好きなのかと……」
「ない」
即答すると、少女はさらに安心し、しかし次の瞬間――
「あの……じゃあ…恋ってどうすればうまくいくんでしょうか」
と、相談してきた。
史奈は呆然とした。
戦場の生き残り方なら熟知している。
銃の整備も、ナイフ戦の勝ち方も語れる。
だが――恋?
「…わ、わたしに聞くのか?」
「だって、頼れる大人の女性って感じですし!」
史奈は困惑しながら、言葉を探した。
「えっと…皇輝とは、よく話をしたほうが…。」
「ど、どんな話を!?」
「うっ…好きな食べ物とか?」
「好きな食べ物……スパムでしょうか?」
「あいつは…まあ、好きそうだな」
2人で小さく笑い合う。
少女は嬉しそうに微笑んだ。
「史奈さん、ありがとう。
史奈さんが恋愛しないって言ってくれて安心しました。
その……もし良かったら、また相談してもいいですか?」
史奈は少し考えて――
「…ああ。私は
恋愛が分からないが、話くらいは聞くよ」
少女の顔がぱっと明るくなった。
「嬉しい!ありがとう史奈さん!」
その笑顔を見て、史奈の胸の奥に
微かに温かいものが灯った。
少女は去り際、何かを差し出した。
それは色鮮やかな、小さな刺繍入りの布。
「これ、お守りです。
戦うお仕事だから…どうか、無事でいてください」
史奈は黙って受け取り、
ひとつ、柔らかい微笑みを返した。
少女が駆けていく背中を見守りながら、史奈は心の中で呟いた。
**(恋愛…か。私には縁がないな)**
だが同時に――
あの少女の未来が、どうか幸せでありますようにと、
密かに願うのだった。
夕陽が砂の地平線に沈もうとしていた。
気温はじわじわと下がり、昼のような刺すような熱気は消え、代わりに柔らかな風が吹いていた。
史奈は、焚き火を囲んで座っていた。
珍しく穏やかな時間だった。
そこへ――砂埃を上げながら、小さな影が近づいてきた。
「史奈さん!」
声で少女だと分かった。
皇輝に告白した、あの16歳のイラン人少女だ。
手には、大きめの袋を抱えて走ってくる。
「弟くんは?」
史奈が聞く。
少女は笑いながら答えた。
「皇輝さんが見てくれてます。今日は…その…お姉さん達と、ご飯したくて」
その後ろから、レイラの気配が近づいた。
銃を背負ったまま、相変わらず落ち着いた表情。
戦場の時とは別人のように穏やかな目をしている。
史奈がレイラに少女を紹介すると――
「初めまして。私はレイラ。」
「は、初めまして!。うわ…お姉さんすっごい綺麗…」
レイラは少し照れくさそうに、口元だけ柔らかく笑った。
少女はその笑顔を見て、目を丸くした。
レイラが優しい表情を見せるのは珍しい。
きっと、少女が自分の妹と年齢が近いからだ。
少女が袋の中身を広げる。
パン、豆、卵、玉ねぎ、にんじん、少量の鶏肉。
「すごいな…。どうしたの、こんなに」
「売れ残りだけど、食べられるから…。今日は3人でちゃんとしたものを食べたくて」
史奈は少し胸が温かくなった。
「じゃあ…鍋でも作るか」
「え? なべ?」
レイラが首を傾げる。
少女も不思議そうに見つめてくる。
「日本の料理だよ。具材を全部煮込むだけ。寒い夜にはぴったり」
「にこむだけ…?」
少女が目を輝かせる。
レイラも興味津々だった。
史奈は手早く鍋を取り出し、焚き火の上に置いた。
水を入れ、野菜を丁寧に切り、順番に鍋へ入れていく。
レイラと少女は、完全に「料理ショー」を見る観客のようだった。
「史奈、料理できたんだ…」
レイラが意外そうに言う。
「べ、別に…最低限だよ」
史奈が少し頬を赤くして答える。
少女も目を丸くしていた。
「すごい…お姉さん、手つきがプロみたい!」
「そうか…?」
史奈は照れ隠しのように、鍋をかき混ぜる。
塩とスパイスを加え、鶏肉も入れる。
煮込むほど、いい香りが漂い始めた。
レイラの鼻がぴくりと動いた。
「いい匂い…日本の鍋、初めて」
少女も嬉しそうに両手を組んだ。
「こんなご馳走、久しぶり…!」
― 3人だけの温かい時間**
鍋が完成し、湯気がふわりと立ち上る。
史奈はまず2人に椀を渡した。
レイラは一度じっと見つめ、それからゆっくり口へ運ぶ。
「…美味しい」
信じられないほど穏やかな声だった。
少女も口いっぱいに頬張り、
「おいしい…おいしい…!」
と、笑顔で何度も繰り返す。
史奈は、こんな穏やかな夕食が久しぶりで、胸が温かくなった。
3人は鍋を囲み、夜風に吹かれながら語り合う。
レイラは、妹の話を少しだけした。
少女は、皇輝の話で照れ、史奈は苦笑いしながら聞いた。
戦場の中とは思えないほど、優しい時間だった。
鍋を食べ終わった頃、砂漠の夜空は満天の星。
少女は満腹で眠たそうに目をこする。
「今日は…ありがとう。とても幸せでした」
レイラは少女の頭をやさしく撫でた。
「また来てもいいのよ」
少女は嬉しそうに笑い、街へ戻っていった。
史奈とレイラは静かな夜を見上げる。
「…こんな日も、悪くないな」
史奈がぽつりと言う。
レイラは、珍しく微笑んだ。
「うん。たまには、こういう日も必要」
砂漠に、焚き火の音だけが優しく響く。
その夜、史奈は久しぶりに温かい気持ちのまま眠りについた。
夜明け前。
簡易テントの中に、もう人の気配はなかった。
史奈はゆっくりと目を開く。
焚き火の跡は冷え切り、鍋も、食器も、すべて片付けられている。
「……やっぱりか」
小さく呟き、上体を起こす。
昨夜まで確かにあった、レイラの存在。
その温度だけが、もうここには残っていない。
一人に戻る――
それは、史奈にとって慣れ親しんだ状態だったはずだ。
だが、胸の奥に残る、わずかな空白。
それを振り払うように、史奈は立ち上がる。
バックパックを背負い、AKMを手に取る。
通信機が短く震えた。
**「ターゲットは市街地東区画。武装集団の排除。単独行動を推奨」**
簡潔で、感情のない命令。
史奈はそれを聞いて、ただ一言だけ返す。
「あたしが行く」
市街地は、すでに戦場だった。
崩れた建物、燃え残った車両、散乱する薬莢。
史奈は物陰を伝いながら、静かに侵入する。
最初の銃声は、突然だった。
AKMの反動が肩に伝わる。
敵兵が一人、壁際で崩れ落ちる。
続けざまに、応戦の銃声。
「…来る」
敵は数で押してくるタイプだ。
史奈は即座に移動、建物内へ滑り込む。
室内戦。
狭い廊下、割れたドア、暗がり。
角を曲がった瞬間――
銃口が現れる。
史奈は床に滑り込みながら発砲。
敵兵の足を撃ち抜き、そのまま接近。
銃床で顎を叩き、倒れた敵から弾薬を奪う。
背後からの気配。
振り向く暇はない。
史奈はそのまま前転し、敵の足を払う。
転倒した相手に、容赦なく肘を落とす。
ナイフが抜かれる音。
史奈もコンバットナイフを引き抜き、刃と刃が火花を散らす。
呼吸、視線、間合い。
一瞬の隙。
史奈の刃が、敵の手首を切り裂く。
銃声が再び響く前に、史奈は敵を壁に叩きつけ、その場を離脱。
戦闘は長くは続かなかった。
最後の敵兵が倒れ、街に再び静寂が戻る。
史奈は壁にもたれ、深く息を吐く。
「……終わり」
血と埃にまみれた市街地。
任務は完了した。
だが、帰路につくその背中は、どこか以前よりも静かだった。
市街地を抜け、砂漠へ向かう。
風が吹き、足跡がすぐに消えていく。
それは、まるで人の繋がりそのもののようだった。
史奈は立ち止まり、振り返る。
誰もいない。
助けも、同行者も、もういない。
「…これでいい」
そう言い聞かせるように呟き、再び歩き出す。
孤独は、重い。
だが、それでも史奈は前に進む。
次の任務が、どこで待っていようとも―
彼女は、銃を手放さない。
夜明け前、砂漠の縁に薄い霧が漂っていた。
レイラは簡易テントを畳み、MK14を肩に掛ける。
無表情のまま、呼吸だけが静かに整っていた。
今回の任務は単独、支援なし
。
標的は市街地外縁の廃工場に集結した武装集団の掃討――だが、情報は不十分だった。
瓦礫に覆われた通路を進むと、予想外に早く接触が起きた。
――近い。
銃声は一発も鳴らない。影が跳ね、距離は一気に詰められる。
「…っ」
最初の敵は銃を構える暇もなく、体当たりの勢いで組みついてきた。
レイラは体重を落とし、肘を入れる。
だが二人目、三人目が同時に襲いかかる。
銃を使えば位置が割れる。ここは近接で切り抜けるしかない。
マチェーテが抜かれた。
鋼が空気を裂く低い音。
レイラは一歩引き、相手の振り下ろしを肩で受け流し、返す刃で相手の腕を打つ。鈍い衝撃。敵は怯むが、すぐに間合いを詰め直してくる。
「数が多い……」
床に散らばる破片で足場は悪い。汗が背を伝う。
背後から掴まれ、壁に叩きつけられる。
息が詰まり、視界が一瞬白くなる。
反射的に肘を後方へ打ち込み、体を捻って脱出。
すぐさま膝蹴り。
だが相手も熟練者だ。
受け止め、組み合いに持ち込んでくる。
レイラは歯を食いしばる。
一瞬の油断が致命傷になる。
彼女は腰を落とし、相手の重心を崩して床に投げる。
倒れた敵にマチェーテを突き立てようとした瞬間、横合いから別の刃が飛び込んできた。
刃と刃が噛み合う。
火花が散る。
「…っ!」
力比べ。
若さでは負けていないはずなのに、敵の圧は重い。
腕が痺れる。レイラは踏ん張り、頭突きを入れて距離を作る。そこへ銃声。
近距離での発砲だが、狙いは甘い。弾が壁を削る。
撃ち返す余裕はない。
レイラはマチェーテを逆手に持ち替え、低く踏み込む。
相手の足首を払うように斬り、倒れたところへ体重を乗せて制圧。だが、まだ終わらない。
背後からの衝撃。
床に転がり、息が漏れる。
「……珍しく、苦戦だな」
自分でもそう思う。敵は連携が取れている。
レイラは起き上がりざまに煙幕を投げ、視界を奪う。白煙の中、足音が乱れる。彼女はその隙を逃さず、近い影へ踏み込む。短い一撃、確実な制圧。
煙が薄れる頃には、廃工場は静まり返っていた。
レイラは壁にもたれ、荒い呼吸を整える。腕と脚に新しい打撲、切り傷。だが致命傷はない。
MK14を拾い上げ、周囲を確認する。
任務は完了。
それでも、胸の奥にわずかな余韻が残った。――油断はできない。今日の敵は、いつもより一歩だけ手強かった。
レイラは無表情のまま、武器を整える。
次に備えるために。
砂漠の風が、廃工場を静かに吹き抜けていった。
夕暮れ前の砂漠は、昼の殺意をまだ地面に残したまま、空だけが穏やかな色に変わり始めていた。
史奈は任務帰りだった。
AKMを肩に掛け、砂を踏みしめながら歩く。
身体はまだ痛むが、呼吸は安定している。
遠くで風が低く唸り、熱を失った砂が冷え始めていた。
――妙だな。
視界の端で、動かない影がひとつ。
史奈は足を止め、慎重に距離を詰める。
そこには、しゃがみ込んだレイラがいた。
「……何してんの」
声をかけると、レイラはゆっくり顔を上げた。
無表情。だが、その視線は足元に戻る。
「見てる」
「何を」
史奈が覗き込むと、そこには小さなトカゲがいた。
砂と同じ色で、岩の陰にじっと身を伏せている。
史奈は一瞬、言葉を失う。
「……敵兵じゃないよ?」
「分かってる」
レイラは短く答え、またトカゲを凝視した。
日に焼けた肌には無数の古傷と新しい傷が交差している。
包帯の下からも、戦場を生き抜いてきた痕跡がはっきり分かった。
「逃げない」
レイラがぽつりと言う。
「私が動かなければ」
史奈は小さくため息をついた。
「相変わらず変わってるね、あんた」
「そう?」
「そう」
トカゲはしばらく動かなかったが、やがて尾を揺らし、素早く砂の中へ消えていった。
それを見届けて、レイラはようやく立ち上がる。
その動作一つ一つが慎重で、どこか痛みを隠しているのが分かった。
「……また、やられた?」
史奈が訊く。
「少し」
「少しって顔じゃない」
史奈は呆れながらも、どこか安心していた。
生きている。立っている。それだけで十分だった。
二人は並んで歩き出す。
沈みかけた太陽が、長い影を砂漠に伸ばす。
「史奈」
「なに」
「また会った」
「……うん」
それ以上、言葉はいらなかった。
戦場では再会も別れも、特別な意味を持たない。
それでも、こうして同じ空の下を歩けることが、奇跡のように感じられる瞬間がある。
史奈は、傷だらけのレイラの横顔をちらりと見る。
――変な奴。でも、嫌いじゃない。
レイラは相変わらず無表情のまま、前を見ていた。
砂漠の夜が、静かに近づいていた。
史奈は短い睡眠から目を覚ました。
通信端末の簡素な通知音が、静まり返った簡易テントの中に響く。
依頼内容は短い。
――**市街地制圧区域への侵入。敵勢力の補給線攪乱。単独行動。**
「…単独ね」
史奈は小さく呟き、AKMを手に取る。
アイアンサイトとレーザーサイトを確認し、マガジンを差し込む。
M9のサプレッサーも装着、ナイフは腰に。
いつもの手順。
感情を切り離す合図でもあった。
市街地に近づくにつれ、空気が変わる。
瓦礫、焼け焦げた車両、半壊した建物。
その瞬間だった。
――ドンッ!!
RPGが建物に直撃し、衝撃波が史奈を吹き飛ばす。
「……っ!」
即座に伏せる。
次の瞬間、四方八方から銃声が重なった。
**完全な待ち伏せ。**
AKMを構え、レーザーを壁に走らせる。
「来すぎ……!」
史奈はトリガーを引いた。
AKMが吠える。
反動を抑え、短いバーストで確実に敵を削る。
敵兵は数で押してくる。
窓、屋上、路地、あらゆる方向から弾が飛ぶ。
コンクリート片が砕け散り、粉塵が舞う。
史奈は転がりながら位置を変え、M9に切り替える。
サプレッサー越しの乾いた発砲音。
一人、また一人、敵が倒れる。
だが――
「くそ……!」
弾幕が止まらない。
敵は訓練された部隊だ。
路地裏に追い込まれた史奈の前に、敵兵が飛び出す。
距離は数メートル。
史奈は迷わず突進した。
銃床で顎を打ち、相手がよろけた瞬間、
ナイフを抜き、腕を制圧。
激しい組み合い。
呼吸が荒れる。
相手の力は強いが、史奈は重心を低く保ち、崩す。
一瞬の隙。
――決着。
史奈はすぐにナイフを収め、銃を拾い直す。
通信機がノイズを吐く。
敵増援が近づいている。
「長居は無用……」
史奈は煙幕を投げ、視界を遮断。
その中を低く走る。
背後で銃声。
弾が地面を跳ねる。
史奈は瓦礫を踏み越え、壊れた建物に飛び込んだ。
階段を駆け上がり、屋上へ。
そこから見える敵陣。
補給トラックが並んでいる。
史奈は最後の仕事に取りかかった。
爆発。
火柱が夜空を裂き、補給線が断たれる。
敵兵が混乱し、市街地が一瞬沈黙した。
史奈はその隙に撤退ルートへ。
息を整えながら、振り返らずに進む。
夜風が、火薬と砂の匂いを運んでくる。
史奈は歩きながら、ふと呟いた。
「…生き延びたな」
誰に聞かせるでもない言葉。
それでも、彼女は歩き続ける。
次の任務が来るまで、そして来たとしても。
孤独を背負いながら。
珍しく、任務の無い日だった。
史奈は銃も持たず、市場をぶらついていた。
理由は特にない。ただ、身体を休ませたかっただけだ。
乾いた風。
香辛料の匂い。
遠くで子どもが笑う声。
雑貨の屋台を流し見し、ふと、積まれていた雑誌に目が留まった。
表紙は地味な色合い。
タイトルは簡素だった。
――**「世界の紛争」**
発行日は、つい昨日。
史奈は、なぜかその雑誌を手に取っていた。
理由は分からない。胸の奥が、ざわついた。
金を払い、簡易テントへ戻る。
中は静かで、風の音だけが聞こえる。
ページをめくる指は、無意識だった。
紛争地の写真。
破壊された街。
倒れた兵士。
そして――
次のページで、史奈の時間は止まった。
見出し
**「伝説の女傭兵スナイパー、死亡」**
写真が、そこにあった。
瓦礫の中。
身ぐるみを剥がされ、身につけているものは無く、顔は酷く腫れている。
その体格、髪、そして―
史奈には、分かってしまった。
「嘘…マ、リア……!?」
声にならない声が喉から漏れる。
説明文には、淡々とこう書かれていた。
現地警察の調べによると。
敵勢力に拘束され、
激しい拷問を受けた後、
見せしめとして
凌辱
遺棄されたとみられる。
文章は冷たかった。
写真も、感情を持たなかった。
だが――
史奈の中で、何かが崩れ落ちた。
手が震え、雑誌が床に落ちる。
目から、止めどなく熱いものが溢れ出す。
呼吸が、できない。
「あんなに……あんなに、強かったのに…」
砂漠で、笑っていたマリア。
ふざけた訓練。
突拍子もない行動。
それでも、必ず生きて帰ってきた人。
――死ぬはずがない。
そう、思っていた。
史奈は、その場に座り込み、膝を抱えた。
嗚咽は、音にならない。
怒りでもなく、恐怖でもなく。
**喪失感**だけが、胸を満たす。
「……なんで、あんたが……」
雑誌のページを、もう一度見ようとして。
できなかった。
史奈は顔を伏せ、歯を食いしばる。
戦場では、何度も死を見てきた。
それでも――
知っている人の死は、まったく別だった。
その夜、史奈は一睡もできなかった。
焚き火の前で、ただ座り続けた。
砂漠の空は、星が綺麗だった。
マリアが見ていたであろう、同じ空。
史奈は、静かに呟いた。
「……まだ、信じない」
その言葉は、祈りだったのか。
それとも、拒絶だったのか。
風だけが、答えを知っていた。
砂漠の風は、その日だけやけに冷たかった。
レイラにマリアの死についての調査を依頼し、2日が経過してた。
レイラは、知り合いの情報屋から
得た情報を史奈に伝える為に
史奈と合流する。
史奈は、レイラの言葉を聞き終えた瞬間、その場に立っていられなくなった。
膝が崩れ、砂の上に座り込む――いや、ほとんど倒れ込むようだった。
「……嘘だろ……」
喉から漏れた声は、掠れて自分のものとは思えなかった。
レイラは淡々と、だが一言一言を噛みしめるように説明した。
情報屋がジャーナリスト本人に接触したこと。
写真の原版を確認したこと。
遺体は現地の簡易施設で司法解剖され、身元はDNAと歯型で確定したこと。
**マリア・デルガド、43歳。**
その名前を聞いた瞬間、史奈の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。
「……マリア……」
呼んでも、もう返事はない。
変人で、強くて、誰よりも自由で。
砂漠でヨガをやり、意味不明な訓練を考え、命がけの戦場でも笑っていた女。
史奈の視界が滲む。
次の瞬間、熱いものが溢れ出し、止まらなくなった。
「……なんで……なんで、あの人が……」
声を上げようとしたが、言葉にならない。
嗚咽だけが、胸を締め付ける。
マリアは、いつも生き延びてきた。
弾雨の中でも、崖の縁でも、死神をからかうように生きてきた。
そんな彼女が――
拷問を受け、見せしめにされ、名前だけを残して消えた。
史奈は両手で顔を覆い、声を上げて泣いた。
抑えようとしても、涙も叫びも止まらない。
「……会いたかった……!
ちゃんと……ちゃんと、話したかった……!」
砂の上に落ちる涙が、すぐに吸い込まれていく。
それが、余計に虚しかった。
その時、強い腕が史奈を包み込んだ。
レイラだった。
無言で、しかし逃げ場のないほど強く、史奈を抱きしめる。
戦場で何度も人の死を見てきたレイラの腕は、驚くほど温かかった。
「……泣いていい」
低く、静かな声。
命令でも慰めでもない、ただの事実のような言葉。
史奈は、その胸に顔を押し付け、さらに泣いた。
子どものように、嗚咽を漏らしながら。
「……あたし……一人で平気だって……
ずっと、一人がいいって……」
言葉が途切れ、呼吸が乱れる。
「……でも……
あの人が……マリアが……」
言えなかった続きを、レイラは察したように、何も言わずに背中を撫でた。
レイラ自身も、目を伏せていた。
無表情の奥で、確かに痛みを噛みしめているのがわかる。
マリアは、レイラにとっても特別な存在だった。
戦場で名を知らぬ者はいない、伝説のスナイパー。
だがそれ以上に、
眩しくて、敏腕の忘れられない女スナイパーだった。
やがて、史奈の泣き声は小さくなり、ただ肩が震えるだけになる。
「……ありがとう……レイラ……」
掠れた声で、史奈はそう言った。
レイラは少しだけ力を緩め、史奈の額に自分の額を軽く触れさせる。
「……生きてる私たちが、覚えてる限り
マリアは消えない」
その言葉は、慰めとしては不器用だった。
だが、史奈の胸に、確かに残った。
砂漠の夕暮れが、二人を包む。
沈みゆく太陽は、血のような赤で地平線を染めていた。
史奈は、空を見上げる。
(……あんたらしい最期だったのかな、マリア)
答えはない。
だが、史奈は心の中で誓った。
――忘れない。
――マリアが生きた証を、背負って生きる。
その日、史奈は初めて、
**誰かの死を、自分の痛みとして受け入れた。**
そして同時に、
独りではないと、初めて実感していた。
レイラの腕の中で。
砂漠の夜は、いつもより静かだった。
焚き火の残り火が赤く脈打つ中、史奈は膝を抱えて座っていた。
マリアの死が確定したという事実は、胸の奥に鉛のように沈んでいる。
「…陽菜まで、いなくなってたら…」
言葉にした途端、喉が詰まった。
レイラは何も言わず、史奈の隣に腰を下ろしていた。
感情を表に出さない彼女が、今日は珍しく史奈の様子を気にかけている。
「――行くの?」
静かな声だった。
史奈は、AKMの銃身を見つめたまま、短く答える。
「行く。
マリアさんが死んで、陽菜さんまで消えて……
それで何もしないなら、あたしは一生後悔する」
レイラは一度だけ、深く頷いた。
「なら、手伝う。
私の知り合いの情報屋がいる。
賞金稼ぎと暗殺者の裏事情に詳しい」
二人は夜明け前に移動を開始した。
市街地の外れ、崩れかけた倉庫街の地下。
そこにいたのは、
フードを深く被った、年齢不詳の男だった。
「……村上史奈。
最近、名前をよく聞く」
低く、乾いた声。
史奈は一歩前に出る。
「陽菜という女傭兵を探してる。
40代、日本人。
生きてるか、死んでるか、それだけでいい」
男は無言で端末を操作し、しばらくして口を開いた。
「生存の可能性は高い」
史奈の肩が、僅かに跳ねる。
「ただし――
現在は“自由”じゃない」
男はスクリーンを史奈たちに向けた。
そこに映っていたのは、
**中東某国の武装傭兵団の紋章**。
「賞金稼ぎ、暗殺、汚れ仕事専門。
最近、優秀な日本人女性を“確保”したという噂がある」
レイラが、低く唸る。
「拘束……?」
「可能性は高い。
殺していれば、死体か証拠写真が出回る。
だが、何も出ていない」
史奈の拳が震えた。
「……生きてる」
それは願いではなく、確信に近かった。
倉庫を出た後、史奈はしばらく何も言わなかった。
やがて、静かに口を開く。
「マリアさんは……
きっと、最後まで戦った」
レイラは答えない。
「でも、陽菜は違う。
あの人は、簡単に死なない。
生きて、捕まってる」
史奈はAKMを背負い直した。
「行く。
その傭兵団の情報を洗う。
拠点、移動ルート、人員構成……全部」
レイラは、MK14のボルトを静かに引いた。
「私も行く。
借りがあるし…
それに、あんた一人じゃ死ぬ」
史奈は一瞬だけ、笑った。
「…ありがとう」
砂漠に朝日が差し込む。
マリアという“失われた背中”を胸に刻み、
史奈は次の戦場へと歩き出した。
今度は、取り戻すために。
砂漠の夜風が、焼けた地表の熱をゆっくりと冷ましていく。
史奈とレイラは、崩れかけた岩陰に身を潜め、ようやく追っ手を振り切ったところだった。
息が荒い。
銃身はまだ熱を持ち、砂と血と汗の匂いが混じる。
「くそ…」
史奈は膝に手をつき、肩で呼吸をしていた。
AKMのマガジンは残り一本。体力も、集中力も限界に近い。
レイラは無言で周囲を警戒しながら、耳元のインカムを外す。
その瞬間、ポケットのスマートフォンが震えた。
短い通知音。
レイラは一瞬だけ画面を見る。
そして、動きが止まった。
「…来た」
低い声。
史奈が顔を上げる。
「何が…?」
レイラは答えず、ゆっくりとスマホを史奈の前に差し出した。
画面に映っていたのは、一枚の写真だった。
荒れた建物の床。
軍靴の影。
そして遺体。
顔ははっきりと写っていない。
だが、史奈には分かった。
その体格。
その傷跡。
何より、長年見続けてきた“気配”。
「そんな…うそだろ」
声が、出なかった。
喉がひくりと鳴るだけで、言葉にならない。
写真の下には、簡潔な文字が添えられていた。
――対象:陽菜
――傭兵団内部粛清の可能性
――身元確認済み
史奈の視界が、急に狭くなる。
耳鳴り。
鼓動が、やけに大きく聞こえる。
「…あ」
膝から力が抜け、史奈はその場に座り込んだ。
砂の上に、ぽつりと影が落ちる。
涙だった。
止まらない。
声も出ない。
ただ、肩が小刻みに震える。
「…陽菜」
何度も戦場をくぐり抜けてきた。
何度も別れを見てきた。
それでも―これは、耐えられなかった。
レイラは歯を食いしばり、スマホを強く握りしめる。
画面が割れそうなほどの力で。
「…まだ、確定じゃない」
低く、押し殺した声。
「写真だけだ。
陽菜さ?は…あの人は、簡単に死ぬ人じゃない」
だが、その言葉に、レイラ自身が一番納得していなかった。
史奈は顔を覆ったまま、動かない。
レイラはゆっくりと史奈の前にしゃがみ、強く肩を掴む。
「史奈」
名前を呼ぶ声は、戦場で見せる冷静さとは違っていた。
「まだ終わってない。
この傭兵団…必ず、奥まで調べる」
史奈は震える息のまま、かすかに首を振る。
「…もう、失いたくない」
その一言が、胸に突き刺さる。
レイラは史奈を抱き寄せる。
強く、逃げ場がないほどに。
「……だから、あたしがいる」
初めて聞く、柔らかい口調。
「一人にさせない。
マリアも、陽菜も…無駄に死なせない」
史奈は、レイラの胸元に額を押し当て、声を押し殺して泣いた。
砂漠の夜は静かだった。
銃声も、ヘリの音もない。
ただ、二人の影だけが、月明かりに寄り添っていた。
そして――
史奈の中で、何かが静かに変わり始めていた。
喪失の痛みは、やがて決意へと変わる。
**真実を暴くために。
奪われたものの意味を、取り戻すために。**
史奈の戦いは、ここから本当に始まる。
砂嵐が低く唸りを上げる夕暮れ。
崩れかけたコンクリート製の監視塔、その奥に広がる前線基地。
そこが、陽菜の最期が撮影された場所と目される拠点だった。
史奈は伏せた姿勢で双眼鏡を覗き、歯を食いしばる。
「あそこ……数、相当いる」
レイラは無言でうなずき、MK14のボルトを静かに操作した。
サプレッサー越しに伝わる金属音は、彼女の覚悟そのものだった。
その後ろで、皇輝がサイガ12Kを抱え直す。
「正面突破は無理だ。
俺が右から攪乱する。あんたらは左だ」
史奈が一瞬だけ振り返る。
「……無理はするなよ」
皇輝は黒縁メガネ越しに、弱そうな笑みを浮かべた。
「無理しかしてきてねぇ人生なんだわ」
突入
最初の銃声は、レイラだった。
*パスッ*
監視塔の見張りが、言葉もなく崩れ落ちる。
次の瞬間、史奈がAKMを構え、制圧射撃。
「行く!」
三人が同時に動いた。
基地内部は即座に警報が鳴り響き、
傭兵団の兵士たちが四方から湧き出してくる。
「来るぞ!」
皇輝がサイガ12Kを連射。
至近距離での散弾が敵兵を吹き飛ばす。
史奈は遮蔽物から遮蔽物へ移動しながら、正確に引き金を引く。
反動で肩が軋むが、構わない。
(陽菜…)
脳裏に焼き付いた、あの写真。
その怒りが、引き金を止めさせなかった。
弾幕の隙を突くように、敵兵が距離を詰めてくる。
史奈はAKMを捨て、M9を抜いた。
銃床で顔面を殴打、肘を叩き込み、
そのまま膝蹴りで敵を沈める。
背後から襲いかかる影。
「史奈!」
レイラの声と同時に、
MK14の銃床が敵の顎を砕いた。
次の瞬間、マチェーテを振り下ろす敵。
レイラは一歩踏み込み、肘で受け、
逆手で首を掴み、そのまま地面に叩きつける。
冷酷で、無駄がない。
皇輝の真価
中央通路。
敵が一気に押し寄せてくる。
皇輝が前に出た。
「下がれ!」
サイガ12Kが火を吹き、
装弾数が尽きると同時に、彼は突っ込んだ。
近接格闘。
肘、膝、投げ。
軍隊格闘術が次々と炸裂し、
細身の身体とは思えない制圧力で敵を無力化する。
史奈は、その背中を見て息を呑んだ。
(……やっぱり、ただの男じゃない)
撤退か、殲滅か
しかし、敵は減らない。
装甲車両のエンジン音が響く。
レイラが歯を食いしばる。
「この数……まずい」
史奈は一瞬、迷った。
陽菜の写真。
マリアの死。
怒りが視界を赤く染める。
だが――
「……撤退する」
自分の声が、思ったより震えていなかった。
レイラは即座にスモークを投擲。
白煙が視界を覆う。
皇輝が最後尾で射撃しながら後退する。
「行け!俺が押さえる!」
三人は砂嵐の中へ溶けるように消えた。
逃走後
数キロ離れた岩陰。
三人とも、泥と血にまみれていた。
史奈は座り込み、拳を地面に叩きつける。
「……まだ、終わってない」
レイラは静かにうなずいた。
「証拠は掴めた。
陽菜がここにいたのは事実」
皇輝が息を整えながら言う。
「なら、次はもっと準備して来る」
史奈は顔を上げる。
目は赤く腫れていたが、
その奥には、折れていない意思があった。
「……取り戻す。
全部、嘘でも真実でも、最後まで」
レイラは史奈の肩に手を置く。
「一人じゃない」
砂嵐の向こうで、前線基地の灯りがまだ揺れていた。
戦いは、まだ終わらない。
3人は、再び傭兵団の前線基地へ
向かう。
数時間の銃撃戦を終え、残党は
堪らずに撤退する。
薄暗い前線基地の一室。
コンクリートの床に散らばる薬莢と、破壊された器具の残骸の中で、皇輝の足が止まった。
「……史奈ちゃん」
声が、震えていた。
史奈とレイラが駆け寄る。
そこに横たわっていたのは、一人の女性だった。
長い戦いを物語る無数の傷。
拘束され、拷問を受けた痕跡。
爪は全て剥がされて、血だらけの女。
髪は長く、ボサボサ。
申し訳程度の下着姿、ほとんど裸の姿。
しかし―その顔を見た瞬間、史奈の時間が止まる。
「…陽菜……」
声にならない声が喉から漏れた。
血に汚れ、意識を失っているが、胸がかすかに上下している。
生きている。
確かに、まだ。
「担架を! 今すぐだ!」
皇輝の声で現実に引き戻される。
三人は迷わず動いた。
緊急搬送
銃声が遠くで鳴る中、皇輝の所属する前線医療拠点へ全速で移動する。
車内で史奈は、陽菜の手を強く握りしめていた。
「……死ぬな。絶対に、死ぬな……」
返事はない。
だが、その手はまだ、温かかった。
レイラは無言で外を警戒しながら、時折、陽菜の状態を確認していた。
その表情は、いつもの冷静さの奥に、明確な怒りを宿していた。
緊急手術
簡易手術室。
ライトが点灯し、医療スタッフが一斉に動く。
「外傷多数、出血性ショックの兆候あり」
「血圧低下、酸素投与開始!」
史奈とレイラ、皇輝は部屋の外で待機するしかなかった。
扉の向こうから聞こえるのは、短く鋭い指示の声と、機械音だけ。
時間の感覚が失われていく。
史奈は壁に背を預け、拳を強く握る。
爪が食い込むほどに。
(……マリアを失って、
今度は……陽菜まで……?)
その瞬間、レイラが史奈の肩に手を置いた。
「……まだ終わってない」
低く、しかしはっきりとした声だった。
数時間後。
手術室のランプが消え、医師がゆっくりと出てくる。
「…一命は、取り留めた」
その言葉に、史奈の足から力が抜けた。
その場に座り込み、堪えていた感情が一気に溢れる。
「…よかった…」
声は震え、涙が止まらなかった。
「ただし、意識が戻るかどうかは、これからです。
体への負担は非常に大きい。回復には時間がかかるでしょう」
皇輝は深く頭を下げた。
「ありがとうドクター。」
簡易ベッドに横たわる陽菜。
全身包帯に覆われ、呼吸は浅いが安定している。
史奈はベッドの横に座り、そっと語りかける。
「…あんた、ほんとに無茶ばっかりでさ」
返事はない。
レイラは窓際に立ち、外の闇を見つめる。
「……傭兵団は、まだ終わってない」
静かな声に、史奈は顔を上げる。
「……ああ。
でも今は…この人を、生かす」
史奈はもう一度、陽菜の手を握った。
失われたと思った命。
絶望の底で見つけた、かすかな光。
戦いはまだ終わらない。
だが―**希望は、確かにここにあった。
夜明け前。
砂漠の空気は異様なほど静まり返っていた。
史奈とレイラは、傭兵団の前線基地跡を一つ一つ制圧しながら、最後に残った建造物へと進んでいた。
銃声はもうほとんど聞こえない。残党は逃げるか、息を潜めている。
「……ここが、最後ね」
レイラの声は低く、感情が削ぎ落とされていた。
史奈は無言で頷き、AKMのセーフティを外す。
建物の中は暗く、血と火薬の匂いが染み付いている。
奥の部屋に、ただ一人――傭兵団のボスが待っていた。
椅子に腰掛け、余裕の笑みを浮かべた中年の男。
その視線が、史奈を値踏みするように舐め回す。
「やっと来たか。
あの女の仲間だな」
史奈の喉が、ひくりと鳴る。
「……何を知ってる」
男は笑った。
「マリア・デルガド。
あの“伝説の女スナイパー”の最期は、なかなか見ものだったぞ」
その瞬間、史奈の視界が白く染まった。
「捕まえて、拷問、凌辱…なかなか良い身体の女だったなぁ…。
泣かせて――
誇り高い女ほど、壊すと楽しい」
さらに男は続ける。
「陽菜も同じだ。
まだ生きてるのが不思議なくらいだがな」
史奈の中で、何かが完全に切れた。
「――黙れ」
銃声が炸裂する。
史奈とボスの銃撃戦が始まった。
互いに遮蔽物を使い、撃っては移動し、撃っては隠れる。
弾丸が壁を砕き、火花が散る。
だが、決定打は出ない。
距離が詰まり、銃が役に立たなくなった瞬間――
二人は同時に飛びかかった。
格闘戦
拳と拳がぶつかり、床に転がる。
史奈は怒りに任せて殴りかかるが、ボスは経験豊富だった。
重い体重差と力で押し返され、史奈は床に叩きつけられる。
「感情的だな。
それが、女の限界だ」
史奈は必死に立ち上がろうとするが、腹に蹴りを受け、息が詰まる。
その時――
風を切る音。
レイラが、無言で前に出ていた。
マチェーテが、闇の中で鈍く光る。
ボスが振り向いた瞬間、
レイラの一撃が振り下ろされた。
男は叫ぶ暇もなく倒れ込む。
レイラは止まらなかった。
怒りを抑える様子もなく、無言のまま、何度も刃を振り下ろす。
「レイラ!!」
史奈が叫び、必死に彼女の腕を掴む。
「もう終わった!!
終わったんだ…!」
レイラの身体は震えていた。
呼吸は荒く、目は見開かれたまま。
「ふざけんな…クソ野郎!!」
レイラはその場に立ち尽くし、低く、かすれた声で言った。
「……マリアも、陽菜も……
こんな奴に…許せない」
史奈は何も言わず、ただレイラを抱きしめた。
夜明けの光が、壊れた基地に差し込む。
傭兵団は壊滅した。
だが、失われたものは戻らない。
それでも――
二人は、立っていた。
復讐ではなく、
仲間の尊厳を守るために。
そして史奈は、遠くで手術を受けている陽菜を思い、心の中で誓う。
**「必ず、生きて戻れ。
あんたの居場所は、まだここにある」**
砂漠に、静かな風が吹いた。
静かな医療室だった。
白いカーテン越しに差し込む灯りが、ベッドに横たわる陽菜の輪郭を淡く照らしている。
心電図の一定のリズムだけが、この部屋に“生”が確かにあることを告げていた。
史奈は、ゆっくりとベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「…やっと、見つけたよ」
声は自然と小さくなった。
返事はない。
陽菜の胸が、かすかに上下するだけだ。
史奈は洗面器にぬるま湯を張り、清潔なタオルを浸す。
固く絞ってから、まずは陽菜の長い髪に触れた。
指先が震える。
かつて砂漠で、何度も銃を構え、敵を倒し続けてきた伝説の傭兵。
その髪は今、血と砂と汗の名残を含んだまま、静かに枕に広がっている。
史奈は、髪を少しずつ持ち上げ、根元から丁寧に拭いていく。
絡まった部分は無理に引っ張らず、時間をかけてほどいた。
「…陽菜さんさ」
独り言のように語りかける。
「強すぎたんだよ。誰にも頼らなくて、誰にも弱さ見せなくて」
タオルを替え、今度は額から頬へ。
包帯のない部分だけを、そっと拭う。
頬には浅い裂傷の跡。
顎の下には、治療済みの火傷の痕が残っている。
史奈の胸が締め付けられる。
「それでも……ちゃんと、生きてる」
陽菜の腕を持ち上げる。
細く見えるが、触れれば分かる。鍛え抜かれた筋肉と、無数の古傷。
手首、腕、指の間まで丁寧に拭きながら、史奈は息を整えた。
次に足元へ回る。
包帯に覆われていない足の裏。砂漠を歩き続けてきた証のように、硬くなった皮膚。
史奈はそこも、丁寧に、ゆっくりと拭いた。
「…私ね」
声が少し、震える。
「陽菜さんに助けられてばっかりだった。直接じゃなくても…生き方とか、背中とか」
タオルを洗面器に戻し、史奈は再び椅子に座る。
そして、陽菜の手を両手で包んだ。
温かい。
確かに、生きている。
「だから今度は…私がそばにいる」
史奈は、陽菜の手を胸に引き寄せ、静かに額を下げる。
「目、覚ましたら…文句でも、説教でも、何でも言ってよ」
涙が、ぽとりと落ちた。
だが史奈は拭わなかった。
「それまで、ちゃんと看病するから」
心電図の音は変わらず、一定のリズムを刻み続けている。
その音に包まれながら、史奈は一晩中、陽菜の傍を離れなかった。
レイラは、夜明け前に一人で基地を出た。
空はまだ群青色で、砂漠の冷気が肺に刺さる。
史奈にも、皇輝にも何も言わず、ただMK14を背負い、静かに歩き出した。
向かう先は、情報屋のいる街。
かつてマリアと関わりのあった男――多くを語らず、必要なことだけを知っている人物。
街外れの古い建物。
錆びた鉄扉を押すと、軋む音とともに中の空気が流れ出した。
薄暗い部屋の奥で、情報屋は変わらず椅子に腰掛けていた。
「…来たか」
レイラは無言で頷く。
言葉はいらなかった。
情報屋は立ち上がり、奥の部屋へ消える。
しばらくして戻ってきた手には、小さな金属製の箱があった。
「マリア・デルガドの遺骨だ」
箱は、驚くほど軽かった。
それが、史奈が憧れ、恐れ、尊敬し続けた女の“全て”だと思うと、レイラの胸の奥がきしんだ。
情報屋は、もう一つ包みを差し出す。
「それから……これもだ」
包みを解くと、現れたのは
**古びたM45A1**。
擦り傷だらけで、グリップも少し削れている。
「マリアが最後まで持っていた銃だ。
……史奈に渡してくれ」
レイラは、初めて視線を上げ、情報屋を見た。
「……なぜ、私に?」
「お前なら、余計な言葉を足さずに渡せる」
短い沈黙。
レイラは銃を受け取り、遺骨の箱を胸に抱いた。
「……ありがとう」
それだけ言い、背を向ける。
情報屋は何も引き止めなかった。
砂漠へ戻る道。
レイラは歩きながら、何度も金属箱を見下ろした。
マリア。
史奈が何度も語っていた、変人で、強くて、優しくて、どうしようもない狙撃手。
自分は、直接深く関わったわけではない。
それでも――
「…伝説の狂人スナイパー、か」
誰にも聞こえない声で呟く。
レイラは足を止め、しばらく空を見上げた。
太陽が昇り始め、砂漠を黄金色に染めていく。
基地に戻ると、史奈は陽菜の病室の前にいた。
疲れ切った背中。
それでも、必死に立っている。
レイラは静かに近づく。
「史奈」
振り返った史奈の目は、赤く腫れていた。
「……レイラ?」
レイラは何も言わず、
まず金属箱を差し出した。
史奈は一瞬、理解できず、次の瞬間、息を呑む。
「…マリア、なの?」
レイラは、ただ一度、ゆっくりと頷いた。
史奈は箱を受け取り、膝から崩れ落ちる。
声は出なかった。
泣き叫ぶこともできず、ただ肩を震わせる。
その隣に、レイラはもう一つの包みを置く。
「……これも」
包みを開いた史奈の指が、銃に触れた瞬間、止まる。
「M45A1…」
マリアの銃。
何度も見た。
何度も、撃つ姿を見た。
史奈の喉から、ようやく嗚咽が漏れた。
「ありがとう…ありがとう…」
レイラは何も言わず、史奈の背中にそっと手を置く。
慰めの言葉は、今は不要だった。
しばらくして、史奈は立ち上がり、遺骨の箱を胸に抱いた。
「…ちゃんと、送ってあげる。
マリアが、笑うようなやり方で」
レイラは静かに答える。
「…それでいい」
二人は、言葉少なに並んで歩く。
病室の扉の向こうでは、陽菜がまだ眠っている。
失われたものは、戻らない。
だが、受け取ったものは、確かにここにある。
マリアの遺骨。
マリアの銃。
そして――引き継がれていく、意志。
レイラは、心の中でだけ誓った。
(史奈も、陽菜も――
もう、誰も一人にはしない)
砂漠の風が、静かに吹き抜けていった。
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