「おーいパフィ~!」
ミューゼはクネクネと悶え続けるパフィに声をかけた。
「いや、モンドームヨウでぶっとばしたほうが、よかったんじゃないか?」
「……最近あたし達の扱いが、荒っぽくなってません?」
「……それだけオマエたちと、シタシくなったってことだ」
「そ、そうですか」
ピアーニャの返しに、ミューゼは少し照れるが、
(あ、今もっともらしい事言って誤魔化したな?)
ムームーにはしっかり見破られていた。
一方名前を呼ばれたパフィだが、アリエッタに夢中で気づいていない。嬉しそうにしているアリエッタに、全意識を集中しているようだ。
「なんて集中力なの……」
「シュウチュウとか、そんなカッコイイもんじゃないだろ。とりあえず、イッパツなぐりたい」
「わぁお、大胆ですね総長」
「そろそろ、ゆるされてもイイとおもうんだ……」
色々と溜まっている様子のピアーニャから目を逸らし、アリエッタが生み出している惨事を見てみる事にしたムームー。
棘となった蔓が、多数のベテランシーカー達を翻弄している。普通ならばムームーでは1対1でもそうそう勝てない先輩達なのだが、アリエッタの能力1つに全員がまとめて防戦一方になっている。信じられない光景だった。
しかも、アリエッタを見ると、目をキラキラさせて喜んだり、ミューゼの絵を応援したりして、何かをしている様子は無い。絵が自動で攻撃をしているのだ。
(……あ、これ、アリエッタちゃんがやったっていう事は誤魔化せるかも)
そう、今のアリエッタは何もしていない。絵の能力がアリエッタの思い込みに引っ張られて、無駄に強く攻撃的になっているだけなのである。
その事に気が付いたムームーは、ピアーニャとミューゼに相談する。
「それはつかえるな!」
「じゃああたしは、みなさんから見えないように、あたしの絵の部分を隠しますね……ちょっと面倒な事になると思うけど」
「おう、かくせかくせ!」(パフィのコトだろうな)
「?」(パフィ怒ったら怖いのかな)
今はシーカー達から原因を誤魔化す事が最優先。ミューゼは仕方なく絵を隠そうとするが、それを阻止しようとする者もいる。
「待つのよ。そんな事したら、アリエッタが泣くのよ」
「ハナシきいてたんかい!」
ピアーニャとムームーが考えた通り、顔から垂れていた液体をそのままに、真面目な顔でアリエッタを守護する料理人シーカーである。
「アリエッタを泣かそうとするヤツは、誰であろうと許さないのよ」
「それはいーから、ハナヂふけよ」
ピアーニャのツッコミを物ともせず、カトラリーを構える。アリエッタの為ならば、血を流す事も、総長を敵に回す事も厭わないようだ。
(そのコンジョウは、べつのトキにみせてほしいな……)
守るべき者の為に強者に臆さず立ち向かう姿勢は、総長としては本来ならばとても評価したい……と困ってしまうピアーニャだった。しかしそれでもややこしくなった今の事態に対しては、かなりムカムカしているようで、パフィを指差し声を張り上げた。
「よーし、だったらオノゾミどおり、3にんともボッコボコにしてやる」
「そうはさせないのよ!」
売り言葉に買い言葉。パフィはアリエッタをかばうように、前に出た。その隣では、ラッチが思考を巡らせ、少し遅れて驚愕の顔になった。
「え! あーしも!?」
一緒にいたというだけで、完全なるとばっちりである。
「ラッチ…いえ、ラージェン…トフェリムは我が家の最強の守護神なのよ。誰であろうとこの先には進めないのよ。さぁ闇を喰らいしその力で、目の前の不届き者どもを蹴散らすのよ」
「え、あの……いえ、その……ふ、ふはははは! 我がいる限り、貴様らに未来は無いと思うがいいリムぞ!」
例の病を刺激する言葉で頼られてしまっては、逃げ出す事は出来ない。もうヤケクソになって、その勢いに乗っかるしかないシーカー見習いラッチだった。もちろん総長が強いという事は、ネフテリアからもパルミラからも聞いている。絶対に勝てない戦いの前線に、ノリだけで駆り出されてしまったのだ。
(なんでこーなったのおおお!!)
ミューゼとムームーが、哀れみに満ちた視線を送っている。しかし怒っている総長を止めるのが面倒なのか、そのままの流れに身を任せるようだ。
まずはミューゼの絵の封印を行う事にした。目的は3つ。絵を見えなくする事、棘の封印、アリエッタの保護である。
「【木の壁】」
絵の前に木で出来た壁がせり上がる。そして杖の付近まで伸びて蔓を押し上げた。
バキメキッ
「うへぇ……」
なんと棘が分厚い木の壁を破ってしまった。これでは封印は出来ない。
「絵は隠せたけど……」
「あの蔓はエグいね」
「ああ、それにアリエッタが……」
ピアーニャの顔に、焦りがにじみ出ていた。ミューゼもそれに気づいている。
ムームーが同じくアリエッタを見ると、少し怒った顔で涙目になっているのが見えた。
「あ、泣かしちゃった?」
「それだけなら良いんだけど……」
「?」
泣かしただけなら、パフィを警戒すればいいので、あまり直接的な問題は無い。
だが、ミューゼが絵の隠蔽を一瞬迷った原因は別にあった。
「みゅーぜ! めっ!」(なんでこんな事するの!)
何故こういう事をされたのかを聞く事が出来ないアリエッタの怒りである。格好良く描けたミューゼを隠された、せっかく盛り上がっているのにいきなり邪魔された、そしてパフィがナイフを向けている。そこから瞬時に行った状況判断の結果は『ミューゼ達が絵を隠した。酷い!』という、短絡的なものである。
普段と違って興奮状態の所に水を差されたせいで、1人で冷静な判断は不可能なのだ。ミューゼ以外に説明が出来そうなパフィは、現在アリエッタ全肯定の姿勢で目の前に立っている。こっちも決して冷静ではない。
「いやおかしいでしょ! ちょっとラッチ!」
「こ、これが闇による支配リムなのだよ。貴様等は決して逃げる事は許されない。悔しければ闇を払い、囚われし天使を捕らえてみるがいいリム。わ、我が手を下す程でもないだろうがな、はははは……」
パフィに流されて敵対したラッチが、無駄に難しい言葉を並べ、内心で命乞いをし始めた。ちょっと声が震えていたりする。
「……なんて?」
「えっと、パフィ倒してアリエッタ捕まえて、自分は何もしませんから許してくださいって言ってる」
「なら、そういえよ……」
歳が一番近いからか、ミューゼはなんとなくラッチの言いたい事が分かるようになっていた。
「まぁいい、ラッチはトックンついでにしごいてやる」
「ひやああああ!!」
結局、敵対が避けられなくなった可哀想なラッチであった。
そして怒りの『雲塊』が、容赦なくパフィとラッチに襲いかかる。
ミューゼ達が話している間、シーカー達は棘に蹂躙されていた。触れると危険になってしまった為、シーカー達の動きからは鋭さが減り、結果蔓の動きに対応しきれなくなって、次々にやられていってしまったのだった。倒れたシーカー達は、少し離れた場所にいる変態ではないシーカーの糸や雲によって、蔓の攻撃圏外へと運ばれる。
それでも残った者は、シーカーの中でもトップクラスの実力者。
1人は『雲塊』を大きな刃に変形させ、空中で自由に振り回しているハウドラント人の男。その前には、少し青白くなった顔で、体温低下で震えながら着ぐるみドルナを守ろうとするエテナ=ネプト人の男。横には魔力が尽き掛けて息を切らすファナリア人の女がいる。
ドルナの蔓が、数本が千切れ飛び、ゆっくりと再生している。どうやら同化したドルナは、再生能力を持っているようだ。
「まだいけるか?」
「……いけるわよ」
「やせ我慢すんなよ。もう倒れそうじゃねえか」
「あんたも人の事いえないでしょうが」
「へっ」
ボロボロになった彼らが出来るのは、あと1回ドルナを守る事のみ。本人達がそれを一番理解していた。
しかし、そんな弱音は決して吐かない。
「なぁドルナよ。言葉はわかんねぇだろうが、言っておく」
棘に向かって構え直し、男は静かに語る。
「この戦いが終わったら、一晩でいい。一緒にいてくれ」
それはこの戦いに勝利した後に求める、唯一の希望。覚悟を決める為の意思表示。
「そして、ムームーの匂いが染みついたその中身に、顔を突っ込ませてくれねぇかな」
男は返事を求めない。言い切った事に満足し、背中を向けて最後に力を振り絞る時を待つ。
「おめぇだけに良い恰好させねぇよ。ムームーのイイ所の香りを嗅ぐのはこのオレだっつーの」
「あら、可愛いムームーの服は私が貰って、搾り汁をペロペロするんだから。貴方達は先に吹っ飛んでいいわよ」
極限的に真面目な雰囲気のまま、しょうもない会話で気力を奮い立たせるシーカー達。ちょっと離れているバルドルも、冷ややかな目で見守っている。
(俺、こんな奴らと同類なのか? この仕事続けてて大丈夫か?)
人生に疑問まで感じ始めていた。
その時、ついに棘が動き始めた。残り少ないシーカーに向かって、様々な方向から襲い掛かる。
迎え撃つシーカー達は……動けなかった。
「なっ」
「これって!」
ドルナの伸ばす布の蔓に掴まり、残り全員まとめて動きを止められたのだ。そのまま後方へと投げ飛ばされる。
飛ばされながら、男は手を伸ばし、ドルナを見た。
ドルナは蔓を全て後ろに伸ばしているので、襲い来る棘に向かって無防備に立っている。
(なんでだよ……喋る事の出来ねえ服のくせに……)
飛ばされながら、討伐するべき対象だったドルナの事を想う。この短い間で、何度も蔓の動きを止めてくれたドルナに、いつの間にか情が移っていたらしい。
(なぁ、また会う事があったら、今度こそ……)
男の体が地面に落ちた。それでも視線をドルナから外そうとはしない。最期の姿を目に焼き付けながら、願った。
(クンカクンカさせてくれねぇかな)
ズドドドドドッ
ドルナの姿が、突っ込んできた多数の棘によって見えなくなった。
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