「こ、怖かった……」
「雲の動きをよく見るのよ。避けて突っ込めばなんとかなるかもなのよ」
パフィが、右手に持ったナイフを使ってラッチに向かった片方の『雲塊』を叩き落とし、左手に持ったフォークでもう片方の『雲塊』を防いでいた。
ピアーニャの攻撃に対して防御は完璧……とはいかない。防いだ瞬間だけはともかく、終わった後にそのまま少しでも動かずにいる事は悪手である。
「ふん」
ピアーニャの『雲塊』が一気に変形し、フォークを絡めとった。そのまま雲を地面の枝に突き立てて、固定した。そのついでに牽制として、パフィが見える速度で雲を針状にして伸ばした。当然パフィはフォークから手を放して後退り。
「ふぅ……次は守れないのよ。しっかり戦うのよ」
「ひゃいっ!」(もうやだ帰りたい総長さん怖い)
手持ちのカトラリーがナイフだけになり、ピアーニャへの警戒をさらに強めるパフィ。
しかし、敵は1人だけではない。
「【縛蔦網】!」
「チッ、まずいのよ……」
1本1本はかなり細いが、発生する数が多く範囲が広い蔦の魔法。武器1つで相手するには心もとない。
ナイフであしらいながら、アリエッタが立っている場所までゆっくりと後退していく。
「ぱひーっ」(むむむ、みゅーぜめ。絵を隠すだけじゃ飽き足らず、ぱひーの邪魔をするなんて許さない)
先程の件に引き続き、ミューゼがパフィへ攻撃を仕掛けたのを理解した事で、とうとうミューゼに対して明確な反抗心が芽生えた。近くにやってきたパフィを掴み、力を込める。
「アリエッタは渡さないのよ!」
「ほしいわけじゃないんだが?」
後ろから小さな手で掴まれ、一気に強気になったパフィは、ナイフを振るって蔦を斬る。
しゃぼっ
「……はっ?」
斬った蔦が炎上した。
離れて見ていたキュロゼーラ達が慌てふためく。
「アリエッタ?」
「総長気を付けて! ナイフの絵が!」
パフィのナイフには、以前アリエッタが炎の絵を描いている。その影響で、斬ったものを燃やすという魔法のような効果がついている。しかし、絵の効力を発動するには、アリエッタが直接触れて力を与えるか、エルツァーレマイアが力を送る必要がある。例外として、アリエッタが力を与えてから動かさなければ発動し続けるが、ナイフは常に動かしているので、アリエッタが触れていなければすぐに効力は消えてしまう。
「……パフィか」
ピアーニャがその事に気づいた。アリエッタは「ナイフを持つパフィ」にまるごと力を与えたのだ。実に大雑把な力業である。これならばアリエッタがパフィに触れているだけで、パフィのナイフの絵は効力を発揮する。
パフィが燃えるナイフを振るう度に、明らかに蔦が減っていくようになった。
「……困ったなぁ」
こうなると、ミューゼは下手に植物を出せない。燃える植物は制御が効きにくく、燃えた先から再生もしない。燃え広がれば、逆に危険な目に合ってしまう。
「ミューゼオラ、おまえはショウカしとけ。ムームー、いつまでもあきれてないで、なにかしろよ」
「はーい」
「……はいっ」
ピアーニャの指示で、ミューゼは水魔法でパフィの火を消す事に専念する。ムームーが前に出て、ミューゼの代わりにパフィを止めようとするが……
「でも、私の糸も燃えますけど?」
植物のように水分が多くないので、むしろ糸の方が燃えやすい。すぐに燃え尽きるので、火は広がりにくいのだが、これでは戦力にはならない。
「………………」
少し考えてから、ピアーニャは指示を出しなおした。
「ラッチをボコボコにしてやってくれ」
「えぇ……」
「総長さん怖いよ! あーし何もしてないよ!」
ラッチは無罪を主張するが、今の状況は無罪の存在を許さない理不尽なノリである。
「……諦めようか、ラッチ。新人いびりだと思えば問題ないでしょ」
「大問題だよ! その新人ってあーしじゃん!」
「ふふっ、わたしは問題ないから大丈夫♪」
「ひどい!」
(……まぁラッチをおとなしくさせてくれてるなら、なんでもいいか)
いつエスカレートするとも知れない言い合いをよそに、ピアーニャは目の前のパフィに集中する。自分の服を掴むアリエッタを庇いながら蔦を処分し終えたパフィは、とうとうピアーニャと真っ向から対峙した。
「総長……アリエッタは渡さないのよ」
「いらん」
「ぴあーにゃ、あそぶ?」
「いらんっ!」
真剣な顔で『雲塊』を構える総長。本気で嫌がっている。
絡めとって固定していたフォークはピアーニャの後ろに捨てられた。その近くにいたミューゼが驚いて転んでしまった。
「あっ……」(薄緑……)
「いたたた……」
何かを見てしまったアリエッタの顔が赤くなった。しかしすぐに、振り払うように頭をブンブンと振る。
(ぴあーにゃはこんな僕みたいな汚れた大人になっちゃ駄目だ! なんでか知らないけど、みゅーぜと一緒にいるなら、僕が捕まえて正してあげないと!)
物凄い個人的な理論展開で、いきなりピアーニャを標的にしてしまった。酷いとばっちりである。
それでも妹分に怪我はさせたくない姉は、どうやってピアーニャとミューゼを捕らえるか、考え始めた。
「アリエッタにつかまれたまま、わちにかなうと、おもっているのか?」
「くっ、そこまでしてアリエッタが欲しいのよ?」
「いらんっつってんだろ!」
自分の名前が出た事で、片手で鞄を漁っていたアリエッタの思考が、一旦現状把握をしようとする。
(『アリエッタ』『ほしい』……間違いない、ぴあーにゃは嫉妬している。でもどっちだ? ぱひーと仲良くしている僕に対してか? それとも、お姉ちゃんを取られたから~みたいにぱひーに嫉妬しているのか? どっちにしても可愛いなぁ)
どっちも違う。もはや会話の流れを妄想で補完してしまっているようだ。本人はいたって真面目ではあるが。
そんな元気で可愛い妹分を捕まえるにはどうするか。ポーチの中でその答えを見つけ、こっそりとピアーニャに向けた。
(ごめんね、あとでお説教した後、いっぱい撫でてあげるからね)
「いいかげん、わちもアリエッタにオシオキするからな。いつもいつもくっつ──」
ピッ
アリエッタは絵に描いたボタンを押した。パフィに注意を向けていたピアーニャは、その事に気付く事なく、一時停止した。
「あ」
「げっ、それがあったかー」
ピアーニャに向けた手には、アリエッタが描いたリモコンが握られていた。目標の時間を完全停止させる事が出来る恐ろしい道具である。同じ神でもなければ抵抗すらできないので、ピアーニャ達に抗う術は、視界に入らないくらいしか無い。
(みゅーぜも止めとこ)
「まっ──」
ピッ
止まる以外に直接的な害は無いので、ミューゼに対して怒っているアリエッタは全く遠慮しない。
「………………」
「丸見えなのよ」
止めるタイミングが悪かった。アリエッタのやる事を察したミューゼが急に動こうとしたせいで、スカートがめくれた瞬間で止まってしまったのだった。
やってはいけない事をして、見てはいけない物を見てしまった気分になり、アリエッタはパフィにくっついて顔を隠してしまった。
「……なんかアッサリ終わったのよ。とりあえずミューゼのスカートの中に生地仕込んで隠しとくのよ」
時間が止まっているので、2人を動かす事が出来ない。服も動かない。パフィはアリエッタを抱っこして、ミューゼの捲れたスカートの中に小麦粉生地を詰め込んだ。これで乙女の尊厳だけは安心である。
満足したパフィが振り返ると、ムームーがラッチを夢中で揶揄っていた。糸でラッチを捕らえ、翻弄している。
「うわあああやめろおおお!」
「ほらほらー。はやく抜け出さないとー全身に巻き付いちゃうよ?」
「うわーん!」
ラッチは体の一部を尖らせ、何度も糸を切っているが、その隙に別の所に巻き付かれている。切るのよりも巻き付く方が早いようだ。
まだ戦闘経験の浅いラッチは、今の状況を打開する方法を思いつかない。
「本当に新人いびりしてるのよ……アリエッタはあんな大人になっちゃ駄目なのよ」
「?」
アリエッタが不思議そうにムームー達を見て、首を傾げた。
その時突然、小屋から伸びた棘が、あらゆる方向にある枝や葉に突き刺さった。
ドスッ
『ぎゃああああ!!』
その1本が、ラッチのすぐ傍に突き立った。糸でグルグル巻きになったまま飛ばされ、ラッチはそのまま目を回して気絶。ムームーの糸と繋がっているお陰で、すぐに回収された。
「なに!?」
ムームーが顔を上げると、まるで踏ん張るような動きを見せる棘の根元。その動きは、立ち上がろうとする多足生物である。
その小屋の屋根部分が、少し透けているのをパフィが見つけた。その事をムームーに話すと、そのまま考え始め、先程シーカー達が蔓を相手にしていた場所を見る。そこにはバラバラになった布地を前に、嘆き悲しむ変態達の姿があった。
そこから状況を判断し、1つの答えにたどり着く。
「もしかして、さっきのドルナ……小屋と同化しちゃった?」
「意味わかんないのよ!」
今までの調査で、ドルナは1つの物に同化出来る事が判明しているが、意思のある対象には同化出来ないと、キュロゼーラの証言から推測されている。そしてネマーチェオンにはキュロゼーラ達の源となる記憶と意思がある。
ミューゼがネマーチェオンの上に生やした小屋は、ミューゼが魔法で作った木であると同時にネマーチェオンの一部。しかしネマーチェオンの一部でありながらネマーチェオンとは違う部位となっているので、そこだけネマーチェオンの意思が通っておらず、部分的にドルナが同化してしまったのだった。
枝の一部という事で、小屋はその場から動く事が出来ない。動物と思しきドルナが、一切移動出来ない存在になってしまった。
「……なんか可哀想」
「なのよ……」
動けない理由までは分かっていなくとも、必死にもがく棘を見て、2人は悲しい気分になっていた。
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