それからどれほど時間が経ったかは分からない。何十数分ほどなのか、何時間ほどなのか。体感でも感じられないほどの静かな時間が過ぎていく。
このまま本当に誰も来なかったらどうしようという怖さで震えて俯いていると突然、扉にガンッという大きな衝撃音が走った。体が電気に触れたようにビクリと大きく震える。
『ヒッ!?』
喉が裂けるような甲高い声が喉を切りつける。
それまで規則正しい速度で刻まれていた呼吸が一瞬止まり、心臓が痛いほど飛び跳ねる。表情が石のように硬く強ばっていく。
その間も扉の外から聞こえてくる衝撃音は途切れることなく続いており、とうとう衝撃に耐えきれなくなった扉が酷く軋んだ音を立てて壊れ、ゆっくりと開いていく。
「○○…?」
焦燥感の含まれた聞き慣れた人の声が鼓膜に触れる。
「…よかった」
安堵に満ちたその低い声が自身の鼓膜に触れた瞬間、開いた扉から少し乱れた白髪と汗の滲んだ褐色の肌という見知った顔が涙で濡れた視界に映って、強張っていた体が何事も無かったかのように元通りになっていく。
『イザナ、くん…?』
嗚咽の滲んだ声が震える唇から零れ落ち、恐怖心が煙のように消失していく。心の帯を緩めたようにほっとし、感情が堰を切って涙として洩れ出す。
そのまま幼子のように泣き喚いて、イザナくんの首に自身の腕を絡めて抱き着く。
『イザナくん…イザナくんだぁ…!』
ひっく、ぐすん。と喉が裂けるような泣き声を零しながら狂ったように彼の名前を呼び続け、震える自分の体を押さえつける。そうするたびに胸に熱い何かが積っていのを感じた。乾いていた愛の飢えが満たされていくのが分かる。心臓が激しい波のような動悸を打ちだした。
「…これで分かったろ?」
「オマエの味方はオレしかいねぇんだよ。」
そんな甘さに包まれた声色で鼓膜を撫でられ、褐色の腕に優しく抱きしめ返された。胸が段々とドキドキと張り詰めてくるのを感じる。
イザナくんの問いかけに大きく頷きながら嗚咽を押さえようと飲みこむ。イザナくんはそんな私を宥めるように抱き締める力をギュッと息が苦しくなるほど強くして、優しい言葉をかけてくれる。そのたびに激しく心臓が鼓動し始め、イザナくんしか見えなくなって、イザナくんしか考えられなくなる。嵐のような心臓の動きに自分の体がバラバラになってしまいそうな恐怖に襲われ、彼を抱きしめる力をもっと強める。
「どうする?このままいじめられ続けるか。オレんとこ来てずっと二人だけで暮らすか。」
抱き締められたまま優しくそう問いかけられ、涙でぐっしょりと濡れた前髪を上げられる。
アメジストのような紫色の瞳に視線を捕まえられ、ぐるぐると回っていた思考が固まった。
『わたし……は』
私にはイザナくんしかいない。
イザナくんだけが味方。
その言葉が体の奥深くに染み込んでいき、ぼんやりと安定しない意識のまま首を縦に振る。
『…一緒に暮らす。』
自分に言い聞かせるような声色で言葉を落とす。その瞬間、湧き水のように染み出た愛情のまま口が動いていく。
『イザナくんだいすき。』
ぽつりとそう試すように言葉を落とした瞬間、麻酔のような恍惚感を感じる。ドロドロとした独占欲が雲のように湧いてきた。
私だけのイザナくん。
目眩のような陶酔感に浸かりながらイザナくんの体に顔を埋め、愛情の海に沈んでいく。渇きのような愛の痙攣が収まっていく。喜びが音楽のように残る。
「…オレも大好き。愛してる。」
そんな絡まるような、粘るような、甘い調子の声が頭上から降ってきて、酔ったように赤くうっとりした表情を浮かべるイザナくんと視界が交わり合う。そのたびに胸が息苦しいほど甘美な気分に捉えられる。
今思い返せばイザナくんは、イザナくんだけはずっと私の傍に居てくれた。
味方で居てくれた。
ずっと守って、助けてくれた。
“不自然”なほどに。
『……大好き』
だけどそんな彼が大好き。
泥沼に足を取られるように、じわじわと彼に引っ張りこまれる。
彼の耳元で花札のピアスがカランと怪しく音を立てた。
続きます→♡1000
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!