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「最近、外出することが多すぎないかい? 何してるのか正直に言ってみな」
香菜さんちから戻ると、さっそく姑が突っかかってきた。
「すいません。お友だちとのお話が弾んで長引いてしまいました」
「ふうん。あんたに友達? どうせあんたと一緒で世間知らずで恥知らずな女なんだろうねえ」
「私は世間知らずかもしれませんけど、若い男をお金で買ったりなんて恥知らずなことはしてませんよ」
姑が絶句している。私が記憶する限り、私に何か言われて姑が言葉を失うのを見るのは十五年間で初めてだ。
「何を、言ってるの……?」
「特に深い意味はありません。人生生きてればいろいろありますよね? お義母さんも無事に、秘密を抱えたまま麻生家のお墓に入れるといいですね」
私は何もしていないのに、姑が勝手に尻もちをついて呆然と私を見上げている。
「もうお話ないようならお食事作らなければならないので失礼します」
凍りついたような視線を背中に感じるが、姑はもう何も言ってこなかった。
その夜、珍しく慎司が早く帰ってきて、家族全員で夕食を食べることになった。沙紀と別れたわけではないようだが、舅と同じくらい表情が暗い。
家に引きこもって相変わらず表情の暗い竜也を、凛が励ましている。
「学校に行けないにしてもさ、少しは外に出た方がいいよ。私もさ、学校はそんなに好きじゃないけど、同じ学校の高等部で生徒会長まで務めるすごい先輩に彼氏を紹介してもらったら、それから人生バラ色になったよ」
「姉ちゃん、いつのまにか彼氏なんてできてたんだ」
「うん。もう彼なしの人生なんて考えられないって感じ」
敵ながら少しは凛が気の毒に思えてしまった。だって、凛が彼氏だと思っていても、向こうは凛を彼女だとは思ってないのだから。それなら凛が彼氏だと思ってる男は何者なのか? 近い将来、彼は凛の前から消えることになっている。凛は必死に探そうとするけど、探す手がかりはSNSに掲載されているデタラメなプロフィールくらいしかないので、探し出すことは絶対に不可能。
そうと知って凛はいったいどうなってしまうのかな? 竜也みたいに不登校になるくらいの打撃で収まればいいけどね。
そういえば、舅は買った通貨が暴落して買い増しを続けたものの、結局買えば下がるを繰り返しただけで昨日とうとう強制ロスカットされて、投入した資金の五千万円がたった三百万円になってしまった。退職金を全額つぎ込んだだけでなく、銀行からこの家と土地を担保に一千万円を借りたのもみんなパー。もちろん舅はそのことを姑も含めて誰にも話していない。
「おやじ、最近ずっとぼうっとしてるけど大丈夫か?」
言葉だけでは反応がなく、慎司に肩を叩かれてようやく舅はわれに返った。
「おやじ、どうしたんだよ。まさかボケちまったんじゃないよな。今がうちの会社の正念場なんだ。しっかりしてくれないと困るぜ」
「正念場?」
「最近おやじよく原商事に行ってるから聞いてるだろ? 原商事の役員も兼務してるうちの社外取締役三人が今度の取締役会でうちの社長の解任動議を出すらしい。議決すれば三対二で解任動議が可決されちまう。社長が交代となればもう好き放題はできなくなる、というか今までの不正がバレて責められたら間違いなくおれはクビだ」
原商事は新世界運輸の親会社。新世界運輸が扱う荷物の半分は親会社である原商事が発注したもの。少なくとも私が新世界運輸の社員だった十五年前はそうだった。今もそれは同じのようだ。
「そんな話、初めて聞いた。裏で絵を描いてるのは誰だ? おれは最近原商事の副社長と親しいからな。副社長に話して、絶対にそいつをぶっつぶしてもらう」
慎司は意外そうな表情。
「おれが聞いてるその件の黒幕はその副社長なんだけど……」
「原副社長が? そんな馬鹿な!」
「おやじ、おれ原商事のこと全然知らねえんだけど、その副社長ってどんなやつなんだ?」
「原商事の創業家の原一族の御曹司だ。名前は原光留。年はまだ三十九歳。いろいろ経験させたいという先代社長の意向で大学卒業直後はうちの会社で働いていたこともあるそうだ。なぜか数ヶ月で親会社に戻ってしまったらしいがな」
「ハラミツル? 名前に聞き覚えがある。どんなやつだったかさっぱり覚えてないけどな」
かつての恋人の名前が舅の口から出てきて、不倫したのを知ってるぞと私に匂わされたときの姑のように、私は言葉を失った。麻生家被害者の会の会員は私と香菜さん以外にもう一人いると以前香菜さんから聞いたけど、それは光留のことだったんだなと今ようやく理解した。
被害者の会のもう一人の会員が陸君の父親だとも香菜さんは言っていたから、光留は陸君の父親でもあるのだろう。私のせいで失踪した彼がそのまま不幸で孤独な人生を送っているという事態を恐れていた。よかった、本当によかった。香菜さんというしっかり者の恋人がいて、陸君のような聡明な子どもにも恵まれたなら、これまでの光留の人生はそんなに悪いものでもなかったのかもしれない。
とはいえ、私が光留の人生を大きく狂わせてしまったという事実は今さら動かない。私の罪が消えるわけでもない。十五年たった今まで復讐を忘れなかったくらいだから、光留の怒りと悲しみは私のそれに劣るものではないということだ。
慎司は光留のことを必死に思い出そうとしているが、思い出さない方が幸せだろう。さんざん職場いじめした挙げ句、彼の恋人を寝取り、しかも私を寝取ったときに撮影した動画まで彼に無理やり見せつけたと言ってたしね。
私は思い違いしていたのかもしれない。この復讐劇の首謀者は香菜さんではなくて、光留だったのではないだろうか?
だとしたら、私はなぜ光留の復讐の対象に入っていないのだろう? あんなにひどい裏切り方をしたのに。慎司に寝込みを襲われて強制行為された直後に、私は光留に泣いて謝り許しを乞うべきだったのだ。
実際は、同意の上だったという慎司の嘘を信じ込み、あっさりと慎司に乗り換えた。それから慎司との行為に溺れ妊娠までしてしまったあとで、当時の奥さんだった香菜さんから内容証明を送られて、知らずに自分が不倫していたことを知った。私の若さゆえの過ちの結果が十五年にも及んだこの無惨な結婚生活なのだとしたら、誰かの復讐を待つまでもなく、私は私自身の手によって復讐されたともいえるだろう。