「あっ! あのコート可愛い!」
今度は見るからに温かそうなコートを発見して私はまた高い声を上げた。
上品な雰囲気のキャメルのコート。ああ……何て可愛い。
じっと見つめていると大樹が私の腕を引っ張った。
「え? 大樹?」
戸惑う私を大樹は店の中へ連れて行く。
そして直ぐにディスプレイして有ったコートを見つけて手に取った。
ハンガーから外すと私の肩にフワリとかける。
「はい」
大樹は私を大きな姿見の前にそっと押す。
「……可愛いい」
鏡に映ったものを見て、私はうっとりとした声を上げた。
あっ、可愛いのは勿論コートの事なんだけど。
ちゃんと袖を通してみると、サイズ感もばっちりで益々欲しくなってしまう。
背中や横側等、あらゆるところをチェックしたけれど、問題無い。
「花乃は黒とか強い色よりこういった色の方が似合うね」
大樹はまるで自分の服を選ぶかの様に私と一緒になって真剣に鏡を見る。
「そ、そうかな?」
私もさっきからこのコートは、顔色が良く見える気がするって思ってたんだよね。
大樹の言う通り、色が合ってるのかな?
気に入ったコートが似合うってなると益々嬉しくなる。
お金ないけど……無理してカードで買っちゃおうかな。今、逃しちゃったら今後気に入るコートに出会えるか分からないし。
値札を探して確認する。
直後、私はガックリと項垂れた。最高に素敵なコートの値段、八万円。
やっぱり無理!
良い品だってのは分かってるんだけど、即決出来る値段じゃない。
「……検討します」
そう一人言を言いながらコートを脱ぐ。
「あれ? 買わないの?」
大樹が意外そうに言う。
「うん」
「凄く似合うのに」
「うん……」
大樹は私についていろいろ知ってる割に経済力は知らないみたい。
でもそんな事情をわざわざ言いたくないので、黙っていると大樹が何か考える様にしてから、よいアイデアが思い浮かんだとでもいうように顔を輝かせた。
「俺が買ってプレゼントするよ」
「……ええっ?」
びっくりして思わず声がひっくり返る。
だって簡単に“俺が買う”なんて言うけど、これ八万円だよ?
大樹の会社はお給料がいいって沙希が言ってたけど、それでも私と同じ年なんだし、極端に違うとは思えない。
「いいよプレゼントなんて!」
大樹がコートを取ろうとするのを慌てて阻止しながら言う。
「何で? 結局俺花乃に誕生日プレゼント渡せてないし、これをプレゼントにするよ」
「誕生日プレゼントならタルト貰ったし」
「受けとらなかったじゃん」
「そ、そうだけど」
でも、いきなりこんな高額商品なんて貰えない。
頑なに拒否してると大樹は顔を曇らせて言った。
「花乃、俺から何か貰うのそんなに嫌?」
その沈んだ表情になぜかズキリと胸が痛んだ。
「い、嫌じゃないけど……でもこんな高い物貰えない。幼馴染に貰うレベルのものじゃないよ」
大樹は私の言い分が不満だったのか、暗い表情のままだった。
でも説得は通じたらしく「分かった」と言ってコートを戻した。
これと言った目的はないけど、ショッピングセンターを歩き回るのって楽しくて飽きない。
次々と可愛い物が見つかり、嬉しくなる。
物欲も上がってしまって困るんだけどね。
夢中でウロウロと歩き回っていると、大樹が言った。
「花乃、そろそろお腹空かない?」
「え……」
言われて時計を見てみると、時計の針は十二時四十分を指していた。
十時の開店と同時に入ったから、二時間半以上も歩き回ってたんだ。
時間の早さに軽く驚きながら、同時に空腹を感じ始めた。
「……お腹すいた」
お腹に手を当てながら言うと、大樹はくすっと笑って私の手を取る。
「行こう」
大樹はレストラン街に向かっている様だ。
当たり前の様に手を繋いで。
何だか……不思議。人の目は気になるし恥ずかしいって気持ちは有るんだけど、大樹と手を繋ぐ事がそんなに嫌じゃない。
ずっと避けてた相手なのに、元々幼馴染だから急に距離が縮んでも違和感があまり無いのかな。
大樹の広い背中を眺めながらそんな事を考えた。
日曜のお昼時だからか、レストラン街は凄く混雑していた。
どの店も行列が出来ていて、結構待ち時間が長そうだ。
お腹が空いてるだけにがっかりしてしまうけど、仕方無い。早く決めて並ばなくちゃ。
「ねえ大樹は何が食べたいの?」
大樹は周囲に視線を走らせながら応える。
「俺は何でもいいけど、花乃は直ぐに食べたいだろ?……どこも混んでるな」
「うん。並ぶしかないみたい」
どこがいいのかな?
なんとなくお米の気分なんだけど、そうすると候補はお寿司とカツ丼の店か……うーーんどっちも違う気がする。もうちょっとあっさりしたのがいいんだよね。
そんな事を考えながらキョロキョロしてると大きな窓の外で輝く太陽が目に留まった。
「……今日は本当に天気がいいね」
眩しい太陽と青い空を見てそう呟いたんだけど、大樹はそれで何かを思いついたらしく、太陽にも負けない様な輝く笑顔で私に言った。
大樹はぐいぐい私を引っ張って進む。
方向的には出口に向かっているようだ。
私はついて歩きながらも問いかける。
「どこ行くの?」
大樹は楽しそうな顔で私を振り返り返った。
「何か買って公園で食べよう」
「公園?」
そっか……そ言う言えば近くに大きな公園が有ったんだった。
大樹に負けないくらい、私もうきうきとした顔になっているかもしれない。
昔から外で食べるのが結構好きなんだよね。
「花乃は何食べたい?」
「私、おにぎり」
さっきと違い悩まずに即答する。
「じゃあコンビニでいいか。その辺に有るかな……」
大樹とふたりでショッピングセンターのから外に出る。
明るい太陽の光が一面に降り注いでいる。コンビニは割りと直ぐに見つかった。
私は梅おにぎりとサラダとコロッケとアイスティーを買い、大樹は焼肉弁当とお茶を買って公園へ向かう。
公園迄はコンビニから歩いて五分ちょっと。
その距離を進む時、大樹は全く迷わなかった。
「大樹ってこの公園良く来るの?」
「俺? 公園は今日が初めてだけど、なんで?」
大樹は不思議そうに言う。
「だって全然迷わないから」
「さっき地図見たし、こんな距離じゃ迷い様がないだろ?」
大樹は迷うやつなんている訳ないじゃん、とでも言いたそうに笑って言う。
でも私は多分迷うと思う。
昔から地図を見て目的地に行くのが極端に苦手でそれは今でも全く変わってない。
だから地図だけで簡単に行く人を見ると凄いなって思う。
大樹が地図が得意ってイメージは無かったけど。
何しろ小学生の時の遠足でクラスでたったひとり迷子になり、クラスメイトを心配させた男だ。
でも大人になって成長したんだな。
今は迷子になるどころか私を行きたいところへ連れていってくれる。
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