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恵
344
#連載小説
観察者
161
星キラリ

1,755
暗闇の中で、誰かが笑っていた。
「……全部、俺が始めた」
モニターに映っていた少年の声が、何度も頭の中で繰り返される。
悠真は動けなかった。
自殺の噂を流したのが、自分。
記憶移植の実験を始めたのも、自分。
そして、十三回もの死を繰り返してきたのも、自分。
「……ふざけるな」
悠真は拳を握りしめた。
「俺は刑事だ。人を死なせるために生きてきたわけじゃない」
「今のお前は、そうだろうな」
闇の中から声がした。
白髪の神崎だった。
非常灯が点灯し、薄暗い赤色の光が周囲を照らす。
男は、悠真の目の前に立っていた。
「だが、000は違った」
「……お前は000を知っているのか?」
「当然だ」
白髪の男は自分の胸を指差した。
「俺も、あいつの記憶から生まれた存在だからな」
「じゃあ、お前も000なのか?」
「違う」
男は即答した。
「俺は001。000の記憶を受け継いだ最初の成功体だ」
「だったら、000はどこにいる?」
その問いに、男はモニターを見上げた。
「すぐそこだ」
「……何?」
「十四号の中にいる」
悠真は、少年を振り返った。
014は目を閉じたまま、静かに立っていた。
「こいつの中に……000が?」
「正確には、000の記憶がすべて戻ろうとしている」
白髪の男は続けた。
「お前たちが十三人に分けてきた記憶。その大元となった存在だ」
「だったら、十四号が完成したら000が復活するってことか?」
「そうだ」
「そんなことをさせるか!」
悠真が少年に駆け寄ろうとした瞬間、母が腕を掴んだ。
「駄目!」
「母さん、離してくれ!」
「あなたが触れたら、同期が進んでしまう!」
悠真は足を止めた。
母は震えていた。
「……どうすればいい?」
母は答えられなかった。
その時。
014が目を開いた。
「母さん」
幼い声が響く。
「どうして、あの時、僕を助けてくれなかったの?」
母の顔が歪んだ。
「……ごめんなさい」
「どうして?」
「ごめんなさい……!」
母はその場に崩れ落ちた。
悠真は母を見つめた。
「母さん……?」
母は顔を覆いながら、ようやく口を開いた。
「000は……あなたが四歳だった時の記憶そのものじゃない」
「……どういう意味だ?」
「あなたが死んだ後、お父さんは記憶を保存した。でも、その記憶には欠けている部分があった」
「欠けている部分?」
「死ぬ直前の記憶よ」
悠真の脳裏に、銃声が蘇った。
倒れる父。
血に染まった床。
小さな手に握られた拳銃。
「……父さんが殺された時の記憶か?」
母は頷いた。
「お父さんは、000の記憶を使ってあなたを取り戻そうとした。でも、実験を進めるうちに気づいたの」
「何に?」
「000の記憶は、あなたが死ぬ前に記録されたものじゃなかった」
悠真は息を呑んだ。
「……じゃあ、誰の記憶なんだ?」
母は014を見つめた。
「あなたが死んだ後に、記録されたものだった」
沈黙が落ちた。
「死んだ後……?」
「お父さんは、あなたの脳が活動を停止した後も、実験を続けていた。あなたの身体に何が起きたのか。その最後の瞬間を知るために」
母の声が震える。
「そして、記録されたの」
「……何が?」
「あなたの記憶じゃない。あなたの身体に残された、誰か別の人間の記憶が」
悠真は白髪の男を見た。
男は、笑っていた。
「ようやく気づいたか」
「……お前は何を知っている?」
「000は、最初から純粋な神崎悠真じゃなかった」
男は言った。
「四歳の悠真の身体には、別の人間の記憶が入り込んでいた」
悠真は首を振る。
「そんなはずはない……」
「その記憶の持ち主が誰なのか、お前はもう知っている」
男の視線が、佐伯へ向いた。
「……俺?」
佐伯の顔が強張った。
「ふざけるな。俺は神崎とは別の人間だ」
「身体はな」
白髪の男は答える。
「だが、記憶は違う」
佐伯は一歩後ずさった。
「やめろ……」
「お前が三年前に死んだ時、何が起きた?」
「俺は……」
佐伯は額を押さえた。
「俺は、神崎と一緒に……」
そこで言葉が途切れた。
彼の脳裏に、知らない光景が浮かんだ。
白い部屋。
幼い少年。
泣き叫ぶ母親。
そして、研究室の隅に立つ男。
男の手には、血のついた記録装置があった。
佐伯は震える声で呟いた。
「……俺は、三年前に死んだんじゃない」
悠真が振り返る。
「佐伯さん?」
「俺が死んだのは……もっと前だ」
佐伯の目から涙がこぼれた。
「俺は、この実験の最初の犠牲者だった」
白髪の男が頷く。
「正解だ」
その瞬間、病院のスピーカーが再び起動した。
『記憶統合、最終段階へ移行します』
『被験者014、同期率99%』
『被験者000、復元準備完了』
014が苦しそうに頭を抱えた。
「……いやだ」
少年の声が変わる。
「僕は……僕なのに……」
悠真は駆け寄ろうとした。
「014!」
「来るな!」
少年が叫んだ。
「僕の中に……誰かがいる!」
床に膝をつき、少年は頭を抱える。
「僕の記憶じゃない! 知らない人の記憶が……!」
悠真は立ち止まった。
014は涙を流していた。
「お願い……僕を消さないで……!」
その言葉に、悠真は四歳の自分を思い出した。
自分が死んだという記憶はない。
だが、目の前の少年は、消されることを恐れている。
それだけは、確かだった。
悠真はゆっくりと手を伸ばした。
母が叫ぶ。
「悠真、駄目!」
しかし、悠真は止まらなかった。
「……お前は、014だ」
少年が顔を上げる。
「え……?」
「000の記憶が入っていようが、誰の記憶を持っていようが、お前は今ここにいる」
悠真は少年の目を見つめた。
「お前が生きてきた時間まで、誰かのものになるわけじゃない」
014の目が揺れた。
「……僕は、僕なの?」
「そうだ」
悠真は答えた。
「少なくとも、俺はそう思う」
その瞬間。
悠真の指先が少年の手に触れた。
視界が白く染まった。
頭の中に、無数の記憶が流れ込む。
知らない街。
知らない人々。
知らない人生。
そして。
四歳の自分。
病室のベッドに横たわる小さな身体。
泣いている母。
父の声。
『記録を開始しろ』
次に見えたのは、研究室だった。
父が装置の前に立っている。
その向こうには、一人の少年がいた。
顔は見えない。
少年は父に尋ねていた。
『どうして、僕を作ったの?』
父は答えた。
『お前が必要だからだ』
『何のために?』
父は沈黙した。
そして、こう言った。
『神崎悠真を、完全に消すためだ』
悠真の呼吸が止まった。
その瞬間、記憶の中の少年が振り返った。
顔が見える。
その顔は。
佐伯修司だった。
悠真は目を見開いた。
「……佐伯さん?」
佐伯もまた、悠真を見つめていた。
そして、同時に呟いた。
「俺が……000を作ったのか?」
モニターに、新しい表示が浮かぶ。
【被験者000】
【記憶提供者:佐伯修司】
【最初の神崎悠真:復元失敗】
【次回実験:継続】
悠真は震える手で画面を指差した。
「……じゃあ、俺たちは……」
白髪の男が静かに告げた。
「神崎悠真を復活させるために、佐伯修司を何度も殺してきた」
佐伯は何も言えなかった。
そして、014の口から、別の声が漏れた。
『……違う』
少年の声ではなかった。
低く、冷たい男の声。
『佐伯は、最初から協力者だった』
悠真は振り返る。
014の瞳が、真っ赤に染まっていた。
『全部、あいつが始めたんだ』
少年は悠真を見て笑った。
『思い出せよ、悠真』
『お前が最初に殺した人間を』
その瞬間、モニターに最後の映像が映し出された。
十五年前。
研究室の床に倒れている男。
その胸には、血で染まった名札があった。
【神崎 悠真】
そして、その男のそばに立つ幼い少年。
少年の手には、拳銃が握られていた。
顔は、今の悠真と同じだった。
映像の中の少年が、ゆっくりと顔を上げる。
『次は、お前の番だ』
画面が暗転した。
コメント
1件
いやー、今回も重くて深かったですね…!014が「僕を♡♡♡」と泣くシーン、悠真が「お前は014だ」と認める流れ、すごく胸にきました。そしてまさか佐伯さんが000の記憶提供者で、しかも悠真が最初に♡♡♡たのが自分自身だったというオチ。伏線の張り方と回収の仕方が本当に巧みで、読みながらゾッとしつつも引き込まれました。設定の緻密さが光る回でした!