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「…さて、なにか他に聞きたいことはあるかな?」
” …ないわ。 “
一通り話し終わってから、あいつはそう言った。
今の目配せも、あいつの良く使うやり口だ。
この後どうなるかも、大抵想像がつく。
視線の向こうには寝室につながるドアがあった。
ここまでは全て、上手くいってる。
「…ホテルはとってあるの?
もし日帰りのつもりなんだったら、もうそろそろここを発った方がいい。」
” …え? “
考えるよりも先に声が出た。
お決まりのプランは?
このまま終電を逃させて、ベッドに誘って、それから…
そこで俺はネタバラシをするんだ。
残念、お前が一夜を過ごそうと思っていたけな子兎はお前のだいっきらいな輩だと…。
そう、何度も何度も練った作戦だ。覆るはずがない。
なかった、はずなのに。
“…っ!”
「ちょっ…ぁれ、っ、まっ…」
女性に抱きつかれ、それを引き剥がす男がいるなら見てみたいものだ。
紳士…いや、愛の国と謳われるあいつならなおさらだ。
ここから…そうだ、ここからどうすれば良い?
しくじった。今あいつが襲ってきても結局は俺が始まりになる。
俺がここからあいつに一杯食わせる方法は無に等しい。
「…はぁ、俺、男と抱き合う趣味はないんだけど? 」
“は?”
「だーかーら!早く離れろってのこの眉毛!!」
“な…っ、レディに向かってなんてこと!”
「レディじゃないでしょお前!!
変装だかなんだか知らないけど、お兄さんにはバレバレだから! 」
『…なんでバレたんだ…ヴァルガス兄弟が認めた変装だぞ…。 』
「まぁ数多のマドモアゼルを相手にしてきたお兄さんに暴けないものはないからね」
「…てか、最初っから違和感ましまし。
最初はロンドンから来たって行ったのに途中からコッツウォルズだって言うしさ…
……あとはまぁ…いくらナンパから逃れるためとはいえあの路地に入り込む子はいないし? 」
迂闊だった。
あともう少しだったのに…。
「で、なんでこんな事した訳?
まさかただお兄さんを貶めようとした訳じゃないよね?」
『………そうだよ!!!お前の女好きを馬鹿にしてやろうと思っただけだ!!!ざまーみろ!!』
クソッタレ。
惨めで、醜くて、どうしようもない言い訳しかできない。
浅はかで、虫酸が走る。
「…ほんとにお兄さんを馬鹿にしようとするやつは、そんな顔しないと思うけど。」
『…お前の…っ、』
『お前の!!…あぁっ……くそ……この、…ばかっ………』
『……!!!』
『…男と抱き合う趣味はないんじゃねぇのかよ……、』
「もちろん。」
『じゃあさっさと離せ…っ!そうやってまた俺を…』
「俺を?」
『…俺を…』
「弄ぶ?」
『そうだ…って』
『は!?!?』
なんだ
…なんなんだこいつ!?
「…ったく、何年お前のこと見てると思ってんの!! 」
「最初っからお前だって分かってたよ。お前は俺が、その眉毛だけでお前を判断してるとでも思ってるわけ?」
「…全部。仕草とか、ふとしたときの表情とか、全部。分かるよ。
どんなにお前がうまく変装したって。」
『…ばか。気持ち悪りぃ…』
「わざわざ女装までしてお兄さんを誑かす回りくどいやつには言われたくないね」
「なっ…てめぇ…!」
『言い返せるもんならやってみな!!!このヘンテコ眉毛!!!』
「はぁ!?!?お前のその髭むしりとってやるからな!!」
結局作戦は大失敗だ。
何日も何日もかけて練り上げた最高のそれは、一夜にして完全に崩壊した。
これからあいつはその失敗談を肴に何度も何度も酒を飲むだろうし、俺はそれについて馬鹿にされ続けるだろう。
ただひとつ。たったひとつ得られたものがあるとするならば。
前よりも随分分かりやすくなった、あいつの眼差しだろうか。