ドアの両側に両手を当て、前傾姿勢で、教室の前に大の字に立つ青年が居る。
白い肌、Wの口、糸目と三角形の鼻、耳、額の赤色の円模様。その顔が、かどくらの顔だけを見つめて居た。
無言の間が流れる。
そして、青年はかどくらの元へと駆け寄る。
かどくらは驚いて、その間に、足を掻き、幾らか後ろへ退った。
そのすぐ側まで寄ると、素早く、また右膝を立てて跪いてしゃがみ、かどくらの顔に狐の顔を、ずいっ、と、ほんの小指1本だけまで近付ける。
そっ、と呟く。
「かどくら先生、俺です。」
落ち着かせてやる様な、何の動揺も無い、落ち着いた様な、低くハッキリとした声であった。___
「___ミタ君。」
そりゃそうだ。先生はこんな狐の顔なんて知っては居ない。服こそ同じではあるものの、少なくとも「廊下から、教室のドアに何か来た!」となったら、吃驚しているんだから顔しか見ないに決まってる。
見ないと言うか、見れないと言うか、見えないと言うか…。
周りからの、少しばかりの目を感じる。
その後、何を言うでも無く、見つめ合うまま長い時間が経つような気がした。
この状況___俺はこの面を着けて居ると、鬼に見つからないかも知れないから、ここを歩き回って、脱出出来るかも知れない。だから、かどくら先生に着いて来て欲しい___と言うのを、何と、何処から語り掛け始めれば良いのか分からなくて、あれこれ思考した為である。
それで、先に口を割ったのは、先生の方だった。
「その、顔は…?」
「狐の面です。」
「…?」
黙ってしまった。確かに。そこから、ちゃんと説明せねば。
「落ちてたんですよ、この教室に。で、嵌めると見つかんないんです。やられないんです!アイツに。もしかしたら、この面のお陰かも知れなくて、って思って、脱出出来るかも知れないんです。」
確かに、意味がわからない。
先生は黙っている。
説明は出てからでも出来るか。まずは歩き出す事だと見なす。
「いっかい、来てください。」
す、っと、先生の前に、握手の右手を伸ばす。
繋ぎ取ってくれ、の意だった。
先生は暫く俺の白色の顔を見続けた後、手の方に視線を落とし、これもまた暫く見つめ続けた。
先生の、慎重に右手が伸びて来たのは、そうしてからであった。
その間に、俺は何か劇的な事に気付いていた。
俺の言葉は、先生に向かって、間違いなく俺から発せられ、さらさらと流れて伝わった。
他の誰でもなく、俺が、俺の意思で、そしてそれに何の違いも無く。この喉から。
でも、俺は口を動かして居なかった。
違う、口を押して動かす僅かな筋肉の感覚はあった。でも、この狐の顔の下で、俺の口は存在しなかった。
顎すら動かなかったのだ。
多分、口が動いたなら、骨から面が浮いたり、或いは骨が面に邪魔されたり、更には唇が面に触れ動く感じとか、頬が揺れるのがあったはずだ。
それが、無かった。
俺の口からでは無く、俺の顔から?
この、狐の顔から…。
…とても、不安だ。心から平穏が、波打ってどっか行く気がする。
俺が俺で無くなっている感じがして禁じ得ない。
面が俺の一部になる、と言うか、
俺が狐に侵食される様な___。
ガッチリ、しっかりと、俺はそれを掴み取った。
全くよく分からない、試作の様な右手だっただろう。
強くそれを引いて、先生を机から立ち出でさせた。
正直、今の俺の思考で、微に脚が震えて竦んだが、
俺も、それと共に立ち上がる。
この教室に居れば、また再び鬼が来る。まずは避難させるつもりで、俺は右手を差し出したのだ。ただ、その後で、もし俺の仮説が違った場合、教室と言うある種のいっとき避難場所から先生を連れ出してしまい、俺だけ残って殺してしまうと言う事になるやも知れぬ、とも危惧する。
俺は、先生の顔を見ながら、後ろへ左回転した後、そのまま少し止まってから、顔も前を向いて、すたすたと歩き始めた。先生が着いて来るのを感じる。
この狐の面は、着けていて良いのだろうか?
こうなると、唯ならぬ何かが自分の身を待ち構えて居る気がして、足が進むのを渋る。
…そう言えば、ここは仮想現実らしいんだった。
であれば、ここで仮面を外して、いつ何処から出るかも分からないあの鬼に見つかって殺される危険を冒すよりかは、多少の不気味は無視して、脱出を急ぐ方が愚でないと言える。事実、喋れない訳では無い。
前から教室を出る。
自然に、左右を確認する為、右を見ていた。
青鬼が居た。
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