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「あんた……、自分で言ってること、ちゃんと意味分かって言ってんのかよ?」
「ヒーローこそ状況が分かってないみたいだが? 君から誰かに感染したってことは、その誰かから更に感染は広まっていくってことだ。 それはネズミ算式に、爆発的に拡まる。 元々は君のためだけの病気だ、ラヴェンダーは感染性を与えることで、何らかの方法で病を治療できても二次感染者をセーフティに使って、夏を巻き戻す。 対処に困っている間にヒーローの再感染を狙う。 ……あのラヴェンダーのやりそうなことだ」
「しかも……、ただの感染じゃない。 いつもは8月31日にループしていたのに、今回は夏休みの前半でループした。 発作のタイミングが違うんだ」
「ああ、病気は人から人へ伝染する中で変容する。 その二次感染者に渡ったのは、バックアップ的病状へと変容した、『黄昏症候群弐型』。 更なる感染を止めるためには、早期の処置が求められる」
だからジョン・ドゥは言っているのだ。
その一般人を殺せと。
「……なあ、その感染した子をここに連れてくる。 だからシュレーディンガーの才能を使って、オレにしてくれたみたいに『黄昏症候群』を治療することは出来ないか?」
「ヒーローみたいに仮面の界隈と接触したことがある奴ならまだしも、きっとそいつ、一般人だろ? 俺たちだってただ楽観でお友達グループしてるワケじゃねえ。 一般人に存在がバレたらマズイ。 信頼出来ねえ奴を近づけられない。 それに、肝心要のシュレちゃんが今はまだお休み中だ」
フロアの中心点、赤いソファの上で小さな寝息を立てるスーパーロングの白髪白肌白シャツ白下着の白猫少女、シュレーディンガー。
「日付が変わって8月に入った途端に、今の今まであの調子で爆睡だ。 たまに起きて栄養補給したらすぐに眠っちまう」
「それって……、ただ体調が悪いってワケじゃねえんだよな?」
「あぁ、代償を払ってるんだ。 『行方不明』を巨大な『箱』に対して使えば、それだけ多くの代償を払う必要が出てくる。 恐らくは、ヒーローの『黄昏症候群』に力を使った影響だ」
「そんな……、だって『黄昏症候群』を治してもらったのは前の夏だ! 五周目の夏だった。 なのにどうして……」
「……『行方不明』は世界線を部分操作する能力。 つまり、”六周目世界のシュレーディンガー”がいる世界線に、本来居るはずのない”五周目で『行方不明』の効果を受けたヒーロー”が入門した。 有り得ないことが起きた皺寄せが世界線の操作者であるシュレーディンガーに集まり、ループ越しに代償を受けたんだろう。 この状態に入っちまったら、数週間は通常状態には戻らないな」
『行方不明』を『黄昏症候群』に使えば、ループを越えてシュレーディンガーは影響を受けちまう。
しかも数週間は健常に戻れないとなると……、『黄昏症候群弐型』はきっと、シュレーディンガーが元に戻るより先に発作を起こして、夏を巻き戻しちまう。
これ以上、あの子の手は借りられない。
今手元にあるものだけで、どうにか対処するしかない……。
『黄昏症候群』を治す手段が、途絶えちまった。
「絶望してんのか、ヒーロー」
「…………」
「だけどな、より絶望してんのはこっちだぜ。 君が俺たちに接触しちまった時点で、俺たちまで『黄昏症候群』の脅威に晒される状況になっちまった。 意味分かる? 『黄昏症候群』は神無月煌という存在を監視するために創られた難病。 ここでいう監視ってのは恐らく……、『黄昏症候群』を通じて、何らかの形でヒーローが経験した夏の記憶を盗み見て、行動を知り得ることを指している。 更には、感染性なんてセーフティまで用意されている、かなり用意周到に組まれた計画だ。 そんな計画が、どこにでもいる普通の学生ただ一人を監視するためのものだなんて、流石に大袈裟すぎやしねぇか? きっとラヴェンダーは、君が夏を繰り返す中で、病を治すため俺たち仮面の界隈に近づくことまで視野に入れていた。 君が俺たち『廃棄物』に接触すれば、ラヴェンダーに報告がいく。 そうして、君を利用して俺たちの居場所を暴く腹だったってわけさ」
『黄昏症候群』は……、オレを通して『廃棄物』の内情を知るための創られていた……?
じゃあオレは、知らぬ間に無意識スパイとして使われてたってのかよ。
カラスの首にカメラを付けて、その中継を見て生態を調査するみたいに……、オレは、ラヴェンダーにとってただの被検体にすぎなかったってのか?
「ひとつ気になるのは、ラヴェンダーの襲撃が来ないことだ。 もしヒーローの見たもの経験したもの、記憶が奴に筒抜けなら、俺たちの拠点が判明したらすぐ、逃げられないよう特攻してきそうなもんなのに。 何か策があるのかそれとも、まだラヴェンダーにこちらの情報が入っていないのか……」
「……そういえば、」
ラヴェンダーが、あの夕日の世界で語っていたことを思い出した。
”ここは、8月32日の世界。
現実からはみ出した、心の部屋。
私の創った『黄昏症候群』。
それを罹患した君が無意識に生み出した、
私と君だけの、心の隅の診察室だ……”
”罹患者の『特例』君は、
これから末期症状の発作を起こす度に
この診察室に来ることになる。
ここだけが、私と君の対話の機会だ。
君はそれを拒否することが出来ない。
不可能。 この監視関係、分かったかな?”
「……8月32日」
「なんだって?」
「心の部屋、診察室……。 奴の言う診察ってのが監視……、ループに到達するまでのオレの記憶を盗み見る行為を意味しているとしたら……」
「……分かったのか? 『黄昏症候群』の全容が」
全部が分かったとは言えない。
それでも、この推論は辻褄が合う。
「ラヴェンダーが診察……、オレから記憶を盗み見れるタイミングは限定されている。 カメラ中継のような常時監視能力じゃない。 奴はオレに、8月32日っていう心の部屋で対話をするんだと、それは拒否できないことだと言っていた。 もし8月32日に到達することが診察のタイミングなのだとしたら、オレはここ最近、あの診察室に行っていない」
一、二周目の夏は、夏休み最終日まで『いつもの場所』のメンバーと一緒にいた。そして、8月32日の夕日の世界でラヴェンダーと対話した。
三、四周目の夏は、御山秀次郎に殺された。死んでしまったから8月32日に到達することは出来ず、ループが発生した。
五周目の夏は、オレが罹患した『黄昏症候群』が治療されたことで、セーフティだった遥夏の『黄昏症候群弐型』によりループが発生した。故に、ラヴェンダーの診察は行われなかった。
つまり、分かったこと。
8月31日を越えると診察が行われ、そこまでの夏の経験を盗み見られる。
しかし、夏の途中で死んでしまったり、別の『黄昏症候群』でループが行われた場合は、診察は行われない。
「だからラヴェンダーは襲撃に来れないと?」
「ああ、オレがあんたらと知り合ってから、まだ一度も診察は起きていない。 あいつは襲撃に行けないんじゃなくて、あんたらの情報をまだ知らないんだ」
「そうか、なら――――」
ジョン・ドゥが言いたがることはすぐに分かった。
「まだ情報が流出する前に、『黄昏症候群弐型』の罹患者を殺す。 ヒーローからオリジナルの『黄昏症候群』が消えた今が好機だからな」
「……頼む、それだけはやめてくれ。 相手は権能なんて1ミリも関係ない、本当に普通の学生なんだ。 殺すなんて、非道すぎる。 それに弐型とはいえ、あくまでも『黄昏症候群』だ。 殺してもまたループが起きちまうだけかもしれねえ。 だから……、そんな手段じゃ何にも変わんねえんだよ!」
「やってみなくちゃ分からないだろ?」
「…………テメェらは」
こいつらだけじゃねえ、『少数派』の奴らもそうだ。
すぐに命のやり取りを話題にあげやがる。
「簡単に殺すとか死なせるとか、戦乱が起きるとかそれは諦めるしかねえとか! 神様にでもなったつもりかよ、勝手に命を利害の天秤にかけやがって! そんなのが赦されるワケねえだろ!」
野崎は、『少数派』は社会からはみ出した、追い詰められた者たちの集まりだと言っていた。
だが、そんなのは関係ない。
誰かに蹴り出され、誰かに指さされ、誰かに笑われたからって、自分以外を死なせるような勘定をするなんて赦されるわけがねえ。
「決めたぜ、『廃棄物』。 オレは絶対にあの子の『黄昏症候群弐型』を治療する。 どんな手を使ってでもだ!」
「どうやって? シュレーディンガーの『行方不明』はもう使えないんだぞ?」
「ひとつ、上手くいくか分からねえが考えがある。 頼む、オレに賭けてみてくんねえか?」
―――――――――――――――――――――
ヒーローが立ち去った後、静けさを取り戻した廃ビルの一層。 ソファの手すりに腰掛け、携帯ゲーム機を遊ぶジョン・ドゥの横顔を、金髪碧眼の女子がじっと見つめていた。
「……良かったのデス? ジュージューせずに行かせちゃって?」
「ああ……、まあ、大丈夫だろ」
「本当? ジョン、すごく悩んでたのにナ?」
「いいんだよ。 あいつは……、俺たちとは違う。 俺たちみてえな社会不適合者……、廃棄物じゃねえんだ」
”オレがこの手で……、
あの子の発作を止める。
『黄昏症候群弐型』は、
夏休みを終わらせたくない強い願いが
原因で感染している病気なんだろ?
なら、もう繰り返さなくたっていいって
思えちまうほどの青春を送れば、
発作を止めることが出来るはずだ”
「……馬鹿だなあ、あいつ」
「確かにネ? 原因を潰すしちゃえば、モシモシかすると病気は治まるカモ? でもゼッタイじゃないデスヨ?」
「それでも、あいつには挑戦する権利があんだよ。 あいつ、知り合いも『黄昏症候群』に罹患してるって話になった途端、顔色が変わりやがった。 半分くらいは茶化すつもりでヒーローヒーロー呼んでたけど、ホントにその気になっちまいやがった。 そんな他人想いの馬鹿に好機が与えられねえなんて、本当に馬鹿みてえだろ。 そういう不条理が許せなくて、俺たち仮面を被ったんじゃねえか」
ゲーム画面には、無操作で蹂躙された自機が爆発し、GAME OVERの表示。
「それにあいつ、話してみりゃあただの、どこにでもいる普通の学生じゃねえか。 学生から希望奪ってまで自分ら守るほど魔王みてえなことしねえよ、俺は。 やってみせろよ主人公、ミスったらタダじゃおかないぜ」
―――――――――――――――――――――
汗だくで、廃線になった線路を走る。
空が夕日で染まりきっちまう前に、あの場所へ――――、『いつもの場所』へ行かなくちゃ。
コンテナ墓場へ到着。
錠の外れた赤い放置コンテナの扉に手をかけ、肩で呼吸をしながら、中を見た。
『いつもの場所』に、いつものメンバーがいた。
仁、遥夏、野崎。三人とも、驚いた顔でオレを覗き込む。
「えっ、煌どしたの!? こんな汗だくで! えっ、もう今日は来ないかと思ってアイス食べちゃったよ、えっ、どうしよ!? 取り敢えず扇風機の前、ほら!」
「ハァ……、くっハァ……、いいから、皆、話を……、ハァっ、聞いてくれ!」
強引な深呼吸で、話せるレベルまで肩を落ち着ける。
そして三人を順に見て、
「今まで、すまなかったッ!!」
「……お、おい、煌。 どうしたって言うんだい、急に頭を下げるなんて」
「仁、野崎、遥夏。 入院してる勝人にも、後で面会行ってしっかり話す。 オレは……、オレが消えちまうかも知れねえのが、ずっと、怖かったんだ」
記憶喪失により失われた、神無月家に拾われる前のオレの記憶。
それがどんなものか、未だに一切想像がつかない。
それでも……、どうしてか、元のオレに戻らなきゃって、オレを取り戻さなきゃって、そう、強く思ってたんだ。
「オレは、オレのことを友達だって、親友だって心から思ってくれてたお前らのことを、勝手に心ん中で一線置いてた。 一緒に居続けたら居心地良くって、もうオレは『いつもの場所』のメンバーの、神無月煌でいいやってなっちまいそうで。 記憶喪失になる前のオレに、戻れなくなるなる気がして。 だから……、お前らの想いに、本気で応えられなかった。 酷えことだよ、そんなの。 分かってて、分かっててそうい続けちまった。 これからは心の底からお前らと親友でいる為に、どうしても謝りたかった。 オレが勝手に懺悔して勝手にスッキリしてるだけだと思われるかもしれねえ、本当にすまない。 けど……、真摯に向き合いてえって気持ち、こいつだけは偽物じゃねえんだ! オレはこの夏休み、『いつもの場所』の全員で青春してえって心から思ってる!! 頼む、一緒に、最高の思い出作ってくれねえか!!」
最初は、遥夏にうつしちまった『黄昏症候群』を治すために、廃ビルを飛び出した。
だが『いつもの場所』へ近づいていく次第に、想いが強まっていき、より高次の願いに変化していった。
そこには、恥も外聞もねえ。
ここ数ヶ月の仁とのギクシャク、野崎とのイザコザ、勝人を助けられなかったやるせなさ、遥夏の想いへの不理解……、それを全部、この夏で挽回し『絆』を深める。
みんなを何の躊躇いもなく『心友』と呼べちまう位に、もっと仲良くなりてえ。
ただ、それだけだった。