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煌めく水平線。
揺れる水面。
穴ぼこの砂浜。
オレ達は、海に来ていた。
今年、この砂場に立つのは三度目になる。
浜にいるのは遥夏、仁、野崎、病室を抜け出してきた勝人、そして今回新規参加の……、
「……おい、理紗。 いつまで隠れてんだよ」
「うぅ……、だってぇ、お兄ちゃん……」
引きこもりのうちに伸びた長い黒髪、日焼けまっしぐらの不健康な白い肌、それを隠す紺色のスクール水着。
神無月理紗を家から引っ張り出してきた。
「ほら、友達欲しいんだろ?」
「ううぅ、そうだけど、初対面が水着ってのは少し恥ずかしすぎるよ……」
「わーーーー! 理紗ちゃん理紗ちゃんよろしくね!! ずっと会いたかったんだーー!! いやー、煌に誰か連れてきてもいいよーって、遠回しにおねだりして良かったよおー! 期待的中だよー! ナイス!!」
「お、お兄ちゃん……、この人があの、遥夏さん……?」
「ああそうだ」
「なんか……、想像の五百倍くらいデカいんですがそれは」
「……最初に気になるとこ、そこかよ」
「だってあれ、私のより……」
「え?? 理紗ちゃん何の話?? いいから遊ぼうよぉー!!」
「ああ! 潰される! 息が、ちょっと! お兄ちゃん助けっ、お兄ちゃあぁあんっ!」
「理紗、お前がやっと最近、たまに学校に行けるようになったばかりの、産まれたての小鹿の如き引きこもりであることは理解している。 だが、やっと光明を得た今だからこそ、この荒治療が必要なのだ……」
遥夏がこの夏を終わらせたくないって思っちまってるのは、夏休み中に未練を残してしまっているからだ。
海に来た日、遥夏は「妹ちゃんを連れてきて欲しかった」と嘆いていた。
他の夏イベントの日も、彼女はあともう一歩、物足りないといった様子だった。
青春を満足に楽しみきれなかった、未練。
それが本来、やり直し不可能なはずの夏を巻き戻し、無限ループさせる病『黄昏症候群』の発作の原因になっている。
だから……、オレはこの六周目の夏で、遥夏が求める最高の夏休み、最高の思い出、最高の青春を楽しめるように物事を誘導し、発作が出させないようにする。
幸い、彼女はセーフティとして用意された弐型の特性からか、前の夏の記憶を持ち越してはいないようだったし、オレの行動は全て、純粋に夏を楽しみたいと求める姿勢として受け止めてもらえるだろう。
この方法が本当に上手くいくかどうかなんて分からないが……、今、オレがこの手で出来ることはほとんどないに等しい。
確実な解決策ではなく、あくまで挑戦に他ならないとはいえ、それでもこの可能性を信じたい。
誰か任せ、時間任せでチャンス待ちなんて、嫌だ。
自分が行動すりゃ変えられるかもしれない現状なら、行動したい。あの時動かなかったからなんて思いをするのは嫌だ。
意外にも理紗は、海を楽しんでいるみたいだった。
最初はパラソル下にうずくまり、野崎からインスピレーションを受けたのか、髪の毛で顔をぐるぐる巻きにして顔を隠し続けていたが、遊ぼう遊ぼうと遥夏に引っ張られるにつれて、自分から砂を掘ったり水に足を入れたりと、興味がそそられていったようだ。
荒治療が効いたらしい。
ここまで来たらもうヤケだ、といったところだろうか。
オレ達は六人で、これでもかと夏を謳歌した。
海の家を堪能し、息で膨らませた球でビーチバレーをして、フリスビーを投げて浜を駆け回り、堤防から飛び込みを楽しんだ。
用意してきたスイカを勝人が目隠しでぶっ叩き、塩をかけて食べて、少し温いねって笑った。
各自が拾った貝殻を片手に、六人で茜色の車窓に照らされながら帰路に着く。
人見知りを発揮していた理紗も久々の遠出で疲れたようで、遥夏に全体重を預けて眠ってしまっている。
「……煌」
唯一起きていた野崎が、暑苦しそうに包帯をゆびで緩めて声をかけてくる。
「何かおかしなモノでも食べたのか? 今日は君らしくなかったというか、気合いが入りすぎていたというか……」
「言ったろ、皆で思い出作りたかったんだ」
「……フン、『特例』といえどあくまで、どこにでもいる普通の学生、か」
まだ六周目の野崎には、ラヴェンダーとのことを話していない。
オレがこんな薄い希望を追っていると分かったら、また「浪漫主義者が」なんて怒られる。焦ったあいつが何をし始めるか分からないしな。
野崎の目に夕日の光が宿る。
その様子に、権能を使っている時のような荒々しさや残酷さはなくて。
一人の女学生として、電車に揺られていた。
―――――――――――――――――――――
「……本当に、ここで合っているのか?」
「おう、ここだ。 遥夏の家って結構金持ちなんだよな」
「まるで前に来たことがあるような言い草だけど、前にも来たことが?」
「まあな」
『いつもの場所』メンバー、夏休み二つ目のイベント、宿泊会。
扉鐘を鳴らすと、遥夏が玄関から飛び出してきた。
「待ってたよん三人ともー! ささささ、入って入って〜!」
「理紗、もう慣れたんじゃねえのかよ? さ、行くぞ」
「あんな荒治療で慣れるのはその場だけです! 耐性は出来ても勇気は醸成されません! きょ、今日のところは帰ってお家でぬくぬくしておきます……」
「荒治療DAY2だ、諦めなさい」
「お、お兄ちゃんの……、鬼!」
広いリビングで涼しい空気に包まれて、テレビモニターを占領し、格闘ゲームをする仁と勝人。
「なっ!? お前、こんな所にリモート爆弾を……! ま、まさか、最初から俺をこの崖際におびき寄せるつもりで……!」
「そのまさかさ!」
「うおおお!! 死ぬっ! 死んでたまるかああああ!」
これで三度目だけどよ……、人の家なのにホントうるせえよこいつら。
遥夏たちが後ろからそれを見て笑っている。
これも青春の1ページ、になるのか?
パーティが始まり、事前に遥夏に忠告しておいた通りに塩っ辛い肉ピザが二枚だけ出てきた。
前の夏に苦しんだことを回避するため、三枚は流石に食べられないからやめろと忠告しておいた成果だ。
それでもお腹いっぱいになりながら、オレたちは順に風呂に入った。
その後、巨大なマップの双六大会を開始された。
理紗も参戦したことで前回とは全く違うゲーム展開になったが、なぜか今回も野崎はぼろ負けだった。
仁が眠気に取り憑かれそうになった頃、遥夏が新しいボードゲームを持ってきたので「そろそろか……」と流れを変えて、
「遥夏、宿泊会の夜にやるべきイベントと言えば何だ?」
「えっ、夜のイベント? うーん、UFO呼んだりとか?」
「捕獲られるぞ。 違うだろ? もっとやりてえことがあるはずだ」
「キャトルミューティレーションじゃなくて、アブダクションね。 じゃー、恋バナ! ねえ、恋バナしようよ、恋バナ!!」
オレが背を押したこともあり、遥夏の熱に負けて全員で一緒に眠ることになった。
広げた布団とソファーをフルに活用し、六人で暗いリビングに寝転がる。
「恋バナ!! はい、スタート!! 誰から誰から〜?」
「…………」
「ね、スタートだよ! ほら、誰から??」
「…………」
「じゃー私から! 私から話すね! あのねー……、なんと私、好きな人! います!」
「おー、遥夏にも遂に! で、誰なんだいその人は。 もしかして……、この中の誰かだったりするのかい?」
「ふふふー、仁はまだまだ私への解像度が低いねー! あのね、ジャッジメントシンナーズのアンチ様!」
「……ええと、僕の記憶が正しければ、ジャッジメントシンナーズってのはバンドの名前だよね?」
「うん、今人気でてきたばっかのデスメタバンドだよ! アンチ様はギターのひと! めちゃカッコイイんだよ〜」
「…………それ、恋バナかな?」
「……えっと、実は……、恋愛とかしたことなくて……」
「…………」
「……あ! ねえ、理紗ちゃんは? 理紗ちゃんは学校に好きな人とかいるの??」
「私はお兄ちゃん一筋ですから」
「えっ……?」
「えっ?」
「おい理紗、勘違いされそうなことを言うな」
「勘違い!? お兄ちゃん、なんてことを言うんですか! 女の子のハートは硝子製、いいえ、薄氷の如き脆さなんですよ!? そんな女の子の儚げな想いを勘違いって一蹴するなんて酷くないですか!?」
「……あはは、理紗ちゃんの噂は聞いてたけど、すっごく、想像以上……」
その後もしばらく妹の語りが続いたので、流れを変えねば話が終わってしまうと思ったであろう遥夏のすがりついた先は、オレだった。
「ねえキラは? キラは好きな人とかいないの?」
「盛り上げらんなくて悪いが、いないな。 その手の話は最近学校中で引っ張り蛸にされてた勝人の方がエピソードのひとつふたつ話せんじゃねえの?」
「おぉー、そういや、この前の陸上部ん奴と試合した日、女子から告白されたな」
「えぇ!! かっつん告白されたの!!」
「おうー、でもあんま可愛くなくて断ったな」
「え……、最低……」
「あぁ!? どうして最低だぁ!? こっちだって選ぶ権利くらいあるだろうが!!」
「勇気出して告白してくれた女子に対してその言い方はないわぁ……」
「仕方ねーだろが! 告白だってよ、私汗フェチで、あなたの走り終わったあとの汗がすっごく良くて好きです、だぞ!? 無理無理!」
「なんか……、かっつんって前から変な人に絡まれやすいよね……。 仁はさー、そういうエピソードないのー?」
「僕も……、ないな。 野崎さんは?」
「私は今の学校に入って間もないからね。 専門にいた頃は同性からばかり声をかけられていたな」
「ええー! でもなんかちょっと分かるかも。 野崎ちゃんってクールだから、同性ウケしそうだもん」
「全身に包帯を巻くようになってからは誰も近づいてこなくなったけどね。 ……残念ながら、私も遥夏さんが求めるような話は出来そうにない」
「じゃあ好きなタイプ教えてよ! 真面目な人がいいとか、塩顔がいいとかー」
「塩顔、というのが何か分からないが……。 好きなタイプ……。 あまり考えたことはないがそうだね、私に真正面から論議できるような奴がいいな。 博識だと尚いい。 私の思想を聞いてもただ否定したりするんじゃあなく、丸々と理解した上で意見してくれるような……、まあつまり、しっかり話せる相手がいいってことさ」
「なんか分かるかも。 喧嘩した時に、頭ごなしに否定したりしてくる人とかいるよね。 あーゆー彼氏はやだ!」
急に、暗闇の中から静かな寝息が聞こえ始める。
音源は勝人だった。
「え……、いまさっき会話してたのに、急に寝た」
「ゲームで大騒ぎしていたからね、疲弊したのだろう」
「自由だ……」
それからもしばらく、遥夏を中心に恋バナ?が続けられた。
全員が順に質問責めにされていったが、仁も理紗も眠ってしまったところで、今日はここらで勘弁してやるかと終了した。
――――――――――――――――――――
夏休み中盤過ぎ。
宿泊会以降、引きこもりのリハビリついでに『いつもの場所』に顔を出すようになった妹を含め、六人で街最大の夏祭りに足を運んでいた。
最初はこの人混みは理紗にはキツいかと思っていたが、本人から挑戦したいと意思表明を受けて、連れてくることにした。
「ごめ〜ん、人多くて遅くなっちゃっ……、ってえええええええー!! 野崎ちゃん!! 浴衣めっちゃ良いじゃあ〜ん!! スレンダーだから和風クール似合うねーー!」
「……煌がどうしてもって頭を下げてきてね。 嫌だって断ったのだけれど、店まで付き添って一緒に選んでやるとまで言われて、仕方なく……」
前の夏……、遥夏は野崎が学校の白シャツのまま祭に来たことを気にしていた。
こんなことが彼女にとっての未練になるのかどうかは分からないが、不安因子は全て対処すべきと思い、野崎に無理してもらうことにした。
藍色の地に、青白の紫陽花と川水。
細いボディラインを包む涼しげな浴衣が可憐だ。もはや見慣れてしまった、ミスマッチすぎる包帯さえなければ。
人混みの間をすり抜ける、夜入りを告げにきた涼風が、癒えたばかりの日焼け肌を撫でる。
吊り並べられた赤提灯を追って、屋台群を練り歩いていく。
「射的! 射的あるよ! 射的やろうよ! 射的だよ! うわっ、射的だ! もうすっごい射的! いざ射的! さあ射的だよ!!」
「おう、やろうぜ。 理紗はやったことあるか?」
「ないけど……、FPSならネトゲでちょっとだけ」
「戦争ゲームやったことあるからって本物の銃も撃てるようになるワケがないとは思うが……、まあ物は試しだ、ほら」
おっちゃんに300円を渡し、コルク銃と弾を乗せた皿を受け取って、弾を込めてから理紗に構えさせた。
射的において、実際の銃の構え方を忠実に再現する必要はない。いっそ、つま先立ちで台から胴を出して手を伸ばせるだけ伸ばし片手撃ち、なんて言う本物のライフルでやれば腕ごと持っていかれかねない姿勢の方が有利まである。
実際、理紗が放ったコルク弾は標的のキャラメルから数センチ横を過ぎていった。
「遥夏が上手いから、どうやれば当てられるか見て学ぶといいぞ」
「あれ、私が射的得意ってなんで知ってるの? まぁいいや! 理紗ちゃん見ててね! 射的はこーやってやるのだー!」
そう言って遥夏が始めたのはあの作戦……、
「かっつーん! 準備できたー? 仁! 次弾装填! いっそげー!」
「よっしゃ、位置についたぜ!」
「九丁分、仕上がったよ!」
「よーーし、いっけー! 狙うはデカすぎ熊さん!! いざ、金に物言わせてッ! 織田信長式連続射撃、発射ーーっ!!」
こんなとこで釣瓶撃ちみてえなことやるなよ。
恐ろしく勉強にならない大人気のない遊び方に、やっと仲良くなったはずの理紗も引いてしまっている。
「……野崎、例のアレ、頼めるか?」
「別にいいけど……、そこまでして欲しいものかよ、あれ」
「遥夏が欲しがってるんだ、頼む」
「ハア……、力は無料じゃないんだけどな。 浴衣の件といい、これは貸しだぞ」
野崎は近くの出店で買ってきた動物の仮面を顔にあて、その隙間に鉄仮面を出現させた。
そして指の腹を爪で傷つけて、出血を空気銃の上に塗るように指先で撫で回す。
最後に、コルク弾を拾い上げて指先で弄る。
赤くなったそれを空気銃の銃口に詰め込み、クマのぬいぐるみへ狙いを定めて――――、
バァウン!と、簡単な機構から起きる空気の破裂音にしてはおかしいほどの大音量で、発射音が辺りに響いた。
血でコーティングされた赤弾は、遥夏の連射を受けてもビクともしなかったクマのぬいぐるみに直撃し、空中三回転を披露させるほどまでに高威力で吹き飛ばした。
「……おっと、コルクを奥まで強く詰めすぎたみたいだ」
なんて、野崎は適当な言い訳を零しながら、銃の本体を魔改造していた血液を指先で吸って回収し、証拠隠滅をしていた。
「野崎ちゃんすっごーい! クマさん狙ってたのになー」
「……煌?」
「お前が取ったんだ、お前が好きにしろよ」
「……遥夏ちゃん、あげるよ」
「えっ、ビックフット君くれるの!? いいの!?」
「どうしてもう既に名前を付けている……? 私は腕試ししたかっただけだからね、欲しい者が持っていた方がいいだろう」
「えーーありがとう野崎ちゃん好きー!」
ビッグフット君を間に挟み、思いきり抱きつかれて慌てる野崎。
理紗はそれを見て「これがリアル百合……」などと、ワケのわからないことをオレの後ろで呟いていた。
それから、横切った出店という出店をつまみ食いしていく野崎たち。
山盛りのかき氷、ローリングポテト、ストラックアウト、牛串、りんご飴、サメ釣り……、そして、その延長にある長い石段を登り、その頂上で参拝をした。
……今日日まで、神様へのお祈り内容なんて思いつかなかった。
だが、横で願いをこぼしてしまう遥夏の声を聞いていると……、オレも同じことをお祈りしたいと思える。
「…………これからも皆と、青春できますように。 皆と青春できますように……」
刻み込むような祈り。
その無垢な想いを、友達として尊重したい。
『いつもの場所』の皆と、青春できますように。
「なあなあ! 煌は何お祈りしたんだよ!」
「勝人と同じことだ」
「なんだとぉ!! お前も恐竜を従える王様になりてえって思ってたのかよ!? 一族に王様は一人だけなんだ、すまん、諦めてくれ!」
「お前は恐竜を従えて何をする気なんだ……」
「なんか楽しそうじゃんか! 背中乗って空飛んだりさー、炎だしたりさー!」
例の一件で入院してから少し元気が削がれたかと思ったが……、とても数週間前に銃で撃たれたとは思えないほどピンピンだ。
この様子なら大丈夫そうだな。
「あ、そうだ! この後ね、花火あるんだよ! でっかいやつ!」
「おっー! 花火いいねえ!」
「でも……、人多いし、ここじゃ見えなくもないけど見づらいね。 下、降りよっか」
「いや、この混雑じゃ人混みに飲まれちまう。 いい場所を知ってるんだ、付いてきてくれ」
まるで花火の話をこのタイミングで切り出すことを台本でも読んで知っていたような振る舞いに、不思議そうな顔で後ろをついてくる遥夏。
石段から横に外れ、舗装されていない草道を踏み越えていく。
「ちょちょちょ、どこいくの煌〜!」
「浴衣なのに悪ぃな、我慢してくれ、すぐそこだから」
前の夏……、オレ達は落ち着いて星が見られなかった。
人に揉まれ、熱気に包まれ、互いの声が聞こえているのかすら分からない中で、遥夏はその胸に秘めていた寂しさを語った。
あんな思いは、もうさせたくない。
「……ここだ」
神社で祭りの設営が始まった頃、オレは一人でここへ来て、混雑に悩まされず星を見るにはどこが最適かを知ろうと前調べをしていた。
境内にいた神職から話を聞くと……、神社の裏手は丘のようになっており、その存在を知るのは丘を登る体力のない街のご老人だけで、今では誰も立ち入らない柵付きの展望場があるのだという。
危険性の面から、その存在を知らせる看板すらも撤去されているが、逆手に取ればそれは、競合相手のいない絶好の花火観覧スポットであることを意味していた。
ただし、問題がひとつ。
それは、丘へ登るためのルートがかなりの遠回りであること。
ハイキングコースのような道筋を辿らなければ、展望場に向かうことは出来ない。
夏祭りをひとしきり楽しんだ後にそれほどの遠回りをするのは、時間的にも体力的にも無謀だ。
そこでオレが導き出した答えは、神社の横道から直接に草道を通って、一直線に近道を進んで展望場へと向かうことだった。
なだらかな獣道を五分ほど登れば圧倒的なショートカットになることは、実際にチャレンジして知っていた。
人気のない、ベンチがひとつポツンと置かれているだけの、小さな広場。
地上よりずっとハッキリした月が見える。
「え……、すごい! こんなところあったんだー!」
「誰もいないね。 煌、すごいじゃないか。 こんな展望場があるなんて、この街で生まれ育った僕も知らなかったよ」
「……あそこだ。 あの柵のところまで行けば、きっと花火がよく見える」
涼しい夜風に、点々と光る丘下の街並み。
少し運動したからか、背中が少し汗ばんでいた。
全員で木の柵に横一列になったところで、街の奥の防波堤から、最初の一発が打ち上がった。
遥夏が身を乗り出す。
ドン、という重低音と共に、夜空に丸い閃光が華開いた。
「わぁ〜! すっごく綺麗だあー!!」
「おおおおすげえー!!」
続けて、次々と煌めく爆発が華開いていく。
赤青緑に染まる、友人たちの横顔。
光に見惚れる、青春の表情。
「ほんと、綺麗だねぇ…………」
月並みな台詞。
しかし前の夏に聞いた時とは、そこに込められた感情の質量が明らかに違うと分かる。
しばらく花火を見ていると……、遥夏の瞳が潤い始める。
彼女は……、きっとあれを言う。
寂しさに塗れるのは当然のことだ。
でもあの日、オレ達は……、何も言葉を返せなかった。
彼女を……、いや、皆の想いを救うためには、寂しさで終わらせちゃいけなかったんだ。
「…………夏も、もう終わりだね」
「何言ってんだ、まだあと十日くらいあるだろ?」
「…………そんなの、すぐだよ」
「確かにな。 十日なんて……、いや、一ヶ月なんてあっという間だ。 でも……、終わるから特別なんだ」
この夏は、きっと特別になる。
でも……、それを美しい思い出と呼ぶには、過ぎ去らなければならないんだ。
「もし花火が永遠だったら、そいつはただの眩しい壁紙だ。 一瞬だから、良いんだろ。 刹那的で、儚くて、オレの手じゃ届かない。 どう仕様もないから、綺麗なんだ。 きっと……、夏も同じだ。 思い出は思い出だから綺麗だし、懐かしいし、寂しいんだ。 今がずっと続けばいいって思うこと、誰だってあるけどさ。 多分、ずっとは続かないって分かってるからこそ、オレ達は今、この瞬間を少しでも皆で楽しみたいって、強く思えるんだと思う。 綺麗で、懐かしくて、寂しい……、そういうのがマイナスに感じなくなるように。 いつまでも忘れたくないって位の、プラスにするために」
これは台本じゃない。
誰かが決めたストーリーでも、予定されていた台詞でもない。
オレから溢れた、濾過にも振るいにもかけられていない、無垢な想い。それを、心が伝えたがっているんだ。
「夏がもうすぐ終わるっていうならさ、ギリギリまで楽しもうぜ。 これより最高な夏はねえって満足できるように、思い出が思い出になるように。 ならよ、悲しんでるヒマねーだろ、オレ達には」
遥夏はじっと、オレの顔を見つめていた。
夜を照らす花火の色明かりも相まり、彼女の顔が赤く染まる。
今にも涙を流してしまいそうなその瞳のまま、
「うん……!」
今日一番の大きな花火の隣で、
彼女は笑顔でそう言った。